プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


中尾相談室のカウンセリング概要
カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
07 ≪│2018/08│≫ 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

父の帰省と孫の誕生

2017/12/15(Fri) Category : 家族小景
いろいろとステージが変わるときにきているのかもしれない、と感じる。

11月下旬、数日間目眩に襲われた。
症状を見ると更年期のような感じだが、これが続くとすれば、これは辛いなぁ、と改めて女性の更年期に思いが至った。(今は全然大丈夫です)

12/8-11、父を故郷へ連れて行った。
父(85歳)は11人兄弟の末っ子で、残る兄弟の五女も90歳になり老人ホームに入っているので、なんとか年内に連れて行こうと思っている内に12月になってしまった。


●間質性肺炎と「糖鎖」-------------------------------------

実は、5月に私だけ一度帰省した。というのも、実家は長男の息子が継いでいるが、私にとって従兄弟とは言えもう76歳。その彼が間質性肺炎と聞き、電話で息も絶え絶えに話すのを聞いて「これはやばい!」と急遽ネットで調べて「糖鎖」を発見。それを持って見舞いに行ったのだ。

小さい頃に負ぶってもらっている写真や橇を作ってもらって遊んだ記憶がある。私の中に、どこか彼を兄のように感じている“恩”があるので居ても立ってもいられなかった。

久々に見た彼は、まるで別人であるかのように老け込んでいて、あのたくましく元気印の従兄弟が!と、その様変わりに目を見張った。鼻にチューブをつけて酸素ボンベから酸素吸入。屋内にこもりっぱなしで長ーいチューブの範囲内での生活で、立つだけでもゼエゼエどころか話すだけでも息を入れながらなほど苦しそうだった。

3泊いていろいろと話も聞き、「糖鎖」を置いて継続して飲むよう勧めたのだ。そして、半年ぶりに会って「おっ、違う」とすぐにわかった。何より以前よりも普通にしゃべれていて元気が戻っている。水の中に浸しっぱなしの感覚だった足のむくみもとれたという。

「糖鎖」やるじゃん!!
(とはいえ、彼もいろいろと薬草を試していますので、何が効いているのかはわかりませんが、糖鎖も一助にはなっているのでしょう。悩まれている方もいらっしゃると思いますので、ご参考になればとこの項を挙げました)




●父の帰省-------------------------------------------------

中尾家の墓参りに始まる帰省は、充実したものになった。

・村に残っていた父の友人2名が来てくれた。私もそうだったが、縦社会で遊んでいたので、90歳、86歳。90歳の方は戦艦大和の護衛艦に乗っていて太平洋に投げ出され九死に一生を得た方。海の中から大和の最後を見届けていて、「いかなる理由があろうとも戦争は絶対に駄目!」と仰っていた。

・同じく90歳の五女にお会いした帰り、近郊に住む長女と三女のお宅にお参りに上がった。そこに住む私の従兄弟たちも70代。私がエプロンをしている幼児の頃、縁側で一緒に写っている沢山の親族の子どもたちの古い白黒写真があるが、その子供達の今の姿に接して感慨深かった。

・五女は丁度兄弟に会った夢を見て、今生で弟(父)に会えるかなぁと思っていたそうで、うっすら涙をにじませて喜んでおられた。
三女が嫁いだ先は隠れ里のようなところで、どうやら平家の落ち延び先の一つかもしれない(^^;)。
昨年4月の熊本・大分地震ではそこも大揺れで、近くの川に巨大な岩が転がり落ちて通行止め。余震が酷くて1週間車で寝泊まりしたという。中央構造線が延長されたが、丁度その辺りだ。

・父は近郊の山を歩き尽くしているようで、その一つにも登った。その山間のあちこちにも田んぼを持っており、村内で一番大きい方だったようで、その点在する距離に驚いた。話を聞くだに、父は紛れもなく“山人”だ。

・最後の日に70歳になる穴井さんという方が見えられた。高塚地蔵尊は穴井一族が支えている。中尾家も、穴井、中尾いずれをとってもよいという中で中尾を選んだという過去があるようで、来られた穴井さんから見るとここが本家らしい(穴井にもいろいろあるようで、まだ関係がよくわかりません)。

・この部落は各家が屋号を持っていて中尾家は「茶屋」。奈良が「西に突き出た東」であるように、中尾家のある一画も「西に突き出た東」だった。というのも、現在は日田郡と玖珠郡の県境(玖珠郡・代太郎の西端)に位置するが、代太郎部落の他の家との間に山の端が突き出していて、以前の中尾家は完全に山に囲まれた一軒家だった(今は削られて向こうが見渡せます)。

・藩の時代は、ここで通行の受け渡しがあり、その役人などの待合に使われたので「茶屋」。道路が拡張されバスが通るようになったときも、ここが終点だったそうだ。まさに峠の茶屋であり、関所でもあったのだろう。

・すぐ上が地蔵尊だったので、上との付き合いも部落との付き合いも両方あった。また、地蔵尊麓でかつ終点でもあったので、流れてきた人たちも多々いて逗留もしたらしく、父が小さい頃にも見知らぬ婦人が数ヶ月いたこともあったそうだ。そういう方々のお墓が中尾家の墓地には「何百とあった」(←父の話/表現が誇張されていますが)そうだ。

・土地を歩き、その地域のたたずまいを見、気候風土を実感し、地元の人の話を聞くことで、父の性格形成の背景にについて発見することも多かった。

・また、3泊4日の旅が出来たのは、妻が母を支えてくれたからだ。私たちがいなくなって不安が生じた母は、「まだ帰ってこんの!」と文句を言ったり、帰ってこないとわかると頼みの綱の妻を気遣ったり。また、不安が体に表れて体の自由がきかなくなったり。まぁ、想定範囲だがあれこれあったようで、それをうまく導いてくれた妻に感謝だ。





●孫の誕生-------------------------------------------------

さて、千葉へ帰る途中で受け取った知らせが、娘の赤ちゃんがもう生まれるかもしれないという知らせ。
旅から帰ったその足で産院へ。
何と、その翌日(12/12)に2週間も早く誕生!

産後はしばらく我が家で受け入れるため、以前の娘の部屋やリビングを整える予定だったが、土曜日(この記事の時点では明日)に退院するというので、この日から早速取りかかる。

2時間半のスピード出産だったようだが、娘によれば産院に響き渡るような声を上げたようで、妻の時のことを思い出した。旦那もたいそう感動していたが、私も家に帰って風呂に入ってホッとした時に、妻の苦労と赤ちゃんの元気な様子が蘇って一人大泣きしたものだ。

妻の時は、まるで絨毯爆撃を受けた直後の硝煙立ち上る瓦礫の焼け野原を見るようで、凄まじい闘いがあったことがその疲労困憊の様子や目のうっ血にも見て取れ、心から敬服した。「聖なる大仕事だ」と思った。娘も「本当にお母さんてすごいと思った」と述懐していた。

娘もやはり疲労の色が見えたもののそこまでではなく(妻の場合は時間がかかったので)、話しながらものも食べれていたのでホッとした。子も2600グラムで母子共に健康。よかった。


妻と娘がいろいろと話したり打ち合わせする中、ずーっと赤ちゃんを抱っこしていた。懐かしいね~。やはりあんよなど娘の時よりやや小さいね。でもすこやか。
あの赤ちゃん(娘)が、この赤ちゃんを産んだかー、と感慨深い。全く30年なんてアッという間だ。


見ていると、時折いろんな表情をするので飽きない。その表情に合わせて、こちらも声をかける。もうコミュニケーションは始まっている。

「何があっても絶対的な味方でいるからな」という思いがある。まず、孫の味方→だからその親である娘夫婦の味方→そのためには、私たち夫婦も健全でいないとね、という感じ。


この無条件の思いは妹の孫にもある。妹の長女の娘はもう3歳。年に一度くらいしか会えないが、遊びに来ると私の胡座の間で伸び伸び遊んでいてかわいい。私に全幅の信頼と安心を置いているのがわかり、全面的に守ってあげるという思いがある。

でもこの思いは、妹の子供達全員に思っていたなー。「何かあったらいつでもおいで」という思いは、子供達にも孫たちにもある。


さらに、似たような無条件の思いは高校の同窓生にもある。この夏「還暦同窓会」に出たのだが、風体は中年なのだが感覚がどうしても高校生なので、このギャップが面白かった。

そして、行く前に高校時代の日記を少し読み返してみたのだが、当時一人下宿住まいをして親から解き放たれて一挙に爆発していた私を、よくまぁクラスメートが、先生が、学校が、そして地域風土が受け止めてくれたなぁと感謝の念が沸き起こってきた。

それほどに、今の私から見ると当時の私はエゴの塊。その無手勝流を、皆様よく受け止めて下さった。そういう思いがあるから、自分に出来ることは何でもしてあげたいと思う。自分を育てた干潟をバードサンクチュアリとして取り戻した森田三郎氏の気持ちがわかる。




---------------------------------------------------------
先人を見送り、
後人を見守る。

そういう地点に来たようだ。


孫の受け入れもあるし、
父の「自分史」にも関わらなければ何も進まない。
家族信託もすすめなければ。

というわけで、しばらく身辺慌ただしくなります。
ご迷惑をかける向きもあろうかと存じますが、よろしくお願いいたします。






関連記事
 
Comment2  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

おめでとうございます。

お孫さんの無事出産、本当におめでとうございます。ずっと長い間、わたしたちはこうしていのちをつないできたんですね。一人一人のこうした営みがあって今の私たちがあり、そして今のわたしたちのささやかではあるけど尊い営みがこれからを作って行くのかと思うと、本当に感慨深いものがあります。おめでとうございます。とてもうれしいです。

 

スイートピイ

ほぼ10年かかって、ようやく振り出しに戻れた気がしてます。それぞれが、色んな人生を歩んで。ベースは中尾先生なので、ここにお礼を言いたいと思います。ありがとうございました。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真/動画集はこちら↓
 
アルバム(flickr)
アルバム(フォト蔵)
YouTube

・写真はアルバムページに飛ぶようにしてあります。
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード