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第3部-3、枠の一部となった妻

2009/05/28(Thu) Category : 仮面の家
第3部 りょう先生が選んだ「生きる方法」

■3、枠の一部となった妻-------------------------------

そして、妻を娶ります。このとき、「両親の面倒を見る」ということを妻に提示します。

第2部-3、家族の機能(調節弁)として生きた子ども」で見たとおり、りょう先生は源家族の機能の一部としての存在であり、「第3部-1、鋳型成形の道を選んだ男」で見たとおり、人として生きる道を選びませんでした。つまり、彼は源家族抜きで生きることは考えられなかったのです。

また、小1でリヤカーを引いていたときから引きずっていた思い―母を楽にさせてあげたい―も、心の奥にあったことでしょう。

さらには、りょう先生のIC(インナーチャイルド=幼少時から溜まっている感情たち)が潜んでいます。
家庭が崩壊状態にあるとき、子どもは自分がどうすれば家庭が平和になるのかを考え、自分の気持ちを聴いてもらうどころではありません。親に甘えることができないままに、親に対して聴いて欲しい気持ちは「心のコップ」一杯に溜まっているのです。

ですから、いつか親に気持ちを聴いてもらうチャンスが来ることを願って親と「同居」したり、「近居」したり、あるいは出戻ってきたりします。親に甘えたことがない子どもは、いつまでたっても大人になることができず親を抱え続けるのです。

家族カウンセリングをしていると、親から愛情を得られないがために親の引力圏から抜け出ることができず、親の周りを衛星のようにいつまでもグルグル回っている事例がとても多いことに気づきます。愛というパワーを得られないと、なかなか離脱できません。最近増えている「近居」にも、このような背景があるだろうと私は見ています。



----------------------------------------------------
結婚に当たって両親と同居することを第1条件としたりょう先生は、妻よりも親を優先していることが分かります。つまり、「夫」にはならず「親の子」のままでいることをここで宣言しているのです。

それをあけみさんはのみました。つまり、枠に従う事を承認したのです。あけみさんは、結婚生活に入るときから、りょう先生を支える枠の一部に組み込まれたのです。

実際、あけみさんは、りょう先生の実父母と同居し嫁姑の喧嘩はなく、近隣に住む実母にも食事を運び、3人の子育てをする専業主婦―まるで、絵に描いたような良妻賢母ぶりで忠実に枠に従っていることが分かります。

凄まじいと思ったのは次の話でした。
『りょう先生の実母は、正月の大根煮が得意だったが、実母が亡くなった後にあけみさんが作る大根煮は、実母の味と同じで、義兄は正月を楽しみにしていた』
―『実母の味と同じ』…ここまで言わせるには、自分を殺し徹底した受け皿となる必要があります。鬼気迫る忠実ぶりですが、これは、あけみさんが完璧に「枠」の役割をしたことを証明しています。

が、感情のない人間はいません。内面の相当な葛藤が想像されます。まして、人に合わせて行動するということは大変なエネルギーを必要とします。それを押さえ込んで忠実に“良妻賢母”を遂行し続けるわけですから、相当のエネルギーを持って自分を抑え込んでいることが分かります(このことが、あとで意味を持ってきます)。




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CM

結婚雑誌のCM、
「ウェルカムボード」
「ここ良いでしょう?」
「それ、あたしが作ったんだし」
「夫婦の共同作業だし」
「まだ、夫婦じゃないし」

これを見て、
「気付けよ、女子!」「ニヤけてるとこじゃない!」と、思ってしまいます。

このシリーズ、他のバージョンもかなり気に入りません。

あと、ケータイのCMで、お父さんが犬っての、あれ見るの、もういやです。

 

「機能」でしかなかったのは・・

りょう先生の奥さんに限ったことではなかったと思います。


もともと明治時代以降の家族制度のあり方は、
社会貢献すべき男性とそれをサポートする女性を対にすることで、成り立っていたのではないでしょうか?


つまり、核家族を軸にした結婚自体が社会を成り立たせる「機能」そのものだったわけです。


そこに「愛」によって成り立つ結婚、
という考え方が加わるわけですが・・

この「愛」ってちょっとクセものですよね。
実際には「愛」という名の強制、でしたから。

つまり、
「愛」を謳えば謳うほど、
家庭は一枚岩にならざるを得ず、
女性が嫁や妻、そして母という「機能」や「ロボット」
としてのあり方を強化せざるを得なかったのではないでしょうか?


そしてこれは余談ですが、
私自身も含めた、3,40代(特に女性)は歴史上、
「自分の気持ちを大事に生きていい」という権利を謳歌することがはじめて許された世代です。


結婚の甘美なイメージがメディアを
通して流されまくる一方で、
この世代の未婚率が上がり続ける
のもムリはないと思います。


自分の欲求と向き合うことを
知ってしまった人間たちが、


「愛ある結婚」であるはずが、

実際には
「愛という名の支配にふちどられた結婚」
であるという現実に、

機能を維持するロボットとしてココロを殺して
生きざるを得ない現実に、


そしてそれが生き辛さを抱えた
子どもや大人を生んでいるという現実に、

尻込みしたくなるのは当然だと思います。


中尾先生がおっしゃるように
互いの感情や思いを尊重しあいながら
共存共栄することが子育ての環境として
理想的であるとするなら、


結婚こそが出産・育児の
メインユニットである―という考え方自体が、
もはやフィットしなくなっているのでは?
と私なんかは思ってしまいます。


もちろん、一人の人間として存在しつつ、
結婚生活&子育て&育児をなんとかやっていらっしゃる方も存在するとは思いますけど、


皆が皆、その枠になんとかはまって出産して子育てしてくれという(政治はそっちに誘導してる気がします)圧力のようなものには、首を傾げざるを得ません。


とにもかくにも、老いも若きも結婚し、
子育てに関わったことのある女性のほとんどが、
いいようのない苛立ちや後悔、
そして子どもに向き合えなかった罪悪感を
抱きつつ、
りょう先生の奥さんの抑圧的な人生が
けして他人事ではないことを強く
実感しているように思えてなりません。

 

長寿・・・・?

はじめまして
日本人は長寿世界一となりましたが・・・・・
これから先を思う時考えさせられてしまいます。
長寿社会、重い現実が待っているような気がします。
しっかりと見据えないといけません。

 

つらいです・・・

>『実母の味と同じ』

その域に到達することが良き妻であると思わされてきました。自分を捨てることが女にとっての結婚だと思ってきたし、だから結婚したくないというのは身勝手な女の発想だとも思わされてきました。

自分を全否定して夫の実母の味を極めるつらさがわかるからこそ、その域にまで達した人への賛辞すらないことがつらいです。

よく頑張ったね。苦しかっただろう。辛かっただろう。でももういいんだよ。

そう言って欲しかった。

そこに焦点を当てるのが趣旨ではないのは理解していますが、私のなかのインナーチャイルドが悲しんでいます。だからつらい・・・

 
    
 
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