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加藤智大容疑者の心の闇(3)-操り人形な毎日

2008/06/12(Thu) Category : 少年犯罪・家族事件簿
加藤智大容疑者の心の闇

■操り人形な毎日

では、何が彼をそこまでの孤独に追いやったのか?
そのヒントになるようなことが、4日の書き込みにあった。
『唐突に小学生の頃を思い出した』という書き出しだ。

『親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り、親に無理やり勉強させられてたから勉強は完璧。小学生なら顔以外の要素でモテたんだよね。俺の力じゃないけど』
『親が周りに自分の息子を自慢したいから、完璧に仕上げたわけだ』
『俺が書いた作文とかは全部親の検閲が入ってたっけ』
『中学生になった頃には親の力が足りなくなって、捨てられた。より優秀な弟に全力を注いでた』

『中学は小学校の「貯金」だけでトップを取り続けた。中学から始まった英語が極端に悪かったけど、他の科目で十分カバーできてたし、当然、県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ。高校出てから8年、負けっぱなしの人生』
『つまり、悪いのは俺なんだね。自分で頑張った奴に勝てるわけない』

『あ、服もそう。好きな服を着たかったのに、親の許可がないと着れなかった。服を選ぶのが嫌で嫌で仕方なかった。中学以降は制服だったから良かった』

『人生、何も起きない。起きても良い方向に向かうわけがない。今まで全ての変化が悪い方だったもの。悪いのは俺なんだろうけど。全て、悪いのは、俺』




これまでにも書いてきたが、親が自らを道具として生きているとき、無意識のうちに子も道具にしてしまう。自らも気持ちのままに生きていないために、子の気持ちを汲み取ることに思いが及ばない。そして、自らが従っている価値観に子どもを閉じこめていこうとする。

しかし、親が手を出すということは、「お前が自分でやってはいけない」という禁止令を発していることに気づいてほしい。たとえば、自分の横にある新聞を自分で取らず、わざわざ妻を呼んで取らせる夫がいるが、その夫は亭主関白なのではない。「自分のことを自分でやってはいけない」という窮屈な禁止令の中で生きているのである。そうさせたのは、その夫の母親だ。



加藤智大容疑者も、手足をもがれていった。
実際、最近は自画像を描いたときに自分の手を描き忘れる子供が増えているが、それは当に絵の通り、自分の手がもがれているのである。その子どもの背景には、あれこれと手を出す親がいる。加藤智大容疑者は“完璧に”手を出されたので、“完璧に”生きる手段を奪われたと言ってもいいかもしれない。




もう一つ、象徴的なことがある。
服を選ぶのに親の許可が必要だったということである。

服とは「第二の皮膚」だ。
親の選んだ服を着るということは、親の価値観にくるまれているということである。言わば、親の胎内で生きているといってもよいだろう。

色や服を選ぶというのは、極めて個性的なことだ。
親がその個性を奪うということは、子どもの自我の発達を抑制するだけではなく、「お前は成長するな」という禁止令を子どもに与えていることになるのである。

私の相談者の中にも、服のスタイルや色の好み、はては食事や音楽の好みまでも親に決められていた人がいる。そして、私のカウンセリングで親の支配に気づかれた方は、例外なく服や家具などを惜しげもなく処分されている。そして、自分の好みで選びはじめ、そこから自由になった心が羽ばたきはじめる。


加藤智大容疑者は、6日の書き込みで『操り人形な毎日』と自嘲している。






「親の操り人形」からの離脱



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Comment

 

服とは「第二の皮膚」だ。 に感銘を受けて。

私も子供の頃、自分で服を選ばせて貰えませんでした。

中流の一人っ子家庭だったので、それなりに買っては貰えたんです。
でも、服屋さんに入って気に入った物を見つけてこれがいい!と言っても必ず母にダメ出しを食らいました。
似合わない、流行りものはすぐ着られなくなる、ださい等々…
母は手芸が趣味で、小一くらいまではよく服やセーター等を作ってくれ、手作りワンピを着た私の写真が雑誌に載ったこともありました。自分のセンスに絶対的な自信を持っているようでした。
どちらかというと私は流行り物だったり、派手な色だったり、かっこいい系のものが好みでしたが、母は無難かつお花柄等かわいい大人しめのものを好みました。
そこで服を買いに行くと必ず喧嘩になり、最後には「あんたの方なら買ってやらない。お金出してやるのはこっちなんだから私の言う方にしなさい。こっちの方が絶対かわいい。」と…。
新しい服は欲しいから、妥協して買ってもらうんですけど、これじゃない…とずっと窮屈な思いを抱えて育ちました。
中学に入って多感な時期、なぜ私の個性をみとめてくれないのかが分からなくて爆発してしまい、服を買いに行ったデパートで大喧嘩、帰りの下りエスカレーターに乗っている時にいっそ突き落としてやろうかと思ったことがあります。

高校に入ってアルバイトを始め、すぐに当時流行りのギャル服を買いました。それを着た時の解放感と言ったら!
嬉しかったですね。バイトを増やして全身ギャル服に身を包むようになりました。今ではちょっと黒歴史ですけれどね(笑)
でもそうやって自分で服を選んで、時には失敗したりしても、段々自分に何が似合うのか、個性がわかってきました。
今では好きな服を着ています。とても楽です。

私は、摂食障害者です。
一番酷いときには、ほとんど骨皮だけのような状態になりました。
今はかなり落ち着いてきて、どうして自分がこうなってしまったかを考えるようになりました。
原因はもちろん自分の弱さが大きいですが、育った背景にもあるんだと思います。
先に書いた洋服のこと以外にも、理不尽なヒステリーを受けたり、親から普通に与えられるはずの無償の愛ではなく、~してやった、買ってやった等と押し付けられて育ちました。いわゆる毒親だと思います。
摂食障害や親について、色々な記事を読んでいたのですが、洋服に関することをこちらではじめて見て、ぶわっと昔のことがよみがえりました。
私は親の操り人形、兼着せ替え人形だったんですかね。

長々とコメント失礼しました。
大変貴重な記事です!ありがとうございます。

 
    
 
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