2008年04月28日 (月) 13:43 | 編集
<はじめに>
2006年末、2件のバラバラ殺人事件が、いずれも渋谷で相次いで起きた。
兄が妹を殺害してバラバラにした「短大生遺体切断事件」。
そして、妻が夫を殺害しバラバラにして捨てたこの事件である。何不自由ないはずの裕福なカップルに起きたことが関心を高め、「セレブ妻バラバラ殺人事件」と呼ばれたりした。
この事件を取り上げるのは、産経ニュースが掲載している『【法廷ライブ】セレブ妻バラバラ公判』シリーズを読んでみて、改めて夫婦間のDVやモラハラの典型的な事例だと思ったことが一つ。
2006年末、2件のバラバラ殺人事件が、いずれも渋谷で相次いで起きた。
兄が妹を殺害してバラバラにした「短大生遺体切断事件」。
そして、妻が夫を殺害しバラバラにして捨てたこの事件である。何不自由ないはずの裕福なカップルに起きたことが関心を高め、「セレブ妻バラバラ殺人事件」と呼ばれたりした。
この事件を取り上げるのは、産経ニュースが掲載している『【法廷ライブ】セレブ妻バラバラ公判』シリーズを読んでみて、改めて夫婦間のDVやモラハラの典型的な事例だと思ったことが一つ。
証言に出てくる夫婦間の言動−三橋祐輔氏の言動や三橋歌織被告の思い方、家族が壁となって逃げ場のない状況など、これまでカウンセリングしてきたご夫婦やご家族を彷彿とさせるものばかりである。様々なご夫婦が体験されてきたエピソードが、まるでデジャビュのように証言の中には散りばめられていた。
つまり、今やどの家庭で起こったもおかしくないことが、それを証明するかのように当に起こっただけの話なのである。事件になるかならないかの差は、今や僅差だ。
もう一つは、歌織被告が『私が一番わかっていただきたかったのは、鑑定に話した精神的な部分ではなくて、ここに至るまでの彼との生活をわかってほしかったし、取り調べで消された部分をわかってほしかった』と言っていることだ。
彼女は、『私自身が(犯行を)やったのは間違いないですから』と述べている。罪を軽減してもらおうとか、無罪を勝ち取ろうとか、そういう意識は全くない。というか、そのような次元で生きていない。
だからこそ、鑑定医に話した幻覚のことや夫から逃げられぬ要因にもなっていた写真のことなどをこれまで法廷で話してこなかった。
彼女は言う。
『これまで、事件について、事実と違うことをおもしろおかしく報道されているのは分かっていました。写真のことを出して、事実と違う感じで報道されるのが嫌だったのです。あとは、あのような写真を夫から撮られていたことを知られるのが嫌だった、のもあります』
実際、本日発売の週刊ポスト(05月16日号)には、『歌織被告のバラバラ殺人は「全裸緊縛写真」が引き金だった』と見出しが踊っている。このように事実の一部が強調されてセンセーショナルに取り上げられてしまうのは致し方ないところがある。そうされないためには、そのような情報は出さないことしかない。
精神鑑定についても、『鑑定は形だけ。やってもやらなくても同じ。モルモットみたいに扱われるだけ。「鑑定は受けたくない」と弁護士と話しました。話したってどうせ変に思われるに違いない』と、彼女は最初は拒否していた。
さらに、少しづつ鑑定医と話をするようになっても、『鑑定の先生に話したことをここの法廷で話そうとは思わなかった。何よりわかってほしかったのは、彼と今までどういう生活があったのか、でした』と、自分に有利になるはずの幻覚のことを法廷で話すことを拒否していた。
歌織被告は、あくまで『ここに至るまでの彼との生活をわかってほしかった』のである。
それらのことを話すようになったのも、『殺害した日に、なぜ私がICレコーダーまで持ち出して別れたいと思ったのか、その理由を説明するためにも、写真のことを出した方がいいとアドバイスされた』からだ。そこには、夫との生活で追いつめられていった「精神的現実」が表れている。
つまり、一貫して事実を明らかにしていきたいという歌織被告の姿勢がある。
この事件が猟奇的な事件ではなくあり得る事件であること、また、歌織被告自身が何が起こっていたのかを明らかにしたいと願っていることから、書こうと思った(尚、あくまで法廷証言からの推測である)。
私は、離婚されて一人で自分と闘おうとしているDV男性も、自律に向けて模索を続けるハラッシーの女性も、現在進行形で支援している。適切な介入その他がなければ、このような事件に至る可能性のあるご夫婦は少なくないと想像できる。だからこそ、異常な事件として片付けるのではなく、また有罪か無罪かだけで終わるのではなく、全ての人が自分の問題として我が身を振り返ってほしい(もっとも、この世界で起こる全ての事象は我が身を振り返るために起こっているようなものだが…)。
また、全ての事件や事故は、それに関わった当事者、関係者の人全てに、自分の生き方を見直すことを問うている。この事件が関係者お一人お一人が自律に向かうきっかけになればと願うばかりである。
尚、昨日アップしたが、『「DVサイクル」に巻き込まれる基本構造』がこの事件にも当てはまるので、そちらをご覧いただき参考にしていただければと思う。
★「法廷証言でたどる歌織被告の真実」−目次
( 1) 「I,m not OK」から始まった人生
( 2) ディスカウントされ続けた子供
( 3) 気持ちを受け止めずスパルタの父親
( 4) 「受け皿」としての人生脚本
( 5) 「自己投影」した分身との出逢い
( 6) 「囲い込み」開始
( 7) 「カープマンのドラマ」を仕掛けるハラッサー
( 8) 暴力の日常化と孤立化
( 9) 友人という「第二次禁止令」
(10) 両親という「第三次禁止令」
(11) 「DVサイクル」の確立
(12)コーピングから防衛機制へ
(13)最後の賭けだった万引事件
(14)怒りに飲まれる人
(15)シェルターから引き戻した写真
(16)防衛機制の皮肉→「洗脳」段階への移行
(17)もがくほど絡む蜘蛛の糸
(18)「スタンプ集め」を始めた歌織被告
(19)「子宮」の争奪戦の開始
(20)離婚に向けての攻防
(21)30年間抑圧してきた感情の蓋を開けた歌織被告
(22)爆発限界に来た歌織被告の感情
(23)自分に訴えてくるインナーチャイルド
(24)セットされた感情爆発の時限
(25)解放へ!走り始めた感情
(26)潰えた希望
(27)2006年12月14日事実経過
(28)殺害時の心理状況
<おわりに>加害者にも被害者にもならないために
【4月28日 毎日】
夫殺害・切断事件で28日の東京地裁判決は「事件当時は急性の精神障害を発症していた」という2人の精神科医の鑑定結果の信用性を認める一方で、動機や殺害状況、当時の生活状況なども総合的に考慮して歌織被告の完全責任能力を認め、懲役15年(求刑・懲役20年)を言い渡した。
「本人は控訴は絶対にしたくないと前から言っていた」(弁護士)
つまり、今やどの家庭で起こったもおかしくないことが、それを証明するかのように当に起こっただけの話なのである。事件になるかならないかの差は、今や僅差だ。
もう一つは、歌織被告が『私が一番わかっていただきたかったのは、鑑定に話した精神的な部分ではなくて、ここに至るまでの彼との生活をわかってほしかったし、取り調べで消された部分をわかってほしかった』と言っていることだ。
彼女は、『私自身が(犯行を)やったのは間違いないですから』と述べている。罪を軽減してもらおうとか、無罪を勝ち取ろうとか、そういう意識は全くない。というか、そのような次元で生きていない。
だからこそ、鑑定医に話した幻覚のことや夫から逃げられぬ要因にもなっていた写真のことなどをこれまで法廷で話してこなかった。
彼女は言う。
『これまで、事件について、事実と違うことをおもしろおかしく報道されているのは分かっていました。写真のことを出して、事実と違う感じで報道されるのが嫌だったのです。あとは、あのような写真を夫から撮られていたことを知られるのが嫌だった、のもあります』
実際、本日発売の週刊ポスト(05月16日号)には、『歌織被告のバラバラ殺人は「全裸緊縛写真」が引き金だった』と見出しが踊っている。このように事実の一部が強調されてセンセーショナルに取り上げられてしまうのは致し方ないところがある。そうされないためには、そのような情報は出さないことしかない。
精神鑑定についても、『鑑定は形だけ。やってもやらなくても同じ。モルモットみたいに扱われるだけ。「鑑定は受けたくない」と弁護士と話しました。話したってどうせ変に思われるに違いない』と、彼女は最初は拒否していた。
さらに、少しづつ鑑定医と話をするようになっても、『鑑定の先生に話したことをここの法廷で話そうとは思わなかった。何よりわかってほしかったのは、彼と今までどういう生活があったのか、でした』と、自分に有利になるはずの幻覚のことを法廷で話すことを拒否していた。
歌織被告は、あくまで『ここに至るまでの彼との生活をわかってほしかった』のである。
それらのことを話すようになったのも、『殺害した日に、なぜ私がICレコーダーまで持ち出して別れたいと思ったのか、その理由を説明するためにも、写真のことを出した方がいいとアドバイスされた』からだ。そこには、夫との生活で追いつめられていった「精神的現実」が表れている。
つまり、一貫して事実を明らかにしていきたいという歌織被告の姿勢がある。
この事件が猟奇的な事件ではなくあり得る事件であること、また、歌織被告自身が何が起こっていたのかを明らかにしたいと願っていることから、書こうと思った(尚、あくまで法廷証言からの推測である)。
私は、離婚されて一人で自分と闘おうとしているDV男性も、自律に向けて模索を続けるハラッシーの女性も、現在進行形で支援している。適切な介入その他がなければ、このような事件に至る可能性のあるご夫婦は少なくないと想像できる。だからこそ、異常な事件として片付けるのではなく、また有罪か無罪かだけで終わるのではなく、全ての人が自分の問題として我が身を振り返ってほしい(もっとも、この世界で起こる全ての事象は我が身を振り返るために起こっているようなものだが…)。
また、全ての事件や事故は、それに関わった当事者、関係者の人全てに、自分の生き方を見直すことを問うている。この事件が関係者お一人お一人が自律に向かうきっかけになればと願うばかりである。
尚、昨日アップしたが、『「DVサイクル」に巻き込まれる基本構造』がこの事件にも当てはまるので、そちらをご覧いただき参考にしていただければと思う。
★「法廷証言でたどる歌織被告の真実」−目次
( 1) 「I,m not OK」から始まった人生
( 2) ディスカウントされ続けた子供
( 3) 気持ちを受け止めずスパルタの父親
( 4) 「受け皿」としての人生脚本
( 5) 「自己投影」した分身との出逢い
( 6) 「囲い込み」開始
( 7) 「カープマンのドラマ」を仕掛けるハラッサー
( 8) 暴力の日常化と孤立化
( 9) 友人という「第二次禁止令」
(10) 両親という「第三次禁止令」
(11) 「DVサイクル」の確立
(12)コーピングから防衛機制へ
(13)最後の賭けだった万引事件
(14)怒りに飲まれる人
(15)シェルターから引き戻した写真
(16)防衛機制の皮肉→「洗脳」段階への移行
(17)もがくほど絡む蜘蛛の糸
(18)「スタンプ集め」を始めた歌織被告
(19)「子宮」の争奪戦の開始
(20)離婚に向けての攻防
(21)30年間抑圧してきた感情の蓋を開けた歌織被告
(22)爆発限界に来た歌織被告の感情
(23)自分に訴えてくるインナーチャイルド
(24)セットされた感情爆発の時限
(25)解放へ!走り始めた感情
(26)潰えた希望
(27)2006年12月14日事実経過
(28)殺害時の心理状況
<おわりに>加害者にも被害者にもならないために
【4月28日 毎日】
夫殺害・切断事件で28日の東京地裁判決は「事件当時は急性の精神障害を発症していた」という2人の精神科医の鑑定結果の信用性を認める一方で、動機や殺害状況、当時の生活状況なども総合的に考慮して歌織被告の完全責任能力を認め、懲役15年(求刑・懲役20年)を言い渡した。
「本人は控訴は絶対にしたくないと前から言っていた」(弁護士)
この記事へのコメント
こんな裏があったなんて・・・
びっくりしたけど納得できました
最後まで見たけど、旦那さんがしたたかだったんだということが、許せないし、自分だったらどうしたんだろうと思うと怖くなる事件です。
きっと何もかも捨てて、距離を置いてたかな?今まではそうしてたから・・・・
今でも逃げ癖は直らないけど、この事件のことを知ってこの癖はよかったんだと思えました
びっくりしたけど納得できました
最後まで見たけど、旦那さんがしたたかだったんだということが、許せないし、自分だったらどうしたんだろうと思うと怖くなる事件です。
きっと何もかも捨てて、距離を置いてたかな?今まではそうしてたから・・・・
今でも逃げ癖は直らないけど、この事件のことを知ってこの癖はよかったんだと思えました
2009/04/07(火) 18:09 | URL | norio #U1r0g87U[編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/05/12(月) 01:19 | | #[編集]
こんな暴力を受けて被害を受けているのに、自分の守り方がわからないこの女性に同情します。かつての私の姿です。そして最悪の方法で自分をまもってしまいました。どうしたら良かったのか・・・。私がこの女性のそばにいれば、この事態はすぐ察知できたと思います。私ならすぐ介入しました。二人の問題ですが、二人では解決できないのです。そういう時の介入は人を救うのです。くやしい事件です。この事態を察知し介入が必要だったと私は思います。
2008/04/28(月) 21:28 | URL | 彷徨人 #-[編集]








