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私は、なぜ生まれようと決めたのか―(3)深海から海上へ

2009/09/16(Wed) Category : 心の闘い物語
私は、なぜ生まれようと決めたのか

■浮上途中の不安--------------------------------------

私が源流になる。。誰にもわからない孤独な闘いです。
中尾さんがいてくれている、その一方で本当に本当に最後の決断は私にあるのだと今日の記事を読んで感じました。

私はずっと深海にいたのだと思います。
水圧は常にあって潜水服がないと生きれない世界。
親から酸素ボンベを与えられ、それを守られた環境なんだと思い込もうとしてきたのだとおもいます。
色も光も音もない世界。
地上には酸素も人が生きるのに適した気圧もあるのにそれを知らずに育ったんだなぁと。

深海で育った私は地上には急に上がれない。
少しずつ気圧にならしながら上がる。

上に上がるのはとても孤独です。
何度も何度も恐くなります。
今どこにいるのだろうと恐くなる。
上に向かっているのか下に潜ってしまっているのかわからなくなったり。早く着きたくて焦ってしまったり。

たぶん本当のダイビングがそうのように地上の気圧に近付くにつれ、体は重くなり不安になるのだと思います。
その重さが実は潜水服の重さだと気付いたとき、少しずつ脱いでいける。

深海で生きてきた私は地上でも生きていけるのか?
すごく恐いけどノープランで休んでみます。





■出てきた小さな自分-----------------------------------

昨日の夜、大泣きする小さな自分が出てきました。
うまく言えないのですが、脳の記憶というより、胸にスクリーンがあるような感じです。

「ギャーーーーーーー!!!」
「わぁーーーーーーーー!!!」
「なぁーーーーーーーー!!!」
って泣いていました。

リアルの私は全く涙も出ず、
すごいエネルギーだなぁと感心しながら見守っていました。

東京の街だと、周りを気にして思う存分泣けないので、
大好きな場所をイメージします。
沖縄の海です。(行ったことないけど)

真白な砂浜で地団駄を踏んだり、地面を叩いたりして、大声を出してエネルギーを発散させています。
叫んでも叫んでもエネルギーが溢れてくるんです。
意外でした。

そのまま寝落ちしてしまいました。
今、何か変化があったかと言うと特にないのですが、面白かったので、これからもやってみようと思います。

音におびえないでいい、
いつ介入されるかわからないからと気を張る必要もない、
とても楽です。



あと、実はトイレを我慢する癖があったんです(笑)
一階に行きたくなくて。「めんどうくさい」っていいながら、行かない。
それが治りました。行きたくなったら行くようになりました。
当たり前のことだけど。

私、どんな世界にいたんだ?

あと、息をするのが少し楽になりました。

気を抜けるようになってきた。

夕方が恐くなくなりました。
父が帰ってきて、母がいろいろ動いて、家がばたつく時間。
それがすごく苦痛でした。
一日何もしないで、家にいて、気づいたら夕方になる。
それが嫌じゃなくなりました。

本当、どんな世界にいたんだろう。
よく20数年間耐えたなぁ。




去年の8月末、中尾さんと初めて電話が繋がった日―
(*注:昨年3月にメールをいただき約半年後にようやくカウンセリングに至りました)。

*******************
電話が繋がった。
繋がらないと思った。

でも繋がった。
涙が溢れてきた。

救われた・・・
本心からそう思った。

感情を少しだけ吐き出せた。

勇気が湧いた。

******************



あの日の前後数日の気持ちを書いたものが、昨日出てきました

すごいなぁと、思いました。よく頑張ったなぁと。自分のことながら。
あの緊張下と不安の中でよく耐えたなぁ。

「誰にも見えない重い荷物を背負って、よくここまできた。」
「もう十分だ。十分すぎる。」

いつぞやの中尾さんの日記の言葉です。ちょっと文が違うかもしれないけど。ずっと心にありました。

本当、十分だと思います。
重い荷物を背負って、ずっと歩いてきました。
誰にも見えなくて、自分を責めて、それでも歩いてきました。
辛くても前向きに向き合ってきた。

それでも追い立てて、責めようと足元すくってやろうと、今か今かと待ち構えるそんな存在、もういいです!いらないです。
本当、もう十分。十分すぎるくらいに私は貢献してきました。
20数年かけて。ずっと。


チャンスはあったんだと思うんです。
私はたぶん与えてきたんだと思う。
親はそれでも向きあうことをしない選択をした。

もういいですよね?
もう、自由になってもいいですよね?
それはもう、脱藩するくらいの気持ちです。
でも、いいですよね?
あの部屋は空っぽです。
あそこに残っているのは過去の写真だけ。

本当、十分。
よく頑張った。やっと新しく人生脚本を書いていけるんですね。
気を張っていない私は、結構マイペースなのんびりした性格の気がします。それは今までIPが絶対許さなかったけど。

いずれにせよ、今、少し楽です。
「楽」なんて大学入る前の私の人生にはなかったフレーズです。
良かった。



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家を出て、会社を休んでから随分楽になりました。
 本当に、私も「どんな世界にいたんだT_T」
 と、しみじみ思いました。

 友人との付き合いが長く続いたことないのに、一人だけ途切れずに逢ってる子がいます。
 良く考えたら、その子とは共依存でなく、対等な関係でした。
 終わってしまったお友達とは、ほぼハラスメント関係か共依存だった。(親兄弟もね…T_T)
 そんなことに気が付いてきた今日このごろです。

 

同じでした。。

いつも読んでいたのですが‥久しぶりに、コメントさせていただきます。

同じだ。。と思いました。
私も夕方がだめだったんです。子供の時から、ずーっと、ずーっとそうでした。

共働きの母が帰宅して、バタバタと夕食の支度を始める。長女の私を、手伝いに呼ぶ声が階下から聞こえる。「お姉ちゃん!手伝いしてくれ!!」
それはお願いではなく、ただの命令でした‥拒否は絶対に許されない。

やがて父が帰宅し、今日の機嫌はどうなのか‥神経を研ぎ澄ます‥
父の機嫌が悪ければ、夕食時は地獄でした。。
母も子供の話は音声として聞いているだけで、気持ちを聴いてくれたことは一度もありませんでした。

これが子供の頃から実家を離れるまで、変わらない日常だったのです。

「よく生きてこれましたね‥」と、以前かかっていたカウンセラーの方に言われたことがあります。

私もそう思います。。
私だけが、夕方が苦手でだめなんだと思っていましたけど‥他にもいらっしゃったんですね。
なんだか感慨深いです。

長文になってしまいました、ごめんなさい。

 

泣きました

初めまして。
私も長い間「重い荷物を背負ってきました」
読んでいたら自分のことのように思い、泣けて泣けて泣けて。

早く楽になりたいです。

 
    
 
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