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第3部-6、感情を封印した仮面夫婦

2009/05/30(Sat) Category : 仮面の家
第3部 りょう先生が選んだ「生きる方法」

■6、感情を封印した仮面夫婦-----------------------------

ところで、これまで見たように我慢しているにもかかわらず、結婚以来一度も夫婦喧嘩がなかったことを、あけみさんは「夫の方が人格が上」だからだと述べています。私は、不自然な感じを受けました。

相手が気持ちを受け入れてくれる“人格者”であれば、「4、人扱いされなかった妻の激白」で見せたほど爆発するまで我慢せずに気持ちをぶつけることができたでしょう。というよりも、そもそも我慢しない人生をともに歩めたでしょう。

しかし、あけみさんは『結婚すべきではない』とまで言っているのです。『人格が上』という発言と、『結婚すべきではない』という発言。皆さんは、この2つの言葉の間に大きなギャップがあるのを感じないでしょうか。



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あけみさんという女性にとって結婚生活は、『13年、ずっと我慢』の忍耐地獄でした。気持ちを我慢せざるをえなかったということは、取りも直さず気持ちを聴いてくれる人がいなかったということです。

が、『2、「感情を出すな」という禁止令』で見たとおり、りょう先生は妻の気持ちを受け止めないことを、「絶対に夫婦喧嘩はしない」という信念で正当化していました。

あけみさんは、自分が正面からきちんと受け止めてもらえないことを感じたはずです。しかし、その背景に信念があることを聞かされてもいたでしょう。ですから、自分の気持ちを受け止めてもらえないことを、りょう先生の信念があるから“仕方がない”と自分に言い聞かせて、あきらめていったのではないでしょうか。そして、自分が受け止めてもらえないことを、自分にも対外的にも納得させる理由として「人格の差」を持ち出したのではないでしょうか。「夫の方が人格が上だから(私は相手にされなかった)」ということです。

このように自分の望みが叶えられないとき、自分が納得できるような理由を自分に言い聞かせて気持ちを収めようとすることを「合理化」といいます。(しかし、このような誤魔化しで気持ちはおさまりません。その気持ちをきちんと見据え、悔しいなら悔しいときちんと表現することこそが、気持ちを収めることになります)

家族カウンセリングをしていてつくづく感じることは、外に向かって言う言葉や家族に向かって言う言葉は、その殆どが自分に向けて自己洗脳のために言っている言葉だということです。



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あけみさんの言動を見ると、ご本人が言っているように取り柄のない人間どころか、物凄い能力と忍耐力をお持ちであることが分りますが、その全能力を夫の枠組みにあわせることに費やしています。

会社勤めの頃、ある軍隊型の上司に、徹底してその人の意向に合わせることを強いられたことがあります。他人の意向に合わせ、感情を封印してロボットのように行動することが、どれだけ自分をすり減らしていくことか。その実体験があるだけに、このあけみさんの忍耐力には驚くべきものがあります。

『夫の方が人格が上』と思うことも、『自分はバカなんだ』『何の取得もない女』と思うことも、この我慢の結婚生活を堪え忍ぶための自己洗脳(合理化)だったと思います。



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尚、実際、りょう先生が妻の気持ちを全く知らなかったことは、次のりょう先生の述懐で分ります。

『あぁ、私の知らないところで、ずいぶん長いあいだ、妻は苦しんでいたんだなぁ』

実にこの言葉は、裁判で妻が話すのを聞いて思ったことなのです。
そういう公式の場で聞くまで、なんと、りょう先生は妻の気持ちを知らなかったのです(夫にも父親にもなれない「親の子」のままであったので当然なのですが…)。



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しかし…

人は他人のためには我慢しません。
それが、自分のためだからこそ我慢するのです。

あけみさんは、「5、妻の存在不安」で見たように、帰るべきところはありませんでした。だからこそ、りょう先生の枠組みの一部となることを自らも選んだのです。

そのあけみさんにとって、りょう先生の枠組みを完成させることは、もはや自分の人生そのものでした。あけみさんとりょう先生は、「夫婦カプセル」とも言うべき一心同体の運命共同体になっていたのです。



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まるで、わたしの人生そのもののようです・・・
うりふたつです

あけみさんは、わたしであり、
りょう先生は、夫です

両親の娘として生きつづけてきたわたし。(近居でした・・・)
義母の息子として生き続け、乗っ取られかけていた夫

その夫のつくりあげた枠組みの一部として生きることを自ら選んだわたし。
莫大なエネルギーをその維持のために使ってきたために、心もからだもぼろぼろでした。
そして、何よりも悔しいのは
わたしという人が本来もっているすばらしいものを、
私が生き生きと生きるために使わなかったことです。

中尾さんが言うように
子どもたちは「ぼろぼろ」になりました!
ほんとうに、ぼろぼろになってしまいました・・・
無残なまでにぼろぼろになってしまったのです

それは紛れも無く
わたしと夫がしたことの結果でした

ぼろぼろになった3人のこどもたちを前にしてわたしは
「わたしの頑張りを認めてよ!」とは、言えなかった
言いたかったけど、言ってる場合じゃなかった
そんなことに時間を使いたくはないと思っていました
わたし自身が「わたし」を深く理解し、自律し、
そして、こどもたちを救わなくてはいけないと、
心底から思いました

母親から愛されていなかったと
認めるのは、受け入れるのは
辛かった その気持ちに当てはまる言葉はなかった
でも、こどもたちのために、
そして自分のために受け入れることができ、
やっとわたしも一枚板だった
「鉄壁の一枚板」の「夫婦カプセル」を
破り、抜け出すことができました

自分が歩んできた道なので
あけみさんの辛さも痛いほどわかる
だけど、
それは自分をディスカウトした人生であり、
子どもをディスカウトする人生であり、
他人を一生ディスカウントする人生です

愛を知ることがない人生なんだと思う

「愛こそすべて!」
これは本当のことです





 
    
 
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