プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
01 ≪│2017/02│≫ 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

第8部-2、最後の、最後の、最後の分岐点

2009/07/02(Thu) Category : 仮面の家
第8部 愛情飢餓連鎖を断つために

■2、最後の、最後の、最後の分岐点------------------------

実は、殺害を避けられたかもしれない、最後の、最後の、最後の分岐点がいくつかありました。

1,三日の日、霊障鑑定に行った後、『あけみさんは、その帰り道に実家に寄って母親から三十万円を借りて帰宅した』
2,四日『あけみさんは午前十時半ごろ自転車で実家に行き、高校に電話を入れた』。そして10分後にりょう先生から電話があり、『“もうだめ。願いを持って行きましたか”と、そばにいる母親に意味がわからないように主人に聞いた』
3,りょう先生は『自転車であけみさんの実家に行き、落ちあって二人で自宅に着いたのは午前十一時半を過ぎていた』

なぜ、あけみさんの母親は三十万円の意味を詳しく聞かなかったのか。
なぜ、あけみさんの母親は、そばにいながら、わざわざ実家から娘が夫に電話しているおかしさを問わなかったのか。
なぜ、あけみさんの母親は、りょう先生がこんな時間に実家で娘と落ちあう不思議さを問わなかったのか。
なぜ、あけみさんの母親は、1時間近くも娘と一緒にいたのに、その様子に気づかなかったのか…。


あけみさんは、公衆電話から電話することもできたでしょう。なぜ、実家からなのか…。

土浦荒川沖駅無差別殺傷事件-金川真大の心理的背景(長文)』の『10,証拠を残すのは、自分を止めてほしいから』を読んでみてください。

私は、あけみさんは、母親に自分の窮地を察してほしかったのではないかと思うのです。暴走する自分を止めてほしかったのではないでしょうか。

わが子を殺すところまで追い詰められている娘が目の前にいるのです。が、ここまで追い詰められているのに母親は気づいてもくれませんでした。




-----------------------------------------------------
子は親に愛されたい存在です。

たとえば、親が我慢の人生を歩いている場合、その親から、「人生楽しんではいけない」という禁止令を子どもは受けます。そして、その親に認められるためには我慢しなければなりませんから、無意識のうちに我慢しなければならない状況に自分を持って行こうとするのです。

あるいは、「我慢する」こと「頑張る」ことが親から認めてもらえる要件であった場合、子は我慢しなければならない、また頑張らなければならない状況に身を置こうとします(たとえば、大変な苦労を想像できる家に嫁ぐなど)。

そこに身を置き耐えている間中、実は自分の中に棲む親と向き合っているのです。堪え忍びつつ、「ほら我慢して頑張っている私を認めてよ、褒めてよお母さん!」とIC(インナーチャイルド)が叫んでいるのです。

そして、たとえば夫の暴力に耐えきれず実家に帰り、そこで「我慢しなさい」と言われれば、まだこれでは認めてくれないのかと戻り、今度は子どもが荒れればそれを嘆きに帰り、そこで「我慢しなさい」と言われれば、まだこれでも認めてくれないのか、と戻り……。

つまり、親が子に我慢を押し付けることが、子を無間地獄に置き、子の家族をも地獄に落としていくのです。




また、親が世間体を気にする親であった場合、例えば、「ほら私だって大企業の夫に優秀な子ども―お母さんの望む家庭を作ることができたでしょ」と、“作品”を見せようとします。

こうして親の望む“肩書き”と結婚し、わが子は遮二無二レールに乗せようと尻を引っぱたきます。夫との仲は冷え、子はドロップアウトしていき、「普通の幸せを望んでいるだけなのに、なぜ私だけがこんなに不幸な目に遭うんだ!」と嘆くことになりますが、無意識の自分のシナリオ通りに人を動かそうとするからそのようなことになっていることに気づきません。




つまり、親から無条件に愛されなかった子どもは、このように終生、「親に愛されたい子ども」として配偶者にも親にもなれないままに生きていくことになるのです。

枠になることを了承し、我慢と忍耐の結婚生活を送ったあけみさんもまた「我慢することで、親に認められたい子ども」だったのでしょう。




-----------------------------------------------------
人は、無意識の中でただただ母親に愛されたいがためだけに生きています。こんなにも、こんなにも、子どもは健気なのか……。

私がいつもたどりつくのは、
子どもの健気さ。

少年Aに殺害された彩花ちゃんのお母さんが、被害者の母であるにもかかわらず、少年Aを抱きしめてあげたいとさえ思った気持ち。
よくわかります



あけみさんが実家から電話したとき、
母親が何か声をかけていれば、そして、そのきっかけから、
あけみさんが母親にどっと感情を吐き出していれば、
号泣していれば、
確実に、そこで殺害は起きなかったでしょう。

それどころか、
あけみさんは諒君を理解し、受け止め、
そこから母子の再生が始まったことでしょう。

これは、私のカウンセリング体験から確実に言えることなのです。


あけみさんのお母さんが、
ただ何かに気づき声をかけてあげるだけで、
あるいは、

ただ抱きしめるだけでよかったのです。



そう、
抱きしめるだけで、
この世から殺人はなくなります。











りょう先生は、母親を愛し続けました。

あけみさんも、母親を愛し続けました。

そして諒君も、母親を愛し続けました。

みんな、ただ自分の気持ちを母親に受け止めてほしかったのです。



 母親がこれほどに影響が大きいからこそ
 その母親を支える父親の役割は大きいのです

 生命を育む女性の凄さがわかればわかるほど
 その女性を支える男性の凄さがわかるのです






-----------------------------------------------------

諒君は、幼きりょう少年であり、あけみちゃんでした。

親に受け止めてほしいインナーチャイルドを封印した二人には、

自分のインナーチャイルドが自分に向かって牙をむいてくるのが怖かったのです。


だから、「自分のインナーチャイルド」が「現実化したインナーチャイルド(諒君)」に刺激を受けることが耐えられなかったのです。

彼らは、諒君を封印することで、
幼きりょう少年と幼きあけみちゃんを封印したのです……。












今はただ、


なぜか


涙しか


あふれてきません……













なぜでしょう























涙だけなのです




































































この世に生を受けて、
りょう少年も、あけみちゃんも、諒君も、
子守唄を聞いたことがないのでしょう。

子守唄の代わりに、聞いてほしい……


手嶌葵 「テルーの唄」








関連記事
 
Comment4  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

今度はあけみさんと私がダブりました。

前に心療内科に行こうと決心し、子供をその間だけ見てもらおうと思い、母に預けに行きました。
「これから心療内科に行ってくるから見てて」という言葉と共に。

私は母に「心療内科って、何かあったの?」と聞いて欲しかった。だからわざわざ心療内科と言ったのに。
なのに、何も言わず全く関心がなさそうだった。

この人に何を言ってもやっても求めても無駄だとわかっていたのに。心の奥底では求めていたんだと思います。
子供を迎えに行ったときも、何か一言くらい・・・と思いましたが、やはり無駄でした。


母もまた、愛情飢餓連鎖を背負っているという事実。
母もまた、被害者。
それを考えてしまうと、母を許さなければいけないような気になって、心が壊れそうです。

私のこの怒りはどこへ向かえばいいの?

 

あけみさんの母親もまた、気持ちを聞いてもらえなかった子供なのでしょうね…。
気持ちを聞いてもらえていないから、娘に気持ちをぶつけられた時どうすればいいかわからない。
たぶん、無意識にでも異変に気がついたのではないかと思います。
でも、逃げたのではないでしょうか。
そして、いまだ少年Aの両親のように、自分の子に対する接し方が間違っているとは気がつかないのではないでしょうか…。

私の母もそうです。
実家に帰らなくなり、電話も出ないのに、母は、何故?どうしたの?とは聞きません。
最初は、親に対してその態度はなんなんだと罵倒し、今は、一方的に今まで通り仲良くして欲しい、老後は面倒を見て欲しいと言い、拒絶しても拒絶しても介入してきます。
今まで通りということは、子に我慢して、自分たちに合わせろと言っているのです。
私は母に何故?と聞いて欲しかった。

けど、母は問おうとはしません。
私から口火を切っても、彼ら(父も愛情不足で育っています)は心を持って聞くことはありません。
自分で気がついて、自分たちが作った家庭がバラバラになっている事実を直視し、自分たち夫婦二人で問題を解決しようと思わなければならないのです。
解決の糸口は子から、ここだよと教えてあげても、彼らの耳には届きません。
話し合えと兄は両親に助言しているのですが、娘次第だと言い、私と向き合おうとしません。

まずは彼らが己の心に向き合わない限り、私の言葉は届かないし、彼らの考えが変わることも癒される日も来ないと思います。

これからは問題が現れている本人だけではなく、家族カウンセリングが必要なのだと、こちらのブログを読み、切に思います。
虐待をしている母親を子から離し、母親の現在の悩みだけ聞いて、落ち着いたら戻すだけではダメなのです。
母親の親子関係に踏み込まなければ、また、第2第3の虐待児が連鎖で生み出されていくのです。
殺人など、事件をおこした罪は本人が受けるべきですが、背景にあるもの、何故、その人は人を殺めたのか、犯人の生い立ちを解明することが大事なのではないでしょうか。
そうでなければ、気がつかず、的外れに子を責め続ける親が絶えることはありません。
まずは、子を持ち、子に問題が起こった人たちが、子と自分の関係ではなく、自分の親との関係の問題なんだと気付く機会が多くなれば、救われる人も増えていくのでは…。
親が変われば子は変わります。
いくつになってもです。

子を持ったならば、親の責任として、親は子のせいにしてはならないです。
子に当たるのではなく、自分自身と向き合って欲しい。

 

子どもに見えるから

日常語で話すと、世間の大人は怒るんですよね。


やれ、言葉遣いがなってない、態度がなってない。ってね。


悲しい大人たちですね。
こんな悲しい大人に従わねばならぬ人はもっと悲しいではないでしょうか。

 

最後の、最後の、最後の・・・と三度も重ねたタイトルから、願いが伝わってくるようです。
自分の心、子どもの心、ヒトの心を聴いてゆきたい。
実践に向かおうと、決意します。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
わが子を守るために
記事
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード