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「秋葉原通り魔 弟の告白」(前編)より-(1)捨てられた兄と救われた弟

 
2008/06/17(Tue) Category : 少年犯罪・家族事件簿
週刊現代6/28号(本日発売)にタイトルに掲げた弟の告白記事が掲載された。22歳の弟は次のように語る。

『被害者・遺族の方々に与えてしまった、想像を絶する苦痛、また、国民の皆さんに与えた不安を取り除くためには、謝罪だけではなく、事件に関して何らかの説明をすることが必要だと思いました“犯人”と同じ屋根の下で過ごした影響を説明することが、今回の凶行を起こした原因をひもとくきっかけになればと思い、この手記を発表することにいたしました』

『私の家の恥部をさらすことで、犯人が犯行に及んだ説明の一端になれば……。そのことが現在の私にできるすべてだと思っています』

真摯な姿勢で『原因をひもとくきっかけ』を提供してくれたのだから、そこから感じることを書いてみたい。





■捨てられた兄と救われた弟

3歳下の弟によると、ごく普通の家庭だったのが変わり始め、『一年経つごとに、家族仲は悪くなって』いったのは、加藤智大容疑者が中学に入った頃からである。

記事をお読みになれば分かるが、そこにあるのは「家庭」ではなく、母親が看守である「監獄」だ。弟は、母親の『厳しい躾や教育』を『洗脳』と呼んでいる。
また、加藤兄弟が通った中学校も『生徒の個性などというものは存在さえしませんでした』という『軍隊』だった。弟は、学校も『洗脳』と呼んでいる。

家庭でも学校でも洗脳される鬱屈した日々。その鬱屈が爆発するのが、中3の時。口論の末、加藤容疑者が母親を初めて殴り、以降、部屋の壁をボコボコにすることで感情を爆発させるようになった。弟の方も、壁を殴ったり蹴ったりすることが“癖”になっている。

地域トップの高校に入り両親は有頂天になるが、『あっという間に普通の人』になってしまった加藤容疑者を母親は見捨てた。
『「俺より弟を優先して、俺を見放すのか!弟だけにしたいんだろう」と詰め寄っている姿を目撃したことがあります』

高卒後、兄は自動車整備学校に進学し、見捨てられたまま家を離れる。
同時期、優秀といわれた弟も3ヶ月で高校を辞め、引きこもる。彼はその時期、『うまくいかない状況を母のせいにしてきました』。

しかし、引きこもること5年−20歳で上京するときに『母が、「お前たちがこうなってしまったのは自分のせいだ」とつぶやき、私に謝罪してきたんです』。これで、『私は母の謝罪の言葉をきっかけに、母を許すことができました』−弟は救われた。

兄には落伍者のレッテルを貼った母親も、弟までもが5年間も引きこもる中で、自分の姿と向き合わざるを得なかったのだろう。5年間鏡を見続け、そしてようやくのこと、自分が悪かったと認めたのである。
これで、弟の5年間は報われた。だから、弟は新たな人生のスタートを切ることができたのである。



しかし、兄は……?

兄は、親の期待を一身に浴び、その全エネルギーを丸ごとぶつけられた。兄という防波堤の影で、弟は少し身動きできたことと思う。それに弟が中2の時に『ルール緩和』がなされ、テレビが見られるようになった。兄の中学時代とは雲泥の差である。
それでも弟は引きこもった。
つまり、兄はそれ以上のパワーを一身で受け止めていたのである。

その上、弟は親と向き合うことができたが、兄はそのチャンスすら与えられていなかった。
そして、弟は、自ら表現しているが、母親と『邂逅(思いがけなく出会うこと)』することができた。弟は母親の人間としての姿を見ることができたが、兄は看守としての母親しか知らない。

『アレは今でも両親を恨んでいるはずだ』と弟は言う。
その通りだろうと思う。

兄のことを「犯人」「アレ」と呼ぶ弟は、『兄への憎しみと怒り』を持っているようだが、これだけ受けた影響は異なるのである…。



★「秋葉原通り魔 弟の告白」(前編)----------------------------
(1)捨てられた兄と救われた弟
(2)家庭という「完全統制区域」
(3)怒れる絶対君主

★「秋葉原通り魔 弟の告白」(後編)----------------------------
1,背後に潜む愛情飢餓連鎖(1)
2,背後に潜む愛情飢餓連鎖(2)
3,密室(価値閉塞空間)の中に事件の種が蒔かれる
4,AC(Adapted Child)を育てた中学校

★加藤智大容疑者の心の闇----------------------------
( 1)1日中繰り返される「一人」のつぶやき
( 2)絶対零度の孤独
( 3)操り人形な毎日
( 4)「I,m not OK.」の人生
( 5)自己概念の循環効果
( 6)憎む対象が世間になる理由
( 7)「彼女」と「不細工」−2つのキーワード
( 8)「時間の構造化」の方法
( 9)転がりはじめた殺意
(10)ストローク飢餓の殺人ゲーム





【ご参考】
若高兄弟の確執の裏(1):兄弟の運命を分けた父親の言葉



 
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津軽弁の「アレ」の意味はネガティヴなものではないそうです

はじめまして。貴ブログを興味深く拝見しました。

秋葉原通り魔事件の、犯人の弟さんの証言をもとに、犯人の精神状態に関する非常に深い考察をなされていると思います。私のブログからもリンクさせていただきました。


さて、タイトルの件ですが、「はてなブックマーク」というサイトで、貴ブログが紹介されていたときのコメントに、以下のものがありましたので、引用します。

「津軽弁で言う「アレ」と標準語の「アレ」はニュアンスが違います。一般的な卑下のニュアンスよりは、もっとフレンドリーなニュアンス。友達・きょうだいなどのごく親しい第3者を呼ぶときに普通に使います。」

従いまして、「兄のことを「犯人」「アレ」と呼ぶ弟は、『兄への憎しみと怒り』を持っている」かどうかは疑問が残ります。

 

この事件が起きた時、加害者はどのような男なのだろう?
親はどんな問題があるのだろう?
と思い、事件が起こると親の存在が気になるし知りたくなります。

私自身、親に虐待されてきた過去があるからです。

親子関係がその後の人生の人間関係を作るのです。
「親」は経済的理由や世間の評価等様々な見えるものを一番に考え、子供を所有物だと無意識下に思うのではないか。
また、思い通りに良い結果にする事が子供への愛だと勘違いしているのかもしれません。

物を買い与え、また
買い与えずも子供の為と押し付け制限したりしたとして、本当に子は幸せを感じるのか考えて欲しい。
自分のエゴに気が付いて欲しい。

大人になるにつれ家庭を離れ
他者と付き合い、考える力、問題を解決する力は勉学だけでは学べない事ばかりです。

幼い時に大切なのは親との楽しい時間であり、愛を感じる時が一番大切。愛を感じて育った人は愛を人に分け与える事の出来る人になるでしょう。

親との確執の中、親元を離れても
どれ程、親からの影響や束縛を受け傷付いていたかと知り苦しんだ時間は
親と過ごした時間以上に長く苦しいのです。



 
    
 
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