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中尾英司

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ゴミ篭を担いでいる人

2008/10/29(Wed) Category : アダルトチャイルド
「私、人のことばっかり考えて無駄な時間を過ごしてたんだ~」

「残念!! 自分!」って感じ。

「きっついなぁ~…」

「自分が自分を無視してたんだ…」

「なんか切ない」

―見たくなくて避け続けてきた自分を見た瞬間だった。



-------------------------------------------------
親から、心を無視されてきた。

それどころか、ケンアクな家庭の雰囲気をカバーするため常にアンテナを立てていた。

つまり、自分も自分を無視していた。

「無私」が常態(通常の状態)だった。



-------------------------------------------------
私のために時間を割いてほしいのに
親も大変だからと我慢する

ぶつけたいことが沢山あるのに
親にも事情があると気持ちを飲み込む

だから

誰かが放っておかれるのを見ると放っておけない。
自分のことのように感じて、つい面倒見たくなる。

誰かが押し付けられているのを見るとイライラする。
自分がされているように感じて、無理強いするな、と言いたくなる。

人といると気を遣ってしまって疲れる。でも、
一人は寂しい。

いつしか、一人の時間を過ごすことが苦しくなっていた
何かしたいわけでもないのに…



だから



知らない内に透明のゴミ篭を背中にしょって人の中にいた

すると、人がポロッとゴミを無造作に投げ入れる

「なぜそんなこと無関係な私に言うの!」―内心そう怒っていた。


 (……なーんだ… 私がゴミ篭を背負っていたんだ……)


でも、自分が背負っていることに気づいてなかった

そして、「心配してくれてありがとう」-この言葉にすがっていたんだ…。

「ありがとう」―私の存在を認めてくれる最高の言葉

それを言ってもらえるのは、私が心配するから。

だから、私はゴミ篭担ぎをやめられなかった。



-------------------------------------------------
吐き出さず溜め込むばかりの私は、その内パンパンになっていった。

臭いも感じない、味も分からない、距離感がつかめない、電柱にぶつかり、階段を踏み外し、火傷に気づかなかった。破裂せんばかりの感情に蓋をするために私のエネルギーは全力を挙げ、五感に回らなかった。

腰も、背中も、肩も、首も凝るよね、そりゃぁ。
重たい重たいゴミ篭をしょいっぱなしだったんだから…。


私は、一人で過ごす苦しさから逃れるために、
ゴミ篭をしょって人の中にいたんだ

人のことを見て湧き起こる衝動は、
インナーチャイルドを見つめるチャンスだったのに、
ゴミを拾うチャンスにしてしまっていた。


「私」が自分を無視し続け、
無視されストローク飢餓に陥った自分はゴミ(ストローク)を集め続け、
そして、私はパンパンに苦しくなった。


なぁーんだ

私を苦しめていたのは、「私」かぁ……(絶句)



-------------------------------------------------
一人の苦しさがいやだった

でも、その苦しさから逃げ続ける内にパンパンの苦しさに辿り着いてしまった。

もう、自分が自分でなくなってしまう苦しさはまっぴら!


この堂々巡りのゲームから、私はおります!

そして、私の中へおりていきます!



放っておいて、ゴメンね 自分。






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sarahさんへ

温かい励ましを有難うございました。こうして幾人かの方から静かな共感を寄せて頂いたことに、深く感謝しています。

「折れないココロ」「強い気持ち」を持ちたいと願いつつ、焦りつつ…でも今は少しだけ心が落ち着きました。

頑迷な両親も高齢化し、私が《縁》を切った途端に我が家がガラガラと崩壊してしまうのは想像に難くないですが、それでも、この頃は幸せになりたいという気持ちが心の底に芽生えてきています。

幸せを願う「種」がついたこと。これはこれで一つの小さな一歩だと思っています。タンポポの種子のように、ある日、ふわふわと風任せであてどなく飛んでいくのも不安ですが…親の作った苗床に一生根を下ろし、そして根腐れしていくのも嫌ですしね。

この広場があることで、気持ちの整理が少しづつですがついていくような気もしてきました。
これも皆さんのお蔭です<m(__)m>

 

モラ母の娘さんへ

わかる、本当によくわかります。
お気持ちが。こういう問題はホント経験した者じゃないと、なかなかわからないので、誰かに相談しても結局二次被害にあったりして、ますます深く混沌とした気持ちになったことがあります。
私の母もモラで(重度のモラ)、残念なことに父親もモラです。
学費なども出してもらえず、ずいぶんと苦労してきました。今でもしんどかったなあと時折、(いや本当はいつも)思います。
今ではもう縁は切っており、葬式にも行かないと思います。
でもこれが他人にはなかなか理解してもらえないことなので、もうわからない人には言うのをやめました。
文章に書いていくと、自分を取り戻せる近道になると思います。
大丈夫!必ず道は開けてきます!

 

まずは自分から

うぐいす餅さん、レスありがとうございました。
誰かが答えてくださると言うのは嬉しいことですね。

夫に気付いて欲しい、変わって欲しいとずっと思っています。
でも、人を変えるのは難しいし、思い通りにならないと自分も苦しい。
だから、まずは自分から、と考えています。

夫が頭痛や不眠、苛立ちを訴えた時に、
心療内科やカウンセリングを薦めたこともあります。
でも、彼の返事はこうでした。
「どこの馬の骨か分からない奴に、わざわざ金を払ってそんな話が出来るか。
ああいう連中もどうせ商売でやってるんだ」
まずは警戒、不信から入る人です。
不測の変化が起こるのが怖くて、全部自分でコントロールしようとするのです。

爆発する夫と泣く子供の間に入ってなんとかしようとすると、
「なんだその上から目線は!」
「おれの子供時代のことに先入観を持っているんじゃないか」と
言われたこともあります。

アサーション、教えてくれて本当にありがとうございます。
調べてみて関心を持ちました。
気付いた人が変えられる、というのは、正確に言うと
気付いた人は変われる、ですよね。
私がくず篭を背負うのではない家庭での在りようを考えてみたいです。
引き続きヒントを下さる方がいらしたら、ぜひお願いします。

 

インナーペアレンツ

お返事しなきゃ!
と自分を追い詰めないでね!!
それが
インナーペアレンツだよ!!
「気持ちを言いたい!」
だから書く。
それだけでいいんだよ。

啓発本などの流行りも
「無償の愛を親から貰えてない」
ってことの象徴だよね!?
「~ねばならない」
って感じでウンザリするよ!!
本当!!
生きにくい社会だよね!!

 

ちるちるみちるさんへ

率直なメールを有難うございました。お返事が遅れてすみません。

啓発本は多少は持っていますが、読み集めているというより、主に書店の売り上げ状況やランキングを見ての感想なんです。確かに本などが煽り立てる《理想の自分》を作り上げて、なかなか近づけないと焼きもきするのも馬鹿げていますよね。

まずは仰る通り「目の前だけ見て、目的とか目標とか、小さな山を設定したほうが、上手く行く気がする」、ですね。
最近はホントに小さな用事や働きかけを一つづつ片づけて、クリアーしていくことへ意識を傾けるように努めています。

会社やビジネスの現場では、実際には2つも3つも、あるいはそれ以上に用事を抱え込んで効率よく処理していくことが求められるというのに…自分がちょっと情けない気もします。数年前までは意欲や体力も十分にあったんですが…それも仕方ないですね。今の自分には「背伸びをしないこと」、「シンプルに生きること」が大切なのかもしれません。

自助グループへの参加は今は特に考えていませんが、今度医者に聞いてみようと思います。(自己臭恐怖にも負けていますので)

有難うございました。


 

まよまよママンさんへ

旦那さんがカウンセリングで吐き出しをして、アサーションを学ぶことがよろしいかと思います。

あなたはあなたを救う為に同じく行い学ぶことで、子供への被害は食い止められます。

フォローは解決にはなりませんよ。

親が与えなくてはならないのは、試練をクリアする姿です。

失敗する姿や弱い姿を見せるのも、良いことなんですよ。

失敗を繰り返すことが、とても子供に悪影響ですからね。

感情的な人間と救済する人間との間にいた子供への被害は、夫婦の現状を見れば分かると思います。

気付いた人間が変えることができるんですよ!!

「一緒に幸せになりたい!でもこのままでは崩壊する!だから心について学ぼうよ!!一緒に変わろうよ!子供の為にも自分の為にも!まず自分を救おうよ!!」

そう旦那さんに言ってみてはどうでしょうか?

このサイトを見てもらうところからでも、できませんかね??

「心のコップ」を理解できれば、男の心理も傷つけないと思うんですよ。

言えない状況ならば、手紙に「一緒に幸せに!」と言う思いを込めて書いてもいいですね。

だって人間は、絆を愛を求めてしまうものですからね。誰だってあったかいほうがいいですもん。

フォローよりいち早い改善が大事です。

あなたが救うのは、あなた自身です。

共依存者にならないで下さいね。

あなたの心がかわいそうですよ。

 

妻・母はゴミ篭を担いてもいい?

>誰かが放っておかれるのを見ると放っておけない。
>自分のことのように感じて、つい面倒見たくなる。

>誰かが押し付けられているのを見るとイライラする。
>自分がされているように感じて、無理強いするな、と言いたくなる。

>人といると気を遣ってしまって疲れる。でも、
>一人は寂しい。


まさに私です。でも、
放っておかれたり押し付けられたりしているのが我が子で、
放ったらかしにしたり押し付けたりしているのが夫の場合。
それでもゴミ篭の例えは同じですか?

憎悪の末に離婚した両親の元で一人っ子だった夫は、
私の感覚とはかけ離れた子育てをします。
あまりに敏感で感情が激しい夫に振り回される子供達を、
認めてフォローしてやりたいと思うのはゴミ拾いでしょうか。
夫に気を遣って確かに疲れています。でも家族は大事。
1人離れたいとは思えません。
でも、もう少し自分を大切にしたいとも感じています。

私の両親も夫のとは違う形で離婚しています。
だからこそ子供にとって、両親の良い姿を見られる家庭にしたいのです。
夫も良いところは沢山あるので。
私、どこから変えていけば良いのでしょう。

 

モラ母の娘さんへ

啓発本は、捨てちゃってもよくない??
気持ちで選択出来るようになれば、
自分であればよくなる。
つまり、
理想は要らない!

理想は、今の自分への自責にも繋がるかと?
目の前だけ見て、
目的とか目標とか、
小さな山を設定したほうが、
上手く行く気がする。

とりあえず、
吐き出し出来ると楽になるよね?
自助グループは近くにないのかな?
お金は要らないよ?
分かってくれる人がいるといいな。
グループも色々だからね。

とにかく、言わないと溜まるだけだよ!!

それと、
本が、全て正しいとは思わないでね。
誰でも出版出来るからね。
見なくていい情報のほうが、多いからね。

大切なことは、ここにあると思うよ。

 

お返事ありがとう!

誠実な貴女のお返事、とても嬉しかったです。

私もほんとに貴女と同じだったなぁ
必死で誰かを想い、気遣い、
一生懸命誰かのために頑張ってきた
自分はいつも後回しにして
頑張って頑張ってきた

親には
それこそ、命がけで尽くして尽くしてきた

そして、
くたくたに疲れ果ててしまった

ある日、突然
自分のやっていることがものすごく
ばかばかしくなった
わたしって、ばかじゃないのって思った
何やっているんだろうって思った

だって、
やってもやっても
これでいいよと絶対言ってくれないし
報われたことがなかった


それで、
尽くすことをやめにした

ものすごく身軽になった

そして、思った
今まで親に尽くしてきたように
今度は自分自身に尽くしまくろうと

それが自分を大切にすることだと
知った。

私は自分を大切にした
生まれて初めて
自分を
自分の気持ちを真心こめて大切に大切にした

気がついたら
私は自律していた

そして
たくさんのことを知った

願いは叶うものだということを
生まれて初めて知った
驚きだったよ

願うことも夢を持つことも知らなかった
夢って自然にわきあがってくるものなんだね
そして、自然に湧き上がってきた夢を実現しようと
人は自分はこんなにもがむしゃらに行動できることも
わたしには驚きだった

貴女にも
これからたくさんのワクワクを
感じる時がくる

楽しみだね





 

あるがままのわたしさんへ

心のこもったコメントを有難うございました。

「貴方は少し前のわたしです。」

私の現在抱える諸々の問題についての一言一言が、まっすぐ心に響いてきました…。まさに虎口を脱出した人だからこそ語れる滋味溢れるコメントだと思いました。


呪縛から解き放たれると、こんなにものびやかな雰囲気に包まれるのですね。ご自分が幸せになることで、周りにも幸せの輪がひたひたと広がっていく…自分の人生を取り戻すとは、つまりこういうことなのでしょうね。


最近は啓発本などでよく「なりたい自分をイメージしなさい」などと言います。私にはその「なりたい自分」の姿が全くイメージできませんでした。中尾先生の曰く《背骨のない》人間なのかもしれません。
ただ、あるがままのわたしさんの醸し出す開放感が、私に一つのヒントを与えてくれるように思いました。


「今までわたしは周りの人たちを心配し、世話ばかり焼いてきたけれど、それは「自分がそうされたい」という自分のインナーチャイルドの乾きを満たすことが目的だったと、わかりました。」


私も精一杯の友情や誠意を見せることで、友達から同じだけの証しを求めていたインナーチャイルドに支配されていたのだと、今改めて合点がいきました。
同じだけの分量の友情や誠意をもらえないと、私への友情が変質してしまったと落ち込んでしまう。目を自分自身に向けず、外にばかり向けて求め続けていたんですね。


ずっと視界不良の日々が続いていただけに、気持ちの晴れ間を実感できるこのサイトに出会えて良かったです。願わくば心の空がいつか晴れ渡りますように…
本当に有難うございました。

 

ハラッサーや救援者によって弱った者さんへ

母のはき溜めとしての存在を自覚した10年ほど前から、どうしたらこの暗黒のトンネルから抜け出せるか、私は立ち尽くしたまま、出口を照らす懐中電灯を必死で探してきました。部屋を借りて一見独立した時期もありましたが、母からの執拗なコンタクトと哀訴に屈してUターンしまうという大きな間違いを犯しました。世間からはいい年をして、なぜ大きく羽ばたけないのか、首をひねる人も多いと思います。
やっと近年、その懐中電灯に代わるこのサイトに出会えたのはラッキーだったと思います。

「救援者こそが貴方を弱らせていることもあるのですよ」「その依存の為に生きるようになるかもしれませんね。」というお言葉が新鮮に響きました。

仮に依存者同士が出会い、意気投合して一つの集団を作ると、その安心感に溺れてしまい、また新たな共依存の関係に陥ってしまうかも、ですね。
また過去の因果に思いを馳せて、自分の内面に深く降り過ぎて、ドロドロとしたそのぬかるみに足がはまってしまい、深い井戸から抜け出すことができなくなってしまうかもしれませんね。

大きな気持でゆったりと受け止めてくれる「愛」や「慈悲」を持った人とは…周囲には多分ほとんどいません。でも、このサイトを主宰されている中尾先生は尚のこと、ご意見を寄せられる経験者・被害者の皆さんにも分かって頂けそうな気がして、ほっとしました。

「どうか自分を立て直すチャンスにして下さい。(中略)
「思いやり」や「支え合い」はここに活きていますよ。どうか感じて下さい」

不甲斐ない私のような人間に、励ましを有難うございます。
暗いトンネルの向こうに明るい広場が見えてきたような気がしています。

 

yesさんへ

『(前略)…人のことを見て湧き起こる衝動は、インナーチャイルドを見つめるチャンスだったのに、ゴミを拾うチャンスにしてしまっていた。』とは、「自分の存在不安を埋めるために衝動的に人の世話をしてしまう」ことに気がついた人の言葉なんですね。
読み違えていたかもしれません。ご指摘、有難うございました。

近年はできるだけ友人に依存しないように、愚痴(ゴミ?)を余りこぼさないようにと努め、連絡したい気持ちを抑えています。その一方で、社会に見捨てられたような、やり場のない孤独もいよいよ深まっていきました。「何も連絡がないから元気なのかと思ってたよ」と友人から元気よく言われると、心中複雑な思いです。

でも、この中尾先生のサイトに出会い、寄せられるコメントを読んでは慰められています。自分の家庭環境、機能不全について、構造的にはっきりと理解できたり…世代を超えて、悩んでいる人や卒業しつつある人の実感がこもったコメントを拝見すると、相談できる兄弟・親戚もない私にとって、得るものは少なくないです。

(地域の医者やカウンセラー、保健衛生事務所の職員は、正直言ってキャパシティーが足りません!)

このサイトを読み始めてから、長年にわたって母が冷凍庫に放り込んだ私の《私らしさ》が、少しづつですが解凍していくような気もしています。

その解凍の速度を早めてくれるのは、やはりyesさんの仰った「自己一致して人の世話をする人。自己一致してない自分を自覚しながら世話をする人。(後略)」の存在です。

自分との闘いに勝つことも大事ですが、今は第三者の心ある人、痛みを分かる人に正面から私を受け止め、励ましてほしいのです。そして社会での居場所を見つけて脱出したい。自分自身の人生を取り戻したい。その手助けを面と向かって、無償で引き受けてくれる人に出会いたい…でも、この出会いがなかなか難しいんですね。

 

モラ母の娘さんへ
はじめまして。
私は今50歳。
母の呪縛に苦しみ続けていましたが、
中尾さんの力を借りて、ようやくそこから逃れることができたひとりです。

だから、貴方は少し前のわたしです。
心の問題もさることながら、
現実の問題として、体力の衰えや職に就くことの困難さがある・・・
専門家にかかるにもお金はかかる・・・
「思いやりのある人」からも見放されてしまったら・・・
という、貴方の心配。
とてもよくわかります。
今でも厳しく冷たい社会が、「自律」のために
さらにみんなが自分だけにしか関心を持たなくなり
もっと冷たい社会になってしまうのではないか?
という気持ちを持たれたのですよね。

貴方は優しい人ですね。
ご自分もそんな苦しみの中にあるのに
社会のこと、他の人のことも
一生懸命考えているのですよね

でも、心配ないんですよ。
全然心配ないのです。
人は自律すると、本当に思いやりに溢れた人になってしまうのです。
驚きでしょ。

自分のことを言うのは
恥ずかしく、照れくさくもありますが、
ハラスメントの世界から離脱し、自律したと
実感してから
私は大きく変わりました。

今までわたしは周りの人たちを心配し、
世話ばかり焼いてきたけれど、
それは「自分がそうされたい」という
自分のインナーチャイルドの乾きを満たすことが
目的だったと、わかりました。
まさにジコチューな自分本位の関わり方ですが
わたし自身も他人も私のことを
「思いやり」がある人と思っていました。

だから、
だいじょうぶ
ここにたどり着いたのだから
少しずつ無理せずに
やっていけばいいですよ


みんなであなたを見守っていますよ

 

わかりますよ。。。

昔あった「助け合い」「思いやり」ある地域社会は中々みられませんね。
「お金を払って受けるサービス」へと変わり果てて皆が疲労困憊しています。

自律していない者にとって救援者は神のようですね。しかし救援者こそが貴方を弱らせていることもあるのですよ。すがりたい気持ちもよくわかります。お金があれば占い師でも医者でもカウンセラーでも教祖様でも何にでも払うでしょう。その依存の為に生きるようになるかもしれませんね。

つまり元気そう幸せそうお金がある仕事があるから「自律している」とは限りません。「自律」の意味を正しく捉えて下さいね。

自律した人間は弱い者を責めません。愛があるからこそ「見守る」姿勢をとれるのです。

少し細かく書きますと。「思いやり」とは「愛」や「慈悲」です。「心配している自分が好き」みたいな幼稚な「偽の思いやり」や「自己チューで聴くことの無い救援者」や「他人を道具にして存在不安を埋める」為の「衝動によるお世話」「同調しただけの会話」「吐き出しにならないただの愚痴にしてしまう会話」などを混合しないようにして下さい。

見抜くには体験しか無いのです。貴方を心配して下さっている方が「愛」や「慈悲」であると良いのですが。。。

ここに辿り着くことのできる環境になってよかったですね。少しずつ読んでみると良いですよ。知識は大切です。どうか自分を立て直すチャンスにして下さい。

お金が無いなら無いなりに体力が無いなら無いなりに出来ることをしませんか?

失敗しながらも沢山の方々が「自律」へと向かっています。「自律」は「愛」や「慈悲」をもたらします。「思いやり」や「支え合い」はここに活きていますよ。どうか感じて下さい。

それと医者などに「知識が足りない」と感じたならば「このサイトを見て下さい!」と言ってやりましょう!!

ハラッサーや救援者によって弱った者より。。。

 

モラ母の娘さんへ

『誰かが放っておかれるのを見ると放っておけない。
自分のことのように感じて、つい面倒見たくなる。(中略)

人のことを見て湧き起こる衝動は、
インナーチャイルドを見つめるチャンスだったのに、
ゴミを拾うチャンスにしてしまっていた。』

とのあたりに不安を感じたのですね。ただ、この場合のこの言葉は「自分の存在不安を埋めるために衝動的に人の世話をしてしまう場合」の無意識の言動だと思います。
それに気がついた人の言葉だと感じました。

自己一致して人の世話をする人はいます。自己一致してない自分を自覚しながら世話をする人もいます。健全に人のお世話をしたり話を聴いたり愚痴を言い合う関係はあります。

気がついたら巻き込まれている無意識が怖いという意味だと感じました。どうでしょう。

 

自律と自己チューのバランスとは?

私は40代ですが、25年近くモラ母の支配に悩んできました。この問題は本当に、体験している人にしか分からない、根深い問題です。日常生活の至る所に「地雷」が埋まっています。うっかり踏むと、20時間、あるいは2日3日と連続して暴言や暴力の嵐が吹き荒れます。
精神的な疲労が知らず知らずに溜まり、気がつくと体のあちこちから不調のサインが出てくるようになります。心身ともにモラ母にエネルギーを吸い取られてしまうのです。またストレスから自分自身の臭いも強くなるようで、今では自己臭恐怖で外の仕事にもなかなか出られずに悩んでいます。

最近は中尾先生のこのH.Pや本を始め、少しづつ「モラハラ」という言葉が認知されてきたようにも思いますが、まだまだ現場のクリニックのお医者さんやカウンセラーの人たちの認識が足りないようです。

「家を出ればいいのに」「甘えがあるから家を出られないのでは?」「仕事で忙しくしていれば、母親との接触が少なくなる。とにかく仕事を見つけなさい」…etc。

でも20代や30代前半ならいざ知らず、世の中には40代・50代になってもその後遺症に苦しみ続ける人も確かにいるのです。
実際に年齢上で仕事探しに苦労し、体力的にも劣化してくる苦しい世代なのに、です。

先生の書かれた文章に…

『誰かが放っておかれるのを見ると放っておけない。
自分のことのように感じて、つい面倒見たくなる。(中略)

人のことを見て湧き起こる衝動は、
インナーチャイルドを見つめるチャンスだったのに、
ゴミを拾うチャンスにしてしまっていた。』

…とありました。上記の一文やコメントを読んで、私は少し心配になりました。身近で心配してくれる人がこれでは減ってしまうのではないかと。有料の専門家しか逃げ場がなくなり、心身ともに消耗し、そのために収入がなかなか得られずに苦しんでいる人はどうするのしょうか?
経済的に余裕のある人しか専門家に相談できず、思いやりのあった友人たちは、だんだんスマートな口実で深い人生相談を避けるようになってしまうのではないでしょうか?

書店に並ぶ人間関係などの実用本では、「付き合う相手を見定めましょう」「巻き込まれないように、適度な距離を取りましょう」など、まるでリスク回避の呼びかけのような文言が並んでいます。

《他人への思いやり》や《支えあい》はもはや死語と化してしまうのでしょうか? 「自律」を目指す余り、内向きで自己チューに走ってしまいそうな今の日本人の様相に不安を抱いています。

 

親に[自律心]を奪われ[自信]が無いと[直感]に従うことが出来ない。
正しいか間違っているかはどうでもいいこと。
そんなものは人それぞれ違うから基準にはならない。
道徳や良心は成長と共に上昇していくものだ。
[ひらめき][インスピレーション][直感]というものは自分の[最高の力]。
[自信]があれば[従う]もの。
だから[自分を信じる]って1番大事なこと。
それを親が奪ってはいけない。
奪うということは危険を回避出来ない子供にするっていうことか…。

 

そうそう(>_<)共依存のスイッチが見えるんですよね!!(って分かります??)

構ってアピールに乗るのは良しとしても…(いやぁそれも大勢だときつかったですが…罪悪感もちょっぴり湧いたり…)共依存的な人の言動は、ちょっと違うのが判るんですよねぇ…。

だから、傾聴だけしたんだと思います!(何となくな行動ですから、体験したからこその直感的なものですよね?)

まぁ結局その人はその後、共依存の罠に引っ掛かっていましたが…(強烈な共依存者がいたもので…)

それとその時は、共依存者も私のトコロに来ましたね!!世話(会話など)の仕方で判りました!思い出してみれば、母親が自己認知飢餓ですね!まさに典型的な!勉強出来て委員長とかやる優等生f^_^;

自律は難しいのですねぇ…。

やっぱり時期があるのでしょうねぇ…。癒しとか、親にされたことをするとか、そうゆう段階を経て、癒され、気付き、自覚し、納得し、自律へ向けて決心がついたら、やっと歩き出すのでしょうねぇ…。

無意識に、禁止令を使ってしまいがちだと思うので、本当の自律は、まだまだ先ですねぇ(´Д`)

特に、切羽詰まると、そうなってしまうと思うんですよ…。

 

~断る罪悪感~

そうなんですよねぇ~

家族が断れないひとだと、自分が取るべき責任ではないのである程度放置しますが、巻き込まれて断わるのが自分という最悪パターンも…

断る強さを身に付けてほしいですよね。動き回らず留まることも大切ですもんね。相手の為にもなりますよね。

私も、じっくり独りで味わうタイプなので、明らかに一杯一杯なのに動き回るだけで、成長していないひとを見ると悲しくなります。

ゆったりが「怠惰」に見え「無駄」に思うのでしょうが…

じっくり向き合うこと、じっくり味わうこと、例えば本などが子供にはいいのに、ゲームやテレビなどで想像力、創造性を奪う…

アドレナリン中毒ですよね…誤魔化しです…

自然に逆らわないのが一番いい(´ー`)

動植物や空や海を、ただぼんやりと眺めていれば幸せです。

気持ちを大切にすると、やはり時間はたっぷり必要です。

ショッピングモールより美術館へ

水族館や動物園やペットショップより川や海や山へ

私はそうしますよ。

 

励まされました!

ただ必要とされるという事が、即ち愛されている事では無い。
それに気付けるまで結構かかりました。
私も長らく「ヒト様のゴミ箱だった」と思います。

私に寄ってくる人々は「弱者は世話されて当然」「親は孝行されて当然」というような社会常識、正論でこちらを脅して来ます。
小さい頃からそうだったので、愛されない寂しさ故にゴミを受けとっている事にも長い間気付けませんでした。

そして自覚した後は、ゴミを断るのに強烈な罪悪感が生じました。
お前は冷たいとか、過去を赦せない人間なんて狭量だとか、人として間違ってるとか、そうは言っても全く愛され無かった訳じゃないかとか、世間一般常識論とか自己責任論とかで責められ、絡まれると、相手の言い分が正しいような気がしてしまって、たちまち過去の生き方に引き戻されそうになるのです。

でも…実はまず、他ならぬ私自身がそういう声と一緒になって自分を責めていたのでした。
あれは…真っ先に自分が自分を捨てていたんだなぁと今は思います。

でも、私はもう負けません(笑)。
だって自分が一番可愛い。一番好き。このまま死にたくない。
私がとっていい責任と、とってはいけない責任を歯を喰い縛って見極めています。
自分の事も信じています。
きっともっともっと自分らしく生きられるようになると。

 

共依存の罠

悪化して辿り着いたのは「自分が自分を殺していた」という「自分への怒り」でした。

親が降りて、自分になろうとしていた頃も、とても心身軽く生きていました。マイペース(^_^)

しかし、次の罠が…。

しかも、あちこちからやってきました…。

自殺や一家心中をほのめかされれば、親を刺激しないようになって当然ですが…。

まさか、他の人から共依存行為を受けるとは思わず…。さらに家族は無自覚…。

「あなたには感謝が足りない」と言われても、感謝したい事など何ひとつしてもらってはいない…(というより、何も求めてはいない…)

家族の主観的愚痴だけで関わってきた方は、チャイムを連打…。してやってる感たっぷり…。しかも噂を広める…。よけいなものをもたらす…。

無自覚家族は、動き回る…。断れずに問題を増やす…。

もう一人強烈だったのは、夫を亡くした方。これがまた…。結局、私が泣きながら断りました…。

家族が無自覚だと、自分が自覚していても難しいです…。詳しい知識を得る前でしたし…。

私は、昔から自覚があり、独りの時間が無いとダメなのです。

自覚があった為、数年前も共依存の罠がハッキリ見え、混乱したものの何とか独りになりました。

共依存者はウジャウジャいますよね…。

家族にも、彼等にも、全ての人間に、自分と向き合う強さが育ちますように…o(^-^o)(o^-^)o

そして「ただ聴き合うこと」が広まりますように…(#^.^#)

そしてそして、私が本当の自律を手に出来ますように…(^^ゞ

 
    
 
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