あなたの子どもを加害者にしないために
全国のご家庭を訪問カウンセリングしている家族カウンセラー(家族相談士)のモノログ―家族のこと、気になる出来事を感じたままに率直に
「中年期」っていつ?
2009年11月08日 (日) 00:13 | 編集
日本家族カウンセリング協会の研修で面白いのは、参加者の方々のいろいろな体験やそれを元にした世代感覚を聞けることだ。

たとえば、中年期とは何歳〜何歳くらいまでと思いますか、という質問。
皆さんはどう思われるだろうか。


崩壊した最後の砦−家庭
2008年10月19日 (日) 08:12 | 編集
【子どもを追い詰める価値の押しつけ−4/4】

■崩壊した最後の砦−家庭

昭和一桁(第一世代)、五十代(第二世代)ともに、子どもの気持ちを受け止めずに価値の押しつけをするという子育てをするのだが、その家族を取り巻く環境は大きく変化した。

五十代の小さい頃には子ども社会があった。
しかしその後、家族が地域から分離された結果、子に対する親の影響力が圧倒的に大きくなった。


完璧な人間などどこにもいないからこそ、親の影響を相対化するために家が地域に開放されている必要があったのだが、今や家は価値閉塞空間になってしまった。密室の中で価値が暴走し、事件にまで至るようになってしまったのである。

押しつけの世代間連鎖
2008年10月18日 (土) 19:02 | 編集
【子どもを追い詰める価値の押しつけ−3/4】

■押しつけの世代間連鎖

その五十代の目の前には、昭和一桁が作り上げたシステムを効率化していった団塊世代がいた。彼らは、「私作る人、あなた食べる人」というように性別分業を完成させ、「ニューファミリー」と喧伝されて核家族という形を完成させた。

後を継いだしらけ世代は、「男は仕事、女は家事、子は受験」という完成モデルの上を突っ走ることとなった。
そして、同世代が二十代社会人としてフレッシュな頃、社会は「カラスの勝手」「赤信号みんなで渡れば怖くない」(八十年)と、マネーのためには何でもありのモラル崩壊に突入していく。

存在不安の世代間連鎖
2008年10月17日 (金) 18:27 | 編集
【子どもを追い詰める価値の押しつけ−2/4】

■存在不安の世代間連鎖

五十代の親である昭和一桁世代は、お国のための道具として戦死に向かって生きた世代である。「産めよ増やせよ」の時代で兄弟も多く、自分のことを十分親に受け止めてもらえなかった。国からも親からも愛情をもらえなかった昭和一桁は、無重力空間に放り出されたかのように孤独に漂って不安で心許ない。(→受け止められ体験がなければ存在不安が強くなる)

そのため、時間的にも空間的にも、どこかに“自分を位置づけたい”という衝動が働く。だから制度やルールなど形の整備、年功序列などは心の安定のためにも必須だった。

20代と50代がネットカフェ難民の双璧である理由
2008年10月16日 (木) 22:22 | 編集
8/3に発売された月間リベラルタイム9月号「日本を劣化させる“50代”の罪」特集に掲載した記事『子どもを追い詰める価値の押しつけ』を転載します。小見出しは変えてあります。




人は、生まれてからほぼ十年間の体験を基に人生脚本をつくり上げる。
自分はどのような人間で、これからこのように生きていくだろうという漠然とした人生のシナリオだ。
子どもに社会を教えるのは子ども
2008年09月05日 (金) 23:23 | 編集
わずか40〜50年前。
遊びの中で人は生きる術を覚えた。

子供達同士でアケビ取り。
ある程度大きくなると自分のものは自分で。
だから、兄貴分が木の登り方を教えた。

でも低い枝から取れるのは熟れきっていないものばかり。
すると今後は熟し方を教えた。
土を掘りいなわらを敷きアケビを入れて土をかぶせた。

愛しき日々
2008年08月18日 (月) 23:42 | 編集
「彼女の遺志を繋いでいく事が残された者の使命」
―その思いから掲載させていただくことになりました。
知人のご友人の話です。





可愛い顔立ちの女性だった

頑張り屋で、

生き甲斐である看護士をしつつ、いろいろな資格も取り

輝いていた
「50代の罪」&「男泣きのススメ」−リベラルタイム9月号特集
2008年08月03日 (日) 08:25 | 編集
本日発売!
あなたの疑問に答えるビジネス誌−「リベラルタイム」9月号 (ワンコイン 500円)。

表紙には、様々な職業の50代の面々。
しかし、その中心には『日本を劣化させる「50代」の罪』(第1特集)の文字が…。

リベラルタイム9月号

縮こまらないで20代
2008年07月12日 (土) 00:29 | 編集
月間リベラルタイム」というビジネス誌の担当者の方と打ち合わせ。

その方は20代半ば。
親は50代半ば―私と団塊の中間世代。
その親は80代。

その方の友人に心の病多し。
いわゆるマスコミで「酒鬼薔薇世代」と言われている世代。
その方によれば、加藤智大容疑者もそうだったが、中学受験が加熱し始めた時代。

後期高齢者医療制度と父(昭和一桁)
2008年05月18日 (日) 17:50 | 編集
「ようわからん」―それが父の答えである。

まぁ…そんなもんだろうなぁ(--;)。

私だって国の制度のうんぬんかんぬんに、貴重な自分の人生の時間を費やしたくなどない。自分には自分のなすべきことがある。残された時間はそう長くはないのだ。

国は静かに国民の安全と安心を保証すればよい。
それが国の本来のあり方だろう。


見切りをつけたことに乾杯!
2008年05月13日 (火) 23:30 | 編集
友あり、遠方より来たる。
ロマンスグレー。年を取った。

働き過ぎで家族からも白い目で見られつつ
自らもメニエールになりかけだ。

なぜそこまで立ち向かう。
そこには、一方通行の切ない片思いがある。

反骨を持つ一方で、自分を認めさせたい、認めてもらいたい。
父親に向かうジェームズディーンのようだ。

五十不惑
2008年02月10日 (日) 09:50 | 編集
『子曰、吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩』

子の曰わく、吾れ
十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順(した)がう。
七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず。

自分への弔辞
2008年01月24日 (木) 00:00 | 編集
この度は、天寿を全うされおめでとうございます。
年齢に応じていろいろと故障を加えながらも、100才を越える大往生を迎えられたことは、このストレスフルな世の中で誠におめでたいことです。

しかしながら、その後ろには貴君のストレスを一身に受け、支えていた奥さんがありました。
貴君は80までが現役、その後はもらいものと言っていましたが、その余生で少しでも奥様の気を安めてあげることができたでしょうか?


「自分への弔辞」を書く
2008年01月23日 (水) 00:11 | 編集
Sへの弔辞を書いた翌年1999年の1月17日、私は「自分への弔辞」を書いた。
これは、あの岡野先生の研修でのことである。

「自分への弔辞」を書くこと=「死」という人生のゴールに立って、自分を振り返ってみることだ。

「死」という事実の前では、虚飾なしに「自分にとって何が幸せか」が見えてくる。
まだ先があるなどと思っているから、現実に合わせて生きながらえるために、気持ちを抑え、ごまかし、あれやこれや考え、妥協し、人生を楽しまずに生きていることも多いだろう。

しかし、自分が今当に死に臨んでいると考えると、世俗にまみれた夾雑物は雲散霧消して、自分が何を求めているのかを虚心に見ることが出来る。

Sへの弔辞
2008年01月22日 (火) 09:33 | 編集
お久しぶり。

年賀状に
「東京で会えるのを楽しみにしている」
と書いてあった。

約束通りきたよ。


「おう来たか。まあ、飲め。」
おまえはいつも嬉しそうに、そうやってコップ酒をついでくれた。


だけど今日はちょっとやめておけ。
身体に障る。


今日は昔話をしに来たんじゃない。

Powered by FC2ブログ(blog). / Template by sukechan.