プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


中尾相談室のカウンセリング概要
カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
02 ≪│2024/03│≫ 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

我慢する人

2009/02/12(Thu) Category : アダルトチャイルド
【「自分が信じられない人」の続き】

こうして、存在不安の強い親はわが子を自律できないように育て、自分から逃れられないように縛り付けます。ところが、親という監獄の中に閉じこめる一方で、子どもは気持ちを聴いてもらうことは叶いません。


■5,『感情を出すな』という禁止令-------------------------

「みんなそうなんだから、自分のことだけじゃなく相手のことを考えろ」
「生身の人間だからそんなこともある。でも、みんなそうだよ」
「苦しいのは、お前だけじゃない。だから、我慢しなさい」
「それくらいのことでがたがた言うな」
「そんなのたいしたことじゃない」
「つまらん愚痴を言うな」


心のコップが一杯一杯で、子どもの感情を受け止めることができない親。自分も親に気持ちを受け止めてもらったことがなく(受け止められ体験がなく)、わが子が気持ちを言うことに腹が立つ親―そういう親は上記のようなことを言って、子どもが気持ちを言うことを封じようとします。

時には、「人様の悪口を言うんじゃないよ。その人のいいところを見て付き合うようにすればいい」-などと、あたかも躾の形を借りて。翻訳すれば、「私は一杯一杯だから、お前の気持ちを聴く気なんてないよ。だから自分で処理しな」と、自分に向かって感情を吐き出さないように巧妙に禁止令を出しているんですね(--;)。

あまつさえ、「お母さんはねぇ…」とか、「お父さんの小さい頃はなぁ…」とか、ここぞとばかりに自分の苦労話をしようとさえします。受け止めるどころか自分の方が吐き出したくてたまらないのです。



しかし、辛い、苦しい、哀しい、寂しい、切ない、腹立つ、悔しい、恥ずかしい、痛い……受け止めてほしいいろいろな感情。それらの気持ちを言ったとき、上のようにあしらわれたら、どうでしょう。

親は受け止めようともせずに門前払い。門前払いを受けた子どもは、感情を出すこと自体が悪いことであり、わがままだと思ってしまうのです。すると、感情を抱え込んで出せない苦しい生を生きることになります。

追い打ちをかける言葉は、「お前は取るに足りない」と被さってくる。ディスカウントされるわけですね。これでは、自分が悪い、我慢が足りないと思って自分を責めるようになってしまいます。

さらに、「みんなそうだよ」「我慢しなさい」「たいしたことじゃない」…と言われ続けたら、終わりがありません!! 一体どこまで我慢すれば、この親は自分のことを認めてくれるのだと、無間地獄を生きることになります。

しかし親は、自分が抱え込んでいる自分の親に対する怒りや愚痴、恨み辛みのはけ口がほしいために、わが子が無間地獄にいることなど気づこうともしません。

あるいは、親が我慢の人生を生きていれば、その親に認めてもらうためには我慢するしかありませんから、子も我慢の人生を歩くようになります。



大変な夫と結婚し、子も荒れ、我が身も半身不随となり、ボロボロになってしまう人もいます。なぜ、私にばかり不幸が次から次への起こってしまうんだ、と思われている方。実は…「どこまで我慢すれば、あんたは私を認めるんだ!!」と、親に「我慢している自分」を認めさせんがためだけに自分の人生を投げ打っていることがあるのです。

子どもの終わりなき地獄をストップさせるために親がなすべきことは、自分自身が人生を楽しく生きることなのです。
あるいは、そのように生きている方へ。あなたはもう十分に親のために尽くしました。もう自分のために生きてください。どうか、自分の人生脚本に気づき、生き直しをスタートさせてください。




ハッキリ言います。

「我慢は不徳」!



加えて言います。

「気持ちを言わないことが社会劣化を招く」



これらは、苦しまれている多くの方々と接して得た結論です。
ですからどうぞ、

「あるがままの気持ちを言ってください」


そして、

「自分の思いで人生を歩いてください」




<続く>

関連記事
 
Comment11  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

この記事を読んで、母が私の話を聞いてくれない意味が分かりました。
一番古い記憶で、まだ2、3歳の私が人前で癇癪を起こした時、母は人に見えない様に私の足をつねっていた事がありました。
すごく痛くて、あんなに幼くても、今でもはっきり覚えている母の冷たさだった。
中学の時の不登校でも気持ちを受け止めてもらえず、私の負の感情を拒んでいる様に見えた。その時の教師が、「なぜお子さんと向き合わないのですか?」と聞いて、母はだんまりだった。話を、気持ちを聞いて欲しいだけだったのに。
いつもいつも私の気持ちは無視された。家庭内の問題が解決したことはなかった。いつしか家族ってこんなものなんだと思ってた。
思えば、母も何も話してくれない人でした。
こちらからいくらノックしても開いてくれず、ただ親として扶養することしか考えてない様でした。興味ないんですね、自分の気持ちも、子どもの気持ちも。
今、母はきっと子から解放されたいのでしょうね。
親から嫌われているとやっと自覚できました。

だから、私はもう母から離れます。もう片思いは嫌なので、私は私の人生を歩むし、
>子どもの終わりなき地獄をストップさせるために親がなすべきことは、自分自身が人生を楽しく生きることなのです。

今は母に対し、記事から引用したこの一文の様に、ただ母の幸せを願っています。

 

やったーーと,だめだーー。

を繰り返しています。

昨日,仮面の家の所を読んでいてしんどかったです。

どうしてこんなにも読むのが疲れるのか分かりませんでした。

今日はまた,読んでみています。

涙が出ます。

我慢しなくていいんだ。中尾先生ありがとうございます。

 

いろいろあって

こんにちわ。はじめまして。
数年前の記事なのにコメントごめんなさい。
でも話したくておもわず。。
幼児を2人育てる母親で、最近ずっと少年犯罪
自分の子が加害者にならないようにそういう心理を
勉強しております母親です。
精神病に関してはものすごく敏感なもので。。
このサイトは本当に本当に勉強になります。

私の実家は姉と母が統合失調症でなおかつ母は車椅子の障害者です。
姉は統合失調症を発症する前は重度の拒食症でした。
母は障害者なのでもちろん拒食症の姉を
構うことはできず、自分のことで精一杯。
それでも私達娘に「介護を」と一言も言うことなく
(父が仕事人間で、家にお金だけはあったので)
育ててくれたことは感謝しています。
父の肩書きもあって夫や義実家には「お嬢様育ち」と
言ってもらえてる環境をつくってもらったことは
結婚してからはじめて実感し、感謝することができました。

でも私自身、母と姉の主治医に「病気ではない」と
言われ続けながら心理カウンセリングや大量の薬
(当時はパキシルも限度設定がなく1日に3錠処方されてました)
を用意され、7年病院に嫌々ながら通いました。
病気ではないのに主治医に「絶対こなきゃいけない」
と言われ続けていたのもすごく怒りがあったと思います。
そこで心理カウンセリングは別の先生が担当で
普段は顔色をみて、悪くなったか悪くなってないか
ぐらいしか見ない主治医に
「気づかなきゃいけないことがある」と課題をだされました。
半年ぐらい、考え答えそだし、違うといわれまた考え
考えたのにまた違う
主治医が答えを教えてくれたのは
「いい加減親に愛されたいということを諦めたらどうか。あなたの母親は病気で自分のことで精一杯、あなたを構うなんてことはこの先もずっとないということをわかりなさい。親に愛されたい、愛されたい、っていう欲求はあなたの親が叶えることはムリなんだから。諦めて自分の道を歩んでいかなきゃいけない」
すごく厳しい言い方でした。内容も残酷なのかもしれません。
でも、本当本当私はこの主治医の言葉で救われました。この言葉があったから今の人生がある
と言ってもおかしくないぐらい。
その言葉を主治医に言われたとき
心の、目の前の真っ暗なカーテンがバッっと開いて
光がいっきに入りこみ、目の前が
光でいっぱいになった感覚を
今でもはっきり覚えています。
意外にも親に愛されたい、愛されたい
ということを諦めるということは
親に愛されたい、と常に欲求していることよりも
すごくすごく簡単でした。
(私の場合、母が障害者だからというのもあったのかもしれませんが。。)
この言葉がなかったら、私も家庭内暴力をし続け
親に愛されたいといつまでも依存し続けてたんだと
思います。

普段は家庭環境の云々は
話しませんし(もちろん夫は知っていますが)
私自身現実逃避をしています。
きっと向き合っていないんだろうなぁ
辛かった過去は全部忘れたいのもあって。。
でも息子二人を育てるにあたって
統合失調の遺伝もありますから
ちゃんと向き合って、反省して息子の言葉に耳を傾けながら育てていけたらいいなとこのサイトを見て思います。
ただ、、やはり自分の親と同じことをしていそうで
怖いなぁと思うことは多々あります。
夫は本当に精神的にびっくりするぐらい強い人なので
(ただ、弱音をはかないところが心配です。やっぱりムリしてるのかもしれませんね)
子煩悩パパで本当に子供達に愛情をたくさん注いでくれる
私が親として間違っていたらこの人が叱ってくれるだろう
その信頼を持ちながらたくさん心理学のことを勉強して
子供達を幸せにのびのび育てていけたらいいなぁ
と思います。

今後もサイトで勉強させていただきます。
コメントみていただけてるのかはわからないですが
吐き出させていただいてありがとうございました。

 

恐怖感と戦いつつ…

『家で自分のやりたいように振舞うこと』
今まで私にとって絶対のタブーだったこれを、今恐怖感と戦いつつ頑張ってやってます。
怖いです。
ご飯を作らないということだけでこんなに自分がビクビクすること、そして両親からのバッシングが厳しいことに改めてびっくりです。
でもやります。
私がやりたいと思うことですから。
いつもこちらのブログとコメントの数々に勇気をもらっています。
ありがとう。感謝しています。

 

なぜ自分だけ

と常に思うことが多いです。
職場で最近上司のことで愚痴を言う人たちが増えて、それがとても嫌だったので母親に相談をしていました。
やはり母親は「我慢しろ」といい、「お前が変わるべきだ」と言われました。
自分の記憶では周りの圧力で「変わらざるを負えなかった」ことしかなく、「それは嫌なんだ」と主張するとなぜか母は「自分の意見を聞き入れてくれなかった」と嘆き始めて、最初に話していたことと大幅にズレてしまいました。
私は母の意見を蔑ろにしたわけではなく、ただ長年不利な立場でしか生きていないんだということを言っていただけなのに。
結局私は母から「加害者」とされて姉に泣きつき、母の縮小版の姉に言葉で言いくるめられました。
私は思い切って母に「私は母はずっと味方でいてくれると思って相談していた」と言ったら「あんたの味方ではない」とばっさり言われました。
元々好きではない子供を産み、望んでいなかった二人目として産まれてきた私はやはりそのまま「望まれていないまま」なんだと思い、30歳近いのに涙が止まらないです。

長文失礼しました。

 

匿名さんへ

中尾さんが言われるように、
我慢はやめよう!
と、わたしも声を大にして言いたい!

あまりに長い間、あるがままの気持ちを言ったことがなかった私。
産みの苦しみの後、自分を生みだすことが出来、
恐れや不安が消えたことがわかったので
これからは、気持ちを率直に伝えたい!
伝えてみようと決意しました
これはわたしにとって、革命が起こったと思うほどの変化でした。
だから、わたしたちにとっては、
それをやるって、すごいことなんだよね。
匿名さんはがんばったね!

わたしは、覚悟してやってみた。
覚悟する必要がわたしにはあったんだね。
もし、伝えたことで、その人との関係がぎくしゃくしたとしても、
最悪、絶交されても、それは仕方ないことだと
自分に言っていた。
もう全部「わたしのせいだ」と思わない
自分を大切にできる私になったことが、
この覚悟をさせたんだろうね。。
もちろん、仲たがいは出来たらしたくないと思ったよ。
嫌な思いもするだろうなぁと思ったよ。
だけど、
いっつも他人の気持ちばかり考えて
自分の気持ちに嘘ついてることに、もううんざいだった
それこそが、自分を大切にしないってことを
中尾さんから学んだしね。

知り合ってそんなに間が無い人だった。
その人との関係でも、相変わらず私は「聞き役」にばかりなってしまう・・・
「カウンセラーの資質がある」なんて
喜んでいいのか悪いのか、わからないことを毎回言われる。
電話がかかってくるが、一方的に自分の話しかしない上、
長電話・・・・
そして、モノへの執着が無くなっていく私に
「○さん(わたし)にいいと思って」と言って
本やモノを贈ってくる・・・・

気持ちは嬉しいが、戸惑いの方が強くなり、
その気持ちを言葉を選んで、メールで伝えてみた。

すると、
私がそんな反応を示すなんて思ってもみなかったと
思うような、かなりショックを受けた反応が返ってきました

そのメールを読んで思いました。
あぁ!わたし、こんな反応が予想出来たから、
今までずっと「いい人」を演じてきたんだなぁと。
だから、わたしは友達とケンカしたことなんて1度もなかった。
よく恋人や友達とケンカしちゃった!なんて話を聞くと
そんな人間関係っていいな
本音で付き合ってるってことだよなぁ
と、うらやましかったけど、
わたしは、その人を失う恐怖の方が強くてできなかったんだよね。

伝えたことに後悔はなかった。
すっきりした。
気持ちを伝えるって、こんなにいい気持ちなんだね。

だけど、思っていた通り、関係はぎくしゃくしてしまった。
あぁあと思う自分もいる。
伝わらなかったことが残念でもある。
でも、時間が解決するかなと思っている自分もいる。
これでだめになったら、それまでの関係だと
思っている自分もいる。
やっぱり、いろいろ考えちゃう自分がいる。

ぎくしゃくして、ため息ついてる自分がいる
でも、
わたしに受け止めてもらったわたしの気持ちは
すごくすっきりして、喜んでいる。
気持ちは自分だから
これって、一番大切なことなんだと思う。
まだわたしたちはそんなことの初心者だから
周りに批判に心は揺れ動き、哀しい気持ちも
おそらくたくさん味わうんだろう。

だけど、やっていいんだと思う。
わたしは、少しづつやり続けてみたいと思う。

実際、これは事実なのですが、
親と兄弟にやり続けた結果、
最初は、非難ごうごうで、針のむしろ状態だったが、
今はどうよ!
親も妹も、わたしのように
「我慢をやめて、自分の気持ちに正直になること」を
始めだした。
これは驚きだった!
本人はその変化にたいして気づいていないけど
きっかけは
わたしなんだなと思った。

だから、匿名さんも、
やれた自分をほめてあげて、
出来る時またやっていけばいいんじゃないのかな。
周りもこちらの急激な変化についていけないんだと思うし。
批判は苦しいもんだよね。
わかるなぁ。

また、苦しくなったら、
中尾さんのブログお借りして、
気持ちを受けとめてもらおう。

匿名さんの問いかけ、わたしにはありがたかった
ありがとう!


 

我慢しすぎた人

読んでいて切なく、やりきれなくなるブログですよね。

http://ameblo.jp/iiichi/day-20081011.html

同-20081013.html

同-20081015.html

同-20081017.html

結婚式のところで私は泣いてしまいました。

 

どうしたら?

私もここにぴったりあてはまります。いつも本ブログに救われています。
ところで、質問なのですが、本文のように、今まで我慢して自分を押さえて来た人が、自分を変えようとして、「我慢せずに」自分の感情を表現し出した場合、(親のみならず)友人や同僚達の多くも、その「変化」を受け入れられないので、たくさんの抵抗に遭ってしまいます。(もちろん、極端に強い自己主張は怖くて出来ないのでしていません。普通の人に比べて、ほんのささいな表現でもです。)
他の人達は、もっと自己主張をしても、周りから受け入れられるのに、何故私だけは、ほんの少しの主張で多くの批判にさらされるのかと思ってました。
折角、親がおかしいことに気付けても、外の友人達の批判に遭ってしまうと、「やっぱり私なんかが自分を表現するのはよくないことだったんだ。親が正しかったのか?」と、思考が逆戻りして、自信が消えてしまいます。
(親は諦めて放っておくとして)友人や同僚の抵抗には、どのように対処したらよいのでしょうか?
私が思春期の頃に、上記の経験からたどり着いた結論は、以下です。
「人は生まれながらにして、自由に自分を表現して生きていい人がほとんどだが、そういう人たちとは別に、ほんの少し主張をしただけでも、認められない人もいる。これは生まれながらの特徴で変えられず、私は当然後者である。」
このような結論に達してから、私は、「周りの人とは違うから、控えめに生きなければ受け入れられない」と思って生きてきました。
「我慢」せずに、周りとうまくとけ込める生き方があれば、ブログで是非ご教示頂きたいです。

 

ああ、やはり当たっています

十代半ばから母のグチを聞き続けていました。親元を離れるまで表情筋を動かすことが少なかったです。これらの現象には一つ、そういう理由があったからなんですね。

二十代の初めまで、人前で笑ったりできず、口数は少なく、写真に映る自分はいつも無表情でした。

約20年ぶりの同窓会で「昔の百倍しゃべるねえ」と感心されたときは「勝った」と思いました。後で考えるに、自分の過去に打ち克ったのですね。

 

あぁ、、

私のことだ、
私の親が私にとってきた言動そのもののことだ、と思いました。
そして、私はそのまま親という立場になってしまいました。

せめて、自分の子らには
私のような思いはさせたくないのに、
気がつけば自分の親と同じような言動をとってしまっていることがあり・・・怖いです。

 

本当にぴったり

>あまつさえ、「お母さんはねぇ…」とか、「お父さんの小さい頃はなぁ…」とか、ここぞとばかりに自分の苦労話をしようとさえします。

まさに、そのとおりです。
先日、私の親という役目を果たしていると思っている人達(あえてこう呼びます)から決別する決心がつきました。
生身の親からの決別はできても、次はIPとの戦いですね。

でもくじけずに、さなぎの時期を過ごし、いつか蝶になって羽ばたけるように…私は私の人生を生きていきます。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
検索フォーム
 
 
著作
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
会場でお会いしましょう(^^)
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
QRコード
 
QRコード