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子どもに社会を教えるのは子ども

2008/09/05(Fri) Category : 人生・世代
わずか40~50年前。
遊びの中で人は生きる術を覚えた。

子供達同士でアケビ取り。
ある程度大きくなると自分のものは自分で。
だから、兄貴分が木の登り方を教えた。

でも低い枝から取れるのは熟れきっていないものばかり。
すると今後は熟し方を教えた。
土を掘りいなわらを敷きアケビを入れて土をかぶせた。

山に入れば、食べられる植物のありかや見分け方を教えた。
どういう草むらに何があるのか。
同じように見えるキノコでも毒キノコは縦にすっと裂けないなど。

罠の仕掛け方や豆鉄砲や弓の作り方などナイフは必需品だった。
何しろ学校帰りに作って遊ぶのだから。
何より鉛筆を削らなくてはならない。

生きる術、人との助け合い、それらを含めて社会というものを教えてくれたのは、親でも学校でもなく、子ども社会だった。

私は小学生の頃、その15も年の離れた従兄弟に竹と木でそりを作ってもらって遊んだことがある。ヒョイヒョイと瞬く間に形が出来ていくのは魔法を見るようだった。

自分のことはすべて自分でできる。
これを豊かと言わずに何が豊かなのだろう。



15下の私も、子どもの縦社会は経験しているので、その大切さがよく分かる。が、生活と共にある遊びはしていないので、草花の見分けなどとんと見当がつかない。

文明など、自然の前にはひとたまりもなくもろい。
これから先、気候変動によって生き残るための争いが起こるだろう。
昔のように、各自が自然を活用する知恵を持っていれば争わなくてすむものを、知恵がないために奪い合いをすることになる。

父はワラジも編んだし、下駄を作るのも上手かったそうだ。
自然を利用できるようになれば、金はいらない。金社会は不要になるというわけだ。

文明人が未開と呼ぶ民族の凄さが分かる。



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小学校の前に駄菓子屋と文具店を

お小遣いと相談しながら時間をかけてお気に入りを選ぶ楽しみ。
思い切って買った、大好きな消しゴムや下敷きは、とても大切なものでした。
せめて、自分に必要なものを、親の車に頼らず自分で出掛けて手に入れられればいいのに、思います。

 

確かに昔は自然とのかかわりから多くのことを学んでいました。

しかし現在はなかなか自然とのかかわりが少ないです。

 
    
 
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