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ビッグヘッドの現代社会へ―ニキ作品から感じたこと

2009/07/24(Fri) Category : 心と感情
ニキ美術館で印象に残った展示物。
以下、私の感じたことです。


★ビッグヘッド---------------------------------------------

bighead

(出典:http://www.niki-museum.jp/frame2.htm )

タイトルの通り、「頭でっかち」の女性。
肉体がなく身動きのとれない頭だけのその女性の頭部は
怒りの赤で覆われている。

IPが支配する右反面は微笑みを繕っているが、
その目は光を宿さない節穴のよう。

ICの左半面は感情を黒く塗りつぶされ、
唇はあきらめとともに固く閉じる


…まるで、気持ちを亡くして生きる人そのもの。
ドライバーや禁止令などIPのみに操られて日々を送り、
感情を表現すべき肉体を持たない

せっかくこの3次元に肉体を持って生まれるという幸運を得ながら、
肉体を生きることができない地獄の中にいる

それは、未だ生まれていないことにさえ気づかない地獄かもしれない


現代人よ、しなやかで感じる肉体を、感情を表現できる肉体を取り戻そう。





★グウェンドリン--------------------------------------------

gwendl1
(出典:http://www.niki-museum.jp/frame2.htm )

それに比べてグウェンドリンは、どうだ!

ボイーンとぶつかれば、ボイーンとはじき返されそうなタフなエネルギー。

おなかもおしりもおっぱいも大きく、まるでそのまま球体の地球のようだ。

頭はつけたし。

そう、人類の「理性」など付け足し程度のもの。

ゴチャゴチャ偉そうなことを抜かしても、所詮ちっぽけなもの。





★赤い魔女------------------------------------------------

w-akaimajo

(出典:http://www.art-museum.city.nagoya.jp/tenrankai/2006/niki/sakuhin.html

怒りの赤で全身を染める女性。
細部にわたって、ためつすがめつ見た。

兵士、バイク、戦闘機、蜘蛛、トカゲ、象…“パワー”に侵略され踏みにじられる右半身。その右太ももの中から、子供を食うドクロが姿を現している。

親に魂を食われた人間は、他から蹂躙される。


左半身(心)は檻の中。
かろうじて、膝からIC(インナーチャイルド)が顔を出しているのか…。

心の中にマリアはいるが、身動きできない。
そして、局部には精子のごとき赤ちゃんの群れ…不幸な子供たちが生み出されていき、連鎖は続くのか…。


蛇が常に首をねらっている。
外に出ようとするIC(インナーチャイルド)と、
外に出すまいとするIP(インナーペアレンツ)が
全面激突して闘う「関ヶ原」の場が“首”。
(首については、またいずれ書こう)

ともあれ、首に巻き付くのは“母親”であることが多い。



―もう一つ。何となく私には、重なった二人に見える。
IPに支配されている人の絵に、時に見られることなのだが…。
(このことも、いずれ書こう)


自分にこびりついているものは多い。
実に多い。
そして、手強い。

だが…、それらすべてを取り払ったとき、誰の心の中にもマリアがいることも、この作品は示している。





★大きな蛇の樹--------------------------------------------

hebinoki

(出典:購入した写真集より)

『母は家中に鏡をおいていました』というニキ。
「鏡」というアイテムが、存在不安の強い人間にとって必須のアイテムだったとニキは知っていただろうか。存在不安の強い人間は、常に自分の存在を確認しなければ不安でしょうがない。その確認手段の一つが、鏡である。

よくあるのは、洗面所や風呂場など鏡のある部屋が不自然な位置に作られていたり、またその部屋が開け放されていて、初めて訪れた私などは、思わぬところで自分と目が合ってしまったりして驚く。

さらには、「え?なんでこんなところに?」と思うような場所に鏡がおかれていて面食らう。たとえば、階段を上った先に忽然とあったり、降りた足下でこちらを向いていたりする。
(このようなことは、現場を歩かなければわからない)

部屋中に鏡をおいていたニキの母親は、とても存在不安の強い人だったと思うのだ。それだけでも、生まれてきたニキの苦労が忍ばれる。

が、『鏡はあらゆる色と光をもたらすことで、セラミックスやガラスとともに、3つの主要なマテリアル(素材)のひとつになった』―ニキは、その鏡を砕き生命を表すものとして再活用した。

にしても、それで作った蛇の樹。
生命を表す樹。それが蛇であること。
幼い頃に二匹の蛇が絡み合っているのを呆然と見ていたニキ。
それが、鏡であること。
父、母、命……いろいろなものが、込められている気がした。








怒りを芸術に変えたニキ・ド・サンファル

ニキ美術館への旅







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思い切って

思い切って、臨時開館されていたニキ美術館へこの夏行ってきました。
ニキの作品を間近で見たときの高揚感、ワクワク感、
深い痛み、カーっと心が熱くなる感じ、忘れられません。
心を高原の風がサア~っと吹き抜けて、余分なものを吹き飛ばしてくれたような、それでいてシンプルでとっても素敵なプレゼントを置いてくれたような気がします。

色んな作品が印象に残ったけれど、
「恋する鳥」が一番好きかな。
支配者ではなく、勇敢で翼のある凛とした鳥に
何のてらいも無く抱きつく女。
わかるわかる、、、でもあれ?
もしかしたら、勇敢で翼のある鳥は自分自身にもいるのかも、、、とチラリと感じた帰り道。
そういう力は誰かは持ってて自分には無い、
だからその誰かを取り込まないと、取り込みたい、、、と、振り向かせようと、認めて!ストローク欲しさにいっぱいゲームをしたり、怖くなって逃げたり、ずっとそんなことやってたのに、好きなことをする、自分のキモチで生きる、
それを積み重ねるうちに、ほんの少しオチビちゃんが育った気がします。
オチビちゃん、ニキの作品、大喜びしてたんだと思います。
子どもの頃は大喜びなんてしなかったし、
心にずっと蓋して押さえ込む、自分を消す、
そんなことばかり配慮してた、(親にも自分自身にも)させられてたオチビちゃんが、大喜びした、、、。
自分のキモチで生きれば生きるほど、力をつけるんですね。ずっと無力だと思っていたのに、、、。
これからも時々転んだりしながらも、ガンガン生きたい、行きたい!

素敵なアーティストを紹介してくださって
有難うございました!



 
    
 
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