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暗闇恐怖の克服

2009/02/01(Sun) Category : 心の闘い物語
【「原初的トラウマ-誕生の恐怖-の克服」の続き】
(*追記しますね-これは個別な物語です。完全も完璧もこの世にはありません。全てに状況があり、その全てを含めて“個性”です。その個性の中に、それぞれの人がこの世で果たすべき課題が隠れていると思います。)



中尾さんのグロブの「七色の世界へ、お誕生おめでとう!」を読んでいました。

『脈打つ心臓、
 詰まりそうな息、
 割れんばかりの頭。
 このまま死ぬかも、という思い。』
この4行を見た時、そわそわと落ち着かなくなってきた
ギュイーンっと、心の中ひだの奥深くに自分の何かが分け入って
今までちらっとしか見なかったものに
はっきりと「目」を向けた
そんな感じでした

パソコンに向かって中尾さんにメールを書き始めました。
夢で見たあの管の真っ暗い狭い穴の前での自分を感じ始めていました。
そして、言葉が次から次から出てきました


赤ちゃんのように泣いて、慰めて
落ち着いて、心がものすごく穏やかになり
そのまま眠りについたと思うような状態になりました。

私の中の赤ちゃんを寝かした後、
心の落ち着きを取り戻すために、窓から雨を見ていました。

地面にできた水溜りに落ちる雨が小さな輪を作る
そんな光景をボーっと見つめながら

わたしは、正真正銘のトラウマを抱えていたことに気がつきました
そして、動揺していました

気づくと同時にそのトラウマを
今、たった今1人で乗り越えたことを感じていました


こんなことが起こるなんて・・・
わずか30分にも満たない時間の中で

それもこんな何気ない日常に中で
いきなり、
こんなことが私の身に起こるなんて・・・・








わたしが「暗闇恐怖」を味わったのは、結婚後、山小屋泊まりの一夜の経験からだった

心臓の脈打つ音 冷や汗が出て、このままでは発狂してしまうと思うような恐怖を味わった

そして、中尾さんのカウンセリングの中で、
「管の真っ黒な穴」の夢を2度見た

それが何を意味するのか私にはわからなかったが、
中尾さんとの電話カウンセリングで、胎児の記憶
それも「子宮から出る前の記憶」かもしれないと思うようになった

「穴に入るのがどうしてもいやで逡巡していた」
迷っている気持ちから先は見ないでいた




雨粒が作る波紋を見つめているうちに、
今自分に起こったこの出来事に関連のあることが次々に思い出されてきた

今までばらばらに存在していた「行動」や「考え」が実は
赤ちゃんの私が味わってしまった「恐怖体験」と大きく関係があり、
それがすべての出発点となっているがわかってきた

これは私にとっては実に驚くべきことだった
本当に驚くべきことだった



私が一番恐怖を感じるのは、
洞窟のような狭い穴の中で行き止まりになり、
出られなくなる恐怖ことだ
それも真っ暗闇の中で。
おそらく私のは心は耐え切れないだろうと思うのだ


また、
私は「出産」に異常にこだわりを思っていた
 
自然分娩
母子同室、
母乳育児

この3点は何があってもはずせないと思っていた
その「意思」は強固で、ゆるぎないものだった
実際、この3つを実現させる為に私はあらゆる情報を集め、
努力し、そして実現させた


また、
お産中には、絶対パニックにならない!
この思いは強かった。
だから、お産は取り乱したりしなかった。
ものすごく冷静な自分が常にいて、冷静さを保っていた。
あの冷静が不思議だった。


陣痛促進剤は、「悪」だと思っていた。
母親と赤ちゃんの出る力を無視したこの暴力的なやり方には心底、怒りを感じていた。


赤ちゃんとは同じ部屋で寝たいと強く思っていた。
産院に居る時も、赤ちゃん用の小さいベッドが用意されていたが
わたしは同じ布団の中で、赤ちゃんと一緒に寝た。

おっぱいは、何が何でもあげたかった。
おっぱいをあげている間は、抱っこするから、
スキンシップ不足を心配する必要もない




2.3日前
私は自分がなぜあそこまでお産にこだわってしまったのだろうか?と思った
何もあそこまで自分の体を酷使しなくても…
そうまでしてこだわった理由 が私にもわからなかった。

体はぼろぼろになり、育児は大変過酷で、体を壊しました。
もともとハラッシーで、体も弱っていたし、
よくあんなことできたと自分でも不思議でした。

新生児の時、私ができるスキンシップは十分やったと思いました。
自信のまったくない子育てでしたが、「そこのところ」だけは、やりきりました。

でも、
あれは「本当に子どものためになったのか?」
ただの「自己満足」に過ぎなかったのではないか?と、思ったりしていた

だけど今、あれはホントに赤ちゃんにとって大切なことだった。
それが今日わかったのです。

私は赤ちゃんの時の辛い経験から、
それを望んでいた。
そして、実行した。

それは、赤ちゃんには「何より切実なことだった」
それをできた自分は母としてうれしいし、
また子どもたちには、辛い思いばかりさせてきてしまったと思っていたが、あの生まれてからの日々は、あの子たちにとっては、天国のように安らかな時間だったことを知りました。







今回の風邪で、私の中のあらゆる毒素がどんどん外に出ました。
まさか、私の中に、
一番の核の部分にこんなトラウマがあり、
それまでも表に出てくるとは。

あの中尾さんの4つの言葉。
あれがきっかけです。
すごいですね。
こんなことあるんですね。

赤ちゃんって生まれた時怖くて、あんなに泣いていたなんてね。
抱きしめてあげないとね。

私って、結構過酷な体験していますね。
自分で言うのも変ですが、赤ちゃん時のことじゃ、しゃべれないですよね
出てこないですよね。

よかった!
ホントによかった!

私の小さな心、よく耐えたなと思います。









トラウマからのお誕生、おめでとう!!

子はお腹の中から外の世界を敏感に感じ取っています。
外がハラスメントの世界であれば、出ていくのが怖いでしょう。
相棒が先に出て、一人取り残されれば尚のこと「前門の虎後門の狼」状態でしょうね。

それにしても、こんな恐怖と不安と孤独と困難を乗り越えて生まれてくるんですね。これでは、出てきたときに暖かく受け止めてほしいはずです。

私は、「Free Hugs Campaign」の真ん中当たり、スケボーに乗った青年が飛び込んできて抱きつくシーンが好きです。あぁいうふうに飛び込んでいきたいだろうなぁと思うし、私はそれを抱きとめるのが好きなんです。


赤ちゃんも、これだけの苦難をくぐり抜けてきたのだから、よく頑張ったと抱きとめてほしいでしょうね。

私も、医者に無理にお願いして抱っこしてよかった!




初田悦子 「キミのママより」


赤ちゃんの顔 と~っても癒されますねぇ。

なんだか、それが一仕事成し遂げてきた顔だと思うと、大らかで神々しくさえ思えるね。で、やっぱり自然分娩、自然育児がいいんだなぁと思ってしまう。人間も生き物だもんね。

そして、この自然な顔のまま、大人になることができる社会になるといいね♪



<続く>

「いい子」の病の克服-アダルトチャイルド(AC)及びその家族の再生


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暗闇恐怖の克服を経験したわたしから、ウノゴンさんへ

ずっっと、気になっていたんですよ。
わたしが経験したことを読んで、ウノゴンさんが苦しまれていることに
何か返事を書きたいと思いながら、
言葉を見つけられないでいたわたしを許して下さいね。

ウノゴンさんの赤ちゃんを思う暖かい気持ちは、帝王切開であろうと、何であれ、全部しっかりと赤ちゃんに伝わっていますよ。
これは本当です
わたしは、この体験の後再び
保育器にいる間の経験を思い出し続けているのですが、
抱っこや授乳などのスキンシップは
それはそれで赤ちゃんにとって、切実なほど大切ではありますが、
赤ちゃんを思う愛情こそが、栄養となって、赤ちゃんを育むことを、赤ちゃんのわたしから知りました
だから、ハイリスクだったあなたが
「どんな思いをしても身ごもった命は生み出してあげたい」と
赤ちゃんを思う深い愛情は全部
あなたの赤ちゃんに届き、伝わり、満たされていましたよ。
だいじょうぶ
だから、自分を責めたりしたいでね

究極、愛さえ伝わりされすれば、
OKなんですよ


受けいれることは大変苦しいことですが、
わたしは、産道に入っていく時も、
そこから必死の思いで出た後も、
母から暖かいものを感じることができなかった
保育器のカバーを通して見あげる母の顔に笑顔を見たことがなかった
「不安」や「怖れ」や「これからの生活の困難さ」などなどの
そんな悲しい思いしか伝わってこなかったのです

わたしは、赤ちゃん自身の気持ちを
こうして伝えられる機会を与えてもらって
すごく嬉しくもあるんですよ

ウノゴンさんごめんなさいね
ずっと返事がかけなくて

 

あたりまえのことがあたりまえに。

今回の記事、ウノゴンさんのコメントを読んで私も色々考えました、私は帝王切開で出産しました。

人間は今文明社会に住んでいますが妊娠出産だけは太古から変わらない。野生のほ乳類となにも変わらない。

自然の流れに身を任せていれば本来どの女性も妊娠出産母乳育児ができるそうです。
文明がその流れを妨げている。

暮らしが便利になりすぎていること。
女性のキャリアのスタートと充実期が出産適齢期と重なっていること。
更に妊娠中も仕事で変わらない効率を求められること。
病院でも自然な流れより効率が求められること。
自分が望むお産ができる環境を選べないこと。

妊娠する前から出産後までホルモンに従って過ごし、眠かったら眠る。つわりがひどければ休む。そのように過ごしていれば本来の生み出す力がアップするそうです。

それができない現実。


そんな中で、この記事の体験をされた方も、ウノゴンさんも私も最善を尽くしたと思います。胸を張ってほしいと思います。

あたりまえのことがあたりまえにできる社会。
そんな社会ならどんな母子にとっても幸せな親子関係をスタートをきることができるのではないかと思いました。


 

凄く苦しいです

第二子(正確には第三子です。重度悪阻で失明の可能性があったので医師の判断により中絶しました)妊娠と同時に子宮癌が見つかり、出産後に手術をしますが、なんだか今日のエントリーは母親の体が健全でなければ子を産むなと言われているようで悲しくて苦しいです。
思えば、娘のときもハイリスク妊婦でした。慢性的に肝臓が悪いですし、切迫流早産で36週まで自宅安静でした。
母親は、どんな思いをしても身ごもった命は生み出してあげたいものですし、在胎27週を過ぎればどんな形であれ生かすことが出来るようになってきているので、仮に母親が脳死と判断されても帝王切開で子どもだけは助けられるようにはなっています。
でも…私のことも、他のハイリスク妊婦さんも、もしかしたら自己満足でしかないのでしょうか。赤ちゃんにとってはいい迷惑でしかないのでしょうか。
医学の進歩で従来なら助けられなかった赤ちゃんが命を助けられるようになりました。
しかし、NICUに収容された赤ちゃんの平均入院期間が一年を超えるというデータが公表され、果たしてそれは幸福なことかと疑問にも思ったりして、とにかくぐるぐるしています。

 
    
 
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