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加藤智大容疑者の心の闇(10)-ストローク飢餓の殺人ゲーム

2008/06/12(Thu) Category : 少年犯罪・家族事件簿
加藤智大容疑者の心の闇

■ストローク飢餓の殺人ゲーム

日頃ディスカウントを受け続けている人間は心は傷つきまくって、もうこれ以上傷ついたら立ち直れない、自分がダメになってしまう…そういうギリギリのところで生きるようになる。

すると、もう髪の毛一筋ほどのニュアンスであっても、そこに自分がないがしろにされた、自分が卑下された、というニュアンスを感じたとき、もうこらえきれず大爆発を起こす。そこには、これ以上傷ついたら自分が自分でいられなくなってしまうという危機感がある。

参考までに次の記事を読んでみてほしい。
さらば!キレる大人(1)-定年退職後、突然キレだした理由




加藤智大容疑者は人を人とも思わない扱いの派遣会社にキレた(それは勘違いだったかもしれないが)。それが、自分をディスカウントしてきた親への殺意に火をつけたかもしれない。『一歩踏み出したら、あとはいくだけ』-もちろん、それは無自覚なので親へは向かわない。

ただ生きるのに疲れ果てて死ぬ前に、『一花くらい咲かせてみたいものだね』という思いがある。それは、加藤智大という人間がこの世に存在したという証だ。自分が存在していることを誰かに、否、世の中に認めてもらいたいのである。

『幸せになりたかったな 整形しよっかな』と書きつつも、もはや限界を超えている精神は、『まだ始まってないけど、終わりでいいや』と『操り人形な毎日』の終幕を選ぶ。

そして、『彼女がいない それが全ての元凶』 と結ぶ。
最後まで、加藤智大容疑者は、母親の愛を求めていた。


6日深夜。
『どうせ俺が悪いんだろうけど
やりたいこと…殺人
夢…ワイドショー独占
工場で大暴れした 被害が人とか商品じゃなくてよかったね それでも、人が足りないから来いと電話がくる 俺が必要だから、じゃなくて、人が足りないから
誰が行くかよ 誰でもできる簡単な仕事だよ
考え方が変わったって顔は変わらないし
また別の派遣でどっかの工場に行ったって、半年もすればまたこうなるのは明らか
孤独に楽しく生きれるなんてあり得ない
彼女がいない それが全ての元凶』





「どうすれば、止められたのか?」と人は問う。
ここまで読まれた方は、もう答えがお分かりのはずだ。

逆に問うてみるとよい。
「なぜ、問題は起こり続けるのか?」

それは、「対策が間違っているから」
なぜ、間違うのか?

それは、「原因の本質がとらえられていなかったから」



この事件は、酒鬼薔薇事件の構造と殆ど同じと考えてよいだろう。
少年Aも加藤智大容疑者も、親との関係の中で絶対零度の孤独の中、究極のストローク飢餓に陥り、その飢えを満たしたい衝動が、殺人ゲームに走らせた(もちろん、他の切り口もいろいろとあるだろう)。

酒鬼薔薇事件の解析は「あなたの子どもを加害者にしないために」の中で詳細に行った。この本を読めば、子どもの育て方のどこが間違っていたのかが分かるはずである。無意識に育てていることの怖さが分かるはずである。親だけでは子どもを育てられないことも、地域社会の大切さも分かるはずである。

実際に読まれて変わったご家族、救われたご家族はたくさんある。
そこにどうすればよいのかが書いてあるのだ。
是非、読んでいただきたい。

せめて、テレビのコメンテーター等の関係者には、その発言の影響力が大きいだけに、本書を読んで人が育つメカニズムを学んでほしい。
本が出て3年―今回、殆ど同じような事件が繰り返されてしまったことが無念でならない。



あなたの子どもを加害者にしないために―思いやりと共感力を育てる17の法則―あなたの子どもを加害者にしないために―思いやりと共感力を育てる17の法則―
(2005/07)
中尾 英司

商品詳細を見る


私は、犯罪を犯した加藤智大容疑者を擁護しているわけではない。犯した罪は償わなければならない。
しかし、償っても償っても、犠牲となった方々、そのご遺族の方の無念を晴らすことはできないのだ。

だからこそ、加害者も被害者も、もう出してはいけないのである。
そのために、問題の本質をきちんと把握する必要がある。
そして、今の経済(GDP)優先の社会を幸せ(GNH)優先の社会に変えていかなければならない。



犠牲となられた方のご冥福を 心からお祈り申し上げます。









【ご参考】
交流分析のゲームとは
子育て心理学:第4部 5)「ストローク飢餓」に陥った人は「ゲーム」を仕掛ける
効率至上主義が生んだ背骨なき「怒りの国」


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自分は男ですが加藤氏と同じような家庭環境で育ちました。子供にはこういう生き方に追い込まないように気を付けたいです、勉強になりました
しかし家庭環境というのは親から子へと連鎖しそうで怖いですね・

 

何をすればよかったんですかね

この人、ちゃんと毒親から離れて自分で稼いで暮らしててそこまではぜったい間違ってないと思うんです。
でも、一人ぼっちになっちゃってダメになって…。
どうすればよかったんですかね。
入れ替わりの激しい職場で人との関係も希薄で、給料安いからカウンセリングもかなりハードルの高いものだったと思います。
いちどくらい足を運んでもという気もしますが、続けては無理だったと思います。
他人をあてにできない状況の場合、本人ができる努力だけでどこまでの回復が見込めるものなのですか。
このように親に虐待され孤独な人は数限りなくいると思います。
これからの子供たちの育て方も大事ですが、このような人達を救う方法もあってほしいです。
虐待された人はどうやって立ち直っていけばいいのかわかりません。
加藤智大容疑者をかばっているつもりではないです。
事を起こしてしまった彼には死刑が妥当だと思います。

 

このサイト すごい良い。
まるで自分を言い当てているかのようだ。
救われた。
俺が結婚して子供を作ったら、
絶対俺がされたような教育を
子供にはしないと誓っている

 

不思議なのは、彼はネット世代で書き込みまでするし、学力もあるのに、何故カウンセリングやセラピー等の情報には、あたってみなかったのでしょう。
目に触れる事位は、あったのでは?

情報が少ない時代ならともかく…。
中学生でも、お悩み相談をするくらい身近ですよね。

無意識下に、救われる価値もないと思ったのか、親への復讐心か。
不細工で孤独と言うアイデンティティ、若しくは失意の人生の言い訳、を手放すのが怖かった?
親の救いを待ち続けていたかった?

結局、本人が、どこかで、今のままが良いと思っていたのでしょうか。
無意識の部分で、変わる気がなかったとすれば…?

 

幸せ不幸せ

読んで思った事は、彼がどのような育てられ方をしたのかを知らないと
彼自身の事は、彼が思っているほど不幸とはとても思えない。

容姿だって普通、学歴だって普通、同じ境遇だって幸せに暮らしてる人は
たくさんいる。
ようは、どんなに恵まれてても、自分は不幸としか思えなくなってしまった
事が彼の不幸だと思う。
たとえ整形して顔をカッコ良くしたとしても、それで彼女ができたとしても
今度は「どうせ見た目だけで寄ってきたんだから、俺の中身なんてあっても
なくても同じでしょ」って事を言うんじゃないだろうか?

彼は書きこみとかに、「全部俺が悪いってことでしょ?」的な言葉も書いている
ようだけど、本当の所は自分が悪いなんて思ってない。だから怒りが外に向かう。

彼は派遣で行く工場の仕事の事を「誰でもできる簡単な仕事」って言ってますが
その人しか出来ない仕事をしてる人なんて、ほんとに稀にしかいないですよね。
私の尊敬するある人が「必要不可欠な事なんてないのよ」と言っているのですが
本当にその通りだと思う。必要不可欠な人もいないと自分は思ってる。どんなに
偉い人だって、例えばローマ法王だって、亡くなれば次の人が選ばれる。

彼はどうしてそんなに必要不可欠の存在になりたかったんだろう?
親から愛をもらえなかった人だっていっぱいいる、彼がいるように犯罪予備軍も
多いだろうと思う。自分だってわからない。

でもギリギリで思いとどまっている人と彼の差はなんだろう?
人というのは本当に難しい・・・

 

こういう事件は加害者を責めるだけでは、無くなりそうに無い。
子供を持つ親も、自分の子供を絶対に加害者にしない自信があるみたいだし、今回は振り返ってみる時だと思うのだが、誰もそう思ってないようだね。
自分への厳しさは感じられなくの無いけど、謙虚さがあんまし感じられない。

 

この事件は加藤容疑者が「悪い」という単語は彼の書き込みこみを知るとそれはいえない何一ついえません。
派遣関係の仕事で心が壊れていきその「結末」があの「最後」・・・彼と犠牲者の人生は暗転しました。
私も以前その仕事をしていましたが会社が利益を優先するために私を不正という形でクビにし強制退職させました会社をクビにされた後しばらく職に就く気力が全く出せなかった事、私は辞めさせられたあと「人」という存在に嫌悪感を抱きました私の存在よりも「利益」しか興味がないんだろ?とか「頭の良し悪し」で「分別」しているんだろ?仕舞には高級車に乗っているものを見ると事故って死ねばいいのにと考えたことがあります。加藤容疑者の最大の不幸は「愛されなかった」ことと思います「誰が」「悪」なのかそれは「社会」だと感じます「利益」優先の邪悪な世界はいずれ「荒廃」しますよ絶対にね。

 

エンドレスさんへ

揚げ足取りになるのでやめますといいながら書いてしまった文、それはは誰もが読みます。エンドレスさんの気持ちは素直な気持ちだと思ったので書かせていただきますね。

買って読めとは酷いとありますが、本は本来買ったり図書館や知人に借りたりして読むものですよね。

本当に訴えないなら書くべきとありますが、先生はこの本を「書き上げた」んです。
そして今はカウンセリングで多忙にしていらっしゃいます。
このブログでは常に動いている現状の中で「書き」続けておられます。
エンドレスさんのいう「書くべき」をやりながらカウンセラーのお仕事もされていることをわかって欲しいなぁと願います。同じ仕事を持つものとして先生が気の毒に思いました。


そして自分の人生が決して満足はしていないがここ10年を振り返れば自分がんばったなと思えることがたくさんある。
>そう思えるエンドレスさんはすばらしいですね。

なぜ、大きな幸せばかりに気をとられ小さな幸せがそこらじゅうにあることに気付かないのだろう?
>小さな幸せさえあったかどうか、そういう境遇の人もいるのです。
この犯人は買い物先でちょっと幸せになっています。それでも過去の膨大な怒りを消すには及ばないのでしょうね。

他人から見て不幸でも自分でこれでも幸せなんだ。と、思えたらそれでいいのではないだろうか、むしろそんな小さな幸せに気付ける自分は他人より多く幸せな気分になれる。
>心が健康な人はそう思えるのですよね。エンドレスさんは健やかな心をお持ちなのですよ。

 

酒鬼薔薇事件の解析は「あなたの子どもを加害者にしないために」の中で詳細に行った。この本を読めば、子どもの育て方のどこが間違っていたのかが分かるはずである。無意識に育てていることの怖さが分かるはずである。親だけでは子どもを育てられないことも、地域社会の大切さも分かるはずである。

実際に読まれて変わったご家族、救われたご家族はたくさんある。
そこにどうすればよいのかが書いてあるのだ。
是非、読んでいただきたい。

という文で台無しです。
本当に訴えたいならば書くべきです。
買って読めはちょっとヒドイ

と。批判を言うだけなら誰でも出来るし揚げ足取りなのでやめます。

ただ、最近の事件は20年なり10年なりを綱渡りながらでも必死で堪えてきたのに、道を踏みはずのでしょうか。
そして、どうして今までの自分が歩いてきた道を捨ててしまえるのでしょうか?
僕なら今の自分に決して満足はしていないがここ10年を振り返れば自分がんばったなと思えることがたくさんある。
なぜ、大きな幸せばかりに気をとられ小さな幸せがそこらじゅうにあることに気付かないのだろう?
他人から見て不幸でも自分でこれでも幸せなんだ。と、思えたらそれでいいのではないだろうか、むしろそんな小さな幸せに気付ける自分は他人より多く幸せな気分になれる。
今一度問いたい。
今、生きている。自分の意思で生きている。あなたの小さくてもいい。幸せだと思えることはなんですか?

と、問いたい。

 

マツムシソウさんへ

2008/06/12(木) 10:06にマツムシソウさんは書きました:
「このあまりに自分をコントロールできない容疑者の弱さというのは何なのでしょう。すべてが支持待ち人間に育ったので、「誰か止めてくれ」という甘えた書き込みになったのでしょうか。」

秋葉原通り魔事件の項だけでもこのブログを読めば筆者の回答は繰り返しかかれている。それが読めず、甘えなのか?と問うようでは、あなたも加藤の母親と同類としか言いようがない。

 

自分もそうだったので、優秀な弟、捨てられる、親の愛の欠如、うまく社会や家庭にとけ込めず無視されることの辛さよくわかります。
彼と私が違うところは怒りの矛先を世間に向けるか、自分に向けるかの一点だけでした。不謹慎ですが、遺族の方と加藤容疑者に同情します。

 

誰が悪いというか、誰も等しく運が悪かった。

 俺も加藤ほど酷くは無かったが親からの干渉が酷かった。
 俺がやる事なす事駄目だと言い、その内、俺がやる前から駄目出しをし、あげくに俺のやるべき事をどんどん率先して片付けていった。
 そうすると確かに俺がやるより早く安全で完璧に仕上がるから俺は何も言えなくなって、その内それが正しいんだと思うようになり、それと同時に俺は俺自身に対して価値を見出せなくなった。
 結局今時分が立っていられるのは自分の力ではなく親の力で、つまり今ここに居るのが自分じゃなくても全然構わないんだ、と、ずっと思い、そして自分は何も出来ない役立たずの木偶の棒だと言う気持ちが消えなくなった。
 それは二十歳を越えた今も続いている。
 抜け出すにも抜け出そうとするだけで失敗するイメージしか浮かんで来ないから結局何も出来なくなる。 
 多分これも言い訳なんだと思う。
 頭で原因が解っていて、自分には確かな思考能力だって備わっているのにも関わらず未だに引き摺っているのは、やっぱり自分の責任なんだと思う。
 親だって悪気が有った訳じゃないってのは解っているし、親が自分を愛してくれているだろう事は何となく解る。
 けど、いや、だからこそ親のやった行動を否定できないのかもしれない。

 加藤はそんな俺よりも過酷な環境下にいて必死に耐え続けていた。
 それを踏まえててそんな彼の掲示板への書き込みのログを読むと本当にただ悲しくなって泣きたくなる。
 彼は俺には想像も付かない孤独の中、たった独りで光を探していたんだろう。
 それだからこそこんな事になってしまった事にとても悲しく思う。

 最後に、犠牲者にはご冥福をお祈りいたします。

 

どうすればいいのか・・・

うちの娘は引きこもりです。(中3)
1・2ヶ月ほど前にこのブログに辿り着いて読み漁り、私が娘を追い込んだ事、ディスカウントしてしまった事に気がつきました。
ただただ申し訳ない気持ちです。
不謹慎ですがこの犯人に対して同情すら覚えます。
でも今私はそこで止まってしまいどうすれば良いのか・・・
娘に対してきっかけが掴めず、日々悶々としています。
子どもの心のコップを空にしてあげたいのに、術が分かりません。
どうすれば・・・

 

彼の怒りがよくわかります

お前らに私のこの悔しさがわかるか!という気持ち、ものすごくわかります。私も自分の容姿が嫌いで、すれ違いざまや電車の中、職場などどこでも私の醜い姿を見て気分を悪くした男どもが、思わず咳払いをするたびに殺そうと思います。お前らと話をしようとも知り合いになろうとも思わないのに、ただ一人でそっとしておいて欲しいだけなのに、ただ醜い女の姿を目にしただけで胸が悪くなり咳で吐き出さないといられないお前らはそんなに偉いのか。そんなにお前らは自分は醜くないと思っているのか。醜い女がただちょっと目に入っただけでそんなに耐えられないのか。あまりにもケツの穴が小さすぎやしないか。そんな幼稚な身勝手な人間がこの世の半分も占めている地球はどれほどくだらない場所なのか。情けなくてお前らと同じ空気を吸っているだけでこっちこそ吐き気がする。ホームから蹴って落してやりたい。つまんで火口にポイポイ投げ入れてこの世から駆除したい。そんな毎日がもう4年くらい続いています。どんどん憎さが増しています。私は小1から中3までものすごい美人の子と親友でした。いつも男どものあの女神を扱うような彼女への崇拝を真横で見、自分へのゴミのような扱いを仕方ないと思ってきました。彼女は色んな男と青春を謳歌し、崇拝されて結婚、かわいい男の子にめぐまれて念願の主婦をしています。私は一度も好きな人と付き合うということもなくひたすら会社と家の往復で40歳になりました。

 

私も擁護する気はないのですが

事件が起きてからずっと、沢山の報道をいやがおうでも目にする毎日が続いています。

この事件は、私にとっても、とても苦しい事件だったりします。
中尾さんの書かれることが本当に尤もだと、強く同意します。
彼は、怒り、悲しみを正しい対象に向けなければならなかったのに、向けられなかった。
どうしようもない苦しさ、寂しさ、不安感、…同じではないけれど、少しわかるんです。
親に、親の都合のいいように扱われる辛さ、苦しさ、悲しさ。
関係性を正そうと働きかけるたびに、絶望する。
その無力感は、本当に言葉では表現できません。
「ぬくぬくと幸せを感じているだろう世間」を憎いと思った時期、私にもありました。
子供の頃から親に頼れず生きるハンデを、周りの人間は知るはずもない、他人など皆甘ったれだと。

親に叩かれようと身体の痛みなど問題ではなくて、どうしようもない気持ちを処理するだけで、今まで人生の大切な時を楽しむことも出来ずに来ました。

親にモノのように扱われたり、見栄の道具にされたり、かと思えば、存在を無視されたり。
それは確実に心を蝕みます。彼が歪んだのは、彼の根っこがある意味正常に痛みを感じていたからだとわかるんです。

ただ、彼は、恨みを行動化させてはいけなかった。
思うだけなら自由だった。
子供の頃に済ませなければならない「だだっこ」を、大人になってから、恐ろしい暴力をもって果たしてしまった。

彼の行動に同情の余地はなく、あくまでしたことへの責任は果たすべきだと思います。
今の彼が彼であることに、本人に責任がある事実は変わらない。

ただ、あまりに悲しいです。

私には、たまたま友人がいて、たまたま自力で踏ん張ることが出来て、それでも、私にも精神的に頼れる家族、親は一生いないという事実は変わりません。
誰が何と言おうと、この現実はキツイです。
寂しいし、悲しいし、辛いし、憎い。けれど、諦めて踏み出すことしか自分を保つ道がなかった。
諦めても、やはり苦しいですし。

私がそうなれたのは、幸運にも、少しの友人に恵まれたからです。


この事件で、いろいろな人間の、いろいろな本質を見てしまった気がします。

中尾さんのおっしゃるとおり、加害者も被害者も、もう増えてほしくないです。

長文、気持ちの吐露、失礼しました。

 

家庭は安らぎの場であってほしい

子供の教育に熱心な加藤容疑者の両親・・・結果的にそれが彼を追い詰めたと思います。あまりにも閉鎖的でした。子供はその成長度合いに合わせて世の中と触れさせるべきだというのが私の考えです。生後しばらくは家の中で育てますが、首が座りハイハイをして歩くようになるという身体的成長に合わせて行動範囲や触れ合う人々を増やしていきます。私には子供が二人います。どちらも娘です。娘たちが幼い時、夫の母親が甘いお菓子やアイスをやたらに与えるのに閉口してやんわり申し入れをしたりそれでも効き目がなければ遊びに行かせる回数をちょっと減らしたりしました。(当時、隣に住んでいました)でも遊びに行くのを完全に断つというわけにはいきません。おばあちゃんですから。子供が居心地がよければ遊びに行くしおばあちゃんがイヤであればしだいに行かなくなります。加藤容疑者の母親はよく子供の勉強を見ていたそうです。立派なことですが厳しくて子供の居場所をなくすようなことにはなっていなかったでしょうか。私は教えるのが下手でした。すぐ怒ったりしてました。子供が小学校低学年の頃は教えていたのですが途中でやめました。近所の人から聞いた話がきっかけです。子供のお友達のお母さんで自宅でピアノを教えているのですが、自分の娘さんは別の先生にピアノを習っているのです。理由を尋ねると「生徒さんには優しく教えられるけど自分の娘だとつい厳しく怒っちゃうのよ。それに私の言うことなんかきかないし」(なかなかおしゃまな子でしたから納得)という返事でした。なるほどね~と思って私は優しく教える自信がないのでやめました。子供が聞いてきたときだけ教えました。大人は仕事で、子供は学校で、さらに大人も子供も人間関係で疲れて帰宅します。やはり家庭はほっとする場所であってほしいと思います。わたしは親として万能ではないのでなにからなにまで教えたり与えたりすることはできません。学校の先生、友達、習い事の先生、お友達のお母さん、親戚、地域の方々などいろんな人から学ぶことのほうがずっと多いと思って、年齢に応じてどんどん外に出しました。幼い頃の娘たちはどちらかというとおとなしい性質だったのでそれほど社交的になったわけではありませんが、ごくノーマルに他者を受け入れるようになったと思います。

 

私も危ない親です。

はじめまして。先生のお考え、同感です。実は、私も、殺害の対象が「誰でもよい」の本心は=家族・養育者であろうと素人ながらにも思っていました。しかし、手にかけることは多くの場合できない。当人の中の子ども時代の記憶がそれをゆるさないのでしょうか。
 私は、高校生の親ですが、実は、私自身の養育環境をふり返るたび、戦中に青年期を過ごさねばならなかった実父が構築した家庭環境、つまり、私自身が受けた家庭教育の中に、次の世代(わが子)への負の種が強く根を下ろしていたと確信しています。しかし、奇跡的幸運にも現在の配偶者の中和剤のおかげで何とか、今日まで子育てと自分育てをやってきました。先生の著作にふれ、それを確たるものにしたいと考えます。

 

私にも同年代の息子がいるので、容疑者が当時置かれていた環境が少しわかるのと同時に母親の立場と気持ちにも同情します。昔から教育ママというのはいましたが、猫も杓子も小4から塾に行くようになったのが丁度この年代だと思います。我が家では幸い(?)誘われなかったので行きませんでしたが、いわゆる教育熱心な母親グループにいたりすると塾通いして中学から受験を目指すのは当たり前。今回の容疑者よりももっとハードな環境にいた子供達は何人も知っています。日曜の子ども会の行事なども参加することなく育った子は沢山いると思います。このあまりに自分をコントロールできない容疑者の弱さというのは何なのでしょう。すべてが支持待ち人間に育ったので、「誰か止めてくれ」という甘えた書き込みになったのでしょうか。遺族の人たちも容疑者の母親も可哀想でなりません。

 
    
 
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