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「親という監獄」からの脱出過程

2009/07/10(Fri) Category : 自律(自由と責任)への道
片道4時間の行程、無事帰宅。
あとは頭の中の檻(Cage)から出るだけ。
そのための孤独な闘いがこれから始まる。

でもね、一人じゃないよ。
あちらでもこちらでも、世代を超えて、一人自分と向き合っている人達がいるよ。

どうにもならない堂々巡りの思考と闘っているよ。
出そうで出てこない感情に苦しんでいるよ。
不意に爆発する感情に翻弄されているよ。
動きの取れない鉛のような体を休めているよ。




「親という監獄」から脱出するには、次のような過程をたどる。

1,「家の中」でプライバシーを守れる部屋の確保。
2,「家」という監獄からの脱出。
3,「地域」という親のテリトリー(結界)からの離脱。
4,「思考」というIP(インナーペアレンツ)の監視からの離脱。

1に至るまでが大変。自我癒着しているから、自分の自我が侵食されていることにも気づかない。

2で足がすくむ。孤独になるのが怖い、と存在不安の強い自分が足を引っ張る。そう、一人になる不安よりライオンと同じ檻の中にいる恐怖の方を選ぶDV被害の女性と似ている。

3は落とし穴。出たつもりで支配されているから結界の中。私が思い出すのは、ある空間から出るに出られぬ「皆殺しの天使」(ルイス・ブニュエル監督)達。あるいは、あるテリトリーから出ようとすると頭が爆発するため出られない「GANTZ」。

4はグルグル巡って終わらない思考との闘い。どんなに遠くに離れても、自分の頭の中から親が自分を監視し続けている。


上記の一つ一つが、大変な闘いだとわかると思う。
何しろ、その一つ一つをやろうとしたときに、IPがああだこうだと思考で妨害して「金がない」「現実的じゃない」「面倒」「難しい」「無理」「できない」「仕方ない」とあきらめさせ、

やったあとには罪悪感やとんでもないことをしでかした感や、お前ごときが大それた事をして罰が当たりそうな感や…まぁ、あの手この手で大逆襲してくる。




--------------------------------------------------------
そうやって一人になったときに、安心してIC(インナーチャイルド)が出始める。

このとき、封印していた小さい頃からの感情が出始める。
いろんな思いが出る中で大変なのは、次の感情達。

5,激しさで大変なのは、「殺したい」感情。

6,やっかいなのは、「死にたい」感情。

この二つを乗り越えるのも大変。




でも、その二つが出ていった後に、どうしても見たくない感情が出てくる。

7,「おかあさん」という感情。

だって、小さい自分は甘えたかった、手をつなぎたかった、だっこやおんぶしてほしかった、頭を撫でてほしかった、優しいまなざしがほしかった、普通に話がしたかった……愛されたかったインナーチャイルドがいる。

だけど、親には望めない。愛されないのに、自分の方は親が好きだなんて!あまりに一方的。触れられたくもない、顔も見たくないのに!…だから、この感情を見たくないために大暴れする。実はこの時が最も激しいかもしれない。

でも、ね。その感情も受け止める。
今の自分が決して、死んでも受け入れたくないインナーチャイルドの感情。
それを受け止めるのも、「覚悟」だ。





すると、最後の最後に最もやっかいなものが残る。

8,それが、「孤独」。

ポッカリ胸に空洞があるような、身の置き所がないような、足元からすくわれるような、暗黒の宇宙に一人漂うような、地底深く閉じこめられているような…孤独、寂しさ、不安。




なぜ、これが最後かって?

それは、気持ちというものがどういうときに出てくるのかを理解すればわかる。上記4までを経て、自分が安心できる場を得たら気持ちが出始めると書いた。つまり、気持ちは「安心」するからこそ出てくる。誤解を恐れずにいえば、殺意も自殺衝動も復讐心も恐怖も甘えも…すべての感情(喜怒哀楽)は、「安心」という土俵の上で出てくる。

言い換えれば、「不安」という土俵の上では出てこない。
「不安」という土俵上で生きるあなたの親たちがどういう生き方をしただろうか。そう、自分の存在不安を見たくないためだけに、自分の感情もろとも封印し人間ではなくなり、自他の命を道具にして生きた。人間と、人間ではない違いがわかるだろうか。


誰もが存在不安を持っている。
存在不安の強弱はグラデーションのよう。
でも、受けとめられ体験があったかなかったかで、決定的に違う。

最後に存在不安と向き合えるところに到達した自分と、ついには到達できなかった親。

ここで逃げれば、親と同じ。
ならば進んで、孤独の中に身を置こう。



この「ひとりぽっち」を、インナーチャイルドは、あなたに実感してほしがっている。「あぁ、こんなにもひとりぽっちだったんだ」「淋しかったんだ」「哀しかったんだ」「孤独で不安だったんだ」……こうして、インナーチャイルドの孤独を味わい尽くしたとき、あなたはインナーチャイルドを救う。

そして、あなたとインナーチャイルドは信頼の手をつなぎ、孤独は消える。

孤独はなくなります。
だから、親のように存在不安から逃げ続けるのではなく、立ち向かえ。








鬼束ちひろ 「Angelina」



この空白は私だけのもの
孤独も弱音も全て
私が愛さなくて誰が愛する?








そう、あなたの内にあるすべての感情を愛そう
そして、自分の孤独も抱きしめよう

すると、必ず 立ち上がれます。







エンプティチェアで見えた脳内母親の正体

自律への最後の階梯―寂しさ、虚しさの乗り越え方



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私は少し前まで、止まない大噴火のように怒りが爆発し、かと思えば一転、悲しみのうねりに翻弄されていました。
激動する感情と共に、人間関係も環境も音を立てて崩れ去り、変わっていきました。今はほぼ更地です。

でも、その後、一時的に体の底から喜びが湧きあがる感じがあり、同時に、今まで失っていた感覚(パワー?)が戻ってきたのを感じました。とても嬉しかったです。

しかし、それも一転し、今、胸に大きな穴が開いたような感覚に苦しんでいます。
胸の穴に何か(他人、物、厄介事)を詰め込んで、埋め立てて、感じたくないと思っていました。
ずっと、何かを詰め込みたくて仕方なかったのですが、この記事にたどり着き、この感覚が、存在不安なのだと認識しました。

存在不安に出会う道は、螺旋状のように、これからも何度も通るものかもしれませんが、知らない間に、ここまで来ていたのだと思うと、ちょっとだけ嬉しいです。

この胸に開いた大穴は埋め立て地にせず、ダイブして、神秘の海底(孤独)に浸ろうと思います。
そんな勇気をもらいました。

 

憧れ

私は「おかあさんの可愛い女の子」になりたかった

ひらひらとした服を着て、可愛らしく結われた髪
はしゃいであげる笑い声
時には両親に甘えてみたり

他所の子がしているときは、目を細めて「可愛らしい」と貴方は言う

でも私は?

可愛い容姿でないから?
子供らしくないから?
笑顔が変だから?
面倒だから?
本を読んでいると音が聞こえなくなったり、
絵を見て泣いたりして気持ちが悪いから?

…「私」だから?

「あんたなんか」には似合わないの?

でも、私は憧れたよ
可愛らしさの象徴のようなそれらに
貴方に目を細めて見られるそのことに



私は貴方に好かれたかった



でも、さようならを言うことにしたの

私は貴方の可愛い女の子にはなれないけれど、
私の可愛い女の子にはなれる

そのことに気付いてしまったから


おかあさん
おかあさん
おかあさん
おかあさん
おかあさん
おかあさん!



さようなら

 

憎しみ

精神的肉体的虐待をしておいて自分達は正しいと信じている親が憎くて仕方ないです。
今自分で感情を受け入れていますが、辛くて仕方ないです。
うまく人とコミュニケーションが取れないだけで幼い私は地獄を体験しました。辛くて辛くて八歳で自殺未遂をしました。うまく人とコミュニケーションが取れないのは場面かん黙症という症状であったと現在の私が知った時親への憎しみがひどくなりました。
とても辛いですが自分の感情を掬い上げていきたいと思います。

 

近所という親の結界‥

両親が亡くなって、やっと自分の部屋を確保出来たのに、気がついたら近所の人(特にお向かいと両隣)が、この五年間私が、いろいろ関わってきた中で怖くなり、去年の八月から、たったの1日しか外に出られていません‥‥‥
引越し(近所から離れること)も、ままなりません‥
近所の人達は親の分身みたいになっているのでしょうか‥‥?
今は外部との生の繋がりがまったくありません‥

 

親という監獄…まさにそのとおりでした。
私は後妻の子、つまり「女手」の子、でした。
もともと私は純粋な子供であったと思います。 父が母を痛め付け、母も私を痛め付け、母自身はヒステリーで身体化障害となり亡くなり、父も老いて亡くなりました。結局私は人格的におかしくなりました…
20才歳の離れた異母兄達は、父によく似ていて、後妻である私の母を馬鹿にし、またその娘である私をも馬鹿にします。
父も兄も、私のことを「女手」の娘だから「介護人」だ、と思っていたように思えてなりません。
長年、『監獄』に囚われていたせいか、昔ニュースであった、「新潟の監禁された少女」のように、自分が親に仕事をやめさせられた時から時が止まっているような気がするのです‥
ちなみに異母兄との確執、家庭崩壊のことがピンとこないようでしたら、昔の映画なのですが、三國連太郎主演の「異母兄弟」というモノクロ映画で、少しお分かり頂けるかも知れません。(見て下さい、と頼んでいる訳ではありません)

なぜ私は親(異母兄も含む)という監獄から脱出できなかったのか?いろいろ理由はありますが悔やまれてなりません…

 

孤独

今でも不安と孤独の真っ只中
まだもっと孤独ってことが来るのですか?
周りの人がみんな敵に思えるのに
怖くて縮こまっている自分を隠して戦っています。

 

私はロボットじゃない!

「おかあさん」という感情。という文字を見ただけで、とても嫌な、何とも言えない気持になりました。

私は7に居ます。
まさしく今、私は大暴れしています。
なぜこんなにも荒ぶるのか・・・。自分でもわけがわかりませんでした。
ここに私の思っていること。感じていること。全てが書かれていました。
だからこんなにも苦しいんだ・・・。腑に落ちました。

もがき、苦しみながら、無我夢中でやってきた。
先が見えない、同じところをグルグルしている気がする、本当に進んでいるのか?乗り越えたと思っても、後戻りしている気がする・・・。

ずっとそんな気がしていました。
でも、7まで来ていた。
これを乗り越えれば後は孤独と戦うだけなんだ。
それがわかっただけで、戦う意欲が湧いてきました。
今より苦しい戦いになるのはわかっています。

でも

逃げません、絶対に。

私は、立ち向かう!

 

インナーチャイルドの寂しさ

ああ。
そうだったのですか。
今のこの身の置き所の無い、ズタズタになりそうな寂しさは、
私の「小さいちゃん(IC)」がずっと心に抱えて来て、
それを私に感じて欲しい孤独だったのですね。

私個人は…どうも「8」の段階に居ると思われますが、
この孤独感は本当に辛いです。苦しいです。

だけど。

そうだったんですね。
私の小さいちゃんはこんなにも寂しかったんだ。
まだ幼いのに、ずっとこんな孤独感に置き去りにされていたんだ。
誰にも(私にさえ)顧みられずに、たった一人で耐えていたんだ。

本当に辛かったんだね。
だけど、
こんなに苦しくてもよく死なずに居てくれたね。
小さいちゃんは凄い。
こんなに小さいのに、本当に頑張ったんだね。

涙が出ます。
小さいちゃんの孤独と負けないように頑張った気持ち、
そして健気な強さに…。
それを他者と思うと、それが本当にいじらしい。

「私」は……頑張ったんですね。

私が今度は小さいちゃんを守って行くからね。
誰が小さいちゃんを捨てても、
私だけは絶対に捨てないよ。
小さいちゃんが大好きだから。
小さいちゃんと幸せになりたい。

 

親には聞こえない

何を考えてるの?と聞いて何も応えないからといって
『何も考えてない』わけでない。
貴方を傷つけるのが嫌だから言葉を呑んで、黙ってるのよ。
勉強もせず、学校に行けないのは、
貴方が与えてくる
『良かれと思い』やってくれる、離婚して離れた父に会うためのスケジューリングや、双方の祖父母に会うための鬼スケジュールを毎休みの度に、こなすことで疲労困憊なんだよ・・・
父ちゃんに会うのも、じいちゃんばあちゃんにとこ行くのも、前は楽しかったよ、貴方の成果発表の道具だ!と気付くまでは・・・

世界で一番大好きなかあちゃんと離れて寮のある学校に来たのは、これ以上貴方を嫌いになりたくないから。
本当に一番側に居て欲しいのは、かあちゃんなのに、今もまだ気づいてくれてないね。


親子離れて寮のある私学に通わすために、仕事掛け持ちした頑張る母親ってことを年賀状でアピールしてたね。
今度はそれも成果発表の道具にしてるんだねぇ・・・


不登校の末、全寮生の私立に入れたことを、嬉々と語る知人の息子さんの心の叫びは、家族以外は痛い程聞こえます。
不登校の根本原因は、この知人が息子のエネルギーを奪い取る自律をさせない子育てにあると聞いた人はみな感じてしまう。
当の母親だけは、気持ちの声は聞き取れません。
住む世界が違っても、未成年のこどもには逃げる自由も力もない悲劇的現実。

 

子供こそ、親の親

『明日は日曜日そしてまた明後日も』
http://sokudokuhikky.blog103.fc2.com/blog-entry-843.html
私の愛読しているブログから孫引き。

昭和46年[1971年]に既にこんな漫画が発表されていたとは驚きです。
いかにもマンガらしいタッチで描かれているところが却って怖い。世の少なからぬ親たちが(私の親も含めて)この漫画どおりのことを真顔でやっている。
ものを食べる様子や、食べ物の執拗な描写が何か重い感じを与える。
(編集も巧い。)

話の結びは作者の想像力から導きだされたものなのでしょうか? そうだとしたらなんともそら恐ろしい想像力です。

――――――

人が、他(ひと)について心配しすぎることって、(とくに、親が子供の行く末を心配しすぎて不安がってみせたり、上手くいかなかった場合のことを考え先廻りして要らぬ世話を焼いたりするなんて)失礼極まりないこと。
人を[子供を]信じてない。うそをついたから信じない、嘘を一度もついたことがなく本当のことしか言わないから信じる、という意味での「信じる」じゃなく、自ら生きて行く力を有っている筈の者の存在を認めてない。よほどの事さえなければ人は結構うまくやっていけるものだ、奴なら大丈夫さ、という信頼がない。

 ― ― ―

我が子に愛情を注ぐ、とは、子供の意志――「自分の力で生きてみたい、誰かの役に立ってその人を喜ばせてみたい」という気持ち――の発現を妨げることではない。意志の手足を削ぎ落とし、その代わりに子供に必要なもの・必要になるであろうものを与え・あてがうことではない。
そんなことをする親は救いのない恥知らずなのだ。
(私の親は私にすべてを与えているようでいて、実はすべてを奪っていたのだ。)

親は子供の声にひたすら耳を傾けるべきだ。(子供の言いなりになれという意味ではない。)喉から発される声ばかりでなく、存在全体が発する声を受けとめ、子供が何を望んでいるのか、子供を通して、人間の存在の核というものは何を希っているのかを知ろうとするべきなのだ。子供は親から生まれてくる親の師なのだ。子供こそが親を導くのだ。子供は親の親なのだ。

 

私だけじゃなくって、皆寂しかったんですね。
それが分かっただけでもよかった。
どうもありがとう。

 

寂しさは・・

一人っ子で共稼ぎだった家の私は、
いつも学校から帰ってひとり、ぽつねんと
絵を描いたり、マンガを読んだりしていた。

子供三人五人家族になった今、
不登校の子どもが家でうろうろしているのに
そのぽつねんという感じは、今も同じだ。
五人もいるのに、なんでこんなにいつも寂しいのだろう。

死にたいなといつも思う。
「願わくば花の元にて我死なん・・」
西行の歌のような美しいイメージでうっとりしている時もある。
姥捨て山なんかもいい。

母親にハグされたい?!そんなこと思っている人がいるのか!?
考えたことすらない・・、して欲しいと思ったこともない。
驚きだった。ショックだった。

子どもをフリースクールに送った今日は
真っ白な絵の具で、雲ををさっと塗ったような、
はっとする青空がのぞいた。。

いつも、頭と心と体半分に、べっとりとくっついて離れない、
黒く、重く、ドロドロしたもの、
それが金色に輝くさらさらの砂になって、
私の体から離れ、舞い上がり、その空に散ていって欲しい。
お願いだから。

 

孤独・・・孤独・・・孤独

「孤独」は厄介だ
一番始末が悪い
強力で、しぶとくて、突然ダークサイドにわたし
引きずり込もうとする

義母と夫をハラスメントの世界に残して
子どもたちと家を出た
心と体は開放された

ところが突然なんの前触れも無く
そいつはわたしに襲い掛かってきた

理性は完全に吹き飛んでいた
わなわなと魂が震えている
わたしは「幼子」になってしまった

自転車に飛び乗り、夫の元に行こう!
この孤独に取り付かれるくらいなら・・・・

自転車置き場に向うわたしの頭に
突然
中尾さんの笑顔が浮かんできた
中尾さんが笑っている
その笑顔はわたしをいつだって
安心させ、「見守っていますよ」と言っている

「いけない!」「だめだ!」
夫のところに今いったら、今までのことが全部無駄になっちゃうよ!
元も木阿弥

そうやってわたしは「孤独」と向き合うことが怖くて怖くて
逃げてきたんだと、このときはっきりとわかったんだ


自転車置き場からきびすを返して
部屋にはいった

皿を洗いながら
「ちきしょう!ばかやろう!」
「孤独は怖い!」でも逃げたくない!
「ちくしょう!怖えーよ!」
「あの暗黒の宇宙に放り出され、誰もいない世界を漂うような
底知れない恐怖を伴う、その孤独ってやつが怖い!

だけど、
今見よう!
このわたしの目でしっかりと見てやろう!
見なくちゃ、
今見なくちゃ
これから先もずっとみないようとするにきまってる

ナウシカのコミックの中に
黒い、どろどろした形のない生き物にナウシカが取り囲まれてしまうシーンがある
そのものにナウシカが問う
「なぜ、そんなにおびえているの?」

孤独は孤独におびえている
孤独はおびえたわたしの心

見ようと覚悟したとたん
わたしは「孤独」を乗り越えていた

見ようとするだけで、
孤独はどこかに去っていた

今だって、それは突然襲ってくる
だけど、あの時の孤独よりもずっと小さい孤独
そして、乗り越えている自分

あの中尾さんの笑顔、
愛に溢れたその笑顔で
わたしはすんでのところで、逃げずに済んだ

あれが運命の分かれ道
自信になった

これからも乗り越えられると思う

孤独を知ってしまった

時々、思う

孤独って、もしかしたら
愛と一緒に存在しているものかもしれないと
孤独を知ったから
愛の温かさを知った

知ってしまった孤独
だけどよかったのかもしれないと思う

 
    
 
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