あなたの子どもを加害者にしないために
全国のご家庭を訪問カウンセリングしている家族カウンセラー(家族相談士)のモノログ―家族のこと、気になる出来事を感じたままに率直に
ひめゆりの証言―島袋淑子(17歳)
2009年08月11日 (火) 08:50 | 編集
『手術の時の兵士たちの断末魔の叫び声は、胃までも耳にこびりついているんです。地獄そのものでしたよ』

『脳症患者は頭がいかれていますから自分の傷の痛みもわからなくなり、重傷で寝ている人の上を平気で歩き回って暴れるんです』

『破傷風患者は手足が痙攣し、ついには口が開かなくなるんです。そうなると、重湯も喉を通らなくなるんです』

ひめゆりの証言―新嘉喜すみ子(17歳)
2008年11月11日 (火) 08:38 | 編集
『(空の樽に)ご飯が入れられるまで、皆近くの竹藪の中で待機して待っているんです。朝日が昇ると敵の飛行機の旋回が始まります』

『当時は毎日のように雨で、道はぬかるみ、丘の斜面を運ぶのが大変でした。それに途中は非情に危険で、しばしば機銃や爆弾で私たちを狙って撃ち込んでくるんです。土塊を頭からかぶったりして生きた心地もしません』
ひめゆりの証言−大城信子(17歳)
2008年10月28日 (火) 18:35 | 編集
『砲弾の降りしきる中を手術室から壕へ患者の誘導は大変な仕事でした』

『誘導の途中、ほとんどの患者がかわいそうなくらい唸り続けでした。』

『そんな時、至近弾に見舞われると、泥みずの中であろうと石ころだらけの中であろうと、サッと身を伏せます。その時だけは今までうんうん唸って、「痛い。痛い」と連発していた患者も不思議と静かになっていました』

ひめゆりの証言―湧川辰子(15歳)
2008年10月21日 (火) 07:40 | 編集
『玉置莞爾軍医は年配のおとなしい方でしたが、産婦人科医ですから手足の切断手術は専門ではなかったようです。メスで切り開き、肉をまくり上げて鋸で骨を切っていましたが、あれは酷かったですね』

『(略)ほとんどの人が100まで数えても麻酔が効かず苦しがるんです。切断患者のほとんどが翌日にはなくなりました』

ひめゆりの証言―伊波園子(19歳)
2008年08月19日 (火) 23:36 | 編集
『蛆がいっぱい湧いていてね。解いた包帯から私の服に上がってくるのですよ。払いのける暇もないからフーと吹き落とせるだけ落として、どんどん身体に上がってくるのを見ながら、そのままでした』

『寝る時間どころか、1日1度のおにぎりを食べる暇さえなかなかないのです。それも私たちがいざ食べようとしたときには色も変わり、腐ってしまって、そのまま我慢することがしばしばでしたよ』

ひめゆりの証言―与那覇百子(17歳)
2008年08月15日 (金) 16:22 | 編集
『「ドカーン」と物凄い音でした』

『何だか気になって自分の十四号壕に急いで戻ったんですよ』

『中に入りましたら、なんと上地貞子さんや看護婦さんたちが壕の壁にペタッと貼りついたままになっているんですよ』

ひめゆりの証言―安里シズ(19歳)
2008年07月15日 (火) 07:58 | 編集
『患者たちは始終、「便器。便器」と催促しますが、便器が一つしかありません。焦っていたら、患者たちは軍服まで引きちぎってその上にするんですよ』

『水を欲しがるのですが、飲ます水がないんです。そしたら患者は自分のおしっこを飲むんですね。もうゴックンゴックン……』

ひめゆりの証言―津波古ヒサ(17歳)
2008年06月10日 (火) 23:16 | 編集
『私たちの仕事は、手術で切断する手足を持つ役目です。麻酔はエーテルを嗅がせるくらいで、切断される患者さんの手を握り、押さえつけて、「頑張ってください」と励ますのです』

『しかし大変です。切断したら、その握っていた手が離れないんですよ』


ひめゆりの証言−金城静子(16歳)
2008年06月03日 (火) 23:58 | 編集
『死人は毎日出ます。』

『死者の始末はポケットから遺品を取り出し、服の裏の名前を見て出身地や部隊を調べ、耳や鼻や口に脱脂綿を詰め、手を組ませましたが、後からは毛布にくるんでゴミみたいに捨てるだけでした』


ひめゆりの証言−仲里マサエ(20歳)
2008年04月22日 (火) 07:34 | 編集
『手術で出た汚物の処理で外に出ようとしたときですが、通路は手術の順番待ちの負傷兵でいっぱいです。皆疲れ切っていますから動こうともせず通れません。それで私が切断した足を前につきだして、「足が通りますよ」と言いましたら、皆驚いて道を開けてくれたこともありました』

ひめゆりの証言-前野喜代(17歳)
2008年04月01日 (火) 23:33 | 編集
『両手は肩に付いてはいましたが骨折だらけ、背中も足もお腹も傷だらけです』

『「私はどうなっているの。手はどうなっているの。足はどうなっているんだろう。足はあるの」』

『(略)励ますのですが、
「じゃあ立たしてごらん。立てるか、立たして」
「そんなことしたら余計出血していけないでしょう。傷は浅いんだから大丈夫よ」
「立たせてくれないのは、もう立てないのだねえ」』

『しばらくして亡くなりましたが、意識は最後まではっきりしていました』
ひめゆりの証言−照屋菊子(17歳)
2008年03月11日 (火) 21:30 | 編集
『初年兵が畑の小屋の中で寝かされていました。腸が全部出ているんです。目はうつろで助かりそうもありません』

『2人で出来るだけでもしてあげようと、飛び出した腸は中につっこんで包帯でグルグル巻きました』

『「お母さん!」と横になっていたのが急に起き出し、飛びついてきたんです。凄く強い力でした。』

『「お母さん、悪かった。僕が志願しなければこんなことにはならなかったのに、僕の親不孝を許してください」と。また何か言おうとしてこと切れました』

ひめゆりの証言−新崎元子(16歳)
2008年02月26日 (火) 23:37 | 編集
『少尉がいましたが、この人だけは特別に兵隊が二人も付き添っていたんです。負傷は足に軽いけがで、ほんとに座ったり寝たりで、食事を運ばすだけでなく洗面まで世話してもらうんですよ』

『その頃には手のない人もたくさんいて、自分でおしっこもできませんから、非情に嫌でしたけどその世話まで私たちがするわけです』

『一般の兵隊にはろくな食事もなく、1日に小さなおにぎり1個だというのに、少尉は料理も違うし、ちゃんとお膳にのせて持ってこさせるわけですよね』

『軍の階級の厳しさが納得できませんでした』

新崎元子(16歳)


ひめゆりの証言−当真久子(19歳)
2008年02月12日 (火) 23:02 | 編集
『「天皇陛下万歳」と言って兵隊は死ぬんだと聞かされていましたけど、実際はそうではありませんでした』

『死の前に思うことは、皆「お母さん」ですよ。どの患者も家族のことしか話しませんでしたよ』

当真久子(19歳)


ひめゆりの証言−吉村秀子(19歳)
2008年02月05日 (火) 20:38 | 編集
『「痛くてたまらない。何かが傷口を噛んでいる。開けてみてくれ」と言うのです』

『しかし確かにカサカサ音がします』

『血と膿でべっとりした包帯をこわごわ解きました。そしたら太った蛆が3,4匹這っているんです。悲鳴の出るのをぐっとこらえました』

『蛆を払い落とし、「何もいません。包帯が汚れて痛むのでしょう。今日は包帯交換日ですからそれまで我慢しましょうね」と包帯を元に戻しました。心が疼きました』

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