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わが子を抱きしめることができない親

2008/09/25(Thu) Category : 親の諸相
「抱きしめるって、どうすればいいんですか?」

「どう抱きしめればいいの?」

「抱きしめるなんてできない」


…わが子を抱きしめることのできない親がいる。

ただ、わが子をその手で包んであげればいい。

生まれたときの赤ちゃんを抱くように。



しかし、

できない。



『抱きしめられたことがないから、どうしていいのか分からない』

『私だって親に抱きしめてもらったことなんかない』

『私は、自分のテリトリーを守ることで生きてきた。今更、侵害されたくない』


…抱きしめてもらったことがない親の中のインナーチャイルドが、拗ねて嫉妬し、拒絶する。




------------------------------------------------------
一方で、抱きしめてもらえない子供が言う。

「僕、命の大切さなんて分かりません」


命の大切さは、説いて教えるものではない。

抱きしめて、実感させるものだ。

(教育で教えるなどとほざくな文科省!)


抱きしめられてはじめて子供は、自分が大事な存在だと感じ、
命が大切だとわかり、だから、
人の命も大切だと分かる。

そこに言葉はいらない。




------------------------------------------------------
親の中のインナーチャイルドに問いかける。



そうだよね…。まず自分が先だよね。

自分が辛くて、哀しくて、苦しいのに、

そんな思いで、子供を抱きしめられないよね…



自分の存在が保証されていないのに、

子供の存在を保証するなんてできないよね

自分一人が取り残されてしまうもんね…



でもね…



自分の存在を認めてくれるのは親しかいないと思っているけれど、

そして、親にこそ認めてほしいと思っているけれど、

わが子は無条件で認めてくれるよ



抱きしめるって、言葉のコミュニケーション(エネルギー)の循環などをはるかに超えた全的エネルギーの交換

わだかまりなど吹っ飛ばし、生命が蘇る



思い立ったら吉日のある日、勇気を出してやってごらん。

きっと大丈夫。

自分の親に求めなくても、わが子からも愛と力をもらえることが分かるはず。



小さな小さなわが子からさえも

大きな大きな愛情が溢れて驚くでしょう



あなたが、わが子を抱きしめるとき

あなたは、わが子に抱きしめられている



求めても得られないことに嘆き続けるのではなく

得られるところに求めようよ



















「無理にでも抱いて」…

私には、届かない親への思いを歌った歌に聞こえるのです(↓)。



Cocco 「風化風葬」 歌詞




【ご参考】
ハグされたい





【追記】
上記は、親のインナーチャイルドに焦点を当てた記事です。
親が子を抱きしめることが出来ない場合、他に次のようなことがあります。

1つは、その母親が我が子を「代理親」にしている場合。
親に愛情をもらえないまま大人になった女性が、生まれてきた女の子を無意識に自分の母親にすることはよく見られます。兄弟姉妹の中でも、自分の代理母とした子と他の子の扱いは異なりますのですぐにわかります。代理母親になった子に対しては、自分がその子の母親であると自覚してしまうような行動はしません(たとえば、遊園地に連れて行く、弁当を作ってあげる、誕生日をお祝いする等々)。その子が親で自分は子どもという虚構を維持するためです。


もう一つは、その母親が「母親一神教」で生きている場合です。
母親一神教とは、まるで修道女のように母親(神)以外とはつながらず、「母(神)の子」のまま生き続けていく人です。ですから、「夫の妻」にも「子の母」にもなることはできません。現家族の中にあって、夫や子どもと繋がらない姿を見せ続けることこそが神(脳内母親)への忠誠の証です。そういう人にとって、子どもにに母親らしいことをすることは、神(脳内母親)への裏切りになるので、できないのです。

なお、母親一神教が強い人の場合、その裏には母親への恐怖が隠れていることが多いです。
母親への恐怖の克服~開かれていく心





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記事を見て泣いてしまいました。

なんだか自分の事を見ているようで泣けてきてしまいました。
自分も抱きしめられたことがありませんし、ダイレクトに言ってみたら抱きしめたくないと言われてしまいました。
身内も犯罪を犯してしまいました…

でも、こちらの記事を見たら、そういう思いの人達がいてそれを乗り越えて行っている人達がいるんだなと思いました。
私も抱きしめてもらえることはもう生涯ないと思います。
でも自分が家族を作ったときそうならないようにしようと思います。

 

愛を知らない人に愛を求めても無駄

私も産まれてから一度も両親に抱きしめてもらった事がありません。

私の結婚式のとき、両親への感謝の手紙を読んだ後(この頃はまだ世代間連鎖に気付いていなかった)、花束贈呈の時に、「最初で最後のチャンスかも」と思い抱きしめてもらいたくて近くへ寄っていったら、態度と表情で「何?!」と威嚇されました。
もう二度と母に抱きしめてもらえる日は来ないと感じました。幸せの絶頂から奈落の底に落ちた気分でした。


無条件の愛をくれる人。
それはわが子。

こんな大切な事を、私はまた忘れてしまっていました。

『求めても得られないことに嘆き続けるのではなく
得られるところに求めようよ』

本当にその通りですね。

 

私と息子

息子が小さい頃、触ることができなくなりました。
混乱して、大泣きして怒鳴り散らした後脱力して座っている私の膝に、息子が泣きながら近づいてきて、背を向けて腰を下ろしました。
それから息子は、私の膝に前向きで座るようになりました。
私が息子を抱っこしたい時は、「抱っこさせて?」と聞くようになりました。
私の膝に座って、息子がどんな気持ちなのかは、わからないです。
最初は、とても辛かったのかもしれません。
今は「あー、重くなってきた。ちょっと下りて」と、言葉で伝えることができるようになりました。

 

凄いですね。coccoさんの歌詞

中尾先生、こんばんは。

やはりと云うか、中尾先生もcoccoさんの歌詞にピンと来られましたか。

この方の歌は、歌詞も歌唱も魂こもってて感性に直球でビシビシと入ってくる感じがします。

ずっと、自分を生きる闘いをしてこられたのでしょうね(今も?)。

わたしの話になりますが、16ぐらいのとき、しょっちゅう親や兄とけんかしていたのですが、あるとき、兄が殴りかかって来ずに、抱きしめに来たことがありました。

こっちは小さい頃に殴られまくった恨みをやっと晴らせるぐらいんの体の大きさになったので、いよいよと思ってたのですが、ハグされると、不思議と戦闘意欲が無くなったのを覚えています。
あの感覚は、つい3年前に母親と対峙した時の感覚に近かったと思います。
まぁ母親のハグは、なによりも強烈に鎧が解かれましたけど。

20代の頃に働いていた知的障害の方の施設では、通所の方同士の自然派生的な文化として、「ハグ」が根付いておりました。

相手の気分を害したかな?と思ったら、自然とハグをしに行く。
相手の方もそれを受け容れる。
すると、みるみる険しい表情が笑顔に変わっていく。
そんな光景が日常的でした。

身体の障害によって話せる人と話せない人が入り混じっていましたから、「誰もが誰にでも気持ちを伝えられる」方法が自然と生まれたのかもしれません。
やっぱり感性は理屈よりずっと前にありますね。

Dさんと、云う3つ年上の方が、いつも片手で車椅子を必死で動かして、いつのまにわたしの横に来て、いつもハグしてくれました。

あの施設、なんで辞めたんやろ?
そのときはそのときなりの必死な理由があったのでしょうけど、
今思えば、とても幸せな職場だったように思います。

いつもの事ながら、長々と失礼いたしました。

 

抱きしめて

親に抱きしめてほしかったけど、抱きしめてもらったことなんかない。

でも私は、子どもたちを抱きしめることができる親になりました。

それは、抱きしめてほしいという強烈な思いがあったから。
私の親には抱きしめて!と何度叫んでも通じる人たちではなかった。
だから心に誓っていた、私の子どもには親にして欲しかったことをしよう。そして
して欲しくなかったことは絶対にしないと心に決めていた。

そのことが功を奏しています。
完璧とはいかなくても、親から受けた心の傷が、子どもたちに連鎖をしないように気をつけています。

もっとこういうことが広く世の中に認知されるようになるといいのに、といつも思っています。
でも、育つ過程(家庭)ですくすくと育ってきた人には、わかりずらい問題なのかもしれないと感じています。

中尾さんのご活躍に期待しています。

 

こんにちは

去年の今ごろ、私はやっと子どもたちを抱き締めることが出来るようになりました。

わが子を抱きしめたいのに抱きしめられない、抱きしめ方が真面目にワカラナイ。

私はそういう母親でした。

私は、私のチャイルドと出会って抱きしめてから、信じられないくらい生きやすくなりました。

今では、わが子たちのことを、しょっ中、抱きしめさせてもらってます。

ありがとう~~~!!

なんて言葉が、自然に溢れてきちゃいます。

大好き~~~!!とか…。

以前の私では絶対に考えられなかったことです。


私は、両親に抱きしめられたことがありません。一度も。


小学4年生のとき、ウサギを飼い始めました。

自分より弱いものを守ったり、私が餌をやらないと死んでしまう…ということ。

私は小さなウサギに、たくさんのことを教えてもらいました。

子ウサギが産まれ、何羽かは死んで…死とはどういうことかを知りましたし、生命の尊さを教わったのです。

もしかしたら私は、ウサギたちのお陰で、真性の加害者…ハラッサーにならずに済んだのかも知れません。


去年までモラ母だった私が、今では子どもに感謝して、とにかく話を聞くことができる母になることができました。

あんなに苦しかった子育てが、今では楽しくて仕方がないほどになっています。

(大変なこともあるけれど、それも学びです)


インナーチャイルドを抱きしめてあげることの大切さが、一人でも多くの方に伝わりますように。

 
    
 
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