あなたの子どもを加害者にしないために
全国のご家庭を訪問カウンセリングしている家族カウンセラー(家族相談士)のモノログ―家族のこと、気になる出来事を感じたままに率直に
だいじょうぶ!
2009年02月08日 (日) 23:54 | 編集
大丈夫! と山が言ってる。

20090208matumoto






自然が教えてくれた「死生観」(39)−犬(3)
2008年04月02日 (水) 12:16 | 編集
お待たせしました(笑)。「荒野の決闘」の続きです。
「あれ、なんだっけ」という方は、先にこちらをご覧ください(↓^^)

犬(1)
犬(2)







唸りながら、ゆっくりと近づいていく。

ボスも一歩も引かず、低く低く唸り続けている。

ついに、

正対した。

自然が教えてくれた「死生観」(37)−犬(2)
2008年03月19日 (水) 22:47 | 編集
時は、薄暮。

場所は、誰にも邪魔されることのない広い畑の中のあぜ道。

足元から夕闇がもやのように立ち上っていた。




20mほど離れて相対峙した。




どうやら、決着の場所はここにきめたようだ。

自然が教えてくれた「死生観」(36)−犬(1)
2008年03月12日 (水) 23:33 | 編集
その名も ゴン太。

私が高2で家族と別れて一人暮らしを始めて間もなく、家族が飼い始めた。
柴犬の血が混じった雑種で、家に来た当事は手の平に乗ったらしい。

受験に落ち、両親の住む高山で浪人(宅浪)生活に入った私の、唯一の友がゴン太となった。
予備校にも行かず、「ラ講(大学受験ラジオ講座)」のみで勉強していた私にとって、ゴン太との毎日の散歩が唯一の運動だった。

庭先にちょこんと座るゴン太の鼻先に雪がくっついて大笑いする私と妹を 「何笑ってんだ?」と、小首をかしげていぶかしげに見つめるおかしみのある奴だった。

自然が教えてくれた「死生観」(35)−猫(2)
2008年02月27日 (水) 18:38 | 編集
犬は人につき、
猫は家につくという。

小4の時、同じ町内で少し離れた家に転居したとき、ルミは来なかった。
小さい頃からの飼い猫が、野良に混じって大丈夫だろうか…



風の便りが来た

ルミらしき猫がスピッツを追いかけていた(--;)

まぁ…一安心(^^;)

自然が教えてくれた「死生観」(34)−猫(1)
2008年02月13日 (水) 19:36 | 編集
掌に乗るような三毛の子猫が我が家に来たのは、十姉妹を飼い始めた頃。

冬は、私が布団の首周りのところを、入口のように上げてやると、ノソノソと入ってきてそのままズ・ズーッと奥へ。
そして足元に来ると、私の足首の上辺りにクルッととぐろを巻いた。

いや、暖かいのなんの(^^)。

息が出来るんかいな、とちょっと心配にもなったが、
毎晩そうなのだから大丈夫なんだろう。
ともあれ、湯たんぽ知らずだった。


自然が教えてくれた「死生観」(33)−兎
2008年02月06日 (水) 12:35 | 編集
小学校4,5年の頃だった。
学校から帰ると、兎が大きな四角い鳥かご(?)に入っていた。

山でつかまえた野うさぎという。

赤い目で口をモグモグと 動かしていた。




翌朝。
起き抜けに見に行った。

どうしてるだろう…


自然が教えてくれた「死生観」(32)−文鳥
2008年01月16日 (水) 00:24 | 編集
小学校4年頃、同じ町内で引っ越しました。
その時、十姉妹はどなたかに引き取ってもらい、引越し先では文鳥を飼いました。

文鳥

チコ


私の手に乗り、
私が口をつぼめてその先から唾を出すと、
突っつくように飲みました。


小学校5年の夏に転勤することになるのですが、
その春のことだったと思います。

自然が教えてくれた「死生観」(31)−十姉妹
2007年12月12日 (水) 21:24 | 編集
私が小学校2,3年の当時、みかん箱といえば頑丈な木造り。
親戚から送られてくる箱一杯のみかんを手が黄色くなるまで食べたものでした。

小さなコタツの上にどっさりみかんの山
というのが冬の風物詩でした。

そのみかん箱が、私の本箱兼“学習机”でした。
そう、丁度今の大き目のカラーボックスを横にしたような感じ…

いやぁ〜懐かしい。

自然が教えてくれた「死生観」(30)−蛇(2)
2007年11月28日 (水) 09:04 | 編集
小学校4年生頃の夏。
庭の物置小屋を使っての秘密基地ごっこが好きでした。

3,4人の友人達と中に入って、ガタピシ引き戸を閉めます。
木の節の穴から漏れてくる陽光が、薄暗がりの空間にサッと線を引きます。
その光線の中だけ、空中に舞う埃が光っています。
その様が秘密めいて「イイ感じ」でした。

浦沢直樹の近未来漫画「20世紀少年」(終わっちゃいましたね)には、郷愁をそそる風景が沢山出てきましたが、ああいう感じの少年時代でした。


自然が教えてくれた「死生観」(29)−蛇(1)
2007年11月07日 (水) 23:12 | 編集
カエルが出ればヘビが出る?
まぁ、クモの後に出しても良かったんですけど、虫シリーズにはなじまないもので…

でもなぜ、クモの後かって?
それは、アシがないからです…
?!

いえ、
アシが多いより無い方がマシだ、とまぁそういうことです(笑)。


ゲジゲジにしろ、ムカデにしろ、クモにしろ 
―あのおぞましさに比べたら、ナメクジやカタツムリやヘビの方が可愛いと思いませんか?
(んなことないって)


自然が教えてくれた「死生観」(28)−蛙(5)
2007年11月01日 (木) 19:26 | 編集
帰巣本能。
そう、カエルにもあるのです。

水槽で、卵から飼ったカエルを近くの水場に放しに行きました。
(これは、アオちゃんとは別のカエルです)


梅雨のとある雨の日。
会社から帰ってくると、社宅の階段に4匹ほどカエルがいるのです。

社宅は全く同じ形で10数棟立ち並んでいます。
なぜか、他の階段にはいません。

当時の我が家は2階。
そのカエル達は、1階の階段から踊り場にかけて散在しており、
しかし、一様に上を目指しています。


自然が教えてくれた「死生観」(27)−蛙(4)
2007年10月24日 (水) 21:05 | 編集
今の子どもたちは川で遊ばないから、カエルに接することも随分減ったのでは…。
(カエルは助かってる?)

そこで、子どもにも見せようと、田んぼでオタマジャクシを取って来て虫かごに水を入れて飼ったことがあります。
足が出、手が出て見事大人に。


子どもよりも妻が、
「アオちゃん」と呼んで大層かわいがっていました。

ある時、妻は餌になる虫を取って入れ、
パチンと蓋を閉めました。


自然が教えてくれた「死生観」(26)−蛙(3)
2007年10月03日 (水) 23:59 | 編集
子どもの頃、宮崎の母の実家の山道の小さな側溝で、なんとも不思議な光景を見たことがあります。

カエルと蛇がいました。

まぁ、自明の関係です。



追いかけていました。

まぁ、よくあること …

では、ありませんでした。



自然が教えてくれた「死生観」(25)−蛙(2)
2007年09月19日 (水) 23:55 | 編集
ガマ、イボ、ウシ、食用…

どの接頭辞がつくのか知りませんが、でかいカエルもいたものです。

やはり小学生の頃、やはり昆虫のでかい鹿児島の話です。



小石をぶつけてみました。

ボコッ

とぶつかる音がします。


いやはや。



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