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生きづらい人(1)-生きづらい子を作る親の特徴

2009/01/26(Mon) Category : アダルトチャイルド
ただ生きるのが辛い―そういう人が増えている。

何かをしようとすると、それについて360度全方位からチェックが入り、チェーンシンキングして、結局身動きが取れなくなる。時に頭は真っ白になり、言葉さえも出てこない。

何かをしていると、人の目が気になり、人の目を気にしている自分が気になり、人の目を気にしている自分がいることが気になり、まるで糸のもつれた操り人形のようにギクシャクし、パニックに陥る。

何かをしていてもしていなくても、常に頭の中は思考で埋め尽くされ、考えをやめることができない。「考えないように」と考えてしまう。だから、感情が出てこず、自分の感情がどれなのかわからない。

感情を表現することができないので、心のコップはパンパンに膨れあがっていて苦しい…けれど、出し方がわからない。

このような状況に自分がなったとしたら、どれほど苦しいだろう。
しかし、これは生まれつきの個性ではない。環境の中で形成された“癖”だ。では、どうして、このようになってしまうのだろうか。親との関係で見てみたい。





「心のコップ」が一杯で、子どもの気持ちを受け止めることができない親は、次のように子どもの気持ち(喜怒哀楽)を封印する。

・人の悪口を言うな、と躾ける。
・喜んでいることは無視する。
・怒ると、怒り返す。
・泣くと、そんなことくらいで泣くな、弱いな、と嘲る。
・愚痴を言うと、弱音を吐くな、と軽蔑する。
・不安を口にすると大袈裟だ、と嗤う。
・悩みがあるというと、考えすぎだ、と一蹴する。

→子は、感情を表現してはいけないという禁止令を受けて、無口・無表情になる。



------------------------------------------------------
「心のコップ」が一杯ということは、救われないインナーチャイルド(IC)が親の中にいるということ。そのICは、わが子に嫉妬する。

・苦しんでいると、そんなの苦しみのうちに入らない、と切り捨てる。
・楽しそうにしていると、うるさい、と癇癪を起こす。
・子がどじったりすると、嬉しそうに喜ぶ
・あまつさえ、子を陥れて楽しむ

→子は、楽しそうにしてはいけないという禁止令を受けて、いつも苦虫をかみつぶしたようなしかめっ面になっていく。



------------------------------------------------------
「心のコップ」が一杯なのは、親に受け止めてもらえなかったから。その怒りを子どもに吐き出す。

・衝動的に虐待する
・箸が転んでも怒る
・ルールをたくさん作って、怒るチャンスを増やす
・躾という名で体罰をする
・言動の全てが怒りの波動に包まれている

→子は、理不尽な暴力の前に無力症になり、アンテナを常に立てているために緊張は取れず疲れていき、自分を支えるために数を数えるなどの神経症を呈し始める。



------------------------------------------------------
親に受け止めてもらえないので存在不安を持つ親は、同じ不安を子に背負わせる。

・お前なんか生まれてこなきゃよかった
・お前は橋の下から拾ってきた
・男(女)の子がほしかったのに
・お前は養子に出すつもりだった

→子は、天涯孤独の存在不安を持ち、自分が嫌われ者だと思う。



------------------------------------------------------
存在不安を持つ親は子を自分の傍におき続けたいため、自律できないように育てる。

・お前なんか何をやってもダメだ、と否定する。
・あれが心配、これが心配、と心配の呪いをかける。
・子がする前に手を回す。
・子がやりかけていることを横から奪う。
・子どもの癖を真似して自信を奪う
・好きな色、好きな服、好きな音楽、など親が決めて子の感性を奪う
・テレビ、漫画、雑誌など情報を遮断する
・性的成長を嫌悪させる

→子は、成長するな、という禁止令を受けて、自我を確立させることができない。当然、自信も自尊心(セルフエスティーム)も自己効力感(セルフエフィカシー)もない。





これだけのものを身に受けてしまうと、子どもはどうなるだろうか。

・この世における自分の拠点がない-「自己の存在不安」「孤独」
・人&社会に対する信頼を形成できない-「対人不安」「対社会不安」
・自我の形成阻害、自信の剥奪-「自我障害」「自信欠損(欠落)」
・自分に対する嫌悪、自分を責める-「自己嫌悪」「自責」

…すべてが「I,m not OK.」だ。
人生の基本的立場(人生態度)が「私はダメ」であるから、
手足をもがれ、コミュニケーション能力も阻害され、社会に出ることができない。


不安に苛まされ、怒りを抱え、自分に構ってほしい大きな赤ちゃんである親は、与えられたお人形が逃げないように、その手足をもぎ、口を封じ、そのお人形を抱え込んでいる。そして、その人形に怒りを吐き出し続ける。

親がここまで支配し続けるのは、支配と服従という関係はとても不安定だからだ。自分が支配者であることを意識させ続けなければ、すぐに関係が崩壊してしまうほどに実はもろい。服従者がいなければ、支配者はただのちっぽけな人間だ。

親の正体に真に気づいたとき、あなたは自分がピノキオではなく、本当は人間であることに気づくだろう。自分を操る連鎖の糸を切り、去るだけでよい。

が、服従者はなかなかその支配の頸木から逃れることができない。
なぜか。

このように育てられた子どもは、既に頭の中に自分を操る親が棲んでいるからだ。それが、冒頭に書いたような“症状”となって現れるのだ。つまり、この症状は、自分の中に強大な親が棲みついていることの証拠なのである。



<続く>





「心のコップ」のメカニズム

「大人になれない大人」の構造

押しつけのパラドックス(4)-作られた自分の「性格」に気づこう

偽装自分と脱洗脳

5つの自分を見分けよう-自分を動かしているのは誰?

インナーペアレンツ vs インナーチャイルド

不安からの逃走手段―依存・型嵌め・空間埋め




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最近、子どもが失敗する映像が頭の中に浮かんできます。そして、それを「ほらみたことか」となじる私、も浮かんできます。
実際、しっかり者の子達は、そんなことしたりなったりしないのに。
なんだろ、まるで私から離れるのを禁じてるみたい。
これって、インナーペアレント?

 

辛いです…

初めまして
辛くて色々検索してたどり着きました。
こちらの記事を読ませて頂いて、
親もですが、兄弟も親の様に私に接してきた事に気づきました。
親には本当は産むはずじゃなかった、兄弟からは橋の下に捨てられてたの拾ってやった。
兄から妹じゃなくて弟だったら良かった、本当にダメな奴だな、情けない奴だな等々言われ、
父親から殴られ蹴られ罵られ怒鳴られ、
母親から束縛されたり突き放されたり。
姉からは直接虐待してやってたと言われました。
一人になりたくて何処か遠くに行きたいですが、生まれつき体が弱く持病があり一人暮らしは危険と言われ実際、現状では色々考えていますが一人暮らしは無理で。
逃げ場が無くて辛いです…家族と離れるのが救いの道だと思うのですが、持病や色々なものに縛られて結局家族から離れる事も出来ずにいます。
死だけが唯一の救いな気がしています。

 

外であっても家庭であっても傷ついた気持ちを回復する場所がないですね。
そのような機会も得られませんし、得られると思っても人をすぐに信用できないので警戒しながらです。

自らとまた周りの人々がお互いに発展していくために穏やかな視点を持ってほしいと思っていますが、実際の所
苦しい気持ちを転嫁しつづけける事が当たり前となり。
成熟した集団の中にいなければ自身の気持ちを高める機会が得られないのが現状です。
ある程度年を取って親の考え次第によって依拠する自信が奪われていたと気づきました。(今は30代ですが。)
失った自信を取り戻そうとしても難しく、前向きに自信を持てるように勉強を繰り返しても結局は自信が持てず達成感や喜びが得られない事に愕然としました。

実生活も伴うと慢性的に精神的な停滞が仕事の意欲や評価にもつながりかねず、仕事場の人間にやる気がないように思われたり、変わった人と思われることもまかり間違えばあるかもしれません。
気持ちが休まる機会を得たいものです。

 

分かります!

・子がどじったりすると、嬉しそうに喜ぶ
・あまつさえ、子を陥れて楽しむ


ああ、本当に分かります!!
うちの親、そうでした。
子供の頃、どこかに連れていったりはしてくれたのですが、喫茶店などに行くと、私は何か失敗しやしないかと緊張で心がパンパンの状態になり、案の定よくグラスをひっくり返したりと失敗をしたのですが、
そういう時、まあ喜ぶ喜ぶ!!
こんな喜んでくれたときなんてないってくらい喜んでいました。

喫茶店というのは、子どもの私にとっては外の社会そのもののような場所でした。
そういうことは多々あり、私は学びました。
私が失敗すれば、親は喜んでくれるのだと。
その後遺症は今も残っています。

書きながら思ったのですが、
今考えると子どもがグラスをひっくり返すとかそのくらい小さな失敗ですよね!
私は天地がひっくり返るような失敗だと思ってたのになあ。
なんでそのくらいのことで、あんなに辱めを受けなければならなかったんだろう。
きっとうちの親にとっては、衆人の元で自分の子どもが何か失敗するというのが快感だったんだろうなあ。
変態か!なんだか笑えて来ました。

「ドジるぞ、ドジるぞ」というような煽りもよく受けました。
そして緊張のあまり私が本当にドジると喜ぶ、喜ぶ。
こういうルールの元育ったので、他の人も私がうまくやれなければ喜んでくれるだろうと思ったのですが、全く逆でしたね。

そういうことに気付いてからは、うまくやろうと努力したのですが、私にとっての「うまくやる」ということは、完璧に、何の問題も無い自分を演じるということしかなかったのです。
本来の自分自身との剥離に常に苦しんでいました。
そりゃ生き辛くもなるはずですよね。

 

冷静な判断

あまりにも母にそっくりで思わずコメントしてしまいました。
中学位から母のコントロール法には気が付いており
どうにかして逃げないと自分が駄目になってしまう事をずっと感じていました。

自分の中に親の強制力というのが非常に効いており
逆らう事が難しく、常に心の中で葛藤が生じていました。
勉強どころではなく常に心に葛藤があり苦しかった
わたしの事を期待せずに諦めて欲しくて
わざとテストを間違って点を下げたりしていました。

どうすれば、親から離れられるかという事ばかり考え
5年の計画と戦略を立てました。
フットインザドアという手法を使っていた様で成功しました。
まず実家から遠くなるからという理由で反対された専門学校も県内にし通い、就職も県内で車で行き来でき、一人暮らしをするが、週末に帰ると約束し帰ってました。
両親は度々、アパートに来る(監視)事もありましたが許しました。
手に職が付いた頃を見計らい、キャリアアップと理由を付け親に相談もせず独断で更に遠くへ就職を決めました。
その際3年で帰って来いと約束させられましたが、勿論破りました。
その間、親から下卑される時間もありませんでしたので
自分で自信を付けられるようになり今に至ります。

今では親の強制力は効きません
それどころか現在では私が親を支配する立場に取って変わっております。
恨みがあったので、たまにチクチクと苛めていました。
しかし、ある時何故か許せるようになり許しました。

結婚もしましたが、親と同じ事をしてしまいそうで
子供作る勇気が出ず作っておりません
不幸の連鎖を断ち切りたいのです。

 

現在高校生です
私の母と祖母にあてはまります
ずっといきづらさ、自分らしさや自信の欠如などをかんじていて、
さらにいじめられたり浮いたりさんざんな人生でしたが、
いきづらさ、の原因がわかり、うれしく思います

 

とても参考になりました

先日からこのブログを読ませていただいていますが、
本当にこの通りの父親でした。

僕は加藤諦三先生の本でいくつかの言葉を知り、
その言葉を検索してこのブログにたどり着きましたが、
本当に当てはまることばかりです。

本当の自分に気づけてよかった。これから自分にいっぱい優しく甘えさせてあげようと思います。ありがとうございます。

 

参った

なぜここにたどり着いたかわかりませんが
私の母がそういう人です。
後遺症としては、大人になっても自律できないでいますし、自信が持てません。親はいいことをしたと思っているようで腹立たしいです。実家とも疎遠です。親は通話料金を払うのが嫌で私に電話をよこさないので、こちらも無視しています。すごい親子関係だと思います。これからどうしたらいいんだろう。

 

ブログを拝見して非常に考えさせられました。

妻から離婚を持ちかけられ、妻のほうがいろいろ落ち度があるはずなのにと、親権など調べているうちにモラルハラスメントという言葉を知り、このサイトにたどり着きました。
拝見していて、自分がモラルハラスメントの加害者であったことを知り、驚きを隠せません。また、自分が子供に対して言っていることがこれからの息子を作ることに対する責任の重さについても改めて思いを新たにしています。
橋の下で拾われた、何度いわれたかわかりません。いい親だと思っていたのですが、私の感情が動かない原因がそこにひとつあることは驚く以上に身震いがしました。このブログを読んでからは自分が愛情を持って育てられたと思おうとしていたのではないか、そう思えてなりません。
このことをベースにして、自分の日常生活を仕事も含めて振り返ってみると、全て腑に落ちます。周りから認められようといろいろ画策していることが。なぜ、こうなのだろう。他人は他人。自分は違う。自分のやれることをやるだけ、と思っていても何かが違う。自分の中に垂れ込めていた黒い雲の正体のひとつなのでしょうが、はっきりしたように思います。
これから、やんちゃな自分を出していこうと思います。このサイトの記事をこれからも折に触れ、読ませていただきます。
離婚のことはどうなるかわかりませんが。
ありがとうございました。

 

確かにその通りです

はじめまして

私の母親も全て当てはまります。
そして、現在母になった私も、恥ずかしながら全て当てはまってしまいます。
それでも母は、私が幸せになる事を願っているのはわかっていました。
そして私も子供の幸せを願っています。

私の母ですが、逆に孫に対しては、非常に寛大な見方をしています。
孫に対して深い愛情で接しています。
こんな人だったかしら?と過去を思い巡らす事もたびたび。
結局の所、母(親)という存在は、そういうものなのかもしれません。

「親」という存在だけで、子供を育てていってはいけないのかもしれません。

改めて自分を振り返って見ようと思い立ちました。

 

初めまして

私の母にストレートに当てはまる内容だったので書き込みをします。

私は現在小学生の一児の母親ですが、自分が親の立場になってみて改めて私の母は家の中では私に対してだけ口先で偉そうなのに、私の為には何も行動してくれない駄目な母親だったと痛感しました。
当然思いやりなんて心は持っていません。常に何事にも嫌みで否定的なのですから。私に娘が生まれても怒り顔しか見せません。
母は父や兄(兄はお気に入り)にはそんな態度は取りません。

そして私は自分の存在について今も悩み続けています。「私は私なんだ!私は全く悪くなかったんだよ。」と自分に言い聞かせていますが過去の事を時々、思い出しては辛くなってしまいます…。実家は近いですが現在は疎遠になっています。

 
    
 
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