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ナガサキ―被爆者の魂の声を聴け! 伊藤明彦さんの遺志

2009/08/09(Sun) Category : 戦争
今日は、長崎原爆忌。
被爆者の声」というサイトがある。

伊藤明彦さんという方が、全国を歩いて集めた被爆者の体験を聞くことができる貴重なサイトだ。このサイトがどのようにできたのか、『神から遣わされた「現代の語り部」』という記事に詳しく書かれていた。

伊藤明彦さんが8歳のとき、長崎に原爆が投下された。
田舎に疎開していて直接被爆は免れたが、8月下旬に長崎に戻って「入市被爆者」となった。

長崎放送の記者となったとき、
「最後の被爆者が地上を去る日はいつかはくる。その日のために被爆者の体験を本人自身の肉声で録音に収録して、後代へ伝承する必要があるのではないか。被爆地放送関係者の歴史に対して負うた責務ではないか」との思いから、ラジオ番組『被爆を語る』を企画。

6ヶ月で放送が打ち切られたとき、伊藤さんは仕事か使命かの選択を迫られた。彼は、使命をとった。会社を退職し、転職と転居を繰り返しながら青森から沖縄まで8年をかけて2000人の被爆者を訪ね、半分に断られ、1002人の被爆体験をテープに収録した。

6:00~9:30まで働き、そこからインタビューに出かけ、再び19:00~23:00まで働いて、そのまま職場で寝泊まり。休みの日は収録テープの整理……実に過酷な日々である。

それでも、『八冬を火の気なしにすごし』、『国民健康保険料も納付できなく』なり、『四〇歳をすぎて妻なく子なく職なく家なき状態が、作業を終っときの私の姿でした。ただただ、録音テープだけが残りました』……戦争体験を残すためだけに8年の人生をかけた鬼気迫る姿だ。

それで終わったわけではない。その後は、テープを整理編集し、図書館、平和資料館などへ寄贈するための作業の日々。そして、2006年から被爆者の声の一部をインターネットで発信し始めた。それが、この「被爆者の声」である。



--------------------------------------------------------
伊藤さんは、「被爆者の声」を世界に伝えるために07年8月から、英語版サイトもスタートさせた。
http://www.voshn.com

さらに、伊藤明彦さんのブログを読むと、08年7月には次のように書かれている。

『今月、「被爆者の声」 を文字起こしし、外国語に翻訳しやすいように書き改めた日本文の原稿を、中国語に堪能なある中国史研究者に渡し、中国語への翻訳をお願いしました。一年後ネット発信、ていどのスケジュールを期待しております。実現しましたらロシア語版、フランス語版へ。と構想しています。』

氏は、情報革命が国境を取り払うことに希望を見いだされている。
そこにたどり着くために今できること。それが、
『ヒロシマ ナガサキ のキノコ雲の下で何が起こったかを語り得る人々が現存している間に情報技術の革命が始まった人類史のダイナミズムを生かし切ること。ウェブ・サイト 「被爆者の声」 はそのダイナミズムを生かす初歩的な、しかし もしかすると先駆的なこころみです。』
http://blogs.yahoo.co.jp/ito8689/13399186.html

『ある 「高級」 出版社の編集者は楽観的すぎるとせせら笑った。
 私は問いたいのです。
 ヒロシマ ナガサキ 以後の人間に、
 楽観的に生きる以外に、いかなる生き方がありえようかと。』


『核地獄に堕ちた人類に助かりをえてほしい。その上で自分にできそうなことはこころみて死にたい一念。正しい仏法による衆生済度を願って、高齢をおして遠くインドへ旅だったり、はるばる日本へやってきたりした、法顕、鑑真、真如のうしろにつき従って死にたい一念です。』

伊藤氏の生き様を貫く人類愛の一念。
遍路のような人生から生み出された『楽観的』という言葉が重い。




以下、いくつかピックアップしてみました。
涙があふれて止まりませんでした。

同時に、魂と肉体についてもいろいろと感じることがありました…。
生きていることに気づかない人、死んでいることに気づかない魂。
不思議な予兆、死ぬ間際の救い。

聴いてみてください。

多くの人に、この声が届かんことを―。






<被爆者の声>

■予感---------------------------------------------------

証言001  8月5日夜 流れ星がヨー流れるんです 当時19歳

証言135  8月8日正夢ば見とるとですよ 当時41歳

証言005  8月6日午前6時 なして今日に限って後を追う 当時24歳

証言137  8月9日その朝、奇妙なことに 当時40歳




■業火---------------------------------------------------

証言036  8月6日昼前 広島全部、半分がね、太陽に見えた 当時46歳

証言014  8月6日瞬間 陽炎の様に踊るんですよ、光が 当時40歳

証言145  8月9日瞬間 背後から原爆の光線が襲う 当時16歳

証言150 8月9日直後 弟の頭、真っ二つに割れていた 当時13歳




■瞬時---------------------------------------------------

証言019 8月6日直後 いよいよワシャ死んだんじゃ… 当時49歳

証言061 8月6日 死んでおった人間がむっくり 当時31歳




■天変地異------------------------------------------------

証言021  8月6日川の水が竜巻になってビューッと巻い上がる 当時47歳

証言064 8月6日逆ナイアガラの炎が天に向かって 当時30歳

証言102  8月7日死体の間から子供が這い出て… 木々に人が生〈な〉ってる 当時28歳




■避難---------------------------------------------------

証言067 8月6日肉の塊のようなものを持って 当時25歳

証言173  8月9日 夕近く 首のない赤ちゃんに『泣くなよ』 当時23歳

証言170  8月9日肉で歩いてるんです 当時26歳




■水-----------------------------------------------------

証言043 8月6日川ん中が埋まってしまって  当時31歳

証言234 8月10日動物も人間も死ぬ場所はいっしょ 当時19歳




■救助---------------------------------------------------

証言047  8月6日生き残りが下で地底で泣き叫ぶ 当時42歳

証言049  8月6日私、死ぬから、アナタ逃げてくれ! 当時33歳

証言052  8月6日サダコが来たよ、お父さん。 当時12歳




■被災者--------------------------------------------------

証言062  8月6日中が見え「ぶくぶく」しよる 当時42歳

証言174  8月9日午後 魂まで吹き飛んだような状態に 当時32歳

証言164  8月9日正午頃 背中がないんですよ、えぐり取られて 当時14歳

証言075  8月6日気が立ってると駆けれますね 当時60歳




■魂-----------------------------------------------------

証言319 8月15日以降 夢に弟が出て、寺の字まで教え 当時15歳

証言092 8月6日深夜 母の魂が私の方へ来たんじゃないか 当時20歳




■救い---------------------------------------------------

証言335  8月29日嬉しいねー、仏様が迎えに 当時37歳




■祈り---------------------------------------------------

証言352  ことば 国を守らん方がええです 当時32歳

証言381  8月17日やれ原子力を平和に使うだとか、 当時42歳

証言386  ことば 経験した者はその声を残して知らせる 当時26歳






●--------------------------------------------------------
聴くだに涙があふれてくる。

戦争映画が決して描かない真実が、ここに語られている。
被爆者の方々が描いた絵とともに、多くの人々にこの声が届くことを祈りたい。

核を使えば、その被害に遭うのは私たち人間なのだ。
どの国家でも、どの民族でもない。
普通に生活している私たち“人間”が、地獄を見るのだ。

世界で唯一の被爆国日本。
だからこそ、この世に地獄を現出する核を廃絶する道へと世界を導かなければならない。そのために、伊藤明彦さんが被爆者の半数の人にいやがられながらも、その生の声を記録し続けた。今度は私たちが、その声を世界に届けなければならないと思う。まずは、この日本社会に。


世界に向けて発言をする立場にある政治家こそが、核のある人類の地獄と絶望を真に見据えてほしい。
核廃絶に向けて動き始めようとするオバマ・アメリカ。
それに対して「核ある現実」を主張する自民党。

あなたがこの中の一人だったとしたら、それでもあなたは核を肯定できるか。
まず、議論の前に真実を見よ。

世界のクロサワも次のように述べている。
「なぜ人間は戦争という愚を犯すのか。 暴力に頼らなくても分かり合えるはずだ。 でなきゃ、日本人のことを述べた私の映画が世界で愛されるはずがないからね」

日本にできる外交のあり方があるはずだ。



最後に…
伊藤明彦さんは今年3月3日、風邪をこじらせた肺炎で急逝された。
心からお疲れ様と言いたい。

これらの膨大な言葉を、歴史の真実を、人生をかけて遺してくださった伊藤明彦さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。




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我が国が、核武装を拒否する権利を持つ為には、 我が国が、国連の拒否権を持つ安保理常任理事国となる事と、 我が国が、国連軍に全面的に協力して朝鮮民主主義人民共和国政府の利益となる事を一切慎み、国連軍に降伏させる事が必要です。 連合国とまた戦争して勝つという選択肢も在りますが。

我が国は、国連や国連から権限を与えられた国連軍からの核武装要請が在れば拒絶出来ません。

我が国は、国連安保理か国連安保理から権限を与えられた国連軍からの要請が無い限り核武装はしない
と言うのが、現在の我が国が出来る最大限の核武装拒否です。

日本との平和条約第5条(a)日本国は、国際連合憲章第2条に掲げる義務、特に次の義務を受諾する。(Ⅲ)国際連合が憲章に従つてとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、且つ、国際連合が防止行動または強制行動をとるいかなる国に対しても援助の供与を慎むこと。

きつめのペナルティーもあって、
これは、国連憲章53条の「107条に従って規定される」旧敵国日本に第二次世界戦争の結果として課せられた義務なので、義務に違背すれば、義務を課した連合国は無制限の制裁ができます。

憲章第53条1. 安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極または地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。
2. 本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。

憲章第107条
この憲章のいかなる規定も、第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。

第二次世界戦争の結果に対する違背の制裁も第二次世界戦争の結果で、憲章や憲章に基づく国連の決定は、制裁を一切制限することは出来ません。

我が国が、拒否権を持つ安保理常任理事国となれば、国連が我が国に核武装を要請することを拒否出来るようになります。

但、既に国連から権限を与えられている国連軍から要請された場合は拒否出来ません。

普天間や横田は国連軍基地です。

米軍が国連軍として核武装要請をしていない為、非核三原則や現行九条解釈に固執出来ていて、非核の権利は在りません。

 

おじいちゃんの声

戦争のことをほとんど語ることのなかった、おじいちゃんでした。
おじいちゃんがお墓の中まで持っていった言葉。
「私が聴くから」という気持ちで、被爆者の声を聞きました。

初めて、おじいちゃんの苦しみに触れた気持ちです。
こんなに苦かったのか、
こんなに辛かったのか、

あまりにも巨大な感情に呆然としています。

胸が焼けただれるように苦しくなり、巨大な熱く燃えたぎった鉄の塊が、こみあげてきて…


ああ、これが戦争なんだ。
これがハラスメントの正体だ。

こんな感情をおじいちゃんは60年も一人で抱え込んでいたんだ。
そんなバカな!!

生きているうちに聴いてあげればよかった!!!

 

全て身近な日常にある事

戦争についての、連日の先生のブログを読んで、
世代間連鎖や、怒りを他人に吐き出す逃げ行為を 国単位で 見ているようです。

家庭ではなく、国ですから、表われ方も、スケールが大きく強烈ですが
、原爆は 家庭にも家庭サイズで あるんですよね・・・・。
被爆者は、ずっと引きずり影響を受けていく・・・。
人間の怒りは、爆発すると こんななんだ、
ここまでやるんだ・・・と、読んで
います。
そして、ここまで、否認、鈍いのかと。
認識もあいまいなまま、風化して忘れられてしまう。

家庭で、職場で、学校で、日常起こっている現実としての視点でも読んでいます。


 

サイトのご紹介ありがとうございます。

伊藤明彦さん並びに当サイトをご紹介いただきありがとうございます。

一人でも多くの方に聞いてもらいたいです。

一つ。伊藤さんが始めたラジオ放送番組「被爆を語る」ですが、NBC長崎放送では、タイトルを変えながらも、現在も継続して放送されています。

今後ともよろしくおねがいいたします。

 
    
 
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