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綾戸智恵―息子に救われた「愛」の物語

2009/10/04(Sun) Category : 人物
「人気ジャズシンガー綾戸智恵の壮絶介護日記」(週刊ポスト10/9号)を読んだ。以下メモ。


母が79歳のとき、朝突然、『ウーッて言いながら、ヨダレを流し始めたんですね。そして、テーブルにばたっと倒れた』-脳梗塞だった。

3ヶ月の入院後、嫌がる母を鞭打って病院にリハビリに通わせる日々。
その努力実って2年後には日常生活に支障のないところまで回復する。

ところが、07秋、マンションで業者とぶつかって大腿骨骨折のアクシデント。母の肛門に指を突っ込んで便をかき出す日々。車椅子の生活に戻るだけではなく、幻覚まで見始める。

初めはうろたえていたが、『母にとっては「真実」』『自分を信じてもらえなければ、母は心を閉ざしてしまう。肯定することが大切と考えたんです』

そして、
『虫、たくさんおったな。全部駆除したから、もう大丈夫やで』
『オッサンはもう帰ったで。変なヤツやったな』
と、一つ一つ母の心配を取り除いていった。



しかし、『母の老いとの付き合いは、母の「本性」との付き合いでもありました』

『自分が何を食べたか思い出す脳はとっくにつぶれているけど、私をへこましてやりたい脳は生きている』から、綾戸さんはそれを逆手に取る。
たとえば、昼グラタンを食べても、昼何食べたと聞いても「グラタン」はでてこないが、「夜はグラタン作ろうかな」というと、「あほ、昼はグラタンやったやないか」という具合。



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けれど、妄想による絶叫やおしっこのたびに30分単位で起こされ、睡眠時間は3時間に満たないという日々。

『今年の日のある夜のこと』『朦朧とした意識の中で、母親の顔に濡れタオルをかぶせようとしたんです。「母が死ねば、すべてが丸く収まるんやないか」』―しかし、寸前で踏みとどまった。

『残された息子が一生、殺人者の子として生きていくことになる』

『私は自分の部屋に戻って泣きました。わんわん泣きながら自分を責めたんです。正直それまでは、介護で親を殺すなんて、精神的に弱い人のすることだと思っていた。でも、追い込まれれば、誰でも殺人の一歩手前までいっちゃうと痛感した』―1年間で、綾戸さんはここまで追い詰められたのだ。

それまでは、『他人の力を借りたくない』と思っていた綾戸さんも
『しっかり人に助けてもらうことも必要』と思うようになっていった。

そして、『平気で知らない人に、「ちょっと荷物持ってて」と頼める』ようにもなり、『母が嫌がるデイサービスにも頼ろう』と思うようになった。

綾戸さんは言う。
『親を老人ホームに入れることに罪悪感を感じる人も少なくないでしょう。でも、殺そうと思うほど思いつめては元も子もありません。人それぞれ介護の仕方がある。ひとりで思い悩むのが一番よくないんです』



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福音もある。
母がこう切り出したそうだ。

『あんたが1年休みを取ってくれたからやっといえる。休む前のあんたのせわしいテンポに合わせてたから何もしゃべられへんかった」って』

『で、「何?」って聞いたら、「ありがとう」って一言言ったの。うれしくて思いがけず涙が出てきました。』

『親からありがとうっていわれるほどの名誉はないよ。もうその一言でそれまでの疲れが全部吹き飛ぶ思いでした』





音魂:第55回 綾戸智恵 「大きな愛に包まれて」】に書かれていた以下のエピソード。


『中学生の誕生日に母から贈られた株券を現金に換えて、高校時代あこがれていたアメリカの地を踏んだ』
『(母から)首を絞められたりいろいろあったけど、今は仲良し。今たたいたら死にますしね』
「なぜ僕はママの子なの?」と息子に訪ねられたことから作った「Get Into My Life」(ようこそわたしの人生へ)という曲。


これらのエピソードからもいろいろなことが見え隠れする。
深い確執があったことだろう…。

息子さんの意味深な問いは、綾戸さんのICの問いだっただろう。
(我が子は自分が封印した気持ちをストレートに表現するからね)

そして、綾戸さんはICに答えて曲を作った。
このときに、綾戸さんはICと手をしっかりと結んだのだと思う。



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親が人生を楽しんでいないとき、子は生を楽しむことを禁じられる(「楽しむな」という禁止令)。
親が我慢と忍耐の人生を送るとき、その親に認められたいがために、子は無意識に我慢と忍耐をせざるを得ない荊の道を選んでいく。

存在不安の強い母親は子が他人とつながるのを望まない。だから、そういう母親に育てられた子どもは、無意識に他人との関係を切って孤独の道を歩く。『他人の力を借りたくない』と思っていたのは、「他人の力を借りるな」という禁止令だっただろう。

こうして、母に愛されたいがために苦難と孤独の人生脚本を歩くのだが、やがて追い詰められる。そしてついに、「母が死ねば、すべてが丸く収まるんやないか」―親殺しの「事件」になっていておかしくなかった。「人気ジャズシンガー、介護疲れで母親殺害」―新聞にそういう見出しが出ていてもおかしくなかったのである。



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これを母親の側から見れば、子(智恵さん)を囲い込んで苦しめた報いがグルッと回ってブーメランのように自分に返ってきただけのこと。“丸く収まる”という表現が言い得て妙である。綾戸さんは、無意識に自分の苦しい人生の根っこにあるのは母親であることを感じていたのであろう。

が、実はそうではなく、自分を苦しめているのは、自分の中に棲むIPと自らが作った人生脚本である。その脚本をぶち壊し、人に頼ってもいいことを教えてくれたのは、我が子(息子)の存在だった。

息子さんが、生まれてきた意味にも気づかせてくれ、自分の人生脚本にも気づかせてくれ、綾戸さんを母親の呪縛から救ってくれたのである。

だからこそ、綾戸さんは母親と距離を置くことが出来た。
だからこそ、自縄自縛の母子カプセルの世界の中で行き詰まっていた母子(綾戸さんと母親)は分離でき、癒着したモンスターから一人の人間同士に戻ることが出来たのである。


息子が母を愛し、
母親が祖母を愛し、
そして、
祖母から出てきた 「ありがとう」

祖母はおそらく、生まれて初めて「愛」を感じたのではないだろうか。
そしてこの言葉で、母親は完全に祖母の呪縛から解き放たれた。
そこに導いたのは息子。

そして息子は、母を愛する存在として、
おそらく、ただそこにいただけである。








【綾戸智恵 「My Way」】






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何度でも

素晴らしいですね。
子供の言うことを、最初は「なんでこんなことをこの子は口に出して、親の私に言うんだろう」と頭に来ていました。
でも、それは、本当は子供の頃、私が母に対して言いたい事で、私は母に対して決して言えない事だったんです。
自分に向き合いながら、どうしても「母の子」であることをやめる勇気がなかった私に、
子供達は、何度も何度も、自分が傷ついても悪者になっても、私に「本当は母に私が言いたい事」を伝え続けてきました。
とうとう、私も「こういう風に言う子供に対して怒るのではなく、私が怒りたいのは母なのに!」と腹をくくる事ができました。
子供達には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

「ありがとう」と母に言ってもらえるなら、どんなに救われるだろう?

今はありえなそうです。

 

母の支配

私は、精神的DV家庭で育ちました。一見、父は加害者で母は被害者のようですが、母は父の悪口を私が2歳頃から懇々と耳元で囁いてきました。しかも、母は「わしは虚弱体質だ、いい子にしないと死んでしまうよ」などと私を不安がらせてきました。自分の未来には何の希望も夢もなく、蜘蛛の糸に引っかかった虫のような気持ちで毎日を漠然と過ごしてきたような記憶があります。私は、母の「ありがとう」を聞きたいがために子どもの頃から頑張ってきたと思う。でも母は今もってそれは言いません。
私には父との思い出がほとんどありません。母の前で、父と心を通わせることなどはしてはいけないように感じていたからです。今思えば、母のコミュニケーションは30の特徴全てを備えたマニピュレーター(裏で操る人)そのものでした。年老いてもこの力はますます醜く強大になっています。今、父が病に倒れ、母は泣き言で私を巻き込もうとしてきます。母のコントロールに動じないためには父には申し訳ないですが、関わることはできません。迂闊に近寄れば私も母に殺意を抱きます。きっと傍から見れば知らぬ顔をしている私は非情な娘にしか見えないのですが、他人の評価はもう要らない。もはやこれ以上、母に精神を吸い取られたら私は崩壊してしまいます。
今まで、母から罪悪感を植え込まれ、母の操り人形になってきましたが、他人の力を借りることと同時に、母に自律を促す「ノー」を出すべき時が来たのだと思います。おそらく母は私に「アンタも娘に棄てられるわ、ざまーみろ」などと攻撃するのは目に見えてますが、むしろ私自身が自律をし、健康で人生を楽しむことができるようになっていれば、わが子は安心して自分の人生や幸せを追求してくれるのだと思う。子に介護しさせるために必要なお金を遮二無二稼ぎ、人生を楽しめないとしたら、本末転倒ですね。ある市町村では人の晩年を「ピン・ピン・コロン」と喩えるスローガンを掲げているそうですが、私もぜひそうありたいです。

 
    
 
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