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環境としての親

2008/09/24(Wed) Category : 子育て
親のなすべきこと?

何もないよ。

ただ、そこにいればいい。



環境は、そこにあるだけ。

私たちに何も働きかけないでしょう?


谷津干潟は、そこにあるだけで水鳥が寄ってくる。
谷津干潟は、そこにあるだけで私たちの心を癒す。
谷津干潟は、そこにあるだけで私たちを支えている。



○○しろ
○○したか?
○○するんだろう?
○○してないのか?
○○しなくていいの?
○○しないつもりか?
○○しておけ
○○するべきだ
○○すればいいんだ!
○○するのが本当だろ
○○して当たり前だろう
○○しなきゃいけないでしょ
○○してる場合じゃないでしょ
○○してる暇があるの?
○○するようじゃダメだ
○○してはいけない
○○するな



「しろ」(Do)~「するな」(Don,t Do)にいたるまで、
あらゆることに散りばめられたドライバー(強制)とストッパー(禁止令)

無造作に親から投げられたそれらの言葉は、ゴミだ。
そのゴミが思考を覆いつくしていく。

(思考が親に汚染されていく)
(交流分析的にいえば、「P(Parent)がA(Adult)を汚染する」と言う)


「急げ」「完璧であれ」「親を喜ばせよ」と
心がやりたくもないのに追い立てられ

その上、
心が動こうと思えば、「するな」と言い、
心がやめようと思えば、「やめるな」と言い、
するもやめるも「禁止」令。

進むも能わず、引くも能わず、
がんじがらめで身動きできなくなっていく。



いつしか自分の頭に棲みついた親が、
四六時中、自分を監視ししている。

その監視する親が、ありとあらゆることに口を出し、
自分の行動(Doing)は、操り人形。
そこに、自分の実態(Being)はない。

Being なき Doing って、何?
機械仕掛けの生き人形?

その行動は自分の経験にならず
その経過は自分の記憶に残らない

何かを成し遂げても、それは自分の人生ではない。




何かを成す(Do)ことに意味があるのではなく、
自分である(Be)ことに意味がある。

リウマチで寝たきりのお母さんは何もできなかったけれど、
ただそこにいて子どもたちを見守ることで、子どもたちに生きる勇気を与えた。




親のなすべきこと?

何もないよ。

ただ、そこにいればいい。





そう…

ただ、互いに心を開き

親も子も、それぞれの道を歩け




















「アンマー」 かりゆし58 歌詞



親(環境)に対して行ってきたことを

その内、子(人)は気づくでしょう…






子の甲斐性、母の甲斐性、父の甲斐性

「親」という字

環境としての父親

テラとガイア

心のゴミを拾い続けよう

「考える」という病

見守る親の愛を見せた植田監督の父

「いい子」は万病の元

「いじめ」って何?(1)-感情吐き出しのバケツリレー

大人を信用していない子

嘱託殺人



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つながった…

私はモラ母が良かれと思って選んだ「住宅街の見本」と呼ばれる地域に30年以上暮らしてきた。

住人達は「孫の誕生」から「外車の購入」「家の新築」「庭師による庭の手入れ」「犬のグルーミング・去勢・寿命」に至るまで競争心理が働き、さらには娘や息子を30代になっても40代50代になっても、なかなか手放さない。

結婚すれば孫の顔みたさに二世帯住宅を構えたり、あるいは「スープの冷めない距離」に家を買ってやり、計画通りの人生になった人だけが生き生きと挨拶を交わしあっている場所でもある。

まさに要塞の中で生息するタコツボ暮らし…ああ、窒息しそうだ。それでつい、昨日の午後、1年半ぶりに中尾先生に直接連絡を取らせて頂いた。お忙しいのに疲れているはずなのに、先生は懇々と私の子供時代からの流れに耳を傾けて下さった。
そして見つかった!…私のこれまでの人生を貫いてきたキーワードが。

昨晩何の前触れもなく、私のドライアイ気味の眼の中に涙がうっすらと、滲んできた。先生との会話から浮かび上がってきた言葉。それは《戦争》だった。《環境としての親》と見事に対極にある《環境》だった。

 

傾聴と添う大切さ

「親の親」を子供である私がやっていたこと自体は、間違いであり歪みを生む環境です。(親の親も健在でしたし…)

しかし、私は「添う」ことの大切さを深く理解しました。

親が回復していく過程と、満足して肉体から解放されるまでを、しっかりと実感出来たことは、大変素晴らしいことだと、中々体験出来ないことだと、世の中を知る程に感じます。

残念なことに私の周りには、そうゆう視野を持つ方はいませんでした。この視野だからこその、辛さ苦しみ痛み悲しみがあります…。私の学びは彼等には理解し難いと痛感しました…。

知識と照らし合わせながら、周りを見渡すことを続けていると、憐れみの気持ちが湧くようになります。

最近、久しぶりに彼等に会う機会がありました。もう言動に揺らがない自分がいました。さらに深く見えてしまうようにもなりました。

自分たちは愚かで弱いのだと、愛を与えなかったのだと、押し付けや追い詰める物言いをしてきたのだと、彼等は認めないのでしょう…。彼等に私が出来ることは、もはや…ただ距離を保つことだけです。

そして言葉や言動から、軽い低い狭い視野で生きているのがハッキリと解り…、無自覚な必死さが哀れに感じました。それ故、虚しさより納得した感じでした。

自分の段階を自分で理解し、自分であろうとすることで、安定してきたようですね。次元の違う価値観…、「苦しい時は学びの段階が上がる時」と言いますが…、本当ですね…。

正直、こんな視野を持つと生きにくいです…。でも見えてしまった以上、もう見えなかった頃には戻れません…。何とか寛容さと気楽さを身につけたいところです…。


私は動物を抱きしめます。動物も鏡になります。犬猫は特にそうですね。人間に近い感情を持っています。

だからこそ、動物(特に哺乳類)を簡単に飼える(買える)現状を疑問に思います。子供と同じと考えてほしいですね。子供を並べてお金で買う…恐ろしい光景です…。

裏事情を知る程に、あの産業がなくなればなぁ…と願いながら、人間の欲望と流行の恐ろしさ(これもマスメディアの洗脳ですね…)に戸惑いつつも、ささやかながら抵抗をしています…。

動物も自然に生きる権利があると思うのです。人間のエゴで牢獄生活をさせたり、殺したりするのは疑問ですね…。

 

テリトリー

私は次のステージに行くのが恐かった。だから逃げた。それが真実。どんな状況であろうとも、心のコップが一気にいっぱいいっぱいになったとしても、結果は逃げだった。気持ちを話す、それが全く出来なくなっていた。素直な気持ちが一気に大量の布で何重にも包まれた感じだった。感受する相手のやさしさが正直恐かった。変だよ。気持ちが繋がってること知りながら逃げるなんて。でも逃げた。あのやさしさは素直だから出来るのか?支配の為か?自分から言えぬ弱さからか?支配願望の表れか?たぶんそんなぐるぐる思考を無意識にしてたと思う。何より自己防衛の為に。愛は与えるもの。自己防衛は利己的。だけど咄嗟に逃げ出す反応をする。幸せになりたい?なる気が本当にあるの?全て意見が同じなわけない。喧嘩もする。それでいいはず。気持ちを言えばいい。爆発してもいい。互いの絆はそうやって作られていく。それが生きる意味になってゆく。新しい絆。新しい形。試練を越えた先にある幸せ。平凡。中庸。穏やかな家族の温もり。自分が作る番だなんて覚悟出来ずに逃げ続けている。

他人から貰う愛にも慣れてない?思春期から感受力が消えた?何故だ?あれは憐れみ?偽り?寛容?あぁ信用していないのか?また支配されると?また追い詰められると?寛容的温もりのあるひと。自由な家庭。急かさないひと。穏やかで好きだったひと。我慢してる気持ちが溢れ出しそうで睨んでしまった。あのひとたちは他人だ。これも差別だな。愚かだ。聴く力のありそうなひとならいいじゃないか。よく遊んだ好きなあの家庭ならいいじゃないか。何故殻に篭るのか?泣けばいいじゃないか?泣けよ!泣いちまえよ!泣いて吐いちまえ!安定させる為に我慢?そんで気持ちを溜める?逆だろ!?暴れまくれ!言ってやれ!ハグを貰いまくれ!叫べ!愛をくれぇ!!愛を与える人間にしてくれぇ!!お母さぁん!!

私の中の小さな私が泣いている。叫んでいる。

私が私であること?私は私?私が存在するだけで彼らには十分だった?私が居る?要る?私であればいい??何モノにも成らなくていい?私は何がしたい?私は何が好き?私が選べばいい?私は諦めた?私を捨てた?私が捨てた?私が私を虐めている?禁止令だらけ?私であるな?私が私を認めない?私はいい子?私は人形?私を監視?ぐるぐる思考?私が監視?頭が先?気持ちで行動?自己防衛反応?


 

環境としての親でいることの、苦しみと大変さをつくづく実感しています。親に自分でいることの大切さを気づかせるために、体を張って行動にでた子供。親の苦しい生き方に耐えられなくて、それを親に気づかせたくて行動にでた。それとは気づかず、やむにやまれず行動を起こしたことが不憫で、切ない。子供を信じているつもりでも、ただ遠くから見守ることは本当に親に相当の安定感がないとできない。まず、自分自身を立て直しなさい。という言葉を最初から言われていたけど、はじめはどういうこと?と思っていた。子供の行動の意味を考え続けて1年半、やっと本当の意味で、自分と向き合わなければと気づいて半年。光は見えるだろうか。いつか、子供に勇気を与えることができるだろうか。

 
    
 
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