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機能不全家族の事例

 
2008/04/01(Tue) Category : 少年犯罪・家族事件簿
第1回拡大ワークライフバランス研究会講演録−4】

*前項で紹介した機能不全家族(家庭)の事例を挙げてみます。



■小1の女児の不登校

「最近学校に行きたがらず、自分にくっついて離れようとしない」という悩みを抱えた母親。
父親不在で子どものことにはノータッチ。母親は家庭内のすべての責任を引き受け、緊張と不安のストレスの中にいました。

子供にとって安全基地の本体は母親。
自分が復活できる安全基地そのものに不安があるのですから、子供は外に行っている場合ではありません。その間に何かあったらどうしよう…不安が募ります。つまり、子供が学校に行こうとしないのは、「外」に問題があるのではなく「内」に問題があったからです。

処方箋はシンプル。
母親の「心のコップ」が空になればいい。

つまりは、夫に気持ちを聴いてもらうこと。
このケースでは、毎週ファミレスで2時間夫に妻の話を聴いてもらう時間を作ってもらいました。

ルールはひとつ−「アドバイスをしないこと」。
結果は→妻の心が軽くなり、母親が落ち着いてくれば子供はもう見守っている必要はなくなって、自分の世界へ集中することができるようになります。
不登校は治りました。

このように、子どもの問題行動は家族がどこかおかしいよと教えてくれているのです。



【ご参考】 しがみついて離れない子




■19歳両親鉄アレイ殺害事件

中学教師の父親と二十四の瞳と言われるくらいの小学校教師の母親。
そして、エリートでなければ認めないという厳しさをもった祖父。
夫婦二人が同じ価値観であれば、子供は太刀打ちできません。
さらに、3名も価値を共有していれば子供に逃げ場はありません。

少年は優等生で頑張り続けエリート高校に進学しますが、欠席が増えてニート状態になります。すると母親は教師を辞め、ニュージーランドに別荘を購入して少年と妹の3人で生活を始めました。

さて、このお母さんの行為、子供はどう思うでしょうか?

<Thinking Time>















































そう、重たいですね。
彼は両親に敷かれたレールの上を走り続け、疲れ果てて今はただ休みたいだけです。にもかかわらず、リハビリのレールまで敷かれたのです。その先には復帰というレールが見えています…。

少年は「自分の人生にどこまでも介入してくる両親を亡き者にする以外に自分の生きる道はない」と思い詰めて親を殺しました。
事件を起こした子供の言葉は、いつも真実を言っています。



【ご参考】 奈良母子放火殺人事件―「お膳立て症候群」の悲劇




■歯科医師家妹バラバラ殺人事件

これは、歯科医を復興したいという母親の人生脚本が、全ての家族を道具にした結果起こった事件だと私は見ています。
家業を守るために生活が手段となる本末転倒現象はよく見られます。
母親は、自らが家業復興のための第一の手(道具)となりました。
自らを道具とする人は関わる人間全てを道具にします。
いわば、自分の人生脚本に沿って演じる舞台の登場人物として夫も子供もいるのです。

生まれた男児2人は両親の経営する歯科医院をそれぞれ継ぐ後継としてのみ育成され、末子亜澄さんは継ぐべき医院もなく女性であるため、この家には居場所がありませんでした。
唯一許された存在の仕方は、ストレスのはけ口として兄達から殴る蹴るの暴行を受けることだったのです。それに耐えられずに、寮付きのバイトを探してキャバクラ勤めをするわけですが、3浪して苦しんでいる次兄には面白くありません。

次兄は、「歯科にあらずんば人にあらず」というような家庭の中で歯科以外の夢を持つことは許されず、亜澄さんは人間扱いされない家庭の中で外に夢を求めざるを得ませんでした。
こうして「夢を許されざる者」と「夢にすがらざるを得ない者」との対立は激化し、事件は起きたのです。

2人の本当の願いは、ただあるがままの自分を親から認めてもらうこと。そして…食卓を囲んで、ただ「普通の団らん」がしたかったのです。家族が笑顔で、他愛もない話に花を咲かせる…ただ、それだけのことでした…。


家庭であれ会社であれ、たった一つの価値観で染め上げようとすると、そこはサティアンとなります。そして、帰依者とそうでない者との間で必ず対立が生じます。

19歳の事件もそうですが、一つの絶対価値で統一することは愚かなことなのです。

また、普通の組織は全て何らかの目的を持っています。
しかし、家族はそれぞれが違う目的を持ち、でも互いに気にならず縛り合わず、そして気持ちは受け止め合って共存しています。

家族こそが最も自由なコミュニティであり、かつコミュニティの真の姿なのです。




【ご参考】 短大生遺体切断事件の家族心理学






子育て心理学




 
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ずっと勘違いしてました

はじめまして。いつも読ませていただき、親としての自分のありかたを反省しています。
私は結婚23年で離婚して、二人の子供と暮らしています。
元夫と暮らしている時は、その強烈な個性に振り回され続けました。子供の教育に関しても独特で、そんな事教え込んだら子供が苦労するだけじゃないかと思うような事を頑固に言い続けました。『親の教育方針は一致していなければならない』と思っていた私はとっても悩みました。元夫が道徳的にちょっとおかしいと思うような事を子供に言った時は、口答えしてしまい、そうするとお前のようなヤツにはわからないだろうというような見下した態度で突き放され、結果いつも不安定でイライラとした日々を送っていました。
色々な事があり離婚に至りましたが、今はやっとまともな会話を子供と出来る、穏やかで足が地についた生活をしています。でもやはり元夫が親であることに変わりはないと子供に干渉してきます。
今子供は就職活動中です。私は自分で調べ、希望に合った会社を選び、場所を調べ訪問するという事を繰り返し、頑張っている息子に成長したなあと感動しています。失敗してもきっと今後の人生の役に立つに違いないと思っていました。ところが元夫が一部上場企業にコネがあるからそこを受けろなどと言って来ました。
元夫は不倫をして家族を遺棄しました。名誉挽回と思っているのかも知れませんが、私には自己満足としか思えません。こういう親でも親であることに変わりないし、子供の幸せを願っているんだからと思えばいいのでしょうか?
せっかく真っ当に生きようとしてるのに邪魔されたと思ってしまう私は心が狭いのでしょうか?

 

1人の母親として

娘が問題を起こしました。びっくり仰天でした。やっぱり寂しかったんだろうかと、思い悩みました。私は機能不全家族のロストチャイゥドとして育ちました。結婚してからも、夫のいうままに自分の存在を打ち出しませんでしたし、わがままに育った父ちゃん坊やの主人に、私の存在が目障りでしょうがない姑。仕事をどんどん押し付けられ、ひたすら働き、子供どころではありませんでした。ましてや自分の気持ちなどを押し出すことを知りませんでした。こんな状態をいつか主人が気づいてくれるだろう、口で言っても聞いてはもらえません。幸い、上の子たちは問題なく育ってくれました。今回やっと、自分が母親として、役割を果たすべきと気づきました。この事件は父親の方がショックを受けていて、少しは反省してくれると思うし、姑さんにもうきずかうのはやめました。強い、ひとりよがりの人です。そう思ったら今まで抑えていた怒り、憎悪がこみ上げてきてとまりません。先生の本を読み返しだして、こどもは親が気づいてくれれば、ゆるしてくれるもの、というくだりに支えられています。まだ、立ち直る途中です。忘れていた本に記された直筆のサインもありがたかった。自分を応援してくれている人がいると思うと。先日のブログの人間関係の、教えていくというのを見たのも、ただ流されるのではなく、そう向けていかなくてはうをみて、改めて、母親の役目を思いました。飯炊きだけで、遠くからみてやるのでは、駄目なんですね。子供の気持ちを大切にしてやるには、自分の気持ちから大事にしてやらなくては。でもそれって、バトルがおきますよね。生き物は戦わなければ生き残れないのがこの世の掟かな?

 
    
 
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