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「普通」って、何?

2009/11/05(Thu) Category : 見方・考え方・価値観-パラダイム
『大人どもよ、おまえらが勝手に「普通」ってもんを作ったから悲劇は起こった』―これは、当時の新聞に掲載された少年A(酒鬼薔薇事件)の言葉だ。

私の相談者の方にも、「普通」に悩まれている人がたくさんおられる。
「学校に行くのが普通だろう」
「そんな夫、普通にいるわよ」
「それくらいのこと我慢するのが普通よ」
「普通は、そんなことで文句を言わないもんだ」
「そんなことできないなんて普通じゃないよ」
「ここ笑うところだよ、普通」
「普通にしろ!」…?

……
いろんな感情が「普通」という一言で却下され、
いろんな表現が「普通」という一言でコントロールされる。

その背景にあるのは、あたかも“みんながそうしている”ということを臭わせた脅迫―あぁ、胡散臭い!

当たり前のことが出来ないという劣等感の植え付け―あぁ、うざってぇ!

そして、「普通」と対置される「異常」という言葉。「異常」というレッテルを貼られて孤独になりたくない強迫観念から、「普通」という言葉に負けてしまう―あぁ、窮屈! 


「普通」って、なんなんだろうね?

以下、電話で話した相談者の方へのお話しから。




■---------------------------------------------------

中に空気が入ったまん丸なゴムボールがあるとする。
それを上から親指で押さえると、いびつな形になってパンパンに横に膨らむ。

このとき、親指で押さえている力がプレッシャー。
ひしゃげてパンパンに圧迫されているゴムボールをストレスがかかった状態という。

ゴムボールは、このストレス状態から離脱したいので、
プレッシャーを跳ね返してタテに反発するか、ヨコに逃げるか。
押さえ込まれないように常に動き回って逃げるか、逃げられなければ、やがて皮が伸びきってくたびれてしおれていくか。




また、前後左右密着状態でヨコに逃げ場がなければ、その圧迫されて広がったゴムボール自体が、今度は隣接しているゴムボールへのプレッシャーとなる。

ここで、ストレスがかかったゴムボールをゴムボールSとしよう。
また、ゴムボールの世界では親指が見えないとしよう。

すると、隣接するゴムボールは、ゴムボールSが自分たちを圧迫してくるようにしか見えないので、ゴムボールSを「何一人でパンパンになってんの!」と迷惑に思ったり、「押しつけてくんな!」と怒ったりする。

ところが、ゴムボールS自身にも親指は見えないので、理性を働かせてもなぜ自分がそうなのかがわからず、ただただ苦しいだけ。残るのは、破裂してラクになりたい思い。




さて、そのプレッシャーをかけられたボールがあちらにもこちらにも。
しまいには、ほぼすべてのボールが上から抑えられている。

すると、みんな苦しくて余裕なくピリピリ。
少しでも相手を凹ませて自分のテリトリーを確保しようとしたり、
パワーを利用して自分の居場所を確保しようとしたり、
「みんな我慢してるんだから」と我慢を押しつけあったり…
エゴ派のボールも良識派のボールも、見えない指のプレッシャーの下でいがみ合っている。

この窮屈から脱出するためには、上に跳ね上がるしかない、と思うところへ、こうすれば上に行けるよ、と社会がエスカレーターを用意する。金を出せば早く上に行けるよ、とエスカレーターのスピードも違う。

すると、とにもかくにもそのどれかのエスカレーターに乗ってしまおうと、押し合いへし合い、闇雲にエスカレーターに殺到する。親ボールは、子ボールをそのエスカレーターに乗せることが使命と、さらに子ボールにプレッシャーをかける。エスカレーターの形状も違うので、それに合わせて早くから子ボールを鋳型成形する必要もある。だから、子ボールはますます苦しくなる。

で?

エスカレーターで上がっては見ても、相変わらず苦しいまま。
なぜ? だって、見えない親指からのプレッシャーはかかったままだから。

そして、プレッシャーから逃れるための模索が終生続いていく……




----------------------------------------------------
多くの人に当てはまる状態をよく「普通」と言うが、たとえ多くの人に当てはまっていても、これは「ノーマルじゃない」よね。

社会通念がどんどん変化しているように、社会システムが変われば、「え、ちょんまげなんて変な時代だったんだね」ということにもなる。

では、どういうのがノーマル?




想像してみよう―

大小様々な大きさのゴムボールが、たくさん転がっている。
色も模様もバラエティに富み、一つとして同じものはない。
どのボールにもプレッシャーはなくまん丸。

その世界に、「普通」なんてない。
あるのは、それぞれのボールの「個性」だけ。

そして、それらのボールは自由に離合集散をしている。
それぞれの個性が響き合い、互いを活かす喜びのハーモニー。




このような社会になるためになすべきことは、ただ一つだけ。
見えない親指に気づくこと。
そして、その親指をおろすこと。

それだけで、あなたはまん丸の玉(魂)に戻ることができる。





★---------------------------------------------------

さて、これからは“普通”を逆手にとって、次のような言葉を一般化していこう。

「疲れたら休むのが普通だよ」

「風邪をひいたら、学校や会社を休むのが普通だよ。周りの人にも迷惑になることなんだよ」

「無理してやるのは普通じゃないよ。相手も嬉しくないよ」

「気分が乗らなければ断るのが普通だよ」

「思ったことを口にするのが普通だよ。気持ちを言うことはわがままでも何でもない、当たり前のことなんだよ。それこそが、相手に対する正しいフィードバックになるんだよ。でも言うか言わないかは、自分で決めていいんだよ」


まぁ、まだまだ一杯出てくるでしょうが…これだけ心においといてね。

「ほんとは、“普通”なんてないんだよ。あるのは個性と、変化し成長していく柔軟な心だけさ」






子育て心理学:第1部 2)親を取り巻く環境の3つの変化
20代の心の病~戦争後遺症という視点
社会が家族を追いつめている(不登校編)
子どもを追いつめる親の「常識」
6-5)殴られ続けることが母親への絶望を回避すること(個々人が従う“常識”の正体)







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Comment

 

この記事を読んで、
感動しました。
私と同じで、「普通」という言葉に悩みが
ある人がいるなんて…
よく、
「なんでそんなに太ってるの?ダイエットして普通の人みたいになりなよ」
なんて言われて、普通とは何?
と、悩んでいました。
どうして普通と言う言葉が存在しなければならないのでしょうか…

 

私の経験上、「普通は・・・」やれ「常識からいって・・・」と、この2つの言葉をしょっちゅう使いたがる人(よく口にする人)ってのは、自分の確固たる考えや信念のない人が、当たり障りのない答えを言う場合の手段のように思います。もしくは、自分は普通以下の人間、せめて常識人であるたいと願う人間、のコンプレックスから多用されている言葉のようにも思います。

 

まさに自分自身

普通。

自分自身大嫌いだったその言葉を、我が子に浴びせて、反発されると頭の中がぐちゃぐちゃになり、もっとダメージのある言葉を、傷つける言葉を叩きつけている私です。
「泣くな」「口ごたえするな」「言ってわからないなんて病気だな」

落ち込みました。
最悪な親です。娘がかわいそうです。
どうしたらいいんでしょうか。

そばにいるとイライラして荒ばかり目につく。
だから距離を置くと、子供がまとわりつく。

子供の甲高い声を聞くと、耳が詰まった感じがして頭の中に響くんです。

子供のことは愛しているのに、愛で受け止めることができないのが悔しい。

 

「普通+常識」の強力タッグ

私の母は、私が感情を出して怒ることも泣くことも絶対に許しませんでした。
「泣かずにきちんと話しなさい」と言う母の言葉に、私がなぜ怒っているのかを説明しようと母の理不尽な振舞いに対して幼いながらも懸命に理路整然と抗議をすれば「アンタはわがままだ」「理屈っぽい」「ワシは親に歯向かったことなんかない」「きっつ嫌い」「キチガイか」と静かに攻撃され、無視され、どうしてこうも自分の気持ちを聴いてくれないのか、気が狂うほど張り裂けるほどに泣き叫び、放置され、やがて無気力にしゃくりあげながらそのまま気を失い、気付くと冷たい板の間で夜になっていたことも何度もありました。
そして他人の前でこうした私の行状をあげつらい、母の考える常識を罪悪感を煽るように一緒にして押し付けられました。私はせめて母に嫌われないように、少しでも愛されるように、と自分自身を捻じ曲げてきました。
そういう子どもの頃からの理不尽な怒りを私は無意識にずっと抱え込んでいましたから、何もかも自分の思い通りにしたい、という欲求は相当強くありました。
それは無意識に子育てにそのままスライドしてしまいました。立派な親にならねば、普通に平均値以上に教育せねば、と遮二無二頑張ってレールを敷き走らせ、子どもたちを締め上げてしまいました。
そして今、成人した子どもたちは自分の人生をどう生きてよいのかわからなくなっているようなのです。
私は今、とても苦しいです。子どもたちに起きている現象は自分がしてきたことの鏡、私がここで気付いたからには変わらねばと、頭では理解できるのに心がなかなか理解できない。子どもを詰る言葉が飛び出しそうになる衝動を制御するのに疲れます。
「普通」を逆手にとるということ、はっ、としました。ああ、そうなんだ、それが当たり前なんだ・・・。
親に押し付けられ、自分で勝手に身に着けてきた常識を、今こそ棄てよう。本当に苦しいのは私じゃなく子どもたちだ。「苦しめてごめん」と子どもたちに心で詫びる私です。

 

普通とワガママ。

初めまして。
ふとしたことからブログを拝見するようになり、それから毎日更新を楽しみに読ませていただいてます。
たくさんの記事を読んでいるうちに、自分がずっと苦しんでいた理由が分かってきました。それと同時にどんどん楽になってきて、3人の乳幼児を抱えて生活していてもあまりイライラしなくなってきました。自分を理解するってすごいことですね。

私はいわゆる普通の家庭に生まれ、私のために普通の人生が幸せなのだと両親、特に母親に繰り返し聞かされて育ちました。
そして大人の言うことをよく聞く大人しい良い子に育てられ、自分の希望を言うことはワガママだと封じられてきました。

両親は決して私のことを愛していなかったわけではなく、良かれと思ってしてくれていたことが私にとっては息苦しかったのだと気付いた時、私は解放されました。

世代間連鎖を自分の子ども達には繋げないように、今自分ができる範囲で頑張っています。
自分のどんな感情も肯定すること。子ども達にも怒ったり泣いたりすることは悪いことじゃないんだと伝えています。
でもきっと無意識の部分で親と同じことをしているんでしょうね。日々勉強。でもそんな自分を発見していくのも楽しいです。

独り言ばかりでごめんなさい。
最近の私のキーワードがたまたま出てきたので思わずメッセージしてしまいました。

これからも日記の更新楽しみにしています。
読んでくださってありがとうございました。

 
    
 
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