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中尾英司

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自然が教えてくれた「死生観」(20)-鍬形

2007/08/01(Wed) Category : 自然が教えてくれた
さて、お待ちかね(?)
いよいよ人気者の登場です(笑)

コクワガタ
コクワガタ posted by (C)yamanao999




夏休み-
朝早く、傘を持って裏山に出かけます。

大きなコウモリ傘です。

さて、何をするのでしょう?

 
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栗原変身!

2007/08/03(Fri) Category : スポーツ
あの、プリンセス・メグと言われていた栗原が頼もしくなっていた。
お姫様ではなく、勝負師の顔に変わっていた。

難しいトスも打ちにいく思い切りのいいスパイク。
いやぁ、強くなったなぁ!

自分の弱さとの闘い、
相当の努力があったのだろう。

「石の上にも3年」というが、
そして、そのことをいろんなことで実感もしているが、
3年あれば人は変わる。

チームとしては不安があるが、
そのチームの精神的支柱にさえなり得るのではないか。

試合中の厳しい表情
そして、終わった後の笑顔がよかった

おめでとう!


 
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連鎖を断つために過去と向き合う

2007/08/07(Tue) Category : 戦争
家族カウンセリングに来ている旅先でニュースを見た。
「夢千代日記」の脚本家、早坂暁さん(77)が、被爆者に絵を描いてもらうよう依頼して回っているドキュメントだった。

被爆者の平均年齢は74歳。
その方々が後世に伝えることなく逝ってしまえば、日本は一挙にタガが外れそうな気がする。

しかし、彼らにしてみれば思い出したくない過去なのだ。

ある女性は、焼け野原で見た死体が目に焼き付いて忘れられない。
原爆による急激な気圧の変化で、まるで釣り上げられた深海魚のように、その肉体は全身が膨れあがり、そして…眼球や脳みそ、内臓などが飛び出していた。


 
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原爆が落ちた日

2007/08/07(Tue) Category : 戦争
被爆の図


『「夢千代日記」早坂暁さん、原爆絵日記を出版へ』という記事を読んだ。

「絵でも見たくない」-被爆者の方は、そういう思いを持っておられるのだ。
『ためらいもあったが、「虫けらのように殺された同級生らが『僕らのことを描いて』と言う夢を見た。目に見えない力が後押ししてくれる」と絵筆を握る』

勉誠出版というところから、来年夏に出版されるらしい。


早坂さんが、原爆にこだわる理由が毎日新聞2007年7月30日大阪夕刊に出ていた。


 
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「戦争体験の継承」の難しさと大切さ

2007/08/07(Tue) Category : 戦争
小田実の「何でも見てやろう」という分厚い本を読みふけったのは高校生くらいだったか。




再び彼の名を聞いたのは、胃ガンと闘っていることを報じた7/5日の朝日朝刊だった。
「えっ、胃ガン? それにもう75なの。親父と同じ年なんだ…」-なんだか一挙にワープして実感がなかった。

 
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ヒロシマナガサキ

2007/08/11(Sat) Category : 戦争
今朝のニュースで、ドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」のことが出ていた。

「原爆は戦争終結のために必要だった」と後悔なく語るエノラゲイのパイロット。その体験談を聞いて、
「原爆が投下されず本土で決戦となっていたら、日米ともにもっと多くの犠牲者が出ていた」
と話す子どもたち。

落とした側と
落とされた側とで
こんなにも受け止め方が違う

以前もテレビのドキュメンタリーを見て感じたが、
任務を任され、役割を果たした-ただそこにのみすがりつき他を見ようとしない役割ロボット
そこに、人の感情はない。

 
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日常の隣にある戦争

2007/08/11(Sat) Category : 戦争
『私は写真のコピーを見せた。一九四五年六月一五日の大阪空襲の写真のコピーだ。(略)B=29[超空の要塞]爆撃から取った大阪市街の写真である。地図状に拡がる市街の上をさらに黒煙、白煙が覆って拡がる。「私はここにいた」とその黒煙の広がりのなかの一点を指して言った。

それは事実だった。写真で見ればただの黒煙の広がりだが、広がりのなかは火炎が燃え上がり、つむじ風が起こり、風のなかを火の巨大な木切れや金属片が飛ぶ、そこで人が倒れて死ぬ―まさに生き地獄だった』


 
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夏の扉

2007/08/12(Sun) Category : 旅行記
簾に笹の葉


昨日は暑かった。
ただ座っていても汗が流れ落ちたからね(--;)。


簾に七夕で使った笹をアレンジして
いつもは目の涼だけではなく、
心地よい風が笹の葉を揺らして吹き抜けてくるのだが

簾の向こうはギンギンの青空
簾は寸とも呼吸せず
2,3度シャワーでクールダウン。


 
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50歳の少年少女たち

2007/08/14(Tue) Category : 人生・世代
「え~、あいつが教頭で、あいつが教育委員長?!」
高校時代、いい先生に恵まれたせいか教育界に進んだ人間も多い。
超高校級の授業をされ味のあったO先生を目指して生物の教師になったという者もいた。

ちなみに、私が中学時代に夏休みの宿題を写しまくったSと、高校時代に毎朝宿題を写させてもらったUは、それぞれ鹿児島大学と熊本大学の教授になっていた(^^;)。

一方で、職を点々とする者、不況にあえぐ者、会社で辛酸をなめた者、消息のつかめない者、そして既に物故した者もいた。

32年の歳月は、それぞれの肩書きや状況を変えた。
しかし、そこにいたのは昔となんら変わることのない多感な高校生たちだった。

 
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思い出を歩く(1)-住まい

2007/08/17(Fri) Category : 旅行記
【思い出を歩く】

翌日は、午前中ラウンジで話し、由布院に行くという友人を見送った後、昼から記憶をたどる散策に出た。

生まれて間もなくこの町に住んだことがある。
その頃は馬が荷車を引き、蹄鉄屋さんがあるような町だった。

その後鹿児島を転々として、小5~高校卒業までの当に青春真っ只中を、私はこの町で暮らすことになる。当時は、活気のある町だった…。


駅前にある金水苑から港が近い。
汐の香り。居並ぶ漁船。
佐伯港

 
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