2008年05月16日 (金) 13:56 | 編集
東京オリンピックが間もなく開始されようとしていたとする。
そこに大地震が起きた。
関東大震災であれば、当然オリンピックは中止だ。
では、他の地域で起きた場合どうだろうか。
北海道、もしくは九州などの全域規模の地震が起きたら
あるいは、東京の隣の県で甚大な被害の出た地震が起きたら
または日本が多民族国家で、
地震が起きた地域が少数民族の居住区だとしたら…
そこに大地震が起きた。
関東大震災であれば、当然オリンピックは中止だ。
では、他の地域で起きた場合どうだろうか。
北海道、もしくは九州などの全域規模の地震が起きたら
あるいは、東京の隣の県で甚大な被害の出た地震が起きたら
または日本が多民族国家で、
地震が起きた地域が少数民族の居住区だとしたら…
国がオリンピック中止の決断を下し、
全力を挙げてその地に住む人の救済に当たれば
国と国民の信頼関係は確固としたものになり
オリンピックの成功以上に世界はその国を評価するだろう
また世界が救援のために手を結べば
オリンピック以上に国と国の関係は近しくなるだろう
または、オリンピックを延期して復興記念として同じ地で開催することで、それこそ喜びの声にあふれるだろう。
柔軟に生きることのできる世界であれば、柔軟に対応することができる。
全ての出来事は、人と人との信頼をつないでいくか切っていくかのいずれかの結果になる。
「国」という形は何のために存在しているのか。
その存在理由は常に問われている。
四川大地震−私はたまたまそこに住んでいなかっただけだ
自分が被災者ならどう思うだろう
国際オリンピック委員会も何かの提案ができるのではないか…
災害に対する国の姿勢が人の意識を変える
「富士山大噴火」に見る望ましい国のあり方







