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第4部-4、幼児期に現れていたサイン

2009/06/02(Tue) Category : 仮面の家
第4部 予め失われた人生

■4、幼児期に現れていたサイン--------------------------------

子は親の鏡です。
自分の顔は鏡を見るまで見えませんが、自分の生きる姿勢がまっすぐかどうかは、自分に問い直さずともわが子が教えてくれます。ありがたい存在ですね。

さて、生き物にとって自然な生き方は感覚・感情に従って行動すること。自分を鋳型に合わせて生きようとするりょう先生の生き方は、とても人工的で不自然です。そのいびつさが子供に現れます。諒君もサインを表していました。


『性格としては非常におとなしい赤ん坊でした』
『幼年期まではおとなしかったと思います』

皆さんも、遊園地のような環境ではノビノビしますよね。一方、会議室ではおとなしくなります。このように、大人でも環境によって態度が変わります。
さらに、会議でも、その主催者の人柄によって、自由闊達な意見交換にもなれば、海の底のようにシーンと静まりかえった会議にもなります。大人も、環境に対応してコロコロと態度を変えているのです。

この大人の態度の変化を見て分かることは、人はその組織の中での権力者の様子を見ていると言うことです。
交流分析的に言えば、遊園地では童心に戻ることが公的に許可されていますからFC(フリーチャイルド)を遠慮なく解放できます。会議では、その座長が批判的なCP(クリティカルペアレント)の強い人であれば、メンバーはそれに従うAC(アダプティッドチャイルド)が引き出されて(CPはACをフックする)、おとなしく上目遣いになるというわけです。

つまり、諒君が小さい頃におとなしかったということは、家庭が心を解放できる場所ではなかったということを表しています。
まぁ、それも無理からぬこと。嫁姑間には冷戦がありましたが、感情を出すなという禁止令によって夫婦げんかもなく、表面的均衡をかろうじて保ってきた家族でした。が、感情の交流がない祖父母と一緒の食事の時間に気持ちを出せるはずもなく、それ以外の時も両親は忙しくしていて気持ちを受け止めてもらえるどころではなかったでしょう。

このように、子供の立場から見ると大人の世界のいびつさがよく見えるのです。それを、おとなしい=元気がない、気持ちを表さない、という形で子供は教えてくれているのです。そのせっかくのサインを、親は「この子はおとなしい」の一言で片付けてしまいます…。



---------------------------------------------------------
『大人の中で育った傾向もあるのか、(略)自分から外へ出るということが少なかったです』
『砂場で同じくらいの子が遊んでいても、その中へスッと入って行かれないんです。それで、私のスカートなり、一生懸命つかんで、たたずんでいて、誰もいなくなると、その砂場へ行って遊ぶという傾向』

外へ出ることができないのは、おおむね次の理由です。
1,(出る前) 外に出る余力がない
2,(出た時) 人と気持ちの交換ができない
3,(出た後) 傷ついたときに回復できる環境がない

1は、家の中のことに神経を使って気疲れして疲れ果てることです。
2は、家の中で「心のコップ」が一杯になるので、外で他の人の気持ちを受け止めることなどできませんから、人と会うのが億劫になります。
3は、外で気持ちが傷ついたときに、家に帰って気持ちを聴いてくれる環境があれば「心のコップ」が空になっていくらでも復活できますが、それが見込めない場合は復活できないので、外に出るのを敬遠するようになります。

これらは家が気持ちを聴いてくれる安全基地ではないどころか、家の中に問題がある危険基地であることを示しています。

さらに、安全基地の本体である母親に心配があるとき、その母親がどうかなってしまうのが心配で片時も離れたくなく、家にいようとする場合があります(↓)。
●「しがみついて離れない子

いずれにせよ、子供にとって親が安心できる盤石のバックボーンではないことを示しているのです。



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このように、日常わが子と接している母親が、わが子のサインに気づく最短距離にいるのですが、得てして親は、その子の“性格”で片付けてしまいます。このあけみさんの場合にも気になったのは、「傾向」という口癖でした。

あぁ、酒鬼薔薇を生み出した少年Aの母親と同じだ、と思いました。Aの母親も、外からAの様子を見て気持ちを解釈したり、勝手なレッテル貼りをするばかりで、決して直接聴くことはありませんでした。これは、自分が自分のIC(インナーチャイルド)を受け止めていない人の特徴でもあります。自分が自分の気持ちを見捨てているために、わが子の気持ちも聴くことはできないため、憶測や解釈ばかりしているのです。

少年Aは、決して自分の気持ちを受け止めようとしない母親のことを「石垣」と呼びました。諒君にとってあけみさんも「枠」でした。そして、枠はあくまでも形を押し付けてきます。

『社会性が身につかないということを思いまして、(略)励まして、あの子に言ってきました』
―諒君は、幼児期に既に親を背負ってクタクタになっていました。おんぶされているのは、あけみさん自身です。にもかかわらず、おんぶされているとも思っていないあけみさんは、諒君の背中の上から、頑張れと言っていたのです。



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