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私は、なぜ生まれようと決めたのか―(8)認め合う愛を体験したかったから

2009/09/25(Fri) Category : 心の闘い物語
私は、なぜ生まれようと決めたのか

★生まれたわけ-----------------------------------------

この一年間は、人が誕生する前、胎内、そして誕生後に本当に似ているなと思ったのです。

よく聞く話で、人は生まれる前にこれからの自分の人生のテーマを決めて生まれてくるといいます。
境遇や、容姿、能力、その他のことも自分で決めて生まれてくると。
だけど、生まれてしまうとその時の記憶はなくなってしまう、なんて話をよく聞いたりしますよね。

私は、一年前自分で自分の道を決めました。
覚悟を決めました。
辛いこともそれを経験するってわかっているけど、行く(生まれる)んだって。
絶対的権力をもっているように思えた父に、その意思を伝えました。
中尾さんとお会いしたとき、中尾さんはおっしゃりました。

「あぁ、お父さんの無意識はAiさんを愛していらっしゃいますね」
と。
「本当に覚悟があるのか、半端な覚悟だったらこの家に戻ってきてしまう。そして今度こそ乗っ取られてしまう。だから本当なのか決意の確認をしたんですよ。」
「反対する、引き止めるという形で」

最後の関門。試練。お試し。

恐かった、恐怖で逃げ出したくなった。
何度も泣き崩れて、それでも立ち上がって。
そして言った。

「私は行く」

「・・・じゃあ、もう何も言えないよ」

このやりとりの後から、私の中で父が小さく小さくなった。
父はほとんど何も言わなくっていった。




そして5月に生まれるまでの10ヶ月は胎内にいた。

胎内に入ってから3ヵ月後、感性がよみがえり始めた。
徐々に、徐々に、徐々に。
そして、それを見届けたかのような大好きな人との別れ。

ずっと守ってくれていたKは双子のような存在だったのかもしれない。
共に胎内にいながら、どちらかしか生まれてこれない。
Kは私を生かせてくれた。
胎内で私はKに人生をもらったんだ。Kの分の人生も譲り受けたんだ。
「Aiちゃんはそれでいいんだよ」
「生きてね」
って。
海での最後の会話。絶対絶対忘れない。
(そう言えば海と胎内って同じ成分なんですよね、シンクロだ。)




感性が震えて、脈を打つような経験もした。
手が生え、足が生え、耳が聞こえはじめ、目でひかりを徐々にとらえるようになった。
ずっと眠っていた五感が開きだす。

いよいよ準備がはじまる。
卒業に向けて、就職に向けて、新生活に向けて。
生まれるまでの準備。
ほとんどの物を捨てた。
新しい家には自分で買ったもの、自分の好きなもの、好きな色しか置かない。それ以外は全部捨てた。
日記も、過去のもののほとんど。
実家は空っぽになった。

新しい家にあるものは自分のものだけ。
今思うと神経質なくらいに、綺麗にして、外部と遮断した。
親の介入を絶対にさせないようにした。
薄暗い部屋でずっと目をつぶる日々が続いた。
誰にも会わない。
電話もしない。
中尾さんへのメールだけ。




入社して、会社行くようになり、いよいよ最終段階。
同期との関係、部署での関係、手さぐりしながらの日々。

そして半年。
決めた!!って最終確認をした。
私なんぞの人生は終わり。
私は!の人生を始める。出会うんだ!って。

そして5月、生まれる。

嬉しい!出会いたい!会いに行くよ!
心が震えた。

赤ちゃんが生まれたとき泣くのは、これからの苦難を憂いで悲しいからなんて話を聞くけれど、違うと思う。
嬉しいんだと私は思う。
自分で決めて、生まれるんだ!って決めて、準備して、やっと生まれるのだから、きっと嬉しいから泣くんだと思う。私はなんだかそう思った。

生まれた後、疲れたり、落ち込んだり、元気をもらったり。
その繰り返し。
生まれたと思ったのに、生まれてなかったの?なんて思った。
でも、わかった。
生まれたからこその試行錯誤の経験なんですよね。




道行く人に、突然、あなたは赤ちゃんとして生まれたことありますか?なんて聞きませんよね?^^
生きている人は誰も生まれたかどうか疑問にもたないですよね。
苦悩している人、辛い人、落ち込んでいる人、それでもみんな一度は生まれている。

生まれたかどうかに基準なんてない。
苦悩していようが、落ち込んだりしようが、むしろそれこそ人生。
だけどなにせ「第二の誕生」だからわからなくなった。
こんな悩んだりしている私は、生まれていなかったの?って。
でも、生まれたんですよね。きっと。




生まれてから3か月経った今。
赤ちゃんの時期。
赤ちゃんは正直。
不快なら大泣きする。感情を言葉にできないから泣く。泣く。泣く。
蓋をしない。

言葉を覚え始めたら、「いや!」「すき!」「たべたい!」
正直に言う。
思考なんてしない。
「ここで不快に思ったらいけない」
「つかれる私は弱い」
「我慢しないとほめてもらえない。」
なんてかつての「私なんぞの」頃の私のように考える赤ちゃんはいない。

こう考えると、肥大化した思考って邪魔。
と言うか、IPは邪魔!!

小さい子が考える必要のないことを考えるようになってしまうのは親の禁止令ですもんね。
やっぱりIPは良いことない!
IPはいらない!




赤ちゃんの私は、IP、つまりハラッサーのモデルに育ててもらいたくない。自律モデルをミラーリングして成長していきたい。

赤ちゃんの成長と、今の私をあてはめてみる。

赤ちゃんは歩き出すまで何度も失敗、経験する。
でも悩んだりはしない。
「あの子は歩けるのに、私は歩けない。なんてダメな子なんだ」
なんて思ったりする赤ちゃんはいないですよね。

失敗しても、何度もチャレンジしてて、不快に感じたら大声で泣いて。
でもやっぱりできなくて。
疲れ果てて、寝て。
起きて、また歩こうとする。
そして歩けるようになっていく。
毎日毎日、毎瞬毎瞬、成長していく。どんどん吸収していく。




今の私は、人との関わりの赤ちゃん。
新しいパターンを歩き出そうと試行錯誤の日々。
だけど時々IPが邪魔をする。
上の赤ちゃんが歩き出すまでに思考が介入するとこうだ。

「心配。できるのかな。
あの子は特別だから歩けるんだ。
みんなできるけど、私だけは歩けるはずない。
私なんぞが歩けるはずない。」

挑戦してみる。
ころぶ。痛い。

「ほら見たことか。泣いたらだめだ。
泣くなんて。泣いたらますます歩けなくなるぞ。
あぁ、やっぱり私はだめな人間。」

次に歩き出すのがますます恐くなる。

「もうやめときなよ。
あんたにはできないよ。」

つかまり立ちをしようとする。
手をのばすのも恐い。

「手を出したらだめだ。つかまり立ちするなんてダメな人間だ。弱い人間だ。」

歩く、転ぶ、不快に感じる、泣きたくなる、疲れる、

このどれもが歩き出すために一連の流れとしてあること。
良い、悪い、のジャッジで、かき乱すIPは本当に邪魔です。



そっか。
今思いました。
以前拝見したひまわりさんの記事のように、心おきなく赤ちゃんになろう!
不快に感じることがあってもいい。
大泣きしてもいい。
できないないぁ、できなかった、って落ち込んでもいい。

でも耳を澄まそう。
IPの声か?私の本心か?





「私は行く」そう決めて生まれた。
私はどうして生まれようとしたのか?
泣き崩れても立ち上がって、自分でも驚くほどまっすぐと目を見て言った。一年前。

なぜ生まれようと決めたのか。
出会いたかったから色々な人と。

辛いこともあるってわかっていた。
それでも出会っていきたかった。
生まれてきた今、出会えている。

なぜ出会いたかったのか。
出会うんだという思いはなぜ、強いまなざしをもたせてくれたのか。

浮かんだ言葉は
「認めあう」「愛(←ちょっと恥ずかしい^^;)」


認めあう経験をしたかったから?

人と出会い、コミュニケーションをとり、そして徐々に認めあっていく。
そんな経験をしたかったから。
その経験ができたとき、私はすごく幸せだから。
認めあった時、その空間のもつ波動は愛・・・みたいな。
それを経験したい。
それが幸せ。
だから生まれたかった。


ストロークを共有し合う。
それこそが幸せだ。

その最たるものが家庭であってほしい。
そっか。だから、私は家庭を築きたいんだ。

無理だって思いが何度も浮かんだけど、それでも望むもの。
家庭を築くこと。
それがないと、社会的な成功を得ても全然満足できないんだ。
じゃあ、やっぱり戻るのは源流になるってこと。

私は家庭を築きたい。

なぜなら、私にとっておたがいを認めあう関係性こそが幸せだから。
出会う人とそんな関係性を築いていくこと、それこそが幸せだから。
そしてその最たるもの、それが家庭であってほしい。
自分の子供や、夫、家族と、そんな空間での生活を共有したい。
そして、家庭から今度は外に発信していってほしいし、発信していきたい。そんな温かなものを連鎖していってほしい。

これからの家族、家庭の在り方は、
愛(←やっぱり恥ずかしい^^)を社会で連鎖させていくこと。
ひとつひとつの家庭がその発信源になっていく。
経済成長のための働き蜂製造装置としての役割は終わり。



私が育った家は残念ながら、ハラッサーの世界。
だから連鎖を断つ。
私が源流になる。
だから、生まれた。

「Aiさんのこれからの人生は、心おきなく幸せになるためにあるんですよ」

中尾さんが言ってくれたその言葉が今、改めて心に響いてきます。
そう、『心おきなく』。



IPは肥大化した苦悩を両手に携えて、耳打ちをしてきます。
なんども転びます。辛くなります。昨日までは本当に辛かった。
でも中尾さんが言ってくれたように、

「転んでもまた立ち上がればいい」

IP!何度でも足を掛けて転ばせればいい!
もう逃げない。

好きにしたらいい!
何度も転ばせられたって、立ち上がる。

私は何でうまれようって決めたのか、まっすぐ見据えて言えたのか、
わかったから。
だから、立ち上がれる。
もうだめって思っても、
絶対に立ち上がれる。
消えてしまいたい、死んでしまいたい、そう思うことがあっても、
それでも立ち上がれる!





-----------------------------------------------------
それにしても
こんな話、中尾さんにしかできないですねぇ^^;
かなりマニアックです。
でもこれが私にとっての真実というか、信念みたいなものだと思います。

こんな思いを互いにリンクさせることができる人、出会いたいですねぇ。
日々の他愛もない会話も大好き。
男子中学生みたいな話をえんえんとしている、先輩たちも面白い。
同期もそれぞれがそれぞれの優しさをもっている。
それに気づいて、同期を本当の意味で認めることができる気配がする。
友達にも弱音を吐いて、サポートをもらっている。
試行錯誤、手さぐりの中、徐々に徐々に、認めあう関係性を築いて行く、まさに私が望んでいたこと。
そんな経験をすること、幸せ。辛いこともあるけど。


でも今日書いたみたいな自分の物語、思い、深い部分の言葉、それを理解してもらえる人にも出会いたいなぁと、書き終えてから思いました。

それにしてもこんなマニアックな話を送らせてもらえる中尾さんに心より感謝です。
ありがとうございます。



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認めあう

私の家族にはなかったことでした。
いつも親の揉め事で小さくなってた私。泣いて家に帰ると父に「泣くな」と言って叩かれた。よけいに泣けてまた酷く叩かれた。理由も聞かない。こんな親でした。

今離れて住んでいますが、人間関係をうまく築けずにいます。昔を引きずっているのがわかります。

でも一部分の人たちとは心が通じあい、話していると温かい気持ちになれる気がしています。そんな関係でいられる人たちを大切にしたいなぁと思います。

 
    
 
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