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中尾英司

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正月小話

2006/01/02(Mon) Category : 家族小景
●リバウンド
妻「リバウンドを制するものは、ゲームを制す」
夫「リバウンドを制するものは、体重を制す、だろ。」
妻「○○(息子の名)、オヤジ殴ってこい!」

●ポー
娘「ポー」(突然甲高い声)
父「“ポー”はお前ン頭の中じゃ」
娘「ちーがーう~」

●似たもの母娘(おやこ)
娘「(インコへ)おねえちゃんのこと好き?」
母「(インコへ)ママのこと好き?」

娘「(弟へ)おねえちゃんのこと好き?」
母「(息子へ)ママのこと好き?」
―そして、時々息子とインコの名前を間違える母娘……(--;)
 
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「戦後60年」の年を振り返る

2006/01/05(Thu) Category : 世相・社会
「戦後60年」が言われた年―今年同様「おめでとう」で明けたはずだった。が、ふたを開けてみると、一歩踏み出したなと感じさせる異常気象のほか、JR西日本の事故や耐震偽装問題、そして再び少年犯罪が多発した年であった。

いろんなことが、耐え切れなくなって表面化し始めたな、という感じ…。
会社のマネジメントはいよいよ崩壊しており、家庭までが汚染されつつある。

講演で会社員をはじめとする組織人に接し、家族カウンセリングでいろいろなご家族に接する中でつくづく思うことは、ニホンジンが“急き立てられている”ということ。

かつて、夏目漱石が日本人は上滑りに滑っていると感じたようだが、今や全日本人が意識的、無意識的を問わず、急き立てられる思いで日々を送っているのではないだろうか。

交流分析的に言えば、「努力せよ」「頑張れ」「成功せよ」というドライバーが上から下までビルトインされた時代。そのウラには、「お前のままであるな」というメッセージが張り付いているため、どんなにやっても不全感が残り、自信も持てない。…
 
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「戦後60年」を振り返る―(1)「モノ」から「ココロ」へと民心が変化した戦後30年目

2006/01/05(Thu) Category : 世相・社会
【「戦後60年」を振り返る】

■「モノ」から「ココロ」へと民心が変化した戦後30年目

国は、民(ニーズ)、政(ビジョン)、官(国の仕組)、経(経済の仕組)の4つから成り立っている。
「民」のニーズ(気持ち)を基に、
「政」がポリシーをすえてビジョンを掲げ、そのビジョンを実現すべく
「官」の仕組みを変え、その基本的仕組みに則って
「経」が動くのが順序だ。

 
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「戦後60年」を振り返る―(2)「失われた10年」(1987-97)の真の意味

2006/01/05(Thu) Category : 世相・社会
【「戦後60年」を振り返る】

■「失われた10年」(1987-97)の真の意味

 民心の変化に押されて、ようやく土光氏が行革(官の仕組みの改革)に乗り出す(81~86)。土光氏は、その質素な生活“姿勢”を持って目指すべきビジョン(姿)を提言しようとした。

 が、土光氏の闘いは「国主導の工業立国」の仕組み(中央集権官僚国家体制)を温存しようとする角栄との闘いがその本質であり、官僚は角栄に加担した。“内の土地の収奪”により利権を生む角栄の「公共事業型工業立国」のビジョンは生き続け根付いていたのである。

 その田中―土光という綱引きのライバルが共にいなくなり、角栄が病に倒れて政界復帰の見込みがなくなるのを見据えたように登場したのが竹下内閣(1987)だった。

 
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「戦後60年」を振り返る―(3)失われた10年末期の「酒鬼薔薇事件」が意味する2つのこと

2006/01/05(Thu) Category : 世相・社会
【「戦後60年」を振り返る】

■失われた10年末期の「酒鬼薔薇事件」が意味する2つのこと

 システムズアプローチの観点で見れば、問題がある現象は社会のひずみを現している。たとえば、当時急成長した(旧)オウム真理教。サティアンは次のような特徴を持っていた。

サティアンの特徴
(1)自分の居場所はここしかないと思わせる
(2)異なる価値観を入れないため外界と隔離
(3)外界と隔離した閉鎖社会の中で、徹底してその組織の価値観を刷り込んでいく
(4)同じ方向を目指す者たちの集まりであるから、競争心をあおることはたやすい(ヨコの分断)
(5)達成度合に応じて細かく"カースト"を作れば、簡単に上意下達の階級社会を形成することができる(タテの分断)
(6)序列付けと競争心により個々人はばらばらになり連携が取れないため、絶対君主組織は強固になる


 
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「戦後60年」を振り返る―(4)失われた「モラル」(父性)と「愛情」(母性)

2006/01/05(Thu) Category : 世相・社会
【「戦後60年」を振り返る】

■失われた「モラル」(父性)と「愛情」(母性)

もう1つは、モラルを失い暴走する「政・官・経」に対して、我慢し続けた「民」がついに“キレた”ことの象徴である。
 キレるメカニズムは、拙著『あなたの子どもを加害者にしないために』を読んでいただきたいが、社会を1つの有機体システム、たとえば“人間”としてみた場合、「日本」という名の“人間”の心のコップには、先に見たように30年間もストレスが溜まり続けてきた。

 ストレスはギャップがある時に発生する。
 この場合のギャップは、変化している民心と変化しない社会システムとの間に起こるギャップである。

 そのストレスから逃れる先として急成長したのが(旧)オウム真理教であり、最もしわ寄せが行く子供にとってストレスの吐き出し先となったのが学校という現場だった。97年は“キレる”という言葉が社会的に認知された年だった。

 
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「戦後60年」を振り返る―(5)「ココロ」が崩壊しつつある戦後60年目

2006/01/05(Thu) Category : 世相・社会
【「戦後60年」を振り返る】

■「ココロ」が崩壊しつつある戦後60年目

 そして、それから8年――
 「民」がキレた年、1997年を境に民の行動は変わった。
 が、社会システムは今日に至るまで変わることなく存続し続けた。そして、社会保険制度に象徴されるがごとく「人余り」を前提とした旧システムは次々と崩壊に次ぐ崩壊を続けている。

 一方、会社という「サティアン」は変わったか?
 JR西日本や三菱自動車の事故、そして耐震偽装マンション。他人事のように話をする会社の幹部や政治家、魂の抜けたような顔をしていた姉歯氏を思い出すにつけ、「サティアン」は存続し続けていることがわかる。

 
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「戦後60年」を振り返る―(6)常識を疑え。そして、行動せよ!

2006/01/05(Thu) Category : 世相・社会
【「戦後60年」を振り返る】

■常識を疑え。そして、行動せよ!

 戦後から昨年までの日本の状況を心理的側面から俯瞰させていただいた。「今、なぜそうなっているのか、過去の経緯を知らなければ問題提起に答えられない」からだ。「問題をとらえるにあたり、自分たちがどのような変化の過程にあるのかを認識しつつ、問題を見ることが重要」(以上2つとも『あきらめの壁をぶち破った人々』より)なのである。

 これまで、犯罪が起きた場合は加害者の特異性だけが問題とされ、多くの場合何らかの異常者というレッテルを貼ってケリをつけ、私達は安心を取り戻していた。そのウラには次の2つの暗黙の了解があった。

1.“親はまともである”という暗黙の社会的な了解
2.人は、体の成長と共に心も成長するという間違った了解

 
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親がおかしい(3)―凍夜の泣き声

2006/01/06(Fri) Category : 親の諸相
以前、「親がおかしい(2)―零時過ぎの女の子」という日記を書いた。

つい先ほど、22時半頃、外で女の子の泣き声がした。かなり寒い夜である。
一体何なのだろうと妻がベランダに出て下の通りを見た。すると、例の新体操の練習をしている女の子だという。傍に父親が立って見ているらしい。

泣き声がひどくなったので、妻と入れ替わりに私も見に出た。寒さが凍みる。

20mほど先の道路の真ん中でバトンを投げ上げ、前転して落ちてきたバトンをキャッチするという練習のようだ。そのバトンが取れない。街灯があったとしても、夜空に上げるのだ。見えにくいはずだ。

 
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松の内

2006/01/08(Sun) Category : 世相・社会
松飾りのある期間「松の内」は、本来は小正月の15日まで。年賀状も15日まではOKなのだそうだ。

神様が鎮座する台座である鏡餅。
それを割る「鏡開き」は、ハレの日の終わりとケ(日常)の始まりを意味する。その昔は『初顔祝う』という詞にかけて20日に行われていたそうだが、徳川家光が4/20に亡くなったので、この日を忌日として11日に行うようになったとか。その影響で将軍お膝元の関東では正月が短くなったのかもしれない。

関西ではかろうじて15日に「松送り」(門松やしめ縄を飾りをとる行事)をする習わしが残っているようだが、関東では「七草粥」を食べて正月気分は終わりという「七日正月」が一般的なようで。
とはいえ、いずこもサラリーマンにとっては、仕事始めの4日で気分はすっ飛んでしまう「三日正月」だ。

あわただしい。


 
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