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自我形成のために部屋を確保しよう

2009/07/16(Thu) Category : 自律(自由と責任)への道
「親という監獄」からの脱出過程』より

■1,プライバシーを守れる部屋を確保しよう

存在不安の強い親は、無意識に子どもを手放したくないと思っている。
だから、子どもが自律できないように育てる。
その一つに、部屋を与えないというのがある。

部屋というのは、その人の心を現している。(→参考「部屋は心の鏡」)

言い換えれば、部屋を与えないということは心の拠点を与えないということ。
心が安心して出てくる居場所を与えないということである。


--------------------------------------------------------
ある人は、タンスなど衣類置き場になっているドアのない部屋。
そこにあるベッドの上だけが自分のスペースだった。

モノと同レベルで扱われていることで、自尊心が育たない。
いつ何時人が入ってくるかわからないので、緊張はゆるまない。
家の中にいること自体が、ディスカウント状態なのだ。

やがて、心はパンパンになって重くなり、体は動かず、
緊張し続けで疲れ果てて無気力になっていく。
この苦しみから逃れるために、自傷行為に向かう。



--------------------------------------------------------
ある人は、空室がモノで埋まっているため父親と共用。
父親のいない昼間は仮の自室となるが、夜は父親の隣で寝る。

昼間、ブラックホールである母親から逃れるためにこもってはいても、
そこは、自我を形成していくための拠点とはならない。

この家の中に自分の居場所はどこにもなく、
いわばあちこちに持ち運ばれて置かれる灰皿のように家族の受け皿となり
蓄積された怒りは、殺意を芽生えさせていく。



--------------------------------------------------------
ある人は、居間の一角に机を置かれた。
常に、背中をじっと見られている感じ。
寝るときは、親と一緒の部屋。

つまり、家の中に入ったが最後、四六時中親の監視世界。
まさに、親という胎内。
感情鈍磨に逃げるか、神経症を発症していく。





部屋を与えられる場合でも、形だけ。

たとえば、家の中とはいえ、実質外気温とほぼ同じ。寒くていられない。
結果、親のいる居間に居ざるを得ない。
親の胎内は暖かく、そこから出ると寒いと刷り込んでいるようなもの。

たとえば、部屋の壁やドアが薄いぺらぺらのベニヤ。
心が安心しないだけでなく、何より音が侵入してくる。
親がバタバタ音を立て、その自己主調音が神経を掻き乱す。

たとえば、そこに3人が押し込められているたこ部屋。
親から逃れるために子らはそこに逃げ込むが、そこはまるで薄暗い洞窟。
自分の世界に集中したいために、机上の蛍光灯のみがポツンポツンとついている。

たとえば、そこは中2階。
上からも下からも造作なく監視できる好立地(--;)。
心は360度アンテナを立て、自分に集中することができない。



--------------------------------------------------------
…まぁ、この辺にしておこう。

いずれにせよ、鍵がかかり、心も体も安心できる部屋が、次のために必要だということだ。
1,心のリラックス
2,ストレス発散
3,自我形成


家の造り、部屋の使い方をよく見てみよう。
そこには、親の存在不安が表れている。

もしそれがわかったなら、何とか部屋の確保に向けて動きだしてほしい。
(気づいた方が、親の立場であっても、子の立場であっても)

人が自分独自の背骨を形成するためには、まゆ(部屋)が必要なのです。






【追記20111124】

当ブログの記事を読まれる方は、次のことを留意してお読み下さい。
【記事を読まれる上での留意点】

コメントを書かれる際も、上記をお読みいただいた上でお願いいたします。



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Comment

 

※1
部屋も用意できないような貧乏人が無計画に子供を作んなってことだよ

 

私もノブタさんの、
>鍵がなくても、親は侵入してこない、と信じられる親子関係こそ必要なのではないですか?
というコメントに1票です。
子供に部屋を与えたくても、住宅事情等やむを得ない理由でそれが叶わない事もあります。それに、私自身の経験から…私は早い段階で自分の部屋を持つことが出来ましたが、常に親や姉妹が出入りしたり干渉したり私の私物を勝手に借りていったり、時には一人になりたくて部屋にいるのに、団欒だからとブレーカーを落とされたり。成人になってもその状態は変わりませんでした。いつもビクビク、部屋に鍵を取り付ける事も真剣に考えました。
そういう事があったので、本文を読んで少し違和感を感じてしまいました…。

 

鍵付の個室?

 個人の空間が必要なのはわかりますが、極論では?
鍵付の個室を与えるような親でいいのでしょうか?鍵付の個室を自力で持てるよう、ある年齢までに必要なことは身につけさせ、そして家から出して自立させるよう、親も子離れを覚悟して子育てする必要はあると思いますが。それまでの十分な保護と、不要な干渉を避けるというのは大切ですが。実際の空間が及ぼす影響が大きいのは事実でしょうが、個室を持つ子が皆、理想どおり育っているわけではなく、その逆もまた多いと思います。

 

驚くほど

自分の育った家庭と一致しています。

子供の人数より少ない部屋数。
まともな暖房設備がない。
いつ人が部屋に入ってくるか、びくびくする。

たしか高校生の受験期まで部屋がなかった私は(すみません記憶が曖昧で)、子供の頃どのように過ごしていたのか、あまり記憶がありません。自分を押し殺していたからでしょうか。

今はひとり暮らしですが、親から自立はしていません。
親の夢を見ては負の感情でいっぱいになります。
こんな自分が嫌になります。

 

やっと一人になれたけど

自分一人だけの空間、「私の部屋」というのがありませんでした。
父の旅行かばんが天袋に入っていたり、戦死した伯父さんの古本が山ほどロッカーに入れられたりして、本当は私の物を増やしていきたかったのに…
また隣の部屋が両親の部屋で、壁越しに父の咳ばらいが聞こえたり、ドアを勝手に開けて父が入ってきて勝手にカーテンを開けたりされました…
そのほか沢山の不快な出来事がありましたが、現在、両親は亡くなり、私は一人ぼっちです。やっと自由になれましたが、歳を随分喰ってしまいました。もう疲れ果てました。20才程離れた異母兄達はさっさと若い頃に結婚して遠方にいます。
父は「お前を結婚させたくなかった」と死ぬ半年前に言いました。

私は「罠」に嵌められた気がします。理由は省かせて下さい…
近所の人達が、現在、父のような存在で、私を監視しています。(多分)
近所も親達の結界だったのですね…もう引越しするしかないのでしょうか?
読んで下さりありがとうございました…

 

いいなぁ・・・と思いました。

中尾さんの過去の記事(日記?)を見ていて。
いくら部屋があっても、真ん中が安心できる空間じゃないと、自分の部屋を持てても心はどこかでびくついてしまいます。
自分の部屋でも、リビングでも、のびのびしたかったなぁ。。。

いいなぁと思った日記です↓

http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-195.html

 

私は3人姉妹だったのですが、部屋は一つ。
どうしても自分の空間が欲しかった私は、机の周りをカーテンで覆い、安心して勉強できる空間を作りました。
今は一人の部屋が出来て、快適に暮らしています。

 

一見「部屋を与えられない」ようで、「部屋を与えない」ようにしていたのが私の親。

子ども時代に自分の空間がなかったからこそ、独立を夢見てきたのに、ここでも見えない足かせを感じている。

私みたいに、幼少期に自分が真にリラックスできる部屋がなかった子は、成人してから自分で部屋をもつようにするだろう。

そこで子どもの自立をサポートする親なら、部屋がなかったという事実は、幼少期の一ページになるだろう。ここでサポートするどころか、後ろ髪ひこうとするのが毒親である。

そもそも自立させない目的で、ハナから部屋を与えていなかったのだから。

独立のサポートというと、金銭面での支援を想い描くことがあるが、私が望んでいるのはむしろ精神的な支え。
「ひとりになっても大丈夫」だって、羽をひろげて出ていける何か。

「あんたには無理」
「のたれ死ぬわ」
「ああいう事件もこういう事件もあったのに」

返ってくる言葉は、容易に想像できる。
それは何十年もかけて、毒親が浴びせてきた言葉。
部屋を与えられなかった事実と、毒親の正体がよく表れている。

そして、それが私の足を、もっと縛ることになることも。
だから、親には話さない。

さらにやっかいなことに、ここに書いたすべてのことが「心配」や「愛」という偽りの殻をかぶることで、私はただのワガママで、被害妄想の激しい、親不幸者になり得るってこともわかっているから。

 

うちは子供に各部屋を与えていましたが、田舎の長男お大事のため、兄には大きい部屋、私には小さい部屋でした。
構造上、仕方がないかもしれませんが、下だから、女だからと学業であっても家事であっても生活すべてが見下されているとずっと感じていました。
冬は兄の部屋は灯油ストーブがありましたが、私の部屋は暖房がなかった。
寒さを感じてはいても、苦痛は感じず、耐えられました…。
今思うと、両親の子に対する無関心さ、愛情の欠落で心が冷え切っていたため、体が寒さを正常に感知できなかったのかもしれません。

きっかけがあり、自分の悩みの正体がわかった後、一人暮らしの自室へ親を入れたくなかった。
玄関にも入れなかった。
自覚はなくとも、自分の行動にはそれぞれ意味があるんですね。
今は、両親がすぐ来れない土地で兄宅にお世話になっているのですが、さっさと就職して出て行けと言われています。
ここに来て半年。
心と体はまだ休みたいと言っている。
心の底から安らげる場所が欲しい…。

 

部屋数が足りないのに子供を沢山増やす事が間違っているのかも…


自分の空間、私にはありません。
私のベッド周りしか空間がない。事実です。
母親がノックもせず入り込み、文句を言って去っていく。
今の常識では子供の部屋なんてなくてもよろしいのでしょうが…
元々自分達の部屋もないのですものね。
やはりしかたない。

 

気づくと

子供がまだ小さいので、子供部屋は兄妹一緒に机を置いていますが、ほとんどリビングで過ごし、寝る時は母子一緒で寝ています。

私のプライベートルームがないことに気がつきました。
子供たちが学校へ行っている間しか部屋に一人でいることができません。

だからなのか、夕方や休みの日はイライラしてしまう…。

子供が寝た後、気づくとリビングのソファーで寝てしまうことが最近、続いています。

寝室は子供たちがベッドがほしいなど言ってきたら考えようと思っていたのですが、実際は何歳くらいから、プライベートルームを与えた方がよいのでしょうか?

 

素朴な疑問

部屋が必要なのはわかりますが、各家庭の事情で、どうしても個室が確保できない場合もあると思いますが?
皆が裕福な家庭ではありません。一部屋で親子三人という場合だってあるでしょう。
鍵がかかる部屋というのも、親子の信頼関係がないように感じます。
鍵がなくても、親は侵入してこない、と信じられる親子関係こそ必要なのではないですか?
いづれにせよ、住宅事情を考えれば、誰でもが子供に個室を用意する事はできないと思います。
その場合は、どうするのでしょうか?

 
    
 
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