あなたの子どもを加害者にしないために
全国のご家庭を訪問カウンセリングしている家族カウンセラー(家族相談士)のモノログ―家族のこと、気になる出来事を感じたままに率直に
民主主義を守る土肥信雄元校長
2009年05月12日 (火) 00:55 | 編集
【5/9朝日オピニオンより】

『土肥信雄 右は教育委員会の弾圧に負けず本校所定の課程を修了したことを証明する 58期卒業生一同』
−東京都立三鷹高校の教え子達が、定年を迎える土肥校長に卒業証書を贈った。

『教育が民主的でなければ生徒も民主的な考えをもてないし、国家も民主的になれない』という信念を貫いた土肥校長に対するお礼であり、これからの闘いに対するエールである。


成長を見るのは楽しい
2009年02月07日 (土) 23:25 | 編集
「覚えていらっしゃいますか」というメールが届いた。
おぉ、2006年11月に『おもしろ〜い♪』という記事で書いた中学生Y君だ。懐かしい。あの時は『しみじみと…夕暮れ』に書いたとおり、父子のようで楽しかった。

で、ここの中学では社会の授業の一環として取材やフィールドワークを行いレポートを書かせている。とてもいいことだと思う。ただ、1学期につき1つのテーマでレポートを書くというのは、ちょっと大変だね…。

教育大国ジパンでの生涯
2008年11月09日 (日) 20:00 | 編集
【ジパン国の物語−フィクションです】

ジパン国は、学力世界一のフィンランドに学びに行った。
そこには、現場に任せる素晴らしい自律分散の思想があった。

が、ジパン国は高度成長を賞賛されたプライドがあった。
我が国にふさわしい方法で学力世界一を目指せばよい。

ロボット生産世界一のジパン国の「お家芸」は、ロボットを作ること。
要は優秀な学力ロボットを量産すればいい(常に発想の土台は工業)。
親の力で教育を変えていこう
2008年07月21日 (月) 10:01 | 編集
【広島市PTA協議会主催役員研修会(2)】

キーワードを理解できる人を増やしていくことが、地域を変える力になると書いた。
このことについて、もう少し。

組織改革の講演をすることがある。
実体験に即して話しをするので分かりやすい(笑)。

時に、学術的な話しをする場合がある(例↓)。
企業変革におけるイネーブラーとディセーブラー

ここで述べたことが、冒頭に書いたことの参考になると思うので、ちょっと難しいかもしれないけどかいつまんで書いてみたい。


いじめ自殺事件の背景にあるもの
2008年02月22日 (金) 00:00 | 編集
テレビを見て、憤りが湧いた。
ネットで幾つか記事を見て感じたことを書こうと思う。以下は真実を追究するものではない。「ジパン」というとある国のフィクションとして読んでいただきたい。


【生活破壊】-----------------------------------------------

・離婚率2・49(全国平均2・15、県内平均1・98)と結婚した半分が離婚しているS市。
・就学援助の受給率は33・2%(全国平均の2・5倍)で、3人に1人の子どもが援助を受けているS市。
・全国平均の2倍の生活保護人員を抱えるS市。
・交通事故死者の3倍の自殺者が出ており、心疾患の死亡率が全国平均より四割高いことも、隠れた自殺者といわれているS市。

結婚、修学、就業の全てに渡って「生活破壊」されているS市。


「いじめ」って何?(2)−人は自分がされたことを人にする
2008年01月28日 (月) 00:40 | 編集
以前も書いたことだが、人は自分がされたことを人にする。
特に、されたことが理不尽な場合。

何故そうされたのか訳がわかんない。
何故そこまでされるのか(言われるのか)意味不明。

自分が何か悪いことしたか?
自分に落ち度があったのか?
どこか態度がおかしかったか?

…考えても考えても答えが見えない。
そして、嫌な思いだけが残る。

「いじめ」って何?(1)−感情吐き出しのバケツリレー
2008年01月26日 (土) 21:39 | 編集
神明中学校で50分の公開講座をさせていただきました。
校長先生やご来場いただいた教育委員の方といろいろお話ができてよかったです。

体育館で先生も全校生徒も全員が一緒に同じ話を聞く−この最大の効果は、知識のプラットフォームが揃って“共通語”ができること。みんなが知っているから、話題に出来るようになります。

今回は「心のコップ」。
折角だからこの機に乗じて「いじめ」の本質について解説しておきましょう。


モンスターペアレントへの対処法
2008年01月11日 (金) 11:25 | 編集
●「モンスターペアレント」とは、
「親」という権力を傘に、我が子の教育者に対してパワーハラスメント(パワハラ)を行うハラッサーのことである。
  ↓
●「ハラッサー」とは、
子供を自分の手足(道具)として扱う親の下で自分の気持ちを抑圧して育ち、ディスカウントを受け続けて育ったため怒りを溜め込んでいる人のことである。
  ↓
●「ディスカウント」とは、
人の数(カウント)に入れないこと。一人前としてみない、人扱いしない、人として尊重されていないこと。人は自分の存在を尊重されなければ、誰でも怒りを持つ。また、そこには「支配と服従」の関係しかない。
  ↓
●「支配と服従」は、
いとも簡単に親子の間に入り込む関係である。しかし、生まれてきた子供は最初からその関係性の中にいるから、そういうものとして受け止めてしまい、自分の中に蓄積されていく親に対する怒りに気づきにくい。
  ↓
「たけしの日本教育白書2007」〜(4)社会的責任とはなにか
2007年10月31日 (水) 23:58 | 編集
救われました。
あぁ、こういう大人もいるんだ、と。


■森永ヒ素ミルク事件と恒久救済--------------------------------

ウィキペディア及びひかり協会によれば、概要は次の通り。
1955年、「森永ドライミルク」(缶入り粉ミルク)を溶けやすくするために有毒の砒素化合物を添加。130名が死亡し、12344人の中毒者が発生。

現在も尚、動かない身体、脳性麻痺、知的発達障害、てんかん、脳波異常、精神疾患等の重複障害に苦しみ、就職差別や結婚差別、あるいは施設への隔離などの差別に苦しまれている。親もまた、ミルクを飲ませた自責の念に苦しまれいる。

「たけしの日本教育白書2007」〜(3)大人を信用していない子どもたち
2007年10月30日 (火) 18:40 | 編集
番組で最も心が痛んだのが、子どもたちの発言。

【親】
『深刻なことを親に話すと大変なことになる』
『学校に怒鳴り込んだりして大騒ぎになる』
『大げさになる』

【先生】
『先生は親に腰が低いくせに、子供には高圧的』
『プライドが高く謝らない』
『ターゲットを決めていじめる』
『すぐに話し合いとか大げさになる』

【友人】
『友人はその場限り』
『いつも一緒にいるのが窮屈』
『合わなければ、友人関係がなかったことにする』


「たけしの日本教育白書2007」〜(2)壊れていく教師
2007年10月29日 (月) 23:40 | 編集
「保護者をモンスターペアレントにしない」ために過剰に自己防衛する学校。
掲示されている習字の作品に丸をつけず、通知票に欠点を書かない。

たとえば健康診断をしたとしよう。診断結果に何のチェックもされていなかった。そのため、注意すべき所を見過ごしてしまい、生活習慣病に陥ってしまった…。そうなってはこまるでしょ。だから、チェックとは注意を促すためにある。そこに注意を向けさせ、それを改善するための指導をする。

作品に丸をつけることも、通知票に欠点を書くことも、健康診断書のようなものだ。その時点での自分の実態を客観的に表してくれるものに過ぎない。
むしろ、「あぁ、そうなんだ。じゃあこれからはこうしよう」と、自分が変わるためのチャンスを提供してくれるありがたいものなのである。


「たけしの日本教育白書2007」〜(1)なぜ、日本人は大人になれなくなったのか?
2007年10月28日 (日) 22:34 | 編集
「気がつけば情けないほど無責任な国になった日本」ということで、テーマは「責任」。

責任ある行動をとれる人になることが「大人」になるということだとすれば、“無責任な国”日本は壮大な「子供社会」ということになる。…社会にまみれていない子供の方がよほど冷静でまっすぐに人間を見ていることを知っている私は、このたとえ方がちょっとイヤなので、「自律できない大人」社会に変えよう。

「自律」とは、自分で自分の行動を選択できる=自分の行動の責任をとることができることだからだ。

自律していない大人は、自分がやっていることを「人のせい」にしながら行動している。長いものに巻かれながら流されている。だから、悪しき現実がなかなか変わっていかない。
そこに大人同士、そして大人と子供の間に不信感が生まれてくる。「自律できない大人」社会とは、人を信用できない相互不信の社会でもある。その諸相が番組に現れていた。以下は、そのメモ(■は番組のコーナーである)。


先生を育てる社会
2007年06月10日 (日) 23:30 | 編集
英文科出のお嬢様は、まさか自分が小学校の先生になるとは思わなかった。
第一、子どもが好きではない。
その上、校舎も子どもたちも汚い−自分とは別世界。

しかし、人手不足で引っ張られ、無我夢中で取り組んだ。
教員免許がないのだから、悩んでいる暇はなかった。

ひたむきな姿を子どもたちは見守った。
「先生、字を書いてみて。教えてあげる」
英語は得意だったが、実は漢字の書き順は苦手だった。

何もつなげない手
2007年06月01日 (金) 16:41 | 編集
「キレる」という言葉が流行った98年当時、学校におけるナイフによる傷害事件が多発し、ナイフ規制論議が巻き起こった。規制論者の意見を単純化すれば、
「事件が起きた→なぜなら、そこにナイフがあったからだ」ということ。
だから、ナイフをなくせば事件はなくなる。
おめでとう!

…とは、いかないのだ。
ナイフは手段。手段は何でもいい。
先にあるのは、イライラした心だ。


ハラスメント・スクール
2007年04月30日 (月) 07:42 | 編集
学校でのハラスメント(パワハラ、アカハラ)ではない。
学校全体がハラスメント体質である「ハラスメント・スクール」が実在するという話だ。こういう学校があるということを、親も教師も知っておいてほしい。

昨年12月のこと。TBしていただいた方のサイトを見、その実体験を読んで背中に戦慄が走った。いつか記事にしようと思いつつ、3ヶ月が過ぎて4月…再び訪れてみると、そのサイトは消えていた。残念だ…。もう少し早くこの記事を掲載していればと悔やまれる。


戦慄を覚えたのは、あの北鮮のような学校よりもさらに巧妙な管理社会が、“ここ”にもう出現している!という戦慄である。
ジョージオーウェルの近未来小説に「1984」という、巧妙な管理社会を描いた小説がある。まさに、その「1984」の世界が現出していた。

こういう学校が“実在”しているのだ、とわかったとき、私は身震いした。
そのときのメモを掲載する。(『』内は、その時のコピーメモである)


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