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明治以降120年にわたる中央集権官僚国家体制崩壊の象徴

2009/09/03(Thu) Category : 世相・社会
テレビで放映された中に、とても象徴的な選挙区がありました。
日本初の衆院選(1890年)に初当選して以降、120年にわたって地元を牛耳ってきた自民王国。そこが、民主の若手を選んだのです。

1889年、天皇主権、国民は臣民とする大日本帝国憲法が公布され、翌1890年、府県制の実施とともに日本初の衆院選が行われます。

その当時に議員になるのは、資産のある地元の名士でした。その名士を地元が盛り立てる構図が脈々としてあったわけで、これが世襲の強さでした。それが崩壊したのです。

テレビでは、後援会の会長が、「年寄りが増えて選挙に行くことができない者もいる」と言っていました。その生々しい声を聴いて私が感じたのは、単に「世代交代」がなされたと言うだけではありません。

「おぉ、ようやく明治が終わろうとしている」―そういう思いが湧きました。


(ちょっと取っつきにくいかもしれないけれど、今どういう時代なのかを知るよすがとして、以下お読みいただければ幸いです)



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すべての組織(システム)はポリシー実現のために創られます。

●ポリシー(方針。基本的考え方)
この社会でどのような役割を果たすものとして存在するか、その存立のあり方を規定するもの。

●ビジョン(未来像。構想)
ポリシーをイメージ化できるくらいに具体化した文章。
(当面何を目指すかという短期ビジョン、最終的にどこを目指すかという長期ビジョンの両方をにらみつつステップアップのロードマップを描く)

●システム(体系)
ビジョンを実現するための具体的な仕組み(制度、ルール、組織機構が体系化されたもの)

【参考:組織の作り方


------------------------------------------------------
では、
地方分権だった徳川幕藩体制(政教分離)が
中央集権の天皇制家族国家体制(政教一致)に
どのようにして変化していったのでしょうか。

まず概要を下記でお読みください(↓)。
中央集権体制の作られ方



坂本龍馬が身分のない自由な国を創ろうとして構想した「船中八策」。
それを基に、主権を民衆から天皇に変えたのが「五箇条の御誓文」。
1868年(明治元年)に天皇がそれを読み上げたのが、ポリシーの宣言でした。

その新たな社会システム構築の基となる明治のポリシーは、約20年後に文字化されて「大日本帝国憲法」(1889年)となります。ポリシーを体現するビジョン(国の形のイメージ)が出来た(文章化された)わけです。
文章化されるとイメージがしっかりしたものになりますので、実現に向かいます。(新月のアファメーションなどでもやってますよね)

そして、約50年後に、その憲法を体現したシステム「大日本帝国」(1936年)=中央集権官僚国家システムができました。システム(肉体)が出来ると、ビジョン達成のための行動が始まります。


このようにして、ポリシーが変わることにより、組織の形や行動までもが変わることがおわかりでしょうか。ポリシーはその人とともにありますから、例えばトップが変われば会社が変わるし、校長が替われば学校も変わるし、親が心を入れ替えれば家庭も変わるのです。

いかに国のトップを選ぶということが大切かがわかると思います。



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ところで、江戸末期になぜこのような地殻変動が起きたかと言えば、
「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も寝られず」

そう、開国を迫る蒸気船の産業革命パワーが日本に危機を抱かせたのです。江戸までは、米経済の下、田畑を耕す「家(藩)の存続」を目的とした国家体制でした。

しかし、鉄と化石燃料のパワーを得るためにはカネが必要です。そこでカネ経済に移行し、「国の存続」を目的とした国家体制に移行する必要があったのです。(ここにカネ経済の目的がよく現れていますね)

つまり、列強に対抗するために、「家(藩)の存続」を目的とした体制から「国の存続」を目的とした体制へと、中央にすべての力を結集させたのです。いわば危機突破のための臨戦態勢を作るために、身分をなくしたいという龍馬達の情熱が利用されたのでした。

そこで、身分をなくす「四民平等」な国という政治的ポリシーの他に、「殖産興業」「富国強兵」という経済的ポリシーが加わります。「農は国の本なり」から「鉄は国家なり」に国の形を変えるためのポリシーでした。このポリシーに基づき、日本は農業立国から植民地型工業立国へとビジョン(姿)を変えていくわけです。



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しかし、他人の不幸の上に自分の幸福はありません。
戦争のむごさは、人類に進む方向性を変えさせたはずでした。

が、力学的パワーの直接対決から、イデオロギー対決のパワーバランスの時代へと移り、形は武力戦争から経済戦争へと移行しただけでした。

そして、あらたなビジョン(国の形のイメージ)を提示する「日本国憲法」が制定されますが、このとき日本人は両足枷となっていた2大イデオロギーから解放されて身軽になります。

1つは、国家神道を中心に据えた天皇制家族国家イデオロギー
1つは、東西のイデオロギー対立

イデオロギーや宗教へ費やすエネルギーがどれほど莫大であるのかは、東西冷戦や国が傾くほどにエネルギーを費やしている北朝鮮を見ていればわかるでしょう。日本は、それらのことにエネルギーを費やさなくてすんだからこそ、奇蹟の復興と高度経済成長をなしとげることができたのです。

日本人が優秀だからなのではなく、人的資源を何に集中させるかという「選択と集中」ができたからこその高度成長でした。このとき日本は、「選択と集中」を行う場合は先に『やらなくてよいこと』を決めること―という「経営の鉄則」を期せずして国家規模で実現していたのです。

そして、日本人をその方向に導いたものこそ、「主権在民」「武力放棄」を謳う日本国憲法でした。宗教(国家神道)と武力闘争にはエネルギーを使わないよ、と憲法が切り捨ててくれたのです。「憲法9条」が、どれほど日本の発展に寄与したか、全国民が深く理解すべきだと思います。

また、宗教的にもイデオロギー的にも、日本人は中立ですよという立ち姿(政治的ビジョン)は、まさにこれからの世界に貢献できる姿でしょう。このことについては、既に貴重な世界的実績を日本が上げています。日本は世界を平和に導くキー国になり得るのです(↓)。
パワーバランス解消モデルを世界に提示した武装解除人 伊勢崎賢治さん(1)




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が、当時(経済)戦争はまだ続いていますから、臨戦態勢としての中央集権官僚国家システムは変わりませんでした。
そして、「工業立国」という経済的ポリシーはそのままに、経済的ビジョンを「植民地型工業立国」から「輸出型工業立国」への変えます。

そのビジョンを実現するために「改正民法」「教育基本法」「労基法」という社会自体を工業化していくレールが整備されたわけです(1947年)。ビジョンの変化でシステム(体系)が変化したわけですね。


さぁ、その後…

1889年に中央集権官僚国家体制(官)が確立して約110年、
1947年に工業化社会のレールが整備されて50年、
1967年に「一億総中流」となって(民)心が変化し始めてから30年、
1976年に角栄逮捕以降、(政)がビジョンを失ってから20年、
1987年からマネー(経)がモラルを失って10年。

―それら全ての結節点が、1997年でした。

殺人事件まで起き「企業犯罪」が問われたこの年、制度疲労が極限に達した1997年、「酒鬼薔薇事件」は起こったのです。私は、その思いを込めて「あなたの子どもを加害者にしないために」を書きました。



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上記を見ればおわかりの通り、昨日書いた「民」「政」「官」「経」のうち、「民」「政」「経」は既に20年前に崩壊し去っていたのです。形骸化して残っていたのは、そう―中央集権官僚国家体制(官)だけでした。

ビジョンなく漂う無人システム―それが、日本の姿だったのです。

日本は、まるで幽霊船のように漂流していました。そこで人々は、幸せのためではなく、ただシステム維持のために「蟹工船」のように働かされていました。

「学校に行くのはなんのため?」―子ども達がそう大人に問いかけるのも当然でした。そして、それに答えられる大人はいませんでした。

そこで追い詰められた人々が、この幽霊船に「心(民意)」を取り戻すべく立ち上がったのが、2009年衆院選の地殻変動だったわけです。

「民」が動き、「政」が動きました。
そして、明治以降120年にわたって変化しなかった「官」を変えようとしています。それは明治維新以降の臨戦態勢を解き、本当の意味で世界平和を目指す方向へと向かうでしょう。



龍馬は単に身分のない社会を目指しただけではありません。
彼は、ルフィのように世界の海を自由に巡りたかったのです。
龍馬の目指した明治維新は、四民平等など飛び越え、人類みな兄弟の世界だったのではないでしょうか。

そういう意味で、龍馬の目指した明治維新は未完だったのです。
その完成に向けて、これから時代はまた動き始めるのかも知れません。



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このような意味で120年にわたる自民王国の崩壊は、私にとってとても感慨深いものでした。それは、中央集権官僚国家体制が足下から崩壊していく姿を象徴したものでした。

これまでの歴史に倣えば、まず新たなポリシーが必要ですが、その後、これから20年をかけてビジョンができ、50年をかけて新たな国家システムができていくのでしょう。その歴史的変革の第一歩が、とにもかくにも始まったのです。




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