ハグされたい
誰でも、ほんとはそうさ。
両親から介入、過干渉を受け、また頑固親父から「感情禁止令」を受けて育った私は、中学に入ると親を避け、親に触れることを拒んできた。
父から抱きしめられる…考えただけでも気色悪い。
母から抱きしめられる…取り込まれてしまう。
まぁ、もとより親はそうしてこなかったし、こちらも身構えていただろう。
だってうっかり気を許してしまうと、侵入されてしまうから。
放っておいてもからみついてくる情念を遮断し、拒絶し、自分を守らなければならない身にとって、抱きしめられるということは、我が身を危険にさらすことだったのだ。
だから、抱きしめるという行為には違和感しかなかった。
なんだかいちゃつく、柔な行為のように思えていた。
そうして人生の半分近い時が過ぎたのだ…。
だけど…あの青年を抱きしめたときからだろうか…
(下記『過去に「赦し」をこい、将来を「許す」こと』参照)
私は、抱きしめるということがどういう行為なのか わかり始めた。
抱きしめるとは、「その人の存在を保証する行為」なのだ。
あなたは、確かにここにいる。
この腕の中にいる。
私のぬくもりがあなたに伝わり、
あなたのぬくもりが私に伝わる。
命がお互いの存在を感じ合っている。
肉体がお互いのやさしさを受け止め合っている。
自分が大事にされていると実感し、
あなたは大切な存在だと実感する。
命が愛おしくなり、
生きとし生けるものへの愛にあふれる
相手の全存在を受け止め合うこの行為に
言葉はいらない。
そうだなぁ、ただ抱きしめるだけでいいんだ…
そうだよなぁ、抱きしめてもらうと「安心」するもんなぁ…
抱きしめられると、心が落ち着き、やさしくなる
私は「抱きしめる」という言葉に違和感がなくなった
……
父も親の愛情がほしかった小さな子供だったんだなぁ
母も親の愛情がほしかった小さな子供だったんだなぁ
両親が共に小学校3年生くらいの子供に見えた日
私の心からわだかまりが消えた
こちらに戻ってくる朝、母を抱きしめた。
ほんとにしがみついてくる小さな女の子だった。
しかし、腰に回した手は思わぬ力で、ギューッと離さなかった。
「ありがとう、ありがとう」と何度も言いながら…。
そうか…こんなにも飢えていたんだ…。
こんなことで、こんなにも御礼を言われるなんて…。
<親父、おまえ少しは抱きしめてやれよ!>
母がかわいそうだった。
<生きている内だぞ!>
心の中で悪態をついた。
「さぁ、次は親父だ」
…逃げた。
まぁ…そのうち、羽交い締めにでもしてやろう(笑)。
私は、抱きしめることの意味と大切さを知ってから、
相談に来られる方々を心の中で抱きしめている。
若高兄弟の確執の裏(5):過去に「赦し」をこい、将来を「許す」こと
自分を抱きしめる
親への思い
ハグする文化の逆説的意味
ただ、抱きしめてあげてください
「死んだらあかんで!」−石野見幸ラストメッセージ
「Free Hugs Campaign」








