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人は内的現実を生きている

2008/07/28(Mon) Category : 私の姿勢
【私の姿勢3-人は内的現実を生きている】

人は内的現実を生きている。

例えば、ある父親は自分の家庭が全く普通の家庭だと思って疑わなかった。しかし、妻は鬱で子どもは自分を傷つけていた。同じ空間内で展開している現実に、これほどにも人は気づきえないことがある。なぜなのか?



父親は戦争を経験していた。
戦争は気持ちを殺した。その戦争のことなど思い出したくもなかった。また、存在不安から逃れるために仕事人間(仕事依存:ワーカホリック)となった父親にとって、自分の気持ちを顧みる時間など必要なかった。自分の気持ちさえ受け止めない父親は、妻の気持ちを受け止めることなど考えもしなかった。というよりも、考えてもいないことにさえ気づいていないのである。
夫と気持ちの交流がない妻は鬱になっていったが、そのことにさえも気づかなかった。

赤ちゃんが生まれ、ある日隣の部屋で泣いていたのを聞いたとき、
「あ、生きている」-彼はホッとした。
“生き死に”で生きていた彼にとっては、泣き声が聞こえただけでOKだったのである。死線を彷徨った彼にとって、生きていることだけが唯一の価値なのである。生きる質を問うところに彼は棲んでいない。赤ん坊が何を要求して泣いているのか、そこにはもはや関心がないのだ。

しかし…、一方の赤ちゃんにしてみればネグレクト(育児放棄)だ。
その方の初めての記憶はテレビの画面である。記憶に残っているドラマを調べてみたら、自分が0歳の時のドラマだった。つまり、テレビの前に放置されていたのだ。
誰も自分の気持ちを受け止めてくれない。赤ちゃんは少年Aと同じく透明人間の立場に置かれたのである。こうして両親に見捨てられたその方は自傷するようになった。

だが、その父親は自分の家庭は“普通”だと思っていた。
私が伺い、蓋を開けるまでは何の問題もない家庭だと思っていたのである…。





いかがだろうか。
人は無意識に脳内現実を生きている。

けれど、互いに相手の頭の中にある内的現実は見えない。
だから、理由の分からぬ「なぜ?」の中で、もがき、苦しみ、あきらめ、自分を責める。これが、他人であればここまで悩まないだろう。親子、家族という関係があるからこそ心が傷つくのである。家族という関係の影響の強さが分かるだろう。

私の役割は、家族個々人がどのような「現実」を生きているのかに気づいてもらうことだ。
それが家族全員で相互にシェアされたとき、個々人の自律が始まる。



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