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「死ね」「殺す」と子に言われる親御さんへ

2008/09/13(Sat) Category : 不登校・引きこもり
「くそババァ」「死ね」「殺すぞ」と子に言われている親御さんへ。

漫画や友人のせいにして嘆いているかもしれませんね。
「なら、殺せ」と開き直っているかもしれませんね。
怖くて避けているかもしれませんね。
謝っても変わらず、どうしていいか分からないかもしれませんね。
落ち込んで鬱になる寸前かもしれませんね。……

もう施設に入れるしか思い浮かばない…
そうやって、まがいものの施設に入れることもあるのでしょう。


まず、最初に言わせて下さい。
漫画やテレビやゲームや友人の影響で、「死ね」「殺すぞ」と親に向かって言うようになることはありません。

そう言われることを、あなたが先に子どもにしてきたのです(無意識であれ)。
つまり、子どもは精神的にあなた方に殺されてきたのです。





次に、子どもがそう言えるだけ、まだしも救いがあると思ってください。
なぜなら、そう言えるためには次の条件が揃わないと出来ないからです。

①自分の気持ちを自分で感じることが出来、
②それを言葉にすることが出来、
③それを言える対象があり、
④それを対象に向かって言うことが出来る。

・自分の気持ちを自分で感じることが出来ない人がいるのです
・何らかの気持ちがあるのは分かるけれど、恨み・つらみ・怒り・憎しみ・悔しさ・哀しみ…あまりにも感情がたまっていて、便秘のように苦しいだけの人もいるのです
・言いたくても、言う対象がいないこともあるのです。
・言っても仕方がないとあきらめ、あるいはさんざん家庭内暴力をした挙げ句絶望して沈黙したり、絶望を見るのがイヤで言わないこともあるのです。

つまり、言えなければ、子はさらに途方もなく苦しい状態に追い込まれます。





最後に、あなた方がなすべきことを言います。

子どもが向かってきたら、二人でまっすぐに立ってください。
子どもの目を見て向き合ってください。

そして、子どもの訴えを真摯に受け止めてください。
その時どういう気持ちだったのか、正面から受け止めてください。

子どもが望んでいるのは、自分の辛かった、苦しかった、哀しかった、寂しかった、気持ちをただ理解し受け止めて欲しいのです。

あなた方を支える気がなければ、こんな生き地獄を我慢する必要はなかったのです。あなた方が、親だからこそ耐えてきたのです。あなた方は、子どもに支えられてここまで生きてこられたのです。

過去を返すことは出来ません。
やってしまったことを無にすることは出来ません。

自分のことを受け止めないままの安易な謝罪など求めていません。
それは、あなた方が軽くなるだけのことだからです。

「俺(私)の人生を返せ!」と叫んでも、返ってこないことを子どもは知っています。
だから、将来に向かって歩き出したいのです。

でも、「心のコップ」に溜まりに溜まったこの感情を吐き出さなければ、次に進むことが出来ないのです。進みたくても進めない苦しさの中にいるのです。

せめて、その感情を吐き出したい。
だから、その感情を受け止めること―それが、せめてもの償いなのです。





でも……
あなた方自身が受け止められた経験がありません。

だから、惑います。
「どうやって受け止めたらいいのか?」


あるいは…
あなた方自身が自分の気持ちが分かりません。

だから、惑います。
「気持ちを受け止めるってどういうこと?」


つまり…
自分の気持ちを見捨ててきたからこそ、知らずわが子を見捨ててきたのです。

「子は鏡」です。
子ののたうち回って苦しんでいる姿は、自分の心の姿です。
親が闇の中に封印してしまった自分の心を、子は体を張って映し出しています。


そして、
「いい加減、自分の苦しみは自分で引き受けろ!」
「もう私におんぶするのはやめて、自分の足で立って!」
とクタクタになって悲鳴を上げているのです。


だから、まずあなた方が自分自身を救わなければなりません。
それに、自分のインナーチャイルドを放置して子を救おうとしても、インナーチャイルドが足を引っ張るのです。

そのためには、まずあなた方が「受け止められ体験」をすることです。
そして、自分の親に対する思いを吐き出してしまうことです。
すると、自分で自分を受け止めることも出来るようになってくるでしょう。

自分の「心のコップ」が空にならなければ、子どもの気持ちを受け止める余裕が心に出来ません。
自分の気持ちを受け止めなければ、子の気持ちの受け止め方も分かりません。

子を救いたいのであれば、
まず自分を救うためのカウンセリングに行ってください。







環境としての親

どー(Do)していいのか分からない親へ

国から「死ね」と言われた若者から、親に「死ね」と言う若者へ

誰でもいいから殺したいは親への殺意の裏返し



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どうにもならん

親ぶっ殺すしかねぇ
話なんか通じねぇ
殺すことが大事

 

結婚して子供の親になるか?それとも独身で生きるか?

結婚して子供の親になるかあるいは好きな事をする為に独身の方がいいか、どちらを選ぶのが問題の一つです。
更にもう一つ、子供の親になったらその子供をどう育てればいいのか頭が痛くなります。
もし育て方が間違って教育に厳しく自分の子供を愛さないぐらい冷酷な毒親になってしまったら確実に子供に殺されるケースが多いですね。
この原因で秋葉原の通り魔事件も1988年の東京都目黒区で起きた当時中学2年生の少年が両親と祖母を殺害する事件が起きましたね。
こんな事にならない為にも子供の親になる為の判断テストを導入した方がいいと思います。

 

これを読んで少しだけ自分に自信を持てました。
書いてあること全部があてはまっていて、気づいたら涙が溢れていました。
ここに書いてあることが今思ってることの全てです。
同じ気持ちの人がいてくれて勇気を持てました。
だから負けない。

 

ちょっと聞かれましたので、念のため記しておきます―5/23の匿名人さんは私ではありません。現在、私がコメントを書くことはありませんので、悪しからずご了承ください。(でもちゃんと見てますよ~ ^^)

 

「普通に」という概念が家庭の倫理観を麻痺させている気がしますね
親の仕事は「自分の」子供に向き合うことです
ここまでやれば終わりとか、これ以上は親としての責任がないとか、子供が障害児だからとか、そういう逃げ道を作るべきではない
因果があるから縁があったわけですし
原因あっての結果です

向き合うことを放棄して、お金や精神家などの医療機関に丸投げしていれば悪化する一方ですよ
少なくともそのような方法で関係が改善したという話は一度も聞いたことがありません

 

毎日、毎日子どもから死ね、うざい、好きにさせろ!と言われています。
日常生活の些細な事からです。先生にも同様な暴言はきます。毎日夜中まで遊び学校は私服で行き帰されてタバコに万引きにやりたい放題。
沢山本もよんで、対応も考えてやってるんですけど…。親はしっかり向き合って…
親の責任…
親は子の鏡…どこでも同じ事しか言われません。普通に、育ててきただけなんだけど。
子育てってこんなに大変なんだと痛感しています。

 

私は中年のオッサンだが、今まで自分の両親に氏ねと
思っているし、実際に氏ねと言葉に出して言ってしまう。
両親だけではない。 家族をグジャグジャにした芯だ
ばあさんまでにも氏ねと思ったり、位牌を燃やしたいと
思っているし、家族には位牌を燃やすと宣言をしている(流石に燃やすことはしないが)。

このサイトに来て何気に上から文書を読んだが、
目頭が熱くなった。 

日常生活を送る上で、会社や友人と一緒にいる時に氏ねとは言わない。
だけど家族にはいろいろとこみ上げる感情がある。
そして究極的に要約された言葉が、氏ねなのだ。
もうこれ以上言うことがないほど酷いから氏ねしか
ないのだ。

今日はこの記事の上の部分の文書を読んで
少しだけ救われた感じがした。
誰だって好き好んで氏ねとは言わないんだよ。
どうしようもなくて、最後に出てくる言葉だ。。

 

うらやましい

こんなに親に暴言をはけるなんて、まるでファンタジーのようだと思いました。

僕には学生時代の記憶がありません。記録を見ると中学、高校は無遅刻、無欠席、無早退でした。しかし卒業アルバムを見ても思い出せないのです。唯一残っている記憶は親を殺そうとした夜のことだけ。午前2時過ぎにバットを持って親の寝室に向かったのですが、階段を下りるのがとてもしんどくてできませんでした。
結局、僕は反抗するチカラさえも残ってなかったのです。
暴言を言えるってことはまだ救える希望があるということのような気がします。
助けてあげてください。

 

少し嬉しいです

ぜひ親に見てもらいたいと思いました。
書いてあること全てが
あてはまっていて
涙がボロボロ出ました。
わかってくれる人がいる、と思いました。

 

難しい

親子関係は多種多様だ。
私の父は所謂毒親である祖父母に育てられた。完全なる搾取用の息子であったにも関わらず祖父母の最期を必死で看取り、自分の子供である私達姉妹に目一杯の愛情を注いで育ててくれた。我が父ながらすごい人だと思う。
私も愛情一杯に子育てしたいと娘を授かったが、どうにも育てにくい。検査の結果軽度発達障害だった。娘の特性として若干の認知の歪みがある。例えば普通の子なら前向きな励ましと捉える言葉でも、娘は自分を否定されたように感じてしまう。
最近体調不良の為か娘の夜驚症の症状が二週間毎晩続いている。娘を丸ごと受け止めると決めたのに、昨日ついに娘に暴言を吐いてしまった。そうでなくても傷つきやすい娘の心に深い傷を付けてしまった。
今朝謝ってうんと抱きしめたけど、ただの自己満足に終わるかもしれない。親としてまだまだだと痛感している。

先日父に『もっと弱い所見せてもいいよ。欠点があってもいいんだよ。それでも大好きだよ。』と告げてみた。初めて父が泣くのをみた。誰でもやっぱり丸ごと受け止めて欲しいんだと思う。

 

子の性質にも原因がある

きょうだいで同じ環境で育てても、男児女児で全く違うし、子供の個性によっても結果は全く違ってきます。
ブログ主さんの分析は100&親が悪いという主旨ですが、強い子は親を疎ましく思う時が来れば自分から出ていきます。
結局は心の弱い子がプライドやら甘えのせいで親元から出て行かず、家庭内暴力に陥るのです
家族から「死ね」と言われている方、自分から家族を捨てて出て行かれてはどうですか?
勇気を持ちましょう。

 

手遅れ

私は15歳のころ、言っても仕方がないとあきらめ、このままでは家庭内暴力の挙句におやごろにになると思って、家を出ました。
それから40年経った今も、当時から続く恨み・つらみ・怒り・憎しみ・悔しさ・哀しみ…たまった感情が親の顔を見るたびに蘇り便秘のように苦しいです。

 

私の親にも、
全ての子を持つ親の立場にある人たちに読んでほしいですね。

 

違う

母親に「死ね」「殺す」と暴言を吐いたり、刃物を向けたのは母親が憎いんではない。
いつも守ってくれていた。誰よりも自分の理解者。
友人がみんな、父子家庭って事もあり、毎回「お前は母親がいていいよな」と言われるたびに仲間との疎外感を感じた。「母親?うざいだけだから。殺したいし」と強がりを言ったのが始まり。
友人が「やめとけよ。お前にそんな事は言えないよ」と言われて「じゃー家に来いよ。俺、いつも言ってるからきかせてやる」と。
母親に対して暴言を吐いた。悲しそうな顔をしてた母親の顔に再び「醜い顔になってるぞ。そのまま死ね」と大爆笑してみせた。「いつもお前の事、うざいって思ってたんだよな。俺に構うなよ。お前といると気持ち悪い」と言って家を出た。
内心は母親の悲しそうな顔が思い浮かんで家に帰れなくて。
だけど母親よりも、友達といたかったんで、時々荷物を取りに帰っては父親にも見つかり殴られた。
父親のいない時間を見計らって、友達と荷物を取りに行くと、夜勤の母親が寝ていたが、友達の手前、母親を起しては金を無心してた。
友達が高校を卒業するにつれて真面目になっていく中、中卒の自分だけが元に戻れず、家に帰った時に姉の婚約者がいて、姉の婚約者の財布から金を奪った。
俺は逮捕されて少年院に送られた。
この時に弁護士や裁判官に何度も何度も頭を下げていた母親、姉にも婚約者にも頭を下げていたと聞いた。父親は「こいつ、社会に出さないでいいから。重たい判決を下さい」って言ってた。
それに対して母親は「母親なのに気持ちを理解出来なくてゴメンね」と言ってた。
母親が憎くて「死ね」「殺す」と言ってたんじゃない。
少年院を出ると同時、母親が病気になった。
進行性で治療方法もなく、完治もしないと。
入院中、病気で激痛なのに、俺の姿をみるとニッコリ笑う姿を見たときにトイレに駆け込んで泣いた。

ねぇ、
>そう言われることを、あなたが先に子どもにしてきたのです

これは無いわ。本当に無い。母親は守ってくれるよ。
ただ俺は友達にいい処を見せたかっただけ。
凄いな~って言われて(母親に暴言を吐くとこんなにも褒められるのか。気持ちいい)って、思った。
友達にも置いていかれ、姉にも婚約者にも嫌われ、父親にも信用されず(当たり前なんです)、そんな中、母親だけが味方でいてくれる。
自分の病気を治す事よりも俺を優先して考えてくれている。
母親が気付かせてくれたんだよね。
なんであんな酷い事が言えたのか、少年院を出て、4年か経った今でも謝罪しきれないです



 

死にたい

一度死にたいと思った時は死ねばいい

 

自分の親にこのページを見せてやりたい
自分の親は逃げている、見過ごしている

ここのページを見つけられた親御さんたちは
子供と本当に深刻に向き合う意志をお持ちになっていると思います。
自分の親は……。
考えない、向き合わないから、ネットで検索さえしないし、ましてやここのページを見ることはないのです。
向き合ってほしいです。切実に。

 

死ね、殺すと言われる親は馬鹿だ
何故、子供の味方になってやらない?
親が偉い訳がない
だったら「完璧な人間」になってみせやがれ!

 

ここにたどり着く親はの子は、救われる。
が、たどり着かないような親だからこうなる。
その矛盾の解決を図れない。

 

わあ、これは素晴らしいですね。
お母さんとおばあちゃんに見せてあげたいです。

 

はじめまして。20代の「子供」です。
なんというか・・・分かる、と思ってしまいました。
もう、ずっと辛くて辛くて、自殺を試みたところを親に見付かり、実家におります。

この年になってようやく「母を殺したい」と思うようになりました。本当に↑ここに書いてある通りの母で、人の気持ちを受け止めてくれた事ないです。拒絶したり逃げたり時には彼女が泣きだしたり。。
中学、高校の頃には本当に悲しくて辛かったものです。
彼女が幸せな育ちではない事は知っているので、仕方ない事だとずっと自分に言い聞かせてきました。
でも、もうなんというか、そういう事じゃないんじゃないかと思い・・・。彼女が「不幸な環境で育ったから」という事を免罪符にして、「私は一生懸命母親をやってきた!」と胸を張るのが(それが全て事実だとしても)許せないと感じます。
その・・・私は本当は自分を殺したかったのではなくて、母(もしくは親)を殺したかったのだと、この頃本当にひしひしと感じて怖いくらいです。

今日も母とは口論しました。私は彼女に気持ちを受け止めて欲しかったし、話を聞いて欲しいだけなんです。が、彼女にすればそれは「責められている」と感じるようで、またのらりくらりと「分かった」「もうやめよう、こんな話」「聞きたくない」と逃げていきます。正直、すさまじい怒りを感じて、殺してしまいたいと思いました。
私は中学生の頃から、ずっと母の姿を追いかけて、どうしたら私の気持ちを分かってくれるのか必死に考えてきました。専業主婦でずっと家に居るのに、彼女はいつも遠く感じられて、寂しくて怖いような気持ちで一杯一杯でした。それが今でも続いています。

親には「カウンセリングに行ったらどうだ」と云われます。
でも、私がすごく切実に思うのは、親が変なんです。
ずっと、なんか変な家なんです。皆が必死に努力しないと幸せごっこができないような、そんな家族でした。今でも、家が辛いと感じる瞬間があります。
それがずっとよく分かりませんでした。今は少しは自覚できます。親に対して「死ねばいいのに」と思うようになってしまいましたが・・・・本当は、そう思う方が健全だったのかな、とこの頃思います。

 

子供が暴言を吐くのは親のせいなんですね
わたしも息子に殺すぞと言われました
受け止めて、自分がしたことを反省して改めなければ、息子は救われないのですね
すべて、親の責任だとしたら私はこの世にいる価値はあるのでしょうか

 

たこりんさんへ

暖かいお言葉ありがとうございます。
古い記事にもかかわらず、自分勝手に思いを書き連ねてしまったなと反省していた所なので、
そう言って頂けると、とても嬉しいです。
どうもありがとうございます。

 

襟さん

襟さん
私の気持ちを言葉にしてくださったみたいに感じます。
辛さに負けないで向き合っている姿が目に浮かびました。
勇気をくれてありがとう。

 

すごく分かります!

初めまして、家族関連の問題で検索していてたどり着きました。
記事に書かれていること・・・ものすごく、分かります!!
私は「①自分の気持ちを自分で感じることが出来、」ということがうまくできないで、半引きこもり状態になってしまったのですが、
親に対して訴えたかったことを先生がとても分かりやすく文章化して下さっていたので、もっと早くに辿りつけば良かった・・・と思っているところです。


「子どもは精神的にあなた方に殺されてきたのです。」

これ、本当に、本当に、良く分かります。
今はかなり自分の気持ちを整理できてきたのですが、
もう少し前の未整理な状態だと、きっと読んで号泣していたと思います。
いえ、既に何度も号泣しながら気持ちを整理してきたわけですけども・・・
だって私の両親は、結局私に向き合ってくれることは無かったので・・・

両親自身が存在を受け入れられるという体験がない・・・やはり、そうなんですね。
何となくそう感じてはいたんですが、もう仕方のないことなんですね。

私はずっと両親の感情のサンドバックか、割れた心のつっかえ棒にされているように感じていました。
学校の勉強は出来たのですが、自分のことを考えると頭がぼうっとして、真白になってしまって何も考えられなく、
他の同世代がしているような当たり前のことができませんでした。

自分の気持ちや、自分の欲しいもの・・・そういったものが上手く感じられないで、
自己流に訓練することでそれらを汲み取ることができるよう、努力?しました。
努力っておかしいですよねー、こんなことで。
コンビニやスーパーに行って、自分は何が欲しいのか?と一生懸命自分の心の声を聞いて、一番欲しいものなんか欲しがっちゃいけない、っていう抑止する心の働きがあることを感じて、それと戦って、望みと選んだものとの間に違和感がないか感じて、違和感があったら更に心の奥を探って、何とか自分の望みを外側の世界と繋げられるようになったのは、つい最近のことです。
傍から見たら優柔不断すぎる不審者だとは思いますが、本人は必死です(笑)
もちろん様々なトラウマと向き合うことと同時進行です。
10年くらいかかりました。

全部両親に否定されてきたんですよね。
自分の気持ち、自分の望み、そういった、生きていくために必要なこと。
そう、自分の気持ちを感じることは、わがままなことなんかじゃない。
生きていく為に必要なことなんだって思います。

記事を読んでいて、こんなに私の気持ちを分かってもらえて良いのだろうか?という思いが湧いてきました。
これが受け入れられるということなのかな・・・
願わくば、両親に受け入れて貰えれたなら・・・そう思わずにはいられませんが、もう疲れました・・・はは。
そちらは諦めて、何とか頑張って生きていこうと思っています。
対決できるエネルギーがまだ残っている親子は、まだ良いのかもしれないなーと思います。

これからは親の為じゃなく、自分の為にエネルギーを使いたいです。
あ、今思ったのですが、常々親の為にエネルギーを使わされていて、自分に使うエネルギーなんか無いのに、
将来を考えろだの、お前はどうするんだ?だの聞かれて言葉にできない怒りを感じていたのかもしれません。
お前にエネルギー使わないで済んだなら、自分の将来にエネルギーを使えるんだよ!
ちゃんと機能している他の家庭と一緒のように親面して語るなよ!無自覚もいい加減にしろ!!っていう種類の怒りかもしれません。


記事を書いて下さってありがとうございました。
長文失礼致しました。

 

むしろ親が言ってくるんだが、これもマンガやゲームの影響なのかね……

 

有難うございます

わたしの気持ち、親を殺してやると言い放つ。

そんな気持ちに寄り添って考える人が居ると知り、一人だけど独りじゃないと涙が溢れる。

親は、神だった。
親という権利を用い、押し付けがましくいい続けた。

母にしてもらった事が呪縛となり、捨てきれなかった。

意思を持ち、嫌なものに合わせる価値観のない私を酷い言葉で罵り追い詰めましたね。

お母さん言ってるのは解るよ、だけど、私は、お母さんじゃないから同じにはなれない。

逃げる私を父と母で私を追い詰め、親の言う事を聞かないから駄目なんだ。
みんな親の言う事は、聞くもんだ。
お前が悪い。
被害者になるな。

なぜ、私を人として扱わないの?
みんなってなに。
みんながしたら、そうするの。

どんな体罰や暴言されても心無くせない私は、駄目でしたか。

けれど、私はお母さんみたいになりたくない、だからこうするとぶつかりながらたった独りで生きていた。

わたしは、誰にもわかって貰えなくてもずっと一人で歩き続ける。

そうずっと思っていたけれど。

先生に会いたい。でも、会わない。甘えない。

先生、殺したい程憎む気持ちに解ろうとしてるの伝わった。

あの日の無念。
失われた時間は戻らない、私は、心の傷を背負って生きている。せめて、気持ちに寄り添って欲しい。償って欲しい。
心からの謝罪をして欲しい。

救われたよ。

私は、自分の人生を精一杯生きていきます。

 

あむさんへ

あむさん、本当に理不尽な環境の中、良く頑張っていらっしゃると思います。

私は全くの素人ですが、
自分がACやPTSD、色々抱え、
家族(実・義両方)によりどん底を味わい、這い上がり、自分を解放させてきた経験を踏まえてこのお話を読ませていただきました。

全体を通して思ったのは、
息子さんは、お母さん(あむさん)自身が自分を見捨てている様に感じられる事にいらだっているのかな・・という事です。

大好きなお母さんが、周りからの攻撃に対して、
自分を守る為に戦ったり、
今はまだ戦う力がないなら
その場から避難する事をしていない、
その事にいらだっているのかも。。。

自分を守れない状態の母が、
子どもに対して自分を心配しているそぶりをする事
=「母親の存在価値を認めて」という重荷に感じる

という経験が私にはあります。
この経験と、どこか通じる部分ないかな・・・

*私のこの書き込みが、もし適切でなかったら、削除してください。

 

私は

私は子供に対して暴言を吐いた事なんて一度もないです。
ダンナの父親が娘ヒイキをし、息子に暴言を吐くんですよ。
だから私は義父に対して息子に対して暴言を吐かないよう注意をしてきました。そして娘と同等、可愛がって欲しいと懇願して来ました。
ダンナもダンナ父も息子に対しては放任主義なんです。つまり無関心。
息子が私に「死ね、ウゼエ」と言ってもテレビを見ていて注意しない。
そんな中、暴言はどんどんエスカレート。
私の親は私を可愛がったりしません。それどころか息子の前ででも私に対して「死ね」「ぶっ殺す」と言いたい放題。
親から「殺す」と言われて、ストーカーからも「想いが伝わらないなら殺す」と言われて落ち込んでいました。そんなある日、ニート状態の息子に「これからどうするの?」と私はただ普通に聞いたんです。そしたら息子がキレたんですよ。「テメェ、誰からも愛されてねぇじゃねぇか!!皆に死んで欲しいって言われてんだからよぉ、オレがぶっ殺してやんよ。こっち来いやぁ!!」と私に言いました。私、一瞬パニックですよ。何がどう、息子の中でキレたのか分からなかった。
部屋の中で大暴れ。さすがにこれはダンナが息子に注意しました。息子はダンナに「イラつくんだよ、(私を)見ているだけで。死ねばいいのに」って。
私は暴言を吐く親にも、ダンナの父にも“そういう言葉づかいはダメだと”注意をして来ました。
私は「殺す」という言葉を受け止めて、そういう言葉遣いを直すように努力してきました。
息子曰く、「こんなにも人から死ぬ事を懇願されているのに、生きている意味が分からない。この女は皆から死ぬ事を希望されてんだ。だからこの女を殺せば俺、人気者じゃねぇ?(笑)」って事なんです。
さすがに私、泣けて来ました。
息子の前では「殺さないでね。まだ死にたくないわ」と言いましたが・・・涙が落ちそうだった。
言われてから一週間が経ちました。
どんなに暴言を吐かれても、それを受け止め、この20年ずっと注意をしてきた私ですがなんでか今は受け止め過ぎてどうにもなんないんです。
カウンセラーの人はただ「休んだほうがいい」と言うだけ。
休めないでしょ。
何かが壊れてしまった。この一週間、私は笑えなくなってしまった。愛想笑いすら出来なくなってしまった。どうしても涙が止まらなくて心が重たくてツライ。
受け止めてばかり居ても壊れますよ。1人で受け止めるのには限界があります。自分の親の暴言を注意し、ダンナの父親の暴言を注意し、ストーカーの暴言を注意し、息子の暴言までも注意し・・・。
私1人で抱えるのには重すぎてツラクなっちゃった。
息子の暴言は周りから見てみたら全て「母親」のせいなんですもん。
みんなの中には「父親の育て方が」「両親の育て方が」という単語は入りません。
息子が暴言を吐くのに、私はテレビやゲームのせいにした事もありません。とにかく暴言は人を傷つけるので注意をしてきました。
今回の件は私が受け止められなかった事、会話も出来なくなり笑えなくなってしまった事(さすがに親・義父・ストーカー・息子に一気に「ぶっ殺す」と言われたら疲れます)で息子も(マズイ)と思ったのか、この一週間の息子はとても静かで私に対して暴言どころか普通の子供の様に接してきます。
そしてダンナも私に気を使い始めたんですが・・・
私は息子を施設に入れる事も考えていなかったし、地獄すら見せなかった。
周りが暴言を吐いているのは息子にとったら「普通」の事になっちゃってるんです。私1人が「暴言は吐いてはいけない」と言ったって説得力なんてないんです。息子にしてみたら私の方が間違っているんですから。それでも暴言を吐く人には注意をしてきたんですが。

私は貴方が理解出来ない。
>やってしまったことを無にすることは出来ません。

とは何?私がやってしまった事って何?
義父・親・ストーカーからの「殺す」という中に息子まで仲間に入り、一致団結!!みたいになって私に対して「ぶっ殺す」を連呼。
私、もうそんなに強くないんです。
私が壊れてから「マズイ」と思って静かになったとしても・・・向こうは私を攻撃する事で仲良くなったんだろうが私はもう受け止められない。私は1人なんです。疲れちゃいました。
生きてるけど、私、死んでしまいました。
こんなになるまで私、「死ね」「殺す」と言われる必要があったのでしょうか?私が何をして子供に仕返しされていると言うの?私は私の口から一度だって暴言なんて吐いてない。一週間前までは暴言も冗談に変えられる心の余裕があったんだけど、ダンナにまさかあんなヒドイ事をサラッと言えるなんて・・・。
ちょっと疲れちゃいました

 

ココ様

昨夜、夢を見ました。
夢の中で、母がロープを持って近づいて来るのです。
鮮やかな黄色いロープの両端には手錠が付いていました。
母は「縛ろうかな」と、ごく冷静に呟いてロープを持って立ち上がりました。
ロープの黄色だけが鮮明に記憶に残っています。
夢の中で私は、とても怒りたかったのです。
怒って、怒鳴って、「やめろ!」と叫んで殴りかかりたかったのに、ただ弱々しく「そんなことをしてはいけない」と言いながら、逃げ回っていました。
現実でも太っている母ですが、夢では更に大きく膨れ上がって、大きな体で私を追いつめてくるのです。
叫び声をあげて目を覚まし、ボロボロ泣きました。

実家と連絡を絶ってから、来年の2月でようやく3年です。
両親への怒りは、自覚しているものだとばかり思っていました。

本当の感情は、安全を確信しないと出てこない。
今月から家族とは別部屋を借りて一人になって、ようやく自分の本当の恐怖心が出てきたのかもしれないと思いました。

回復過程で親に思いをぶつけるプロセスは、数冊の本で読みました。
そうすることを勧められたこともあったけれど、まだまだ、過去の出来事として第三者に話すことはできても、親に直接ぶつける言葉が私の中に出てこないのです。
あんな事も、こんな事もあった。その時の私の気持ちはこうだった。
カウンセラーの先生に、そう話しながら怒りと涙を吐き出す事は今の私が言葉にする出来事で、実家の両親と共に居た頃の小さい女の子だった私は、心の底の底でうずくまっていたのだと思います。
彼女にとっては過去の出来事ではなく、生々しい現在だったのだと痛感するのです。
感情の根深さは、私の想像を超えていたというのが今の実感です。

「そろそろ連絡しておいた方が・・・」と、私も思ったことがありました。
ボケや病気を理由にあれこれと揺さぶられ、親戚筋へ愚痴をこぼされ、町で出会った私の友人にまで「子供に見捨てられた」と、包囲網をかけられました。
「こんな事を続けていたら、私を相手にする人がだれ一人いなくなってしまう」と、自分の居場所が狭められるような気持ちになりました。

だけど、「今、こちらから歩み寄っても、元に返ってしまう」
どう考えても、結論はそこに行き着いてしまうのです。
元に返るとは、すなわち私が私で無くなっても良いと、あなたの手足になりますと、私の方から跪くということです。
そもそも、親のそばに居るということが、自分の居場所を狭めて、自分を押し込める行為に他ならないのですから。
彼らを意識している限り、同じ事だと思うのです。
離れても、戻っても。

大切な自分。
一番大事にしなければいけない自分の気持ちを、もう何十年のあいだ彼らに踏みつけられてきたことでしょう。
あんな思いをして、決心して連絡を絶ったからには、元に戻ることはできない。
気持ちがついてこない事をしてはいけないのだと、痛切に思います。
自分が持っている親への恐怖心が無力になるまで待つしかないのかもしれません。
プロの力を借りて、親に会って思いをぶつける事が恐怖心と向き合い、取り払うきっかけになる可能性もあるかもしれない、そうも思うのですが、今はまだ、そんな気持ちにはなれない。
ある時ふと、怖さが取れて会いに行く気になったら、その時が本物なのかもしれません。

あくまでも、私自身についてです。
私もまた、旅の途中なので、自分のことしかわからないのです。

ただ、世間体や帰属意識でつながった「お友達」や、ごっこの「家族」はもういらない。
自分がしていることは、本当の意味での「旅の仲間」に巡り会える試みだと、信じられるような気持ちになりつつあります。

 

>silverring #/AyrgMNkさんへ

私は独身ですが、まったく同じ想いでいます。

母に音信不通にして1年が経ちます。
始めの頃は自宅や会社に押しかけてきたらどうしようと
怖くて怖くてたまりませんでしたが、
時間が経つにつれ、必要以上に怯えていた自分が
滑稽に思えてきました。

でも、このままでは済まないかもしれない・・と言う不安にいつも悩まされています。
ここ最近では、もうそろそろ連絡した方がいいのか?
でも、やっぱり連絡したくない。の堂々巡りの想いです。
もしくは健康上他で何かあった時に尻拭いするのは私だから、
その前に手を打っておいた方がいいだろうから、様子を伺おうか・・とか
ずっと悩んでいます。

この先どうなるのか、とても不安です。
自分の気持ちに正直にこのまま疎遠で居てもいいのかな?
それとも問題を先送りにしてるのかな?

silverring #/AyrgMNkさんはどう思われてますか?
(あくまで私のモノローグですので
ご返答は無用です)

 

変わった

気に入らないと「うざい」「ちれ」「死ね」と連呼していた16の娘。。。何かのたびに
「まだ、死んでないけど。。。携帯は二年は使ってね~」
「散れって言われても分身の術は使えない~」
「私も親だけど、人間なんでものすごーく傷つくんですけど~」なんて返していたら
「ほぇ~怖いね~そんなこと言ったっけ?(笑)冗談に決まってるでしょ!」と言い出し
今ではすっかり言わなくなり
台風のような反抗期?は過ぎていました(笑)
ホントに私自身、親に暴言を吐ける間柄ではないので一時的には非常に悩みましたが今ではすっかり落ち着いて、普通の会話ができていることに気が付きました。。。
私は親に対しての「愛して欲しい」気持ちを捨てる事はできませんが、封印しました。
悲しいですが楽になりました。
でも親に育ててもらった感謝も伝えましたし、「孫たちにも思われて幸せなのにそれだけじゃ満足できない?」とも聞きましたけど(笑)
あとは、私の母自身の問題なので距離をとって、生きています!!!

 

俺も言われた

俺は兄弟にも言われ、友達にも言われてきました。

「死ね」、「殺すぞ」....

人前....要するに外の世界でバンバンそういう言葉を発する人って掃いて捨てるほどいますね。

俺は特に小学校の時にさんざん言われてきました。

子どもの時にそうした言葉をガンガン言われてきた人は必ずその影響を受けて、
今度は自分が人に対し言う方になります。

恐ろしいですね。

 

そんな単純な

ものではないとおもいます。「死ね」「うざい」等私は子供達が小さな頃から「それだけは間単に言ってはいけないよ。」理由も説明しました。そして人としての一番卑劣な行為は「無視」すること自分がされて嫌だと感じたことは他の人にしては良くないこと、理由もキチンと話しましたが、別れた夫とその両親のお影で全く無意味なものになりました。障害2級ですが独りで私の両親を反面教師として、安心や逃げ場所も作ってきたつもりですが、逆にいいように利用されています・・子供には何も言いませんが子育ては周囲の人間もかなり影響します。解りますか?この悔しい気持ちと悲しい気持ちが・・・

 

復讐をした体験者

体験者の私が思うのは、

「心はほかの何物にも勝って不実であり、必死になる。誰がこれを知りえようか。」(エレミヤ17:9)

と 書かれている言葉は真実だった。


復讐によって得られた快楽は欲するに満たず、自分に苦痛を招いただけでした。

復讐される相手というものは、それによって何も気付く事も、反省することも出来ない種類に属している事を、私は知りました。


愛の裏返しは憎しみ、愛の反対は無関心、これもまた真実かも知れないと今は思います。

だからこれからは無関心で行こうと思います。それがきっと一番の復讐になると思っています。

 

吐き出し作業!

そうですよ!一人ぢゃないんですよ!!

自助会なんてどうですか??あとは…家庭の医学のサイトの掲示板とか覗くと良いかもしれませんね!(2ちゃんねるは好きぢゃないです…)

相当酷い方々もいらっしゃって、自分がどんな程度で、どんな感じの状態なのかわかると思いますよ!

どこかに同じような体験をした先行く方がいるはずです!

助かりたい!!と祈れば、出会えると、与えられると、信じてみませんか?

攻撃に目を向けないようにして…って難しいですよね?んっと…

攻撃を内に秘めていても、沢山の方々がギリギリ自分を助ける方向に意識を向けています。

自分を解放して自助会などで吐き出しまくるしか、収まらないと思うんですね?

残念ながら復讐や反作用によって、その手の方々は激しさを増します…自分もスッキリしないんです…別の問題が出てくるだけなんですよ…

苦しめなくても、勝手にそのうち苦しみを味わいます。

それが摂理です。

逃げるが勝ちです。

動けるうちに逃げて下さい。

何が何でも逃げ切って下さい。

親以外に愛を貰って下さい。

動けなくなったら、後遺症が酷くなりますよ。

逃げて下さい。

吐き出せる力があるあなたなら、回復できますよ!!

悪化したように感じる事も多々ありますが、確実に知識と共に上昇しますから!

エネルギーがあるうちに、吐き出し作業出来る場へ!

弱ったら、後遺症に後遺症を重ねていくことになります!

逃げられるうちに逃げて下さい!

身を危険にさらしてまで、近くにいる必要はないんですよ!

弱った私が言うのですから!試してみて下さい!

離れることでしか、収まらない時期ってあるんですよ。

それでいいんですよ!

やったら同類です。プライドを持つしかないんです。

吐き出しを聞き、言い、少しずつ上がるんです。

どこでも良いんですよ。

必ず出会いがあります。

祈ります。大丈夫です。

とにかく沢山の吐き出している方々を実感して下さい!!

 

実家との接触を一切断って2年半経ちました。
始めの1年間は、とても恐かった。電話が鳴って、表示される実家の番号を見るだけで、体が硬直して息が苦しくて。
母は私に「順送りだ。お前が親を粗末にしたら、お前も子供から同じ目に合わされるのだ」と呪文の様に言いました。
「それでも構わない」と思いつつ、怯えながら一年過ごしました。
一年経った頃、それは嘘だと思いました。私が子供に酷い目に遭わされるとしたら、それは私が子供にした事が返ってくる。その付けを払うだけのことだ。自分の親にしたことと、自分の子供にしたことは関係がないのだと。
そして、もし母の言うように親への仕打ちが子供から返ってくるのが本当だとしても、私はそれを受けて立つのだと、震えながら決心しました。
どのように脅されても、私が親の吐け口にされる姿を、子供に見せ続る事が私たち親子にとって、良い事の訳がないのだと思いました。
そして、実家の番号を着信拒否にしました。
それから1年弱になります。
恐らく、というか確実に彼らはのたうち回っているはずです。
家族や親族を巻き込んで、折に触れては圧迫を加えてきます。これが、はけ口に立ち去られたハラッサーの性根なのだと確信しました。
彼らは、実はすでに愛に飢えきって泣き叫ぶ赤ん坊なのだ。
彼らも親から酷い仕打ちを受けてきたのだと。
ですが、最初に書いた通り、親と私の関係と、私と私の子の関係に因果はないから。
私は、親の傷に責任はないから。
私のすべき事は、自分が受けてため込んだ毒を、我が子に手渡さない努力をすることだから。
今生で全てを浄化するのは無理かもしれないし、すでに手渡してしまった毒もあるかもしれません。
大切な我が子への思いと、親への執着と憎悪の中で毎日を過ごしています。
txtさん、あなたにどう言えば良いのかやっぱり解りません。
言葉はとても単純な道具だから、色んな思いは、言葉にした途端に意味があらかた消えてしまう気がする。
あなたは一人じゃない。

 

親に死ねと言ったことがあります

親は私をゴミ捨て場のように扱った。
愚痴吐き場、なにを言ってもいい場にしてた。
今、その言葉を返しているだけ。
残りの人生を親に叩き返すだけさ。

 

何をどう言えばいいのか

解らないのだけれど。
あなたの気持ち、怒り、悲しみ、悔しさが痛いくらいに伝わる気がします。
私も親を殺したい。
彼らが私に与えてきた苦しみを、少なくとも同じ程度には味わうところを見てみたい。
苦しいです。

 

yesさんへ

丁寧なコメント、ありがとうございました。yesさんが親を許すことで呪縛から解放されたという実体験、解放への一つのプロセスとして参考にさせていただきます。しかし僕は復讐という行為の結果、悔いの念が生じる可能性を自身の中に感じ取ることができません。親が虐待を「教育」という正当性ある行為に解釈することの自然さ不自然さは、彼等が行った虐待のレベルにより大きく変化します。たとえば僕は思春期の頃、刃物で切りつけられた経験が何度かありますが、この行為を教育として解釈するには些か無理があるように思えます。教育、躾という行為が成立する為には、その根底に「愛情」という前提が存在しなければなりませんが、体罰を行う際に彼等の精神を支配していたものが、僕が欲求通りに動かないことへの短絡的な怒り、及びそこから生じる潜在的支配欲求であるとか、あるいは彼等自身が個人的に抱えているフラストレーションを教育という行為に便乗して発散させようという衝動であったならば、もはやそれは「愛の鞭」ではなく、ただの「暴力」に過ぎなくなります。(行為に伴う愛情が皆無であると断定することはできませんが、比率として先に挙げた要素が精神の大部分を占めていれば、それは同じことでしょう)そして、体罰時愛情が精神の大部分を占めている人間に、刃物で切りつけるという行為ができるとは僕には到底思えないし、その行為を「教育」として認識することが可能だとは更に思えません。彼等の立場に立つのであれば、自分自身、過去にそういった類の教育を受けた経験しかない、つまり自身の中に「健全な教育」という概念が構築できない、よって健全な教育者像がイメージできない、それが教育に支障を来たす要因となっていたのは事実でしょう。そしてその結果、望むような教育結果が得られないストレスがキャパシティーを超えたとき、過去の実体験と同じ手法を意識的にか、無意識的にか用いてしまう。(用いざるを得ない)そういった意味において彼等には彼等なりの苦悩や理由はあったのだと思います。しかし、意図した結果とはあまりにかけ離れた教育結果(日に日に歪んでゆく僕の姿であるとか)を突きつけられる度に、彼等には自身の教育の誤りに気付く為のヒントも、それを実際に改善する為のチャンスも与えられていました。虐待行為の度に歪んでゆく僕を見て、自身の教育方法に何一つ違和感を感じなかったとは、僕には到底思えません。彼等の胸中に幾度となく訪れたであろう「違和感」。その違和感と、その根底に存在する自身の過去、それに真剣に向き合うだけの時間とチャンスは十分にあったわけです。しかし残念なことに彼等は、その時間とチャンスを有効利用できなかった。あるいは彼等自身のエゴと脆弱さが有効利用することを許さなかったのかもしれません。虐待行為が、彼等が自分自身と命がけで対峙してきた結果、その過程においてどうしようもなく発生したものであったならば、まだ赦すだけの余地は存在していたかもしれませんが、しかし、そうでないことは何一つ変化のない現在の彼等の姿を見れば容易に確信できます。彼等自身の意志によって改善できたであろうものが、彼等自身の意思によって改善されなかった。そして、その結果、本来生じる必要性がなかった虐待行為に僕は晒されてしまった。(彼等がより早く、より真剣に自身の闇と向き合っていれば、生じる必要のなかった虐待行為)そんな不必要に生じた虐待行為を赦すことは僕には出来ないし、その必要もない。復讐を悔いる心は自身の胸中に復讐という行為に対する否定的感情が存在することによって初めて生じるものですが、僕にその否定的感情を抱かせるだけのことを、果たして彼等はしてきたのか、答えは「NO」です。加害者に対し共感出来る要素、共感できずともある程度の理解を示せる背景が、一定の割合で存在するとき初めて、復讐の快楽は「後悔」へと変わる資格を得ます。そして残念ながら、僕の復讐にその資格はありません。後悔へと変化する資格を持たない復讐に発生するものは、高純度の快楽のみです。理不尽な凶悪事件に巻き込まれた被害者、遺族が、加害者に死刑やそれに匹敵する厳罰を当然のごとく望むように、そこに赦しや後悔など存在するはずもありません。(加害者に死刑が執行されたとしても、被害を受けた過去や傷跡が消滅するわけではありません。が死刑にならなければ被害者として「納得ができない」わけです)僕にとっては、彼等が僕のイメージ通りに苦しむことだけが求める未来であり、そして癒しであり、「納得する為の」唯一のプロセスとなります。yesさんと僕とでは「復讐は悔いを残す」「復讐が快楽と言っている時は逃げである」の一文から分析するに、憎悪の質やその背景に(価値観、思想は言うまでもなく)大きな差異があるように感じられました。赦すことでしか解放されないか否かは、悔いが残るだけの要素をどのレベルでどれだけ持ち合わせているかによりますので、その要素が皆無に等しい僕にとって、復讐が後悔へと繋がる道理はなく、よって復讐を娯楽として楽しむことが可能となるのは当然の事と言えるでしょう。この改行のない冗漫な文章が、あなたを不快にしてしまったら申し訳ありません。しかし僕には赦しの中にのみ呪縛からの解放が存在するとは思えそうもありません。そしてまた、自身と向き合うことと彼等を赦すこととは、ケースバイケースでリンクすることはありえてもイコールではないと考えます。

 

言葉

『死ね』『うざい』『散れ』『殺すぞ』等等、これらの言葉にとらわれることはないと思いますよ。
冗談の時、思い通りにならない自分自身への苛立ちを発散したい時、親の小言がうるさい時、いろいろな場面があると思います。
それらは、ここの例には当てはまらないと思います。
ただ、「死ね」「殺すぞ」なんて自分が言われたら傷つき腹が立つ言葉を人に向かって言っている事実は重く心に留めておくことが大事だと思います。機会があれば、その言葉にとても傷ついたと親が穏やかに打ち明けてもいいのではないでしょうか。「ごめん」が聞けなくても、「だって~だから言ってしまった」とこどもさんの背景が聞けるかもしれないと思います。

 

txtさんへ

同じ方法で報復してやりたい気持ちはわかります。同じ苦しみを与えてやりたいですよね。
でも「復習は何も産まない」のじゃなく「悔い」を産みます。達成感や満足感は一時的なものです。自分がされたことを人にしたのですから。無自覚にやった人間に対して自覚を持って復讐するのですから、どちらの後悔が大きいでしょう。
復讐は、人を親の呪縛から解き放つ為の手段として十分に機能しうるのか>機能しません。親の呪縛から解き放たれるには、親の育った背景を理解し親を許すときにしかないでしょう。難しいことですが頭のいいあなたなら自分と向き合えると思います。
復讐が快楽だと言っている時は逃げです。あんな親でもこんな親でも、いえ、何より自分の存在のために親やその親の背景を知ることです。
このサイトに出会うもっと昔に私は必死でそれをやりました。親なんかいつかはなれりゃいいけど、自分は一人で立つために自分の存在不安をなんとかしたかったのです。
そして親もまた苦しい人生だったのだと知って怒りが沈静されてゆきました。だからと言って侵食されるわけにはいかないので反抗しましたけれど。
あなたに復讐のエネルギーがあるならひとり立ちして親から離れて欲しいです。すでにそうであるなら、親の背景を探って「なぜ彼らはあんな子育てしか出来なかったのか」を知りたいと思いませんか?そこに許しの鍵があり自分も救われる道だと思います。

 

自分の要求が通らない(携帯を新機種にしないなど)とき
成績面が悪い時、なるべくしてなった結果だから仕方ないんじゃないの?などと言ったとき
「死ね」「散れ」「うざい」
一時期、よく娘に言われました。
これも見捨ててきた結果だったのでしょうか?
私自身、親に見捨てられて育ちましたが、その言葉自体言える関係ではなかったです。
難しいです。

 

冗談で

冗談で言ってる場合もありますが、それは除外して考えているんですね?

 

親への復讐

僕は親から虐待を受けて育ちました。親には、自分達が行ってきた見当違いの「躾」「教育」がどのような結果をどのようなレベルでもたらしたのか、僕が満足の行くレベルで理解してほしいと思っています。虐待の原因が親自身のインナーチャイルドの潜在的作用によるものだとして、親もまた、その連鎖に理不尽にも巻き込まれた被害者であるとしても、僕には直接的な加害者を自分と同じ枠組みにカテゴライズするだけの器も精神的余裕もないし、又その必要性も感じてはいません。僕は彼等に、自分たちが積み重ねた無自覚な悪行を、悪行として認識してくれることを願っていますが、それが能力的、又は人格的に不可能な場合には、彼等がかつて行使したのと同様の手法で僕の憎悪を強制的に理解させるつもりです。一般論として「復讐は何も生まない」と言いますが、何も生み出さないとしても、爆ぜる寸前にまで膨張した憎悪を沈静化させる意味においては非常に有効な手法だと思いますし、その行為に伴う圧倒的な快感が生み出す自己満足は、同じ経験、あるいは境遇を有さない人間には理解し難いでしょうが、確かに存在します。僕は確かめてみたいんです。復讐という娯楽を終えた後に残るものは、万人が言う通りの「空虚」なのか、それともかつてない解放感なのか。復讐は、人を親の呪縛から解き放つ為の手段として十分に機能しうるのか?非常に楽しみです。

 

具体的な対応方法は?

初めまして
不勉強で申し訳ないですが以下について教えていただけないでしょうか?
>子を救いたいのであれば、
>まず自分を救うためのカウンセリングに行ってください。
とのことですが、「自分を救うためのカウンセリング」の具体的な方法を教えていただけないでしょうか。"紙に書き出し○○をする"とか個別具体的な方法を教えてください。

 
    
 
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