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中尾英司

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51歳の感謝

2009/02/10(Tue) Category : 家族小景
朝、大きな封筒が届いた。
妹からだ。

『朝日から出ている昭和シリーズが面白いので、先日たまたま33年を見つけましたので送ります』と手紙。まぁー憎いことをする。誕生日当日に届くなんて。私はこんなに気を遣ったことないのに…。

s33
30年ぶりの心の旅(2)」にも書いたが、気丈に育った妹。
その気丈さの裏には、親への思慕と哀しみがある。

両親の全エネルギーが私に向かい、私は遮断し、逃げた。
私は遮断するほどにエネルギーを浴びたが、放置されていた妹は、親を支えつつ、親に認めてもらおうと節約と我慢と努力の道を歩んだ。

二人とも、親に甘えずに育ち、子どもたちにも厳しく当たった。
だから、それぞれの家庭で子どもたちは、辛い思いもした…。


今も、親への思いを胸に孤独に生きる老親。
その老親に認めてもらおうと頑張ってきた妹。
私と妹の押しつけを受けて苦労してきたそれぞれの家族達―。

老親や妹のたたずまいを思い、
健気に頑張る妻を思い、
そして、私や妹が押しつけをしてきた子どもたちのことを思い、

涙が止まらない




誰が悪いのでもない
だが、なんてことをしてきたんだろう!

傷を負わせてしまった。
私が受けた以上の傷を。

子どもたちの心を思うと、後から後から涙があふれる。
私は、子どもたちがそれぞれのやり方で傷を癒していくのを見守るしかない。



『親の役割を果たせるような親にわたしたちもなり始めています
中尾さんありがとう』
―今日届いたメール。私も同じなんです。




★--------------------------------------------------
私は、マヤ暦で言うと「銀河の月」(2/7-3/6)の生まれ。
『この月は、自分のありのままの姿を外に表して生きているか、を確認する月』とのこと。

私は、ありのままで生きていたつもりだったが、子供が生まれたとき内在化していたプログラムが発動した。特に男児が生まれたとき、「長男、跡取り」という観念が発動したのである。毛嫌いしていたくせに、既に宿っていたのだ。私は、IP(インナーペアレンツ)に支配されていた。同時に、甘えられなかったIC(インナーチャイルド)が、わが子に厳しく当たった。

自分ではそう思っていなかったが、妻に言わせると立派な会社人間。
そうなりたくなくても、人を追い立てる今の企業社会がそのように仕立てただろうが、でもまぁ確かに会社を楽しんでいたことも含めて会社人間だっただろう。

会社の中でコースに乗ったり、レールを外れたり、はたまた組織改革をやったりした挙げ句、私は企業社会という世界そのものから離脱した。当時、私の何らかの兆しを感じた上司は、1週間ぶっ続けで私とさしで飲み何かを探ろうとしていたが、私は辞めることをおくびにも出さなかった(尚、この時の無理とストレスもあったのか、この後パニック発作が発症する)。

続いて、私が辞めたことに対して老親が妻を責めた。後の祭り、愚痴を言うことしかできなかったが。

最強の追っ手は妻だった。私が「あきらめの壁をぶち破った人々」を書いた後は、当然どこかの会社へ再就職するものと思っていた。私は、既に卒業した世界に戻ることに心が動かなかった。

とはいえ、5年にわたって心理学を学びカウンセリングの訓練をし、資格を取ったものの“駆け出し”でさえない。産業界でヘッドハンティングされたが、心理学界ではどこの馬の骨だ。子はこれからお金がかかる。生活を預かる妻が不安に駆られるのも無理はなかった。

妻がやりくりして貯めた貯えが見る間に消えていく中で、私のことが理解できない妻との間は急速に冷え凄まじい大バトルの日々。子どもたちは当然妻の味方。私の居場所は家の外にも中にもなかった。

妻子から見た私は、日がな一日パソコンに向かっている引きこもり親父。その時私は、今はだいぶ形が変わったが、サイトをせっせと作っていた。外から信用されるために“住所”が必要だと思ったからだ。そこに書いた考察が、「あなたの子どもを加害者にしないために」として出版され、それが私のカウンセリング人生のスタートとなった。



----------------------------------------------------
こうして振り返ると、会社を振り切り、源家族を振り切り、現家族を振り切り……超わがままに突っ走っている。が、そうすることで初めて私は、甘い汁を見せたり、強烈な逆襲を仕掛けてくるハラスメント界から離脱することができたのだ。

いろいろな思いも味わったが、闘うときはたった一人、というのは高校時代から経験していたからね(別にいじめじゃありません)。会社でも家庭でもこぞって私を責めてくるときがあった。その時はいつも、「我なすことは我のみぞ知る」―龍馬のこの言葉を胸に置いていた。

私はいつも、周辺人であり、外様であり、脱藩している自由人(フリーマン)だった。どこにも所属していなかったからこそ、組織と闘うことができたのだ。龍馬が「初の日本人」になれたのは、“国(藩)”を捨てたからである。

私は、こうしてハラスメント界を抜け出したからこそ、老親への思いを手放すことができたのだと思う。そこに棲んでいる両親に何も言うことはない。つまり、IP(インナーペアレンツ)から離脱したからこそ、IC(インナーチャイルド)をも手放すことができた。

ハラスメント界を脱藩したからこそ、私は「人間」に戻れたとも言える。
人間の戻ったときの私は、自己一致していた。あるがままの自分に戻ることができたのだ。

心にわだかまりがなく、俗世的な価値に惑わされないから、純粋に心を映す鏡でいられる。自分が連鎖と闘い、抜けてきたから、世代間連鎖を見ることができる。


私の誕生日である「青い銀河の夜」は、理想を現実化していくもののようだ。私は、自分の実体験から、一人一人があるがままの自分を取り戻せば、地球上に国境なき個性あふれる調和した社会が生まれると信じることができる。

私が所属するのは「地球」だ。
私は、「気持ちを大事にする“人間”」として生きていきたい。





♪--------------------------------------------------
歌をお贈りいただきました。
ありがとうございます。

この歌を聴いたときも涙があふれました。
一人一人がこのように大切にされる日が来るといいな、と。
皆さんに、贈ります。



岡本真夜 「ハピハピバースディ」



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