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中尾英司

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娘の結婚―父親の思い

2016/09/02(Fri) Category : 家族小景
娘が、お盆に結婚式を挙げました。
(ついに、このことを書く日が来ようとは)

夜討ち朝駆けで、土日とて休む暇が全くない「教師」というハードワークで、使う暇がない給料は貯まりっぱなし。そのお金で悔いのない式を挙げることを娘は考えていたようだ。

もちろん、親としても全面援助。
何しろ、「人生脚本書き換え」のきっかけとなる大切な儀式。
娘の心に悔いが残らないよう望むとおりに援助するつもりでいた。物のために物にお金をかけるのではなく、心のために物やサービスにお金をかける―そこに関わる人にお金(血液)が循環する―それがお金が活き活きと喜ぶ道と思っている。

 
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ナウシカから30年以上―「ジブリの大博覧会」で感じたこと

2016/09/04(Sun) Category : 旅行記
「ジブリの大博覧会」(六本木ヒルズ)に行ってきました。
夜7時というのに1時間待ち。会場も押せ押せでしたが、夜景と天空展示を見るだけでも来た甲斐があります。

並んでいる間に見える夜景が綺麗。
六本木ヒルズから夜景02
六本木ヒルズから夜景02 posted by (C)Hide

 
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古代日本の転換点11-聖武天皇と光明皇后の時代年表

2016/09/12(Mon) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

このシリーズの前記事から2ヶ月ぶりのご無沙汰です。
「天武政権からいかにして藤原氏が政権を奪取できたのか?」というテーマで綴っているわけですが、これまでは主に持統&不比等、及びその後を継いだ聖武&光明がどのようなことをしてきたのかを見て参りました。

その中で、不比等と橘三千代の子、安宿媛(あすかべひめ:通称、光明子)の行動が不可解なのです。

 
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古代日本の転換点12-光明皇后が鎮魂したのは長屋王ではなく聖徳太子

2016/09/13(Tue) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

先の年表を見ながら、安宿媛に注目して歴史を眺めてみましょう。

●安宿媛を皇后にするため長屋王一族を葬る--------------------------

716年、安宿媛(あすかべひめ)は首皇子(聖武)の皇太子妃となります。
718年、阿倍皇女(孝謙)が誕生。

720年に不比等が薨去し、藤原氏の氏寺である興福寺は国営とされます(造興福寺仏殿司という役所創設)。その後、興福寺は大和の土地を所有し、隆盛を誇っていきますから、藤原氏の勢力のほどがうかがわれます。その藤原一族の目の上のたんこぶが長屋王。

 
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古代日本の転換点13-聖徳太子の遺志を継ぐ聖武天皇と光明皇后

2016/09/14(Wed) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

光明皇后が鎮魂したのは、藤原一族が滅ぼした長屋王ではなく聖徳太子でした。安宿媛にとっては、自分が生まれる約80年前に亡くなった人物が聖徳太子(現代の歴史年表上では)。けれど、わずか80年であれば、どういう人物でどのように亡くなったのかは生々しく伝わっていたことでしょう。

さて、聖武天皇及び光明皇后の仏教に関わる出来事を挙げてみましょう。


 
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古代日本の転換点14-「光明」という通称に込められた安宿媛の悲願

2016/09/15(Thu) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

前記事で、聖武と光明が聖徳太子の意志を継ぐかのように行動していたことがわかりました。

聖武天皇が、「天照(アマテル)+瀬織津姫」を、聖徳太子の教えを利用して「国分寺+国分尼寺」&「金光明経+法華経」の形で日本全国に再復活させようとしたことはわかりましたが、加えて興味深いのは、光明皇后が20年にわたって法隆寺に喜捨し続けていることです。

 
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古代日本の転換点15-光明皇后が恐れ憎んだ聖徳太子の正体

2016/09/16(Fri) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

●無残に打ち砕かれた安宿媛の夢、失われた現実との絆-----------------

呪われた自分の宿命から救われるべく「金光明経」と「法華経」に光を見いだし、「13-聖徳太子の遺志を継ぐ聖武天皇と光明皇后」で見たとおり、まるで聖徳太子の手足となって働いた安宿媛。

それはまるで、聖徳太子を「代理父」となし、「金光明経」のエピソードに出てくる女性・福宝光明を「代理母」とみなし、自分はその子供であるかのように通称を「光明子」(光明の子)に代えてまで善行を積むことを自分に課した安宿媛。

 
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古代日本の転換点16-書かれた時代と書かれたものでわかる「いろは歌」の秘密

2016/09/17(Sat) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

聖徳太子は蘇我入鹿だった。
必然的に導き出された結論に私自身が驚いてしまったわけですが、その証拠が「いろは歌」なんだなぁと思いました。ちょっと光明皇后から横道に入りますが・・・その話に入る前に―


 
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「君の名は。」 瀬織津姫

2016/09/18(Sun) Category : 映画
「君の名は。」見ましたか?




 
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古代日本の転換点17-道が分かれた聖武天皇と光明皇后

2016/09/20(Tue) Category : 神社・寺・城・歴史
【古代日本の転換点】

光明皇后は、聖徳太子(蘇我入鹿)鎮魂のためと自分の宿命を乗り越えるべく、その教えを実践する道に邁進し善行を積みました。その人生第一幕は、法隆寺に夢殿を作り、そこに太子等身像を葬ることで幕を引きました(739)。

両親から愛を得られなかった子供は何かにすがりますが、安宿媛が代理父としてすがったのは藤原四兄弟の次兄、藤原房前でした。その 房前が見てくれていればこそ、「光明子」という別人になって頑張ることができたのでしょう。

 
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