あなたの子どもを加害者にしないために
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「秋葉原通り魔 弟の告白」(前編)より-(2)家庭という「完全統制区域」
2008年06月17日 (火) 00:14 | 編集
■家庭という「完全統制区域」

では、どのような日常だったのか。

『子供のころしかられた加藤容疑者が、玄関前に閉め出され、泣き叫ぶ声を聞いた住民も少なくない。真冬の極寒の中、薄着で外にいる姿も目撃されている。「しつけか、虐待か分からなかった」(ある住民)』【6月10日 スポーツ報知】

以下は週刊現代による弟さんの証言である。

『母は常に完璧なものを求めてきました』

―作文は一文字でも間違えたり、汚い字があると、そこを修正するのではなく、それをゴミ箱に捨てて最初から書き直しだという。一つの作文に1週間。これは、躾ではなくいじめである。完璧を求めるということ自体が、(無意識のうちに)怒るチャンスを増やすためのものであることを知っておいてほしい。



『自由にモノを買うこともできませんでした』

―本を買うにも何を買うかのチェックが入り、買ったら感想文を書かなければならなかった。その他のものも許可を得る必要があったので、弟は『モノを欲しがるということ自体しなく』なったそうだ。
当然の帰結だ。何かをする度にチェックが入るということは、「自分の判断で行動するな」→「私の命令以外で行動するな」という禁止令である。人は行動できなくなっていく。



『テレビは1階に1台ありましたが、見るのは禁止でした』

―「ドラえもん」と「まんが日本昔ばなし」以外は、加藤智大容疑者は高2になるまで見たことがなかった。



『ゲームは土曜日に1時間だけというのがルールでした』

―これでは、永遠に不全感の中に置かれることになる。ゲームは時間で終われるものではない。自分なりにけりをつけなければ達成感を得られない。常にドライブがかかりっぱなしのイライラした状況に置かれることになる。



『漫画や雑誌なども読んだことがありませんでした』

―独裁を行おうとするものは、外部からの情報を徹底遮断しようとする。テレビ、漫画、雑誌の情報統制は、まさに「完全統制区域」である。



『友達を家に呼ぶことも友達に家に行くことも禁止されていました』

―このおかげで、弟は『こうしたルールの多くがどこの家庭でも行われているものと思いこんでいました』。彼が衝撃と共に自分の家庭や中学が異常だったことを知るのは、高校に入ってからである。



『母は男女の関係に関しては過剰なまでの反応を見せました』
『異性という存在は、徹底的に排除されていました』

―『異性という存在』は、自我の発達に最もインパクトを与える。手足は自分の思うとおりに動いていればよいのであって、自我を持っては困るのである。だから、ハラッサーは徹底して被支配者が人と付き合うのを遠ざける。
この母親は、兄に来た女の子からの年賀状を『見せしめのように冷蔵庫に貼られ』、弟は、来たハガキを『バンッとテーブルにたたきつけて、「男女交際は一切許さないからね」』と言われている。




そして、極めつけは次の場面だ。加藤智大容疑者が中1の時である。

『食事の途中で母が突然アレに激高し、廊下に新聞を敷き始め、、その上にご飯や味噌汁などのその日の食事を全部ばらまいて、「そこで食べなさい!」と言い放ったんです。アレは泣きながら新聞紙の上に積まれた食事を食べていました』

父も黙っているばかりで助け船も出さず、弟も横目で見ながら食べ続けている……もし、あなたがこのような目に遭ったら、一体どういう思いが湧くだろうか。






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コメント
この記事へのコメント
信じられない
よく大麻事件で済みましたね。
下手をすればこの母親が殺されていてもおかしくないですね。
とても非現実な世界です。
2008/10/06(月) 18:33 | URL | しん #-[編集]
単純に危険だから規制が必要だというのではなく
人を殺すためにつくられたというコンセプトが規制に値するのだと思います。
2008/06/26(木) 15:13 | URL | 匿名人 #-[編集]
ありがとうございます
週刊誌のいうことなので、
弟さんからしてみたら「そんなこといってない」てこともあるんでしょうけど
親に心の闇を強く感じます。

現代の記事をはじめてみたので、参考になりました、ありがとうございます。
2008/06/24(火) 22:18 | URL | りえ #u2lyCPR2[編集]
読ませていただきました
 今この事件はお茶の間を多くにぎわせていて、あらゆるバラエティ番組でも頻繁に取り上げられています。
 この事件を皮切りに例のダガーナイフも取締りが始まっています。
 あるタレントなどは上から背伸びするような口調で「ナイフなんてものがあるからいけない」とも言っていました。
 この手の事件を聞いては特番で犯人を槍玉に挙げるたび、思うことがあります。
 「犯罪に使われるからといって、なんでもかんでも規制すれば済む話なのだろうか?」
 みもふたも無いことを言えば人は簡単に死にます。
 毎年交通事故で人は死んでいます。毎年何らかの形で人は殺されます。
 毒であったり鈍器であったりあるいはアイスピックやバーベキューの焼き串であったり。
 人を殺すのは道具ではなく人間であり道具には何の罪もありません。
 なのにすべての元凶が道具のせいであるかのように規制が始まっています。過去も今も、きっとこれからもこれは続きます。
 今回規制の始まっているダガーナイフは、日本刀と同じように人殺しの道具であると同時に、美術的価値の高い一面もっています。
 「危険だから」の一くくりで規制をかけるのは、文化をいたずらに衰退させるに過ぎないと思っています。
 まさに上記のことが国家単位で始まろうとしているのだと危機感を抱いています。
 もし可能であるなら、ご意見をお聞かせください。
2008/06/24(火) 00:19 | URL | まこと #NBgqeq8U[編集]
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