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第6部-6、なぜセックスができなかったのか

2009/06/21(Sun) Category : 仮面の家
第6部 制圧

■6、なぜセックスができなかったのか-----------------------

諒君は、セックスができないことが引き金となって司法試験の勉強を中断して以降、昼夜逆転の酒浸りの生活が1年ほど続きます。

昼夜逆転になるのは、親が起きている間は心が安心しないからです。
自分に侵入してくる親が寝て初めて、心が解放され動き始めます。
親が寝た後でしか自由になれないのです。
ですから、子が昼夜逆転しているならば、自分が常に子どものことを気にしていないかどうか振り返ってみてください。

そして事件より1年前の夏、付き合っていた女性と旅行に出ます。その旅行から荒れて帰り、その後、中学時代の友人に会いに長崎に行きます。その帰途、諒君は母親に電話をかけてきました。

『“彼女とうまくできないんだ”と、セックスができないことを言ってきたのです』―彼にとってセックスとは何だったのでしょうか。なぜ、できなかったのでしょうか。そして、なぜ母親に電話してきたのでしょうか。



-----------------------------------------------------
少し振り返ってみましょう。
諒君は、感情を禁じられ、愛情を禁じられ、音楽という自己表現も認められず、スキーという背骨も封じられ、考えることさえも禁じられ、弱り切ってくたびれ果てた姿で監獄の中に係留されています。精神が弱り切っているために、その監獄の中では霊さえ見ます。その不安と恐怖から逃れるために昼夜逆転の酒浸りの生活なのです。
そもそも、どうサバイバルするかという状況下にあってセックスどころの話しではないのです。

そのような監獄生活にあって、付き合っていた女性は唯一の命綱だったのではないでしょうか。つまり、自分の命に関わる大切な存在なのです。ここに、彼が心因性インポになった大きな理由があったと思います。

1,伸びきったゴムのように疲れ果てていたこと
2,気持ちで行動できないこと
―気持ちで行動することは禁止されているため、情動の世界が苦手なのです。
3,相手の気持ちを敏感に察知してしまう癖
―親と自分の関係が人と自分の関係にスライドします。常に親の意向をくみ続けなければならなかった諒君は、相手のことをいろいろと考えてしまうところがあったと思われます。
4,思考優位
―感情を抑圧している人は、その代償に思考依存しますが、思考は感情をクールダウンさせます。

このような背景があった上に、もしうまくいかずに嫌われたらどうしようという緊張が加われば、いかがでしょうか。その見捨てられ不安は、唯一の命綱を失い監獄の中に取り残されるという恐怖に裏打ちされたものです。もはや、うまくやらなければという強迫観念にまでなってしまうのではないでしょうか。
ここまで緊張しては、うまくいくはずもなかったと思います。



-----------------------------------------------------
このことを父親にではなく母親に電話してきたのは、背が伸びないことを「どうして、どうして」と訴えていた思春期の頃の諒少年と同じなのです。「なぜ僕を追い詰めてばかりで、愛情をくれないの?」とお母さんに問うているのです。

あけみさんの答えはこうでした。
『早く帰ってきてお父さんに話しをしてみたら』
―またも、諒君は突き放されました。

そして、りょう先生は次のように言いました。
『おまえの場合は、自意識過剰なんだから、そういうことがセックスには響くんだ』。そして、『私は人間というものは本を読まなければいけないとわかっておりますから、読書をするようにとアドバイスしました』

唖然としました。
りょう先生は諒君の気持ちを受け止めるのではなく、「自意識過剰」と諒君を切り捨て、なんと読書せよと方法論を押し付けているのです。しかも、「読書」です…。りょう先生の空虚さがあまりにも痛々しい。

まるで、大人がセックスを知らない子どもからアドバイスを受けているようなもの(う~ん、子どもの方が柔軟でキャパが大きいので、もっと心に響く返答をすると思いますから子どもに失礼ですが…)。そんなアドバイスなどいりません。諒君にはそのことがわかっていたからこそ、父親に訊かなかったのです。

しかし、子どものりょう先生は、『アドバイスを聞かず傲慢になっていきました』と、諒君に対する憎しみを募らせていきました。



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ブログ主さんは「枠」とよくおっしゃっていますが、よく考えてみて下さい。資本主義という枠の中に生きているのが我々日本人なんです。
学校をきちんと卒業してどこかに就職する。そういうレールがこの国に産まれた瞬間から引かれているんですよ。
この父親だって「東大に行け」だの「この職業につけ」だの強要していたわけではないでしょう?
この息子にしても、中学時代部活でキャプテンをやりながら浦和学院に合格したところを見ると、能力的には余裕があって合格したのではないですか?
それを我が儘で卒業をボイコットしたというふうに見えるのです。
青学に入ってからも勉強せず「楽しむために大学に入った」だの。どんな親でも息子がこんな考えなら怒りますよ。
この息子の場合は日本社会という「枠」に対する抵抗なのではないですか?
かと言ってアウトローになりきる勇気はなく、結局親に甘えて、親のせいにして暴力を振るう。
ブログ主さんのこの父親母親に対する分析は無意味だと思います。
根本の問題は現代の日本社会のしくみにあると思います。

 

兄にそっくりな状態

私の兄は統合失調症になり22歳で自殺しました。

強烈なワンマンの父親と、芯の強い母、5人の兄弟妹でした。兄は身長は小さく勉強は中学までトップクラス。父の自慢の子供でした。しかし、高校より成績が落ち始め、希望の大学に落ち、浪人を希望しましたが親が(両親ともかは不明)絶対反対。一時失踪し、戻ってきましたがやはり昼夜逆転、飲酒、いないものが見るなど症状がそっくりです。ちなみに兄はプロの女性と行為をもとうとしたがだめだったと母にいったようです。
兄は本当に苦しかったのですね。思いをはせると泣けてきます。精神病院に入院していたとき、「おとんもおかんももうちょっと話を聞いてくれたらな・・・」と面会に行った私に言いました。
しかし、私自身はその兄から幼稚園年長もしくは小1くらいから短大位まで性的虐待(体をさわられる。上も下も)を受けており(妹も。どの程度かは不明)、長い間夢にうなされました。結婚して10年くらいたってようやく夢をみなくなりました。気持ち悪かったけど、兄の事自体は嫌いではありませんでした。亡くなった時も悲しすぎて生きることが考えられないほど泣きましたし、立ち直れる気はしませんでした。

私自身現在3人の子供をもち、長男が中学生になり、より自分の子育てに自信がなく、現在さまざまなものに目を通しています。
私自身父親に殺意を持ったこともありますし、中学生時代は一般的な非行行為をしていました。ただ、非行行為を意識してしているというより家より仲間といることに楽しさ安心感を感じたからというだけで、意識してぐれていたわけではありません(見つかったら父から半殺しのリスクもあったので。何度か殺されかけましたけど。)。
無意識に自分を救っていたのですね。
異性とは電話で少しの時間話すだけで叱られました。現在、コミュニケーション下手な私です。

今は無意識に自分が心理的虐待をしているのではないかと思えます。過剰な心配症に、過干渉。それでいて真剣にはなしを聞いていない。子どもたちに害なだけの親になっているのかもしれないと読みながら感じています。同じようになるまいと思っていたのに、連鎖するのですね。

ですが、なんとか子供たちに押し付けた幸せではなく、
自分のそのままを好きだと感じられるよう、自分を改善せねばと思います。

胸が痛む内容が多いですが、苦しかった人たちの気持ち、そのままにしていたら、それこそ申し訳ないですよね。

 

『コンビニ』

〈ブリーフ&トランクス〉の『コンビニ』という曲を思い出しました。

親が寝たからやりたい放題…と始まって 主人公がコンビニに出向き店員と攻防(?)、親が起きる前に帰らなきゃ…で終わります。

ユニークな歌詞にごまかされますが、親に対する反抗を歌ってるんだなぁと思っていました。やっぱそうですよねぇ。

 

生き苦しい人生

オギャーとこの世に産まれ、すぐに○○子と名前をつけられた。
「海外に行って通じるような名前をつけた」

・・・産まれてすぐに「海外に行って通じるような人間になれ」とレールを敷かれた。

成長するにつれ、それに加え
「良い子で居るのが当然」というレール。
「わがままを言わないのが当然」というレール。
「明るく挨拶するのが当然」というレール。
「友達を作るのが当然」というレール。
「勉強するのが当然」というレール。
「親に従うのが当然」というレール。・・・・etc etc

それを一つでも踏み外すと、すぐに目を光らせ、レールの上に戻そうとする。
「言うこと聞かなきゃ外へ出すよ!」
「こんなこともわからないんじゃ、大人になったら生きていけないんだよ!」
「親に逆らうなら今すぐ出て行け!」

「親」なしでは生きていけないだろう!だから言うことを聞け!と、「脅し」を容赦なくかけてくる。

お父さん、お母さん。
私が名前のせいでどれだけからかわれ、いじめられたか知っていますか。
せめて、話をしたときに「あなたの名前はとても素敵な名前なんだよ」と言って欲しかった。
(そんなのからかう子が悪いんでしょ!)

いつもと様子が違ったら、「どうしたの?」と聞いて欲しかった。
(ボーっとしてないで勉強しなさい!)

反抗期を経験させて欲しかった。
(あなたは一回も反抗期なんて無くて良い子だったのに・・・!そんな事する子だとは思わなかった!!)


口答えも、感情をぶつけることも、一緒に心から楽しい時間を過ごすことも、何もかも禁止され、生きる術はただ「親の敷いたレールの上を走る」ことのみ。

これがこの世の地獄以外の何なのでしょうか。
私は今でも、この世を、自分の人生を生きている実感がありません。

 

読めば読む程、諒君の思いと行動に自分を重ねてしまいます。私は家に自分ひとりになって始めて安心していることに、疑問を感じていました。その理由が解って納得しました。あとは子供の気持ちを聞くことができるように、自分と向き合うことをしていきたい。
親が貼ったレッテルにさよならして、あるがままの自分で人生を楽しみたいです。

 

長い事さまよってます。

21歳の息子が心に傷を持って
長い事トンネルの中にいます。

主人の言い分も最もだと思いつつも
私も間違った事を言った様にも思えません。

私の中では
とにかく1日でも早く息子を立ち直らせたい 
その為には親ももっと目線を下げて息子の気持ちを感じる所にいなければならない・・・と考えてます。

何もしない
(将来が)不安なら働けばいい
もう21歳にもなってるんだ思春期じゃないんだから・・・と

私は
あの子は今高熱を出している病気の子だと思って
熱を出している子に
働きに行けとか何かしろとは
言わないでしょ?と
伝えても
そんな事わからない!と返してきます。

年齢は関係ありますか?

自分の子がこうやって苦しんでいるのに
どうしてそういう要求ばかりなんだろう
どうして理解して行こうとおもえないんだろう
と理解に苦しみます。

言い争いもしたくないので
今は自分がとにかくあの子に
出来る範囲の事をして
気持ちが通い合えれば・・・
ソレを見て主人も何か気がついてくれれば・・と
そう思うことにしました。

ただ私も配慮が足らず
なかなか息子からの信頼を得るには
時間がかかりそうです。

でも
しっかりやって行きたいと
毎日自分に言い聞かせてます。

 

驚きました・・・

小さな頃から夜が好きでした。夜にあこがれていました。

中学生頃からは夜の時間を大切に過ごすようになりました。ほっとするし、落ち着くからです。

夜は自分の時間、一人になれる時間、自由な時間、好きなことができる時間、自分が自分でいることができる時間。・・・どれもこれも思春期にありがちな感性だと思っていました。

が・・・、ああ、まさかそういう背景が自分の中にあったとは!あまりにも符号が多くて驚いています。でも、しっかり受け止められている嬉しさもあわせて感じています・・・。

ここまで解明してくださったことに感謝します。

 

あるがままのわたしさんに同感!!

りょう先生シリーズは三人の子どもを持つ私には特に身につまされ、過去の日々を思い、悔悛の日々です。

昨年、こちらのブログを紹介され、読み始め、子どもに心理的ネグレクトをしていた根源は私の世代間連鎖、インナーチャイルドのなせることと気づかされ、あっちにこっちにぶつかりつつ、気持ちをだし自分と向きあっています。戦いという感じはないのでまだまだなんでしょうが。
あせらず少しずつと思っています。

子どもへの対応にこのままではいけないなと思い、子育ての学習会、本などに接しながらもたどり着けずにいました。もっと早く世代間連鎖と心のコップとシステムズアプローチの考え方を知っていたら・・・と悔しい思いです。

一人でも多くの人にこの考え方が伝わり、当たり前の概念になって行ったたらどんなに平安な社会になっていくことでしょう。

まずは私の背骨作りから。
そして我が家からですね。
そして友達、知人に・・
明るい光が見えます。

 

ただ、ため息・・・・・

ますます読むことが苦しい段階に入ってきましたね

「お父さんに話をしてみたらというあけみさんの反応
わたしもやっていた

息子の苦しい心の叫びさえも、
いやそれだからこそ
心で気持ちを受け止めることができなかった

息子も昼夜逆転の生活を送っています

そうだよね
起きてる間中、わたしは息子のことを気にしていたから
気にして、心配して・・・
「安心」の場ではなかった

強迫症状が出てきたときも
「何で、自分のことなのに、もっと積極的に
医者に通おうとしないの!」と責めたりもした

だけど、今ならわかります
わたしと夫が一緒になって
息子を追い込み、
「強迫症状」が出るほど、追い詰めていったのだと

息子は寝ている間も安心できないようで
がばっと恐怖に引きつった顔で飛び起きるのです
この言葉通りに飛び起きる

恐怖を与えているのは、わたしと夫
今ならわかります

別居して、圧力をかけてた二人が1人になったことで
息子は少しずつだけど
昼夜逆転から
夜寝ることが増え、
またあの「恐怖に引きつった顔」をすることも
確実に減ってきました

我が家は間違いなく
仮面の家だったし、
同じ道を歩んできました

でも、すんでのところでそれを回避できました
危なかったと思うし、
ずっと長い間、胸がざわつくような不安が
私の中にあった

自分なりに精一杯やったあれがすべて
大切な息子を加害者に育てるような子育てだったのです

おそらく日本全国に
わたしと同じような子育てをしている人が
ごまんといるのが、日本の現実だと思います

我が家など、
おそらくはご近所からは
「仲のいい家庭」に見られているはずです

世代間連鎖と心のコップとシステムズアプローチの考え方を
それぞれのやりかたで
広めていこうよ

ここにきているきているわたしたちは
体験としてハラスメント界からの脱出を
それぞれのやり方で経験している
それはりょう先生がすすめた「本を読むこと」では
決して得られない貴重なオリジナルな
そして、すごく説得力のあるものだと思う

だから、みんな一緒に今も闘いつつ
この経験を
こどもたちが笑顔になる社会のために
使ってみないか

きっとわたしたちならできると思う

 
    
 
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