プロフィール
 

中尾英司

Author: 中尾英司
Doing(させる,働きかける)ではなく、Being(共にある,見守る)―半歩あとから


カウンセリング申込み要領

中尾真智子ブログ

ホ・オポノポノ to IC―
「ごめんね」「ゆるしてね」
「ありがとう」「愛している」

 
ピックアップ目次
最近の記事+コメント
 
 
カレンダー(月別)
 
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
 
カテゴリ
 
 
全ての記事を表示する
RSSフィード
 
 

「仮面の家」―犬死はさせない

2009/07/07(Tue) Category : 仮面の家
読者の方からいただいた「吐き出し」です。許可を得て、掲載させていただきます。



やっと終わった「仮面の家」
苦しかった
悲しかった
虚脱感に襲われるほど、今はぐったりしてます



実家に行って、冷蔵庫を倒して、こたつをひっくり返して、
洋服ダンスの服を全部引き出して、
家具も食器もありとあらゆるものをめちゃくちゃにして、
泣いて、叫んで
暴れまわりたい

暴れて、暴れて、気の済むまで暴れて、
母を罵り、父を罵倒し、今までの我慢を全部ぶちまける

ぶちまけて、ぶちまけて、
吐き出して、吐き出して

涙も、悲しみも、怒りも、絶望も、
溜め込み、ない物にしてきた気持ちを
全部、向けるべき相手の母に父に
すべてぶつける

呆然とする父
わけがわからないという顔をする母
そんな二人のことなんか何も考えずに、それをやる

やってやってやってやりまくり
全部吐き出して、すっきりする





受けとめられなくてもかまわない
父は少しは受けとめてくれる
母には受けとめられないだろうけど、そんなことはどうでもいい
受けとめられようが、なかろうが

やる

気持ちのままに
思う存分やりまくる




最後にわたしは、そこに火をつけて、
家ごと燃やしてしまう

赤々と、ごうごうと火は燃え上がる
すべてを灰にしてくれ!
すべてを燃やし尽くしてくれ!

跡形も無く燃えてしまった
おびただしい灰も、雨がキレイさっぱりと洗い流し
そこには何も残っていない

あるのは、ただの空き地
誰のものでもない
誰のものにもならないまっさらな土地があるだけ

空き地

かつてそこは戦場だった









でも、
今はそこかしこに芽が出ている

それはたくましい雑草
天を目指し、すくすくと芽は大きくなる
そして、一面の花畑になる

そこには、無数の生き物がいる
鳥がくる、ありも、とかげも、みつばちも来る

そして、こどもたちが遊び、
だれかが、ほっと休める場所にもなっている




かつてそこが戦場だったことを連想するものは何も残っていない
あるのは、しあわせそうな子どもたちの歓声と笑顔だけ

わたしはそんな子どもたちの声を聞いて、しあわせを感じる
その笑顔に励まされる
生きるのが楽しいと思う



諒くんは死んでしまった

最後の言葉、辛すぎる

犬死はさせない












次のようにメッセージをいただきました。


『「脳内世界」でやったこと(*上記の内容のことですね)でも、確かにやったという実感があります。想像力もいいほうに使うと、ヒトはもっと可能性が広がりますね。

中尾さんありがとうございます。
わたし、中尾さんがいたから書けました。
吐き出せました。
すごく救われました。
またやれそうです。
ありがとうございます。感謝しています。』




---------------------------------------------------------
吐き出しの効用はまさしくここにあります。
皆さんもドラマや映画を見て溜飲を下げたり、カタルシスを得ることもあるでしょう。

この方のように想像の世界で存分にやることも、「心のコップ」に溜まっている感情を吐き出すことになります。

皆さんも、「仮面の家」シリーズを読まれていろいろと溜まっている方もいらっしゃると思います。思いの丈を吐き出しましょう。







関連記事
 
Comment1  |  Trackback0
 
 

Trackback

 

Trackback URL :
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 
 

Comment

 

憲法解釈を変えないと、 同胞を殺されて傷つき、せめて被害者を犬死にさせないとようにと原因の究明を求める、 国民の心のための裁判は出来ません。 維新期に始まり、GHQ期から強調されている憲法解釈は、殺人罪の保護法益を、個人の生命とするのが国民の福利だとする解釈です。そうする事で

国民が国政の福利を享受出来てるかどうかは国民にしか判断出来なくて、そうしている事により国政の福利を享受出来ていないと国民が判断すれば、そうした憲法解釈は「人類普遍の」憲法の「原理」に反するため「排除」されます。

ですが、現在の憲法解釈では、殺人罪により保護されるのは個人の生命。
裁判は、被告人が被害者を故意に殺害していて殺人罪が成り立つかどうかを決め、有罪なら刑を決める目的で行われ、迅速な裁判を受けるのは憲法37条の被告人の権利です。
有罪か無罪かと有罪の場合の刑を決める以外の目的で、逮捕から最終判決確定迄の期間を延ばすのは憲法37条違反の、迅速な裁判を受ける被告人の権利の侵害。有罪の場合の刑を決めるのも、犯罪が行われて有罪であることを証明するのに必要な最低限の証拠だけで決めるべきだとするのが、犯人の人格形成責任を刑に反映させるための精密司法にとって替わった「核心司法」です。

殺人罪の保護法益を個人の生命とするのが国民の福利とする考えに基づく憲法解釈では、どうしてもそうなります。犯罪が起きた原因を究明するために裁判が行われることは、欧米の感覚では国民の福利ではないのです。

犯罪が発生した原因を究明して、再発防止に役立て、被害者や刑死者の死を無駄にしないための裁判を求める、日本人の伝統的法的感覚は、殺人の被害者は、殺害された刑事上の被害者や、民事上の被害者の殺害された被害者の遺族だけではないとする感覚で、

被害を受けたのは、同胞を殺害された事により傷つき、同胞が親しい者を失った事に傷つき、同胞が同種の被害に遭う事を恐れる国民の心とする感覚なのでしょう。

国民の心が、同種の事件により再び傷つく事が無いようにするために犯罪者が犯罪者となり、被害者が被害者となった原因を究明するための裁判が国民の福利だとする国民の認識が、裁判制度を変更する国会の立法と、国と国民統合の象徴が国民のために国会で決議された法律に効力を与える行為に反映されないと。

最初に有罪無罪を決めて、有罪であればとりあえず死刑で、国民のために、事件が生じた原因を解明する調査に協力する義務を果たす事により死刑執行を猶予される死刑囚。
解明が終われば、解明された原因に基づき、国民のために刑を変更
みたいな感じかな。

 
    
 
Home | Top ▲
 
はじめにお読み下さい
 

読まれる上での留意点
自分を取り戻す方法総目次
*全記事リンクフリーです

 
ブログ内検索
 
Google

Web このブログ
 
会場でお会いしましょう(^^)
風化させまいカレンダー
 
 
著作
記事・インタビュー他
わが子を守るために
写真/動画集はこちら↓
 
 
お問い合わせなどあれば↓
 

名前:
メール:
件名:
本文:

 
ブックマークに追加
 
 
月齢
 
Today's Moon phase
 
↓このパーツを設置すると14本の苗木を植えられます
QRコード
 
QRコード