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「秋葉原通り魔 弟の告白」(後編)-3.密室(価値閉塞空間)の中に事件の種が蒔かれる

2008/06/26(Thu) Category : 少年犯罪・家族事件簿
【秋葉原通り魔事件】

★密室(価値閉塞空間)の中に事件の種が蒔かれる-----------------------

核家族の中での“しつけ”と称する虐待、
夫婦間のモラハラやDV、
学校におけるいじめ、
職場でのパワハラ、
病院内での犯罪、
老人ホームや介護施設における虐待、
カルト宗教における行き過ぎた“修行”による殺人…
外部からの情報が遮断された状況にあるとき、いとも簡単に個人の価値観は暴走してしまう。
今回の事件も、価値閉塞空間の中に事件の種は蒔かれたと言えるだろう。

では、なぜ暴走するのだろうか。

生物は、そもそも外からフィードバックをもらって自己制御(自分をコントロール)していく開放定常系である。生物は自分を開き、常に外部と情報交換をすることで危険を回避しつつ生きている。だから、外部からのフィードバックを得られない個人や組織は自滅の道へと迷い込んでいく。

・国家で言えば、国民の実態を知ろうともせず、聴く耳を持たない首相の下で、官僚に顔を向けた党利党略の政治が国民を苦しめていく。
・会社で言えば、顧客を知る営業、苦情を受け付けるコールセンター、現場で働く社員や部下の話を聴こうともしない企業が企業犯罪に落ちていく。
・家庭で言えば、人の家のことに口出しするな、と親戚や知人や隣近所からのフィードバックを拒絶する家族は、否応なしに迷い道にはまり込んでいく。
・個人で言えば、褒められるとその行為は助長され、叱られるとその行為をしなくなるが(褒める叱るもフィードバック)、間違ったフィードバックをもらう人は曲がった成長をする。また、自分のやった行為の結果に対して親が介入するなど、直接フィードバックを得られない人は成長できない。

(参)「宮城警察官刺傷事件~生物が自閉するわけ






★人との触れ合いが人を人間にしていく---------------------------------

人はまず母親の胎内に宿り、そこから外を伺っている。
次に、家族という価値観の世界(世代間連鎖の中=閉じた価値観の中)に生まれ出る。そして、

「だっこ」で自分の大切さ命の大切さを、
「おんぶ」で人や社会への信頼を実感し、
「おにごっこ」や「かくれんぼ」で互いの存在を確認し、
「おしくらまんじゅう」でぬくもりを感じ、
「ままごと」で生活のシミュレーションをしながら、
社会性のある人間味豊かな人となって社会に羽ばたいていく。

このように「命の大切さ」や「思いやり」「社会性」など現在折に触れて取り上げられる資質は、豊かな地域社会-その中の子ども社会の中で育まれた。つまり、人を育てるためには親だけでは無理と言うことだ。むしろ、子どもは地域社会が育ててくれ、親のすることはわが子の気持ちを受け止めることだけといってもよいくらいである。

場合によっては、受け止めてくれない親代わりに自然を含めた地域が受け止めてくれ、是正してくれることもあろう。つまり、親だけでは無理というよりも、地域が“必須”なのである。

(参)「家庭の機能、家族の役割






★「社会」が失われている世界-----------------------------------------

それに、かつての家(建物)には地域とつながる「縁側」という機能もあった。家の土手っ腹が地域に向かって解放されていた。

垣根の間から垣間見てどういう人がいるのか興味を持ち、「袖すりあうも他生の縁」がきっかけで少し話して、そのうち縁側から上がり込んだり、勝手口で話し込んだりする関係になっていく。

今や、そのような「縁作り」の機能が家からも道路からも地域からも失われ、人は「家の中の個室」と「会社の中の個室」の間を行き来する存在になりつつある。面で生きていた人間が、点と点の行き来で生きるようになった。

地方を歩くと痛感するが、通りから人影が消え、袖すりあうチャンスさえない。現代は既に「社会」が失われている世界なのだ。
そのため、親の影響力が昔に比べてはるかに大きくなってしまった。

(尚、リアルワールドから失われた「縁作り」の機能が、ミクシィのようなバーチャルワールドに出現している。SNSの急成長は、縁を求める人々の「飢え」ではないだろうか)

(参)「親がおかしい!(2)-零時過ぎの女の子






★人々を隔離分断していくための環境整備-------------------------------

このように、人が人として育つための空間的条件を知れば、大人がしなければならないことが分かってくる。それは、自らが信頼できる大人となって、信頼できる地域を創り上げる努力をすることだ。

そのためには、父親が地域に帰らなければならない。家庭、学校、地域の現場を父親が自らの目で見ることだ。そのために、働き方を変えていかなければならない。

日本は、かつては電車内で見知らぬ人々が話をするような開放定常系だった。しかし、今や電車内どころか職場までがシンと静まりかえった海の底のようになってきている。シルバーシートが登場したときも驚いたが、今や女性専用車両まで現れ、人々の隔離分断はとどまるところを知らない。

二重三重の扉を経なければならないマンションなど隔離要塞のようだし、豊かな団らんのある家族は2割に満たず個室で個食という人も増えている。セキュリティで会社が閉じ、防犯で学校や家庭が閉じ、社会は人と人との距離を遠ざける方向に突き進んでいる。

(参)「「空の器」となった家庭
(参)「怒れ!公務員






★人類の首を絞めていく自由競争---------------------------------------

分断された個人を支配することは容易い。
感性豊かに育った若者が、ものの半年で死んだ眼になっていくのを私はこの目で見てきた。家庭で真っ当に育っても、学校や会社というサティアンが人をねじ曲げていく事例も多々見た。

つまり、家庭だけではダメ。学校や会社も人を大切にする組織に変わっていかなければならない。今の政治と組織はコストと効率を最優先するあまり、経済外費用と不安をドカンと社会全体に落としているのである。 不安の上に経済は成り立たないから、自分の首を絞めていることになる。

ではなぜ、社会がこのような方向に突き進んでいくのか。
それは、弱肉強食・自由競争の価値観が是とされているからだ。

生命系は「共生」である。弱肉強食・自由競争で資源の収奪競争に走り、地球自体を追い詰めている先進国は、もはやポリシーを変えなければ人類の首を絞めることになる。

(参)「特急電車内女性暴行事件(4)-日本はポリシーを変えよ






★競争と分断統治が軍隊を生む-----------------------------------------

今回の事件も、背景にあったのは、「進学校→いい大学→いい会社」という現代の価値観を是とする世代間連鎖であろう。そして、それを達成するために家庭を価値閉塞空間にした。所属する人々をある1つの方向に向かわせるために、その組織が軍隊型になるのは当たり前のことだ。

この家庭の軌道を修正できるチャンスを持つのは、唯一、子どもを通じて接点がある学校だったかもしれない。しかし、その学校は、この家庭の方向にむしろ拍車をかける存在だった。弟が、自分が通った中学の異常さに気づくのも高校に入ってからである。

長々と書いてきたのは、子育ては親だけではできないということを言いたいからだ。
まして、母親や父親など、いずれかに押しつけられてできるものではない。むしろ、かつて「親はなくても子は育つ」と言われたように、地域社会がしっかりしていることが、人を育てるには大切なことなのである。


(参)「私が「あなたの子どもを加害者にしないために」を書いた理由




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児童虐待母は、宮崎勤の女バージョン

元々、かつての日本は農村共同体社会であり、隣近所や親戚が密接につながりながらの、オープンな集団生活的な社会環境にあった為、自主性や個性性が無い国民性ながら、特定の家庭だけが閉鎖的になり暴走することは少なかった。

しかし、戦後、核家族化により、日本人の人間性は従来通り未熟で自主性も無いまま、生活単位だけ個々バラバラの密室孤立の核家族型になったため、特に無知な女性(母親)はテレビやメディアで容易に洗脳され、日本全国規模で各家庭が破壊され、見事に分断統治された結果、現代のような日本が完成した。

この加藤氏の馬鹿母親も、従来の農村型共同体社会においてならば周囲の目があるだけに、密室型の核家族でないだけに児童虐待を犯すことはできなかったものを、見事に密室の中で未熟な母親振りを発揮したと言える。

そもそも
メスには、『自分より弱い相手(幼児等)に対して徹底的に暴力を振るう』という、動物的な狂暴性の側面を有しているため、ある意味で、児童虐待を犯す母親は、『幼児殺害の宮崎勤の女バージョン』とも言える素質を持っている。

 
    
 
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