あなたの子どもを加害者にしないために
全国のご家庭を訪問カウンセリングしている家族カウンセラー(家族相談士)のモノログ―家族のこと、気になる出来事を感じたままに率直に
「死にたい」と思っていた人との往復書簡(6)−(答3)人間は本来健全な生き物
2007年10月16日 (火) 05:51 | 編集
【復3】

母親の子への思いについては、Kさんの思いも分からないではありません。
私の妻にも次のようなエピソードがあります。
http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-166.html

おなかを痛めて出てくるだけに、やはり男性とは異なる感情が湧くと思います。
ただ、そこにはやはり個人差があるでしょう。

「死にたい」と思っていた人との往復書簡(5)−(問3)母親にとって子どもは持ち物ではないか?
2007年10月12日 (金) 23:14 | 編集
【往3】

丁寧なお返事、本当にありがとうございます。
中尾さんの宿命に対する考え方、大変よく理解できました。
世代間連鎖についてのお考えも、ただただ頷くばかりです。

「なにかあればご遠慮なく」というお言葉を真に受けてよろしいでしょうか。
また一つ書かせていただきます。

最近気になっていることがあります。

「死にたい」と思っていた人との往復書簡(4)−(答2)宿命とは自律への意志と連鎖との闘い
2007年10月10日 (水) 22:47 | 編集
【復2】

宿命というのは、私の体験から出てきた考え方です。

以前パニック症候群に陥ったことがあります。
この病は、私に生きるペースを変えよと教えてくれるものでした。
この時期は、突っ走ってきた自分の見直しをいろいろと迫られる時期だったのでしょう。

「前世療法」という本に出合いました。
これは、自分と家族、特に子どもとの関係の認識を変えてくれました。


概要次のようなものです。

「死にたい」と思っていた人との往復書簡(3)−(問2)宿命とは何か?
2007年10月09日 (火) 22:34 | 編集
【往2】

お忙しい中お返事頂き、本当にありがとうございます。

>自殺は意識してやっていない場合もある。
まったくその通りだと思います。

この場合は価値観の問題ではありませんね。
動いてはいるのだけど、周りが全く見えていない。
ただただ楽を求めて、今の苦しい状況からの救いを求めていたら、気付いたらホームの先に立っていた―そういうことだと思います。


中尾さんの言われる3はよく分かります。
楽しくやっている時にわざわざ自分の人生を見つめたり、振り返ったりはしないですよね。苦しい時だからこそ、真剣に自分を見つめることができる。それによって連鎖を断ち切ることもできる。


「死にたい」と思っていた人との往復書簡(2)−(答1)生きる意味
2007年10月08日 (月) 22:50 | 編集
【復1】

自殺は、意識してやっていない場合もあります。
疲れ果てて、もう休みたいと思っていたら、気づくと電車のホームから一歩足を踏み出そうとしていた…そういう場合も多いのではないでしょうか。

そういう方は気づいたときには天国です。
そこに価値観の入り込む隙間はありません。

ですから、私は人をそのように追い込む環境を憎みます。
何とかしたいと思います。
そのためにブログで情報発信しているわけです。


上記のような場合があるにせよ、自殺を肯定はしません。
それは、次の3つの理由からです。
1,生き物だから
2,宿命(自分のこの世でのテーマ)を達成していないから
3,自殺したいくらいに悩んでいるときこそ生き直しのチャンスだから


「死にたい」と思っていた人との往復書簡(1)−(問1)自殺はダメなことなのか?
2007年10月07日 (日) 23:31 | 編集
以前、青木ヶ原樹海で自殺しようとしている男性と遭遇したドキュメントを見た。
取材した人が「理由もなく死ぬ」ということにショックを受けていた。

「孤独」は、生きる気力を奪うに十分な理由だ。

ある方との往復書簡−それをブログに掲載することにも意味があるのでは、と、ふと思った。
その方も、死について深く考えていらっしゃった方だった。そういう方と真摯にやりとりしたかつてのメールを掲載することが、そういう思いを抱えている方により共感的に届くのではないかと思ったからだ。

『自分の文章が何らかのお役に立てること、ありがたく思います』
ご返事を頂いたので、掲載したいと思う。


河島英五「生きてりゃいいさ」
2007年04月25日 (水) 21:49 | 編集
今日4月25日−福知山線尼崎脱線事故の日。
追悼式で、夫を亡くされた方が河島英五の「生きてりゃいいさ」をピアノで弾き語りされた。

夢を持ち、熱い思いを持っていた今は亡き人々
起きれず、人に会えず、仕事もできず…日常を失った残された人々
歌詞が迫ってきた

私の相談者には、いろいろな意味で形で、「喪失」を体験された方がたくさんいる。
その方々に贈りたいと思った。



生きてください
2006年12月11日 (月) 01:04 | 編集
一つの生命が生まれ
一つの生命が消える

人生とは、ただその間を生き抜くだけ
そこに、評価はなく勝敗もない

全てはうたかた
大宇宙のほんの一瞬

…その通り


だけど、
懸命に生きるその姿が
周囲の人に勇気を与える

だから、生きてください。


人じゃなくて
2006年11月10日 (金) 08:59 | 編集
筆箱から落ちた1枚の紙片…
たどたどしい字で書かれていた一編の詩


「人じゃなくて」

酒井早苗   
                   
 つまらぬ奴と
 人に言われるより
 自分の心に
 言われぬように

 あなたが好きと
 人から言われなくとも
 自分の心に
 言えるように



あぁ…、この子は自分で自分を支えている。
筆箱に忍ばせた一遍の詩が、この子の命綱。

その子は、中学生。
被虐待児。


親の期待に自分の人生を売ることなかれ
2006年11月08日 (水) 21:44 | 編集
今朝のスーパーモーニングで岐阜でいじめ自殺にいたった「ありささん」の特集があり、その中で父親へのインタビューがあった。

印象に残ったのは、次の2つの言葉である。
「自分は人格者を目指していたし、ありさには自分を越える人格者に30代でなってほしいと思っていた」
「私たち夫婦は、娘からサインをもらえなかった。今悩みを持っている子は、親は最後の砦だから、親に話しをしてほしい」


以前、「頑張ってはいけない」で書いた「それにとどまらないもの」の答えが見えた気がした。

ありささんの遺書が訴えていたことが、いじめに対する憎しみではなく、『がんばることに疲れました』であることに対する答えである。


「優しさ」が殺されている
2006年11月01日 (水) 23:21 | 編集
「すごい優しくて頼れる先生でした」と言われる高久裕一郎校長。
いじめられている子をかばってからいじめられるようになったという岐阜・中2の女子生徒。 
「優しい心が一番大切だよ。その心を持てないあの子たちがかわいそうなんだよ」と言っていた小森香澄さん(1998年に自殺)

いずれも今朝のテレビで見て。

感じたこと。

「あぁ、優しさが殺されているんだ……」


頑張ってはいけない
2006年10月30日 (月) 23:16 | 編集
『がんばることに疲れました。それでは、さようなら』

岐阜県瑞浪(みずなみ)市の市立瑞浪中学2年、自宅で首をつって自殺した女子生徒の遺書の最後である。

そして、
『この忙しい時に御迷惑をおかけします』
これが冒頭の方に来る。


中学2年生が、『この忙しい時に御迷惑をおかけします』と書く。しかも、自分が死ぬ、という遺書にだ。


「子は親の鏡」「若者は社会の鏡」と言い続けているが、この遺書もそのまま現代日本社会を表しているように思えてならない。


後追い自殺のニュースを見て
2006年10月19日 (木) 12:00 | 編集
「人間がシステムに敗北している」
この言葉がふっと沸き起こった。

ここでのシステムとは、社会体制(ルールや制度、社会の仕組み)といってもよい。


JR西の尼崎脱線事故の犠牲者の妻が自殺した。
妻と書いたが、結婚はしておらずJRは遺族と認めていなかった。

その女性は、親にマンションに来るようメールした後飛び降り自殺した。
「私からすべてを奪ったJRが憎くて憎くてたまりません」
「由起を地獄につき落としたJRと戦って下さい」

JR側のコメントは以下。
「精いっぱいの対応をしてきたつもりだったが、(女性の)気持ちに気がつかなかった」




朝食をとりながらこのニュースを見ていて、わき起こった思い。それが、
「人間がシステムに敗北している」
そういう思いだった。

「生きていてもいい?」(2)―出逢った瞬間に切り離す
2006年03月05日 (日) 21:01 | 編集
「生きていてもいい?」というドラマの中で最も印象に残った言葉は、お父さんが真希につくづくと言った次の言葉だ。

『初めておうた時に、どうしようもなく愛してしまったんやなぁ…』


私は、妻の言葉を思い出していた。



「○○(娘の名)をね、初めてこの手に抱っこした時、あまりにも可愛くってね」
「怖いと思ったの」


妻は、我が子に対して愛しい気持ちの奔流を感じた。
その奔流は大きな愛情の渦となってこの子を飲み込んでしまうのではないか…その怖さを直感的に悟った。

盲愛し、私物化し、お人形にし、そして、この子の人生を狂わせかねない。
湧き上がる愛しさの激流に、妻は感情のもつ恐ろしさを感じたのである。

それほどに、
我が子は可愛かった。

「だから、この子は天からの授かりものだ、って自分に言い聞かせたの」



子どもをとって食らう「鬼子母神」になりかねない性…妻は、自分にそれを感じたのだろう。
だから、抱いた瞬間に切り離した。

凄いなと思う。


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