あなたの子どもを加害者にしないために
全国のご家庭を訪問カウンセリングしている家族カウンセラー(家族相談士)のモノログ―家族のこと、気になる出来事を感じたままに率直に
ハグされたい
2008年02月25日 (月) 23:45 | 編集
よね!

誰でも、ほんとはそうさ。



両親から介入、過干渉を受け、また頑固親父から「感情禁止令」を受けて育った私は、中学に入ると親を避け、親に触れることを拒んできた。

父から抱きしめられる…考えただけでも気色悪い。
母から抱きしめられる…取り込まれてしまう。

まぁ、もとより親はそうしてこなかったし、こちらも身構えていただろう。
だってうっかり気を許してしまうと、侵入されてしまうから。

放っておいてもからみついてくる情念を遮断し、拒絶し、自分を守らなければならない身にとって、抱きしめられるということは、我が身を危険にさらすことだったのだ。



だから、抱きしめるという行為には違和感しかなかった。
なんだかいちゃつく、柔な行為のように思えていた。
そうして人生の半分近い時が過ぎたのだ…。



だけど…あの青年を抱きしめたときからだろうか…
(下記『過去に「赦し」をこい、将来を「許す」こと』参照)
私は、抱きしめるということがどういう行為なのか わかり始めた。

抱きしめるとは、「その人の存在を保証する行為」なのだ。



あなたは、確かにここにいる。
この腕の中にいる。

私のぬくもりがあなたに伝わり、
あなたのぬくもりが私に伝わる。

命がお互いの存在を感じ合っている。
肉体がお互いのやさしさを受け止め合っている。

自分が大事にされていると実感し、
あなたは大切な存在だと実感する。

命が愛おしくなり、
生きとし生けるものへの愛にあふれる


相手の全存在を受け止め合うこの行為に
言葉はいらない。




そうだなぁ、ただ抱きしめるだけでいいんだ…
そうだよなぁ、抱きしめてもらうと「安心」するもんなぁ…

抱きしめられると、心が落ち着き、やさしくなる
私は「抱きしめる」という言葉に違和感がなくなった


……


父も親の愛情がほしかった小さな子供だったんだなぁ
母も親の愛情がほしかった小さな子供だったんだなぁ

両親が共に小学校3年生くらいの子供に見えた日
私の心からわだかまりが消えた

こちらに戻ってくる朝、母を抱きしめた。
ほんとにしがみついてくる小さな女の子だった。

しかし、腰に回した手は思わぬ力で、ギューッと離さなかった。
「ありがとう、ありがとう」と何度も言いながら…。

そうか…こんなにも飢えていたんだ…。
こんなことで、こんなにも御礼を言われるなんて…。

<親父、おまえ少しは抱きしめてやれよ!>
母がかわいそうだった。

<生きている内だぞ!>
心の中で悪態をついた。



「さぁ、次は親父だ」
…逃げた。

まぁ…そのうち、羽交い締めにでもしてやろう(笑)。




私は、抱きしめることの意味と大切さを知ってから、
相談に来られる方々を心の中で抱きしめている。








若高兄弟の確執の裏(5):過去に「赦し」をこい、将来を「許す」こと

自分を抱きしめる

親への思い

ハグする文化の逆説的意味

ただ、抱きしめてあげてください

「死んだらあかんで!」−石野見幸ラストメッセージ

Free Hugs Campaign


コメント
この記事へのコメント
 ハグを連想する曲でした…
↓まきちゃんぐ-愛の雫♪

http://www.youtube.com/watch?v=ESAqbWBsPjQ&feature=related
2009/06/26(金) 23:31 | URL | 匿名人 #-[編集]
解決したのは抱きしめあった瞬間でした。
中尾先生
こんばんは。

先生にお話した、母との壁(背中の鎧)が融けていった瞬間は、「ハグ」でした。

21歳の時、障害者施設で働いていたのですが、表に言葉を出せない方々同士のコミュニケーションは、「ハグ」でした。
わたしも、その方々とのコミュニケーションは、言葉ではなくハグであったり、目と目を合わせることであったり、手をつなぐことでした。
そのときは、その方々が日常的にそうされていたのが手本になりました。

自分の「父親」・・・大人になってからまだ、ハグしたこと無いです。

子供の頃(4歳ぐらいだったと思います。)、何かでひどく叱られた時に、とっさに自分から走っている自動車に飛び込もうとしたことがあります。
その時の気持ちは、「自分は要らない子なんだ」でした(そう叫んで飛び込んだと記憶しています)。

クルマの前に父親が飛び出して、わたしを助け、抱きしめてもらったことをはっきりと覚えています。
その時、父親は「ごめん、悪かった、頼むから死なんといてくれ!」・・・と言いながら泣いていました。

間一髪、急ブレーキを掛けて停まったカローラのおじさんが、父親に向かっていいました。
「自分の子供、大事にせなあかんで!」

確かにあの時、自分が存在していいんだと云う気持ちになりました。
2008/02/27(水) 18:38 | URL | nostalgia #HsmQRNbc[編集]
コメントを投稿する
URL :
コメント :
パスワード :
秘密 : 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
Powered by FC2ブログ(blog). / Template by sukechan.