あなたの子どもを加害者にしないために
全国のご家庭を訪問カウンセリングしている家族カウンセラー(家族相談士)のモノログ―家族のこと、気になる出来事を感じたままに率直に
パニック障害克服記★目次★
2006年02月11日 (土) 12:00 | 編集
パニック障害―
かの精神分析の泰斗フロイトもかかっていたパニック障害。
長島一茂、高木美保、堂本剛、アンルイス、田中美里―あれやこれやと急き立てられる現代、今や誰もがなり得る病気です。

もはや、かかりやすい性格などというものはないでしょう。私のように、のうのうとした人間までかかってしまいましたから(^^;)。

どのような障害か知ってはいましたが、まさか、自分がなるとは…。
体験したものでなければ分からない、恐怖と孤独―
それは、想像を超えていました。




<目次1:パニック障害を治す心得>
1,初期対応とサポーターの重要性
2,パニック発作が増えるメカニズム
3,治癒のメカニズム
4,薬+カウンセリングの両面作戦で




<目次2:パニック障害克服記>
■予期不安の多い方は読まないで下さい
もしかすると、その描写を読むことによって、不安が呼び覚まされるかもしれません。目次を見て、ここはやばそうだと思ったら飛ばしてください。
 1、胸痛
 2、心臓への不安
 3、拡張心筋症?
 4、眠れない…
 5、救急病院
 6、お疲れですね
 7、唐突にわき起こった不安
 8、呼吸との格闘
 9、パニック・ディスオーダー
10、孤独な闘い
11、メンタルクリニック
12、社会保険病院
13、メンタルクリニック2
14、家族の支え
15、脳は記憶している
16、チェンジペース


パニック障害を治す心得(4)−薬+カウンセリングの両面作戦で
2006年02月11日 (土) 11:10 | 編集
■薬+カウンセリングの両面作戦で
というわけで、私にとって薬は有効でした。薬を飲むと不安が和らぎますし、持っているというだけで何とはなしに安心感がありました。

今、苦しまれている皆様。早く治すためには速やかな薬物治療が有効です。恥ずかしがらずに、すぐに「パニック障害の事に詳しい」病院に行ってください。そして、医者とよく相談して適切な薬を処方してもらい、予期不安を抑えることが治癒につながります。


一方、薬で症状が抑えられたとしても、そもそもパニック発作を引き起こした環境が変わっていなければ、治癒が難しいか、再発するか、あるいは異なる別の症状が出てくる可能性があります。
私が、パニック発作から学んだことは、チェンジ・オブ・ペース。生活のペースを変えること。

パニック障害を治す心得(3)−治癒のメカニズム
2006年02月11日 (土) 11:05 | 編集
■パニック障害 治癒のメカニズム
ここで見ましたように、パニック障害を治すためには、「不安→パニック発作」ハイウエイを「閉鎖」する必要があることがわかります。
「不安」感情伝達物質が「不安→パニック発作」ハイウエイを通れなければ、「パニック発作」というゴールにたどり着けない−つまり、発作は起こらないと言うことです。

では、どのようにしてそれを行うか。
それは、てんかんの治療が参考になります。

てんかん発作も、ある刺激が引き金となって発作につながる点でパニック発作と同じメカニズムです。 てんかんにも「刺激→てんかん発作」ハイウエイが脳内に存在しているとお考えください。

そのてんかん治療の定石は、「てんかんを起こさせないこと」。
パラドックスのように聞こえますが、その通りなんです。

薬を飲み続け、発作につながる神経回路(「刺激→てんかん発作」ハイウエイ)を薬で遮断し続けます。すると、ある興奮状態が起こっても、その感情伝達物質は「刺激→てんかん発作」ハイウエイを通ることができません。そこで、バイパス工事が始まります(シナプスは可塑性を持っています)。そのバイパス道路は、「てんかん発作」に直結していません。

そのバイパス道路が完成すると、感情伝達物質はハイウエイを無視して、そのバイパスを使うようになります。使われなくなった回路は消えていきますから、そのうちハイウエイは消えていくでしょう。
こうして、てんかんは治癒していきます。

これと同様に、パニック障害も、薬を飲み続けて「不安→パニック発作」ハイウエイを遮断し、その間にバイパス道路(新たな不安伝達の回路)が出来上がるようにすればよいわけです。


パニック障害を治す心得(2)−パニック発作が増えるメカニズム
2006年02月11日 (土) 11:00 | 編集
■パニック発作が増えるメカニズム
意識上から忘れてはいても、脳は全てのことを記憶しています。
パニック障害を一度経験した時点で、不安の気持ちがパニック発作を引き起こす神経回路が開かれます。

いわば、「不安」をスタート地点とし、「パニック発作」をゴールとする「不安→パニック発作」ハイウエイが脳内に開通するのです。一度開通すると、それは閉じられることなく脳内に存在しています。

そのため、ある日同じような状況に陥ると脳は記憶と照合し、「不安」という感情伝達物質を生成させます。「不安」感情伝達物質は、「不安→パニック発作」ハイウエイを突っ走って不安発作を引き起こすわけです。

こうして、「不安」感情伝達物質が「不安→パニック発作」ハイウエイを通過すればするほど、そのハイウエイは整備されていきます。広く立派なハイウエイになってますます通りやすくなっていくわけです。

そのうち、そのような状況を想像するだけで、「不安」という感情伝達物質が生成され、生成されるや即ハイウエイを突っ走って「パニック発作」というゴールに到達するようになります。いわゆる「予期不安発作」ですね。
こうしてパニック発作が頻繁になっていくのです。



パニック障害を治す心得(1)−初期対応とサポーターの重要性
2006年02月11日 (土) 10:49 | 編集
■初期対応が肝心
私は、2002年に1度だけ経験しました。なぜ、1度だけですんだのか?
それは、体験した「翌日」にメンタルクリニックに行き、薬を処方してもらったからです。

それまでに勉強のために手記など読んでいました。 そして、多くの方が初めてのパニック発作を起こした後、あれは何だったのだろうと思いつつも日常に取り紛れ、それから数ヵ月後〜1年の間に2回目を起こし、2回目を経験した後は、だんだんと頻度が増していくんだなぁ、とわかりました。
何事もそうですが最初が肝腎、初期動作、初期対応が大事なのだと思っていました。

とはいえ、そこまで分かっていながら、やはり妻から背を押されなければ、そう速やかに行動できなかったかもしれません。その辺の経緯は是非お読み下さい。

パニック障害克服記(16)―チェンジペース
2002年06月30日 (日) 23:30 | 編集
45歳を過ぎると、急速に体力は衰えていくだろう。
そういう例を何人も見てきている。
しかし、気持ちはそれを認めたくなく、しがらみもあるから、これまでのペースをずっと保ち続けようとする。

否応なく変化していく体力と変化を認めたくない無理な行動とのギャップの間に"問題"が生まれる。
この半年間は、人生後半戦を十分闘うために、心身のペースをチェンジする必要があることを僕に教えてくれた気がする。

一言でいえば「無理をするな」ということだ。


頭で考えるばかりではなく、身体が教えてくれることにも謙虚に耳を傾けたい。
自分のことを一番知っているのは、考える自分ではなく、自分のともにあるこの肉体であろう。

パニック障害克服記(15)―脳は記憶している
2002年06月30日 (日) 23:00 | 編集
メンタルクリニックには、2月に2回、3月に2回、間を空けて5月と5回通った。
しかし、4回目の3月末時点で既に飲んでいない薬が1週間分くらいあったと思う。つまり、約1ヵ月半くらいで薬を飲まなくてもパニック症候群の「予期不安」は起こらなくなったのだ。
5月に行った時は、既に事後報告のような形であった。

しかし、不眠は続いていた。

背中の圧迫感がありまっすぐに寝付けないのだ。
質の良い眠りが取れないことが続くと、疲労感が出てくる。
まして、腹ばいだの横になったりだの、仰向けにまっすぐ出来ないものだから、肩や首の凝りがひどくなった。

パニック障害克服記(14)―家族の支え
2002年02月09日 (土) 23:00 | 編集
薬の威力は大きい。いつのまにか不安発作は消失していた。
しかし、そのウラには何より大きな妻の存在があったと思う。

人間、億劫なことは、行動しなくていいように手前勝手に理屈を考えたり、楽観視したりするものだ。
しかし、妻は有無を言わせず、自分でバリバリと手配し、僕の背中を押してあちらへ引っ張り、こちらへ連れて行ってくれた。それらの地道な行動の積み重ねとその結果が、徐々に自分に落ち着きを取り戻させ、自信をつけさせていったといえる。

早い発見と早い対処が何より有効である。

パニック障害克服記(13)―メンタルクリニック2
2002年02月02日 (土) 23:00 | 編集
ここ数日、午後3時頃から左胸の圧迫が出始めることが分かった。
おそらく、夜飲んだ薬の効果が切れる頃なのかもしれない。
午前中は出なくて午後出てくること自体が、この圧迫感は肉体の問題ではなく、"気持ちの問題"であることを確信させた。

しかし、圧迫感は不安を喚起する。
そこで30日には、会社からの帰り際にソラナックスを半錠飲んだ。


2月1日。
ソラナックスを忘れたことがやや不安にさせたが、帰りの電車の中で問題なかったことが自信につながった。
この10日間薬を飲み続けたことが快復に向かわせているのかも知れなかった。救急病院や社会保険病院できちんと調べたこと、メンタルクリニックにいったこと。
心身ともに検査をしてきた事実の積み重ねが自信につながっていったと思われる。

何より、心臓の痛みや圧迫感がなくなっていったことが自信の回復につながっている。最も積み重ねてかなくてはならないのは、この痛みを出さないことだ。出てくれば、またもろくも自信は崩壊するかもしれない。

ともあれ、現状の治療を続けることにした。




パニック障害克服記(12)―社会保険病院
2002年01月28日 (月) 23:00 | 編集
薬を飲むようになって、眠れるようになっただけでなく、心臓の痛みがなくなった。
が、圧迫感は続いた。

24日の木曜日も、半分眠りながら出勤したので問題なし。
25日は飲み会があったが、楽しくやれた。
しかし、お腹が一杯になると圧迫感があるので、腹八分目にするようにした。

また、胸苦しさが襲ったときはフリスクがいいというので、常時持つようにした。ソラナックスもかばんにしのばせてある。

パニック障害克服記(11)―メンタルクリニック
2002年01月23日 (水) 23:50 | 編集
朝なんともなければ、僕は会社へ行こうかと思っていた。
しかし、善は急げと妻が心療内科のある病院を物色していた。
車でいける場所があいにく休みだったため、別の所にあるメンタルクリニックに行くことにした。
予約制だったが9時ならOKと引き受けてくれ、急ぎ電車で向かった。

乗り換える時間を利用して会社には電話した。
妻の調子が悪いのは社宅中の奥さんが知っているので、「妻の調子が悪くて病院に連れて行く」と、使わせてもらった。
これら全てのことが、妻が牽引車である。

家族の理解だけではなく、積極的な家族の関与と後押しが必要だなぁと思った。
一人だとどうしても楽観的に考えがちだし、億劫にもなりがちだ。
行動の後押しをしてくれる人がいると、これほど心強いことはない。
 
パニック障害克服記(10)―孤独な闘い
2002年01月23日 (水) 23:30 | 編集
パニック障害とはこういうものか!

もっともっと症状のひどい人もいるらしいが、それでも、死ぬのではないかというこの恐怖―

これは経験しないとわからない。
説明できるものではない。
また、説明しても理解できるものではない。

経験するか否かでは、溝を飛び越えるか越えないかくらいの違いがある。
溝を越える経験をしなければ、いくら溝の向こうに行った者たちがその感じを話そうとも、決して理解はできないのだ。

僕は溝を越えた。
パニック障害克服記(9)―パニック・ディスオーダー
2002年01月23日 (水) 23:15 | 編集
緊張で、呼吸が浅い。

どのように呼吸すればよいのか分からない。


くずおれそうな体

冷や汗…


胸も痛くなってきそうだ。
足が緊張で震えそうだ。

足元を見る。

全身がこわばっていた。





電車の中の風景から「現実感」がなくなっていた。

水槽の中のように 音が聞こえず、
映画でも見るように 風景は遠のいていた。

自分の目に映る全ての風景は、マボロシ…


ただ一人、切り離された空間にいた

リアルなのは、
吊革に、ただ必死にしがみついている手と
自分だけ―


パニック障害克服記(8)―呼吸との格闘
2002年01月23日 (水) 23:05 | 編集
心臓を傷めないように、どのように呼吸したらよいのか…


呼吸が浅い。

浅いと過呼吸になる。

過呼吸にならぬように息を長く吐いて深呼吸しよう…


しかし、 心臓に負担がいくのが怖くて深呼吸できない。

…板ばさみの状態である。


走り出した電車の中で、
たかが"呼吸をする"ことと僕は格闘していた。




今や本は、自分を隠すためにあった。


そして、電車が止まった…

パニック障害克服記(7)―唐突にわき起こった不安
2002年01月23日 (水) 22:58 | 編集
22日、帰宅時。
帰りの電車を待っているホームで、突如

「心臓の痛みが襲ったらどうしよう」

という想念が浮かんでしまった!


なぜかはわからない。
たまたま(?)、ふと浮かんだだけなのだ。


しかし、瞬く間にその不安は脳の全てを支配した。
目は手にした本の字面を追っているのだが、文章が頭に入ってこない。
入る余地がない。


電車が轟音を立てて、滑り込んできた―


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