2008年05月17日 (土) 13:23 | 編集
なんで?
なんで、この感情を自分が引き受けなきゃならないの?
このイヤな重たい感情は、親から背負わされたもの
あのとき、そのとき、このとき…
理不尽に押しつけられ、無造作に傷つけられ、押し込められ、蔑まれ、
たくさんのシーンと共に
怒り、恨み、辛み、憎しみ、悔しさ、嘆き、哀しさ…たくさんの感情がある
なんで、この感情を自分が引き受けなきゃならないの?
このイヤな重たい感情は、親から背負わされたもの
あのとき、そのとき、このとき…
理不尽に押しつけられ、無造作に傷つけられ、押し込められ、蔑まれ、
たくさんのシーンと共に
怒り、恨み、辛み、憎しみ、悔しさ、嘆き、哀しさ…たくさんの感情がある
なんのために苦しい思いまでして
ここまで感情を抱え込んできたの?
それは、いつか親にぶつけてやりたいから!
そのチャンスを待ち続けて、苦しみ続けてきた
この感情達は、その原因を作った親にぶつけるべきもの
私が引き受けるべき感情ではない!
<と、どこかで思っていると気持ちが出てこない。自分がストップをかけているからね。おまけに…>
ぶつけたとしても、親が受け止めてくれなかったらどうしよう
それこそ、天涯孤独に突き落とされる…
<最後の希望を失うのが怖くてチャンスを作ることもできなくなる。さらに…>
ぶつけたら、親がどうにかなってしまうのではないか
親だって、かわいそうな人達なのだ…
<と、親への心配で蓋をする…>
ところが…
そう思っている間中、実は、
「自分の感情達」は「自分」に見捨てられている。
自分の中にある負の感情を自分が感じるのは損だ、イヤだ
そんな気持ちで自分が怒ったり、泣いたりするのはバカバカしい
見たくない過去は切り離して前向きに生きよう
と思っている間中、「自分の感情達」は「自分」を振り向かせようと画策を続ける。
それは、
体や心の症状となって表れたり、
衝動的な行動になったり、
人や物への依存や支配となって表れたり、
間違った選択となって表れたりする。
それは、
「自分」が「自分の感情達」を受け止めようとしないからだ。
だから、「自分の感情達」は「自分」をスルーして、直接外の対象へ向かおうとあがく。
負の感情を自分が感じることは、損でもバカバカしいことでもない。
自分を大事にすることなのだ。
なぜなら、
全ての感情は自分自身。
自分から生まれたかわいい子ども達。
ならば、
この感情は認めてあげる。この感情は見たくない。
なんて親がするような差別をせずに、全ての感情を受け止めてあげよう。
なにしろ、
「自分の感情達」を救うことができるのは「自分」しかいないのだ。
まず、自分で受け止める
親にぶつけるかどうかは、オプション(選択)だ。
さぁ、
決意をしよう。
「自分」だけは「自分の感情達」を見捨てない
「自分」は「自分の感情達」を救い出す
この記事へのコメント
迷っている時に、その答えをここでもらってます。
どこかで見られてるのか?と思うぐらい、的確に!!
いつも、ありがとう。
どこかで見られてるのか?と思うぐらい、的確に!!
いつも、ありがとう。
2008/05/17(土) 15:08 | URL | 澪 #-[編集]







