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太平洋戦争開戦月の「主婦之友」6-石川武美氏の子育て

2009/08/20(Thu) Category : 戦争
【太平洋戦争開戦月(昭和16年12月)の「主婦之友」】

最後に、一つだけ、感心した(失礼!)記事があります。軍に乗っ取られた記事の中にあって、唯一救われる部分があった記事でした。それは、主婦之友社長、石川武美(たけよし)氏の子育て随想です。

この時代には、まだこのような“常識”が残っていたのですね。




『縁あって親となり子とはなったが、これは神からの預かりもので、「自分のものだ」と思ってはならぬ、これが親となったときの覚悟であった』

『学業は知力と体力に応じて真面目にやればいい。落第をせねば結構だ。落第しても出直せばいい。子供の心がひねくれずに、素直に育ちつつあるか、そのことばかりは心配であった』

『子供の心の育ち方に気をつけたとはいえ、その責任を学校に持ってもらうつもりはなかった。悪く育つもよくなるも、家庭の他に原因はない』

『父である私と母である家内と、このふたりのほかに、子供の心を悪くするのも善くするのも、あるべきはずはない。両親の心構えと導き方次第だ』

『学業の成績は先生方の骨折りでどうにかなるかも知れぬが、子供の人柄をつくるのは両親の他に代われるものはない。できてもできなくても、親が一切の責任を負うて、これに当たるほかはない。これが私たちの覚悟であった』




『「蟹の横ばい」という。親は正しい歩き方を子に教えても、自分が違って歩いてはどもならぬ。(略)私は、「ああしろ、こうしろ」と、いちいち子供に指図することが嫌いだ。朝から晩まで命令ばかりきいておると、命令されぬと何一つできぬようになる。指図する方も大変だろうが、される方でもやりきれぬ。そして結局は、「蟹の横ばい」で終わるのだ。親の命じたことより、ひそかに行う親の行為を、子供は忠実に真似ているのだ』

『上等の筍は丈夫な竹の根から生える。親根を丈夫に仕立てることが、立派な筍を作る秘訣だ』

『子供はどんな暗がりでもうつる、素晴らしい性能の写真機のようだ。当人の忘れていたことも、知る人もないはずのことも、子供という写真機はもれなく、心に焼き付けているからたまらぬ』

『子供がどんなに不良化しても、子供だけを責める気にはなれぬはずだ。「賢き子は母の冠」という。それがほんとであるように、「不良の子は親の形見」である。もしも私の家の子供達が、人から非難されることがあったとしても、その責任の一切は親である私が負うべきだ。親子の縁を切って、すまさるべきことではない。学校の責任でも社会の罪でもない。子供よりもまず親が罪に服すべきだ』




石川さんは、二人目のお産の時に長女のお守りをされた。ある時、むずがって聞き分けがなくなった。そのとき、押し入れに押し込めた。そして、『今まで自分のものと信じ切っていた母を、突然産まれてきた赤ん坊に奪われた幼きものの気持ちをも考えてみるがいい』と自分を責め、『この父こそ大我が儘者ではなかったか』と反省したのである。

『社の人にも多く接したが、私はまだ一人も叱った覚えがない。それというのもこの失敗が、肝に銘じているからだ。相手の立場に身を置くと、叱らねばならぬことは滅多にない。子供に接する親でも、生徒に向かう先生でも、叱っておしまいだ』

『子供の教育では、親が怒ったら親の負けだ。怒っていけぬように、急いでも失敗だ。子供悪い癖を治すにも、親の忍耐だけが勝利を得る』

『親と子が手をつながぬと、折角の親心も通じようがない。子供のためと思いながら、子供を不良化することがある。急いで結果を求むるからだ』




『「牛に引かれて善光寺参り」という。我が子の教育という責任のために、多少ながら自分を教育することができた』

『「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」ともいう。濁流逆巻くような世の荒波に、どうやらおぼれもしなかったのは、我が子に恥ずかしい思いや、哀しい目をさせてはかわいそうだと、いかほどか慎むところがあったからだ』

『子供に向かって、親の苦労を誇るものはない。ただ、「みんなのおかげで私たちも無事であった」と、ともに喜びたいものがある』






『悪く育つもよくなるも、家庭の他に原因はない』
『子供の人柄をつくるのは両親の他に代われるものはない。できてもできなくても、親が一切の責任を負うて、これに当たるほかはない』
『子供よりもまず親が罪に服すべきだ』―すごい覚悟です。

しかし、“ほぼ”当たり前のことを仰ってます。
“ほぼ”と言うのは、親だけでは子育てができないからです。人を社会的人間にするためには、最初から社会の中に人をおかなければなりません。そのためには、子供社会の再生が必須です。そして、子供社会再生のためには、身近な自然環境の復活が必要なのです。

この時代にはまだ、身近な自然環境も子供社会も健在でした。それが当たり前のこととしてあったから、その大切さが見えなかったのです。その厚き土台の上に立ってこそ、上記の言葉は言えるのです。

今や、身近な自然環境も子供社会も崩壊して家庭が漂流し、その家庭の中も、夫は企業に徴兵され、妻は何もかも背負いきれずに破綻し、居場所なき子供は学校で憂さを晴らしています。


地域を再生しましょう。
そこからしか、壊れた社会を立て直す道はありません。





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