プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
02 ≪│2017/03│≫ 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

「仮面の家」を、あなたは裁けますか?

2009/01/16(Fri) Category : 仮面の家
【「裁判員制度に反対です」のつづき】

さて、ここに「仮面の家―先生夫婦はなぜ息子を殺したのか (新潮OH!文庫)」という本があります。

1992年に起こった「真面目な高校教師と良妻賢母」による息子(23歳)刺殺事件。8万人もの減刑署名が集まり注目を集めました。
新聞記者横川和夫氏は、『表面的には何一つ問題のない家庭と見られていただけに、健全と見える家族のなかに潜む異常性が起こした事件とでも言うのだろうか』―そういう疑問を胸にこの事件を取材し、「仮面の家」という本にまとめました。

 
Comment0  |  Trackback0
 
 

第1部 家庭内暴力息子刺殺事件―1、事件概要

2009/01/28(Wed) Category : 仮面の家
第1部 家庭内暴力息子刺殺事件

■1、事件概要------------------------------------------

『「何度も、ごめんねって……。あの子に謝りましたが……。でも……あんな方法しか、あれっきりなかったんだよ。許してくれと。いま考えても、じゃあ、ほかに何があったかって……」

性の問題を抱え、自立できずに苦しみ、家庭内暴力をくり返す二十三歳の息子を、妻と二人で刺殺した高校教師の父親は、法廷では心境をこう証言した。』

 
Comment1  |  Trackback0
 
 

第1部-2、割れる世間の目

2009/02/05(Thu) Category : 仮面の家
第1部 家庭内暴力息子刺殺事件

■2、割れる世間の目------------------------------------

<一審>浦和地裁
『長男の立ち直りは極めて難しく、それまでの親の接し方にも間違いはなかった。長男の精神荒廃が極限の状態では、家庭が崩壊させられるか、長男を殺害するかしかの選択しかなかった』(執行猶予付)

<二審>東京高裁
父親は『社会経験が豊富で物事を冷静に判断できる立場にあった』『家庭内暴力が始まってから事件まで1年もたっておらず家族への危害はなかった。社会への適応能力もあり、治癒可能性は十分にあった』(実刑)

 
Comment1  |  Trackback0
 
 

第1部-3、“関係性”の視点で問題を見る

2009/02/06(Fri) Category : 仮面の家
第1部 家庭内暴力息子刺殺事件

■3、“関係性”の視点で問題を見る

事が起こると、その事件の渦中にある中心人物にのみ焦点が当たるのが、これまでの考え方の枠組みでした。そのため、「長男の評価」を中心において2つの判決が出たわけです。評価は2つに分かれましたが、いずれも長男を中軸においていることに変わりはありません。

 
Comment0  |  Trackback0
 
 

第2部 生き方モデルがいなかったりょう先生-1、りょう先生の父親と家族の確執

2009/05/18(Mon) Category : 仮面の家
第2部 生き方モデルがいなかったりょう先生

■1、りょう先生の父親と家族の確執----------------------

りょう先生の父は高小を出て裕福な米屋に丁稚に出ます。
歌舞伎、文学に傾倒した粋人である米屋の主人は、まめに働く上に、給金の中から文学全集を買って読むその小僧を見どころがあると見込みます。
男前でもあり番頭に出世する頃には、名門女学校に通う末娘のお嬢さんに思いを寄せられるようになり、結婚。りょう先生の父親は逆玉の輿で米屋の跡を継ぐことになりました。

 
Comment0  |  Trackback0
 
 

第2部-2、母に認めてもらいたかった少年

2009/05/20(Wed) Category : 仮面の家
第2部 生き方モデルがいなかったりょう先生

■2、母に認めてもらいたかった少年--------------------------

小学校時代のりょう少年は、かつて『箱入りお嬢さん』だった母が早朝から夕暮れまでリヤカーを引く行商について歩いています。
中3からは学資を賄うためりょう少年も毎朝納豆売りを始め、日曜日にはノコギリの行商をしていた父について歩いています。

一方で、『諺・格言など父から教わったものが、私の中学・高校時代の知識の多くを占めていた』と言うとおり、父親の博識を尊敬し、また、文楽、歌舞伎などにもよく連れて行ってもらっています。

 
Comment1  |  Trackback0
 
 

第2部-3、家族の機能(調節弁)として生きた子ども

2009/05/20(Wed) Category : 仮面の家
第2部 生き方モデルがいなかったりょう先生

■3、家族の機能(調節弁)として生きた子ども----------------

日常的に大喧嘩しているのに、なぜ別れないのか?
子どもは不思議に思います。母親は「子どものために別れなかった」と言ったりしますが、子どもは内心「別れればいいのに」とさえ思っているのです。それを別れないのは、子どもから見ると、“母親は子どもより父親をとった”ということになるのです。

 
Comment0  |  Trackback0
 
 

第2部-4、りょう少年のストローク飢餓

2009/05/20(Wed) Category : 仮面の家
第2部 生き方モデルがいなかったりょう先生

■4、りょう少年のストローク飢餓----------------------------

「形態発生派」の二人の姉 vs 「形態維持派」の両親 の闘いの間に立ち、そのなだめ役(プラケーター)をすることが日常であったりょう青年。彼は、気持ちで生きることができず、家族の調節弁という「機能」として存在していました。それは、“気持ちを持つ人間”としては家族の中に存在していなかったと言うことです。

りょう青年という調節弁(なだめ役)の上に立って両親と姉が大喧嘩していたということは、無意識のうちに彼の気持ちは全員が無視していたと言うことです。ひとりの人間としての存在はそこにはありません。

 
Comment1  |  Trackback0
 
 

第2部-5、気持ちを切り捨てたりょう青年

2009/05/21(Thu) Category : 仮面の家
第2部 生き方モデルがいなかったりょう先生生>

■5、気持ちを切り捨てたりょう青年-------------------------

話しは少し戻ります。
りょう青年は貧乏から抜け出るために一浪して東大を目指します。記憶力勝負の実力発揮ができますね。『私が何とかこの貧乏を救えたらな』。東大に入れば、『無限の幸福が待っている』―そういう思いでした。何かをしたいから目指すのではなく、東大そのものがゴールだったわけです。

 
Comment0  |  Trackback0
 
 

第2部-6、りょう先生の人生脚本

2009/05/22(Fri) Category : 仮面の家
第2部 生き方モデルがいなかったりょう先生

■6、りょう先生の人生脚本------------------------------

りょう青年は、「雪」というショートストーリーを書いています。

雪深い温泉へ心中に向かった二人が、三日三晩話し合った末、どのように生きていくのか具体的な方法は見つからないものの、ともあれひっそりと生きていこうと思い定め、明るい気持ちで帰る途中に雪崩に巻き込まれて谷底に消えていく、というストーリーです。

 
Comment0  |  Trackback0
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
わが子を守るために
記事
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード