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堤義明 3:プログラミングされた人生

2005/03/03(Thu) Category : 人物
こう見てくると、堤義明氏自身の行動が“プログラミングされた行動”のように見えてきます。

堤義明氏は、西部王国に君臨したと言われていますが、彼は“君臨”していたのでしょうか?
 
私には、堤義明氏自身が父親に支配されているように見えます。
彼は、家を守り財を守れ―「滅私奉家」という「家憲」を、精神面・肉体面を通じて父親から徹底的に叩き込まれました。
それがあまりに徹底され、”絶対的なもの”として自分に内在化されたために、逸脱した行動が出来なくなった。

思い悩んだ末に大人と同じ大きさのステーキを出したシェフの情状を酌量することもなく更迭したことも、土地神話が崩れてもなお土地にしがみつくことも、堤義明氏にとっては選択の余地のない行為だったのではないでしょうか。
「家憲」に照らせば、それ以外の道は考えられなかったのだと思います。
いわば、堤義明氏の行為は、プログラムを内蔵されたロボットと同じなのです。
指示されたプログラムどおりのことを終生遂行していくことになります。

言い換えれば、自分の人生をまだ一歩も歩いていないわけです。
死ぬときに、果たして納得できる人生だったと言えるのでしょうか。

私は、設計図を作成しながら“本当にうれしそう”にしている堤義明氏の姿が思い浮かんでかわいそうでなりません。…
 




関連会社の社長といえど自分の裁量では動けず、堤義明氏に判をもらうときは膝をついていたそうです。
「全てが一兵卒」―氏をよく知るある人物がそう述べていました。
私は、氏自身が一兵卒だったのだと思います。

堤義明氏は、「君臨」していたのではなく、「隷従」していたのです。
堤義明氏も含めて、西部王国を支配していたのは、「家憲」でした。


『規範や役割にとらわれていて、自分の感情や欲求が分らなくなった人』のことを、斎藤学氏は『役割ロボット』と言っています。そして、『ロボットと一緒に暮らしていこうと思ったら、ロボットにならざるを得ない』とも述べています。
(以上、『仮面の家―先生夫婦はなぜ息子を殺したのか』(横川和夫 新潮文庫))


ロボットは、既に自らの存在自体が“手足”としての存在です。
そのため、自分が手足であると同様に、他の人も手足として扱います。
そこに何の矛盾も感じません。

堤義明氏は、スポーツの分野など様々な分野で功績を上げました。
しかし、そこに“温かみ”を感じないのは、ロボットの役割行動としてすべての行為を行ってきたからではないかと思うのです。

<続く>

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