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「言葉にならない感情」の出し方

2008/06/03(Tue) Category : 心と感情
胸の中に肌色のゴムのような膜があって瘤のような盛り上がりが見える

取り出して机の上に置けますか、と聞かれたら

机の上に“それ”はあった


ソフトボールくらいの黒い球。少し紺も混じっているかな…
上に、さっきの肌色のものがヘタみたいにくっついている

胸の中にあったものは、この塊だったんだ…
それほど重くはないが、外は堅い

中は見えますか、と聞かれたら

半分に割れて、中身が流れ出していた
真っ黒のコールタールのようなもの

流れはゆっくりで、こちらに向かってくるがやがて止まる感じ
それが、蒸発しはじめた。消えてなくなっていく…

殻の方は、と聞かれて見ると
殻の方も崩れるままに消え去っていく



ヘタのようなものは?
…そういえば、近くにいる気がするが見えない

あ、ヒラヒラと殻の上を飛んでいる
見届けているような感じ

そして、どこかへ飛んでいった…





たとえばこのように、言葉にならない感情を取り出していくことがある

遠い昔に押し込めた感情はタイムカプセルに閉じこめられて、掘り出されるのを待っている。


「あまりに理不尽な出来事」は、自分がその経験(事実)を拒否しているために、その時のシーン丸ごとタイムカプセルに閉じこめられている。だから、そのカプセルが出てくると、まるで今目の前で展開しているようにリアルな光景と感情がそのまんま蘇る。これをフラッシュバックという。とてもつらいのだが、その感情を味わうことが、その感情を救うことになる。

そして、救われた感情は、その出来事を自分の人生の物語の一シーンに織り込んでいく。こうして、人生のミッシングリンクはつながり、その出来事はいつしか「思い出」に変わっていく…。

(この場合、世代間連鎖の視点を持っていると、その“理不尽”についての理解が深まるので、そのようなカウンセラーに導かれるとよいと思う)





もう一つ苦しいのが、「言葉にならない感情」だ。

受け止めてもらえなかった感情が、長い期間の間に、新鮮な植物が石油や石炭になるようにタールのようになっている。明確な言葉にはならないが、“それ”が何の象徴なのか、そこにどのような感情があるのかは感じることができる(上記には書いてないけど)。

自分に受け止めてもらった感情は、静かに消えていく。
こうして、心のコップの水位を少しづつ下げていく。


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高校の時、胸に痛みがあって、痛い時胸に右手を当てていたよう、クラスメートの女の子が連れて来た他のクラスの女の子が、胸押さえないねと連れて来た子に言ってた。
仰向けに寝てて、首の方から胸の中に手を突っ込んで、胸の肋骨の内側にへばり付いている、白くて脆い石灰でできた練炭みたいな円盤を掻き出したことがある。粉っぽく乾いていて両面に放射状の凹凸があった。
胸が白い肋骨の籠で、体が白く乾いた骨なのには驚かなかった。掻き出す時、脆く白く乾いた円盤が割れないように崩れないように気をつけてた。
後輩の女の子が、とにかく幸せになりたいと言うのに反発した。何でもいいから漠然と幸せになることが人生の目的なのはおかしいと思った。したい事をしていて幸せになるのではないかと、親にも話した。
そうした事で、親の事を好きでいられたのだろう。自分に第二反抗期が無いのが不思議に思っていた。

幸せになる事だけは譲れないと思っていたら、幸せになるためにしようとしている事を諦めないために、人間としての感情を支えに戦えるよね。国境や外濠、内濠で戦っている間は人間で在り続けるための戦争だけど、生き物で在り続ける為のサバイバル戦だと、人間であろうとすることは危険な重荷になって来る。
脱出の途中で抱き合って泣き笑いして貴重なはずの時間を費す映画等の見せ場は、怖いしフィクションを感じる。
その後、何かに抱き着いて泣きたいと言って、…さんでもと、驚かれる事があって、誰かに抱き着いて泣きたいと思う事も諦めていなければいけないのだからと、せめて生き物として扱えと、戦う事にした。人間になりたいという気持ちは置いといて。

でも、生き続ける事迄は邪魔させないというところ迄後退していると、してはいけない妥協をしちゃうのよね。
生き延びて暫く我慢すれば、人間になる為の最低限はまだ大丈夫と妥協するのだけど、そんなんじゃ到底足りなくて、潤いの無い生活をして来た自分には、これ以上我慢する余地なんて無いのが判らなかった。
相手は、人間関係が維持出来なくなる迄奪えば、やがて持ちこたえることも出来なくなり生存も無理になることを見通しているのだから。

親が相手だと、相手の敵意や殺意を前提に行動することが難しい。

現実とするには悲し過ぎる。本気じゃないと思いたいし、こちらに原因が有ると思いたいから。

書けなくなって来たので、ここで止めます。

 
    
 
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