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太平洋戦争開戦月の「主婦之友」5-生めよ殖やせよ

2009/08/19(Wed) Category : 戦争
【太平洋戦争開戦月(昭和16年12月)の「主婦之友」】

戦争をすれば人が死にます。そこで兵隊補充のためにこの年の1月に閣議決定されたのが、「生めよ殖やせよ」政策。避妊は罪となりました。




■諦めていた子宝が授かった妊娠の実験

『「生めよ殖やせよ」の人口増産が重要国策である折柄、「諦めていた子宝が授かった妊娠の実験」を、「主婦之友」十月号誌上で募集いたしました。』


●結婚十三年目に重曹水の洗滌で男児を安産-------------------

『ふと、婦人の分泌液は強度の酸性が多いという書いてあるのを発見しました。受胎に強酸性は禁物で、アルカリ性は受胎に好条件であることは既に知っていましたから、これではないかと気づき、早速リトマス試験紙を買ってきて試してみましたら、忽ち赤色に変わり、強度の酸性を示しました。永年悩まされた不妊の原因はここにあったのではないかと鬼の首でも取ったような喜びでした』

『分泌液の酸性をアルカリ性に変化させるには、私は重炭酸曹達(重曹)の温和液を作り、洗滌をいたしました。』

『今では、育ちゆく子供の前途を楽しみつつ、ひたすらよい子、強い子、御国に役立つ子に育てたいと努力しています』

<選評>
『本来分泌液は酸性であるべきもので、もしアルカリ性なら何か異常があると思わねばなりません。』(←ばい菌を殺菌するため)
『適度に酸性であるのは、受胎に好都合でもあります。なぜなら、子宮頸冠内にはアルカリ性の分泌物があるものですから、精虫はそのアルカリを慕って進み、精虫を子宮内に追い込む結果となるのです』




●結婚八年目に腰湯と腰枕で妊娠した実験----------------------

『その当時は、この頃と違って婦人の洋装は至って稀でしたが、私が洋服を着ているので、村の年寄りの方々は、「そんな恰好をしていると身体が冷えるからおやめなさい」などとおっしゃってくださるのでしたが、健康を誇る私は気にもとめませんでした。』

『その後いつか月日が経って、結婚四年目となりましたが、一向子宝の恵まれる様子がありません。実家の母もさすがに心配して、「お前の身体が冷えているのではないか。どこが悪いか一度診察してもらいなさい」』

『考えてみると、教職にいた頃村の老人達が、身体が冷えると注意してくれた言葉が、今更的中しているように思えてなりません』

で、次のことをやって子を授かるわけです。
1,主人の休暇を利用して三年間近所の温泉通い
2,大根の干葉を煎じて毎夜就寝前に腰湯
3,寒い夜は振り出し薬を飲む





子を授かれないことが辛いのに、国策とまでなってしまうとほんとに肩身の狭い思いをしてしまいますね。肩身が狭いとき、人がどのように自信をなくし、迷信や俗信にまですがりついていくのかもよくわかる記事でした。特に、近所の人のみならず家族までもが心配という呪いをかけてくると気弱になり、どんどん追い詰められていきますね。心配されて元気になる人はいません。

また、子を授かるために、どんなことも試してみるこの努力と思いは、現代も同じでしょう。これほどに念じ、危険を冒してまでも子を持とうとするのです。しかし、『育ちゆく子供の前途を楽しみつつ、ひたすらよい子、強い子、御国に役立つ子に育てたい』という親の思いを利用して、時代は人を殺すための人を作り出していきます。

闘う相手の国の親も人の親。
同じ思いで子供を育てているはずです。
健やかに育てと願い、育てられた子供達が殺し合うのです。


先日、テレビで「硫黄島からの手紙」を見ましたが、米国人捕虜の青年も、子を思う母の気持ちも、日本人とまったく変わらないことが描かれていましたね。

監督はクリント・イーストウッド。彼は、最初日本人に監督を任せるつもりだったそうですが、『資料を集める際に日本軍兵士もアメリカ側の兵士と変わらない事がわかった』(Wikipedia)ので、“日本人監督”として自らメガホンをとることを決意したそうです。そのクリント・イーストウッドの思いが最も表れている場面だったかも知れません。



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しかし、このようにそれぞれの「思い」を持ち、名前を持つ人間が、ただ数を減らされるだけの標的と化します。15日の天声人語に次の紹介がありました。

「死においてただ員数であるとき、それは絶望そのものだ」
(詩人 石原吉郎)

ソ連の強制収容所生還者の村山常雄さん(83)も、「無名にされることは存在の否定です。その恥辱で人間をおとしめたのが戦争であり、抑留でした」と語ります。

村山さんは、シベリアで亡くなった人の内、46300人の名前、生年、死亡日、埋葬地などを11年かけて調べ上げ、「シベリアに逝きし人々を刻す」という2㎏の本にして自費出版されました。
http://yokuryu.huu.cc/



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名前を呼ばれなかった世代―
私たちの親世代が、いかにディスカウントされていたか。
不安と怒りを抱えている世代なのかが、わかると思います。

親に内在化した怒り、いらだち、モノやコトで埋めようとした存在不安。それらが過干渉、過保護、介入、侵食、存在主張のさまざま形で子を苦しめます。その親にコントロールされ受け皿となった私たち第二世代も怒りを内在化していきます。そして、その無意識に内在化された怒りを私たちの子供である第三世代に押しつけていきます。こうして、「怒りの国」日本はできあがりました。
「笑顔の国」から「怒りの国」へ


私たちは、今もって「人を人間扱いしなかった戦争」に対する「人間の怒り」の吐き出しを受け続けているのです。

家族カウンセリングでもつれた糸を解きほぐす鉄則の一つは、「子の気持ちを受け止めるのは親」。そして「親の心のコップが空にならなければ」子の気持ちを受け止められない。だから、「親の気持ちを救うことが第一優先」ということです。(親が変わりようがないときは、親を諦め、自分の代で連鎖を断つことになります)

戦争体験者の話を聴くという行為は、日本という国の「心のコップ」に溜まっている気持ちを受け止めてあげること―つまり、「国に対するカウンセリング」と言えるでしょう。



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